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第3章 虚ろなる人形

第109話 氷上の動きを阻むもの

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 得体の知れない攻撃に、氷上の焦りが募っていくー
「・・・いったい、何が起こったというの・・・?」
 擬体破損率は既に10%越えー擬体がなければ、氷上はとっくの昔に左腕がなくなり、その激痛にのたうち回っていたことだろう。
 ー直前に、左腕を引っ張られる感覚は、あったー
 そして、氷上が勅使河原に挑みかかろうとしたところで、腕を斬られたー正確には、腕をちぎられた感じだろうか。擬体のために、痛みは感じないものの、得体の知れない「衝撃」だけは伝わった。
「フフフ・・・左腕だけじゃなくてよ、氷上さん・・・その気になれば、あなたの他の四肢も引きちぎることができるわ」
 勅使河原は、わずかに目を細めながら、すっと、氷上の右脚の付け根を指さした。
「そうね・・・今度は右脚の擬体を破損させて見せましょうか?私が指一本触れることもなく、ね」
「・・・!!」
 勅使河原は、笑っている。その残忍で人を見下したような笑い方に、氷上は背筋に悪寒が走った。見下された怒りよりも、この女自体から発せられる不気味な気配ーその得体の知れない「何か」を、全身の神経が一瞬にして感じ取り、氷上の体を強張らせたのだった。
 ー蛇に睨まれたカエルって、こういうことを言うのかしらねー
 氷上は、動くことができないでいた。迂闊に動けば、先ほどの左腕のように、今度は右脚が「もっていかれる」と思ったからだ。実際に、勅使河原は予告通りに、氷上の右足を攻撃するだろう。
「あら、どうしたのかしら?氷上さん・・・先ほどまであんなに果敢に攻めていらしたのに・・・」
 勅使河原が従容とした足取りで近づいてくる。それに対して、氷上はなすすべもなく、立ち尽くすだけだった。
 ーせめて、相手の攻撃の正体さえつかめれば、反撃の糸口が見いだせるのにー
 悔しさに唇をかみしめながら、氷上はほんの少しだけ右脚を後退させる。
 ーやっぱり、
 わずかに後ろに下がっただけで、強く引っ張られるような感覚がある。感覚としては、糸みたいな何かが右足の付け根辺りに巻き付いているようなものかー
 ー目に見えない鋼線・・・なのかしらー
 鋼線自体、光加減で非常に見えにくく、それ自体が厄介なのだが、この上さらに目に見えない攻撃があるとなると、回避するのさえ難しくなる。相坂光との戦いでは、自慢のスピードで相手の攻撃をかいくぐり、見事勝利できたが、あれは相手の行動や攻撃手段が見えればこその話だ。こちらは全く見ることができないのだ。回避のしようもないし、そもそもいつ仕掛けられたものなのかもさっぱりわからない。
「・・・一つ、窺ってもいいかしら?勅使河原さん」
「何かしら?」
 氷上の問いかけに、小首をかしげる勅使河原ーもともと日本人形のように美しい容姿をしているだけに、その仕草そのものは愛らしくも見えたが、今の氷上にとっては不愉快極まる態度だった。
「・・・あなた、戦いの前に・・・あのジャッジが戦闘開始を宣言する前に、なにか仕掛けてはいないかしら?」
 氷上の問いかけに、勅使河原は微笑を浮かべた。
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