百合斬首～晒しな日記～

第3章 虚ろなる人形

第87話 旧校舎

　勅使河原たちが通っている学校には、戦前より存在している旧校舎と呼ばれている建物がある。戦前からの建物ということもあり、その歳月による老朽化は仕方のないことだが、それでも、建物の文化的価値も考慮されて、現在まで取り壊されることもなく、ほぼ当時のまま保存されていた。
　実は、勅使河原はこの旧校舎に何度も忍び込んだことがある。1年生の秋のことだ。こういった建物には必ずと言っていいほど存在する怪談話の真偽を確認するためーとはいっても、勅使河原自身はそういったオカルトの類は全く信じていない人間であったのだがー内部に入り込み、確かめていたのだった。
　学園七不思議などとはよく言われるが、その正体のほとんどは「幽霊の正体見たり枯れ尾花」であったことは言うまでもなく、実際、この学校で囁かれていた怪談話の全てが眉唾のものだったと改めて確認することができた。
　ただ、勅使河原は、怪談話の真偽などよりもはるかに興味深いものを見つけることができた。
　それが地下室である。
　この学校は、戦前からの建物らしいということは聞いていたが、その地下には固く閉ざされていた扉があり、その中は、まるで監獄ー詳しいことはわからないが、元々、この学校には当時の日本軍関係者も出入りしていたと聞いた頃があるので、もしかしたら、特高や憲兵らが何らかの尋問のために秘密裏に作らせていた部屋なのではないかと推測している。
　当然、この部屋のことは、当時は隠されていたようだったが、勅使河原が、この地下室を見つけ、興味本位で扉に触れてみると、なんと開いたー最後に使用していた連中が扉を閉め忘れたのだろうか。意外とそう言った単純なことかもしれない。
　部屋の中を覗いてみると、前述の通りの監獄で、取り調べに使ったであろう机と椅子、あとはわずかな物品しか残されていなかった。一応収容者に対して粗末なベッドらしきものはあったようだが、とてもではないが安眠できるような作りではない。やはり、尋問室のようだった。
　あとは、やたらと饐えたような臭いも気になった。もしかしたら、ここで死人も出たのではないだろうか。そう考えると、つまらない怪談話よりもこちらの方が恐ろしく思われた。
　地下の部屋ということもあり、昼間でも光は入らず、これが夜になればおそらく完全な闇と静寂だけが支配する場所となっていただろう。なるほど、このような部屋に何日も入れられていたら、気でも触れてしまいそうだ。
　もう、この部屋のことを知る関係者など存在しないだろう。この部屋の真相は、怪談話よりもさらに謎に包まれていると言える。
　勅使河原は、川澄真由美の殺害現場の候補をここにした。この部屋で彼女を殺す。
　おそらく、川澄真由美は勅使河原が家に誘ったとしても警戒してついては来ないだろう。だが、この旧校舎であれば、放課後に彼女を眠らせて運び込むことはできるかもしれない。
　旧校舎の近くなら、彼女を呼び寄せることもできるだろう。同じ学校の敷地内なら、川澄真由美も油断はするはずだ。
　決まったーこの部屋こそが、川澄真由美の人生最後の場所となる。
　そして、勅使河原自身の最後の事件の現場となるのだった。