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第3章 虚ろなる人形
第67話 絵心
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初めて、クラスメイトを屋敷へと招き、そしてー
ーその手にかけるー
勅使河原に案内されるがまま、興味津々といった様子で各部屋を見回っていた渡辺に対し、これからどう工芸品に仕上げていくかと思いめぐらせていた勅使河原。この渡辺真理のあとは、次に彼女の友人である小坂明菜を狙うつもりである。
どうせ、殺人事件の発覚は免れないだろう。最初から隠すつもりもないし、自分の近い将来の破滅はもはや確信している。
だからこそ、発覚する前に、めぼしい相手はこの手にかける。ただ、完全にこちらのお眼鏡に適いそうな相手には会えそうもないことだけが残念ではあるがー。
「あ、ここはアトリエですよね、勅使河原さん」
勅使河原たちが入った部屋は、生前父が使用していたアトリエで、勅使河原自身もまた、しばしばここで絵を描いたりする。イーゼルに置かれた絵には、まだ描きかけの絵があった。
「うわあ、勅使河原さんって、絵もお上手なんですね」
渡辺真理は、実は絵心がない人間である。なので、勅使河原の描きかけの絵が「ものすごくうまい」とだけしか判断できない。
あまり考えなしに行動してしまう彼女らしい感想ともいえる。
芸術家の娘である勅使河原が絵を描くのは必然と言えばそうだが、ただ勅使河原自身は自分の絵について一度も満足したことはなかった。幼いころから父親の絵を見てきて、それと比較してしまうからだーと言えば聞こえはよさそうだが、ただ父も芸術家としては「そこそこ」ではあったものの、それほど名の売れた画家というわけでもない。
父とは全く異なるし、対比することも適切ではないと思うが、実は以前に、画家を目指したある男の絵をネット上で見たことがある。
その男の絵は、建築物に関しては確かにそれなりのレベルにはあったが(それでも才能と言えるほどのものではない)、しかし風景画としてみれば殺風景で物足りなく、さらに言えば、人物画に至っては当時であっても漫画レベルだろうー見ていてそんな感想を抱いたことがある。
実際、その男の担任教師が、進路指導の際に、
「君は画家より建築家の方が向いている」
と説得したらしい。
その後、その男はなぜか政治家を志し、若い頃彼がよく見ていたワーグナーのオペラに触発され、演説により大衆を先導ーやがてはまるで天が彼に味方したかのように、あれよあれよという間に、一国の支配者になり、さらには彼が政権を執っていた、たった12年でヨーロッパの、いや、その当時の世界の在り様を根本から変えてしまった。
その名を、アドルフ・ヒトラーという。
もちろん、ヒトラーと自らの父親では全く比較にもならないのはわかっている。だが、絵の描き方については、確かに父もヒトラーと似ている部分があると思う。
要は、人物画が下手だという点だ・・・芸術家として生計を立てている割には。ただ、父は一応は芸術の世界で(奇跡的にではあるが)何とか生きてこられたので、結果死に至るまで、破滅だけは免れたーもし、ヒトラーが、例え画家として売れなくても、父と同じように暮らしていけていたのなら、世界の歴史は大幅に変わっていただろう。
「私って、絵のことよくわかんないんですけど、やっぱり見ているだけで心が洗われていくような感じなりますね」
無邪気な様子で、アトリエに残された父の遺作ー勅使河原にとってはもはや何の価値もないものだがーに目を輝かせる真理。そんな彼女の能天気な声に、勅使河原はほくそ笑む。
ー本当に価値のある芸術は、これから、お前自身により生み出されるのだー
ーその手にかけるー
勅使河原に案内されるがまま、興味津々といった様子で各部屋を見回っていた渡辺に対し、これからどう工芸品に仕上げていくかと思いめぐらせていた勅使河原。この渡辺真理のあとは、次に彼女の友人である小坂明菜を狙うつもりである。
どうせ、殺人事件の発覚は免れないだろう。最初から隠すつもりもないし、自分の近い将来の破滅はもはや確信している。
だからこそ、発覚する前に、めぼしい相手はこの手にかける。ただ、完全にこちらのお眼鏡に適いそうな相手には会えそうもないことだけが残念ではあるがー。
「あ、ここはアトリエですよね、勅使河原さん」
勅使河原たちが入った部屋は、生前父が使用していたアトリエで、勅使河原自身もまた、しばしばここで絵を描いたりする。イーゼルに置かれた絵には、まだ描きかけの絵があった。
「うわあ、勅使河原さんって、絵もお上手なんですね」
渡辺真理は、実は絵心がない人間である。なので、勅使河原の描きかけの絵が「ものすごくうまい」とだけしか判断できない。
あまり考えなしに行動してしまう彼女らしい感想ともいえる。
芸術家の娘である勅使河原が絵を描くのは必然と言えばそうだが、ただ勅使河原自身は自分の絵について一度も満足したことはなかった。幼いころから父親の絵を見てきて、それと比較してしまうからだーと言えば聞こえはよさそうだが、ただ父も芸術家としては「そこそこ」ではあったものの、それほど名の売れた画家というわけでもない。
父とは全く異なるし、対比することも適切ではないと思うが、実は以前に、画家を目指したある男の絵をネット上で見たことがある。
その男の絵は、建築物に関しては確かにそれなりのレベルにはあったが(それでも才能と言えるほどのものではない)、しかし風景画としてみれば殺風景で物足りなく、さらに言えば、人物画に至っては当時であっても漫画レベルだろうー見ていてそんな感想を抱いたことがある。
実際、その男の担任教師が、進路指導の際に、
「君は画家より建築家の方が向いている」
と説得したらしい。
その後、その男はなぜか政治家を志し、若い頃彼がよく見ていたワーグナーのオペラに触発され、演説により大衆を先導ーやがてはまるで天が彼に味方したかのように、あれよあれよという間に、一国の支配者になり、さらには彼が政権を執っていた、たった12年でヨーロッパの、いや、その当時の世界の在り様を根本から変えてしまった。
その名を、アドルフ・ヒトラーという。
もちろん、ヒトラーと自らの父親では全く比較にもならないのはわかっている。だが、絵の描き方については、確かに父もヒトラーと似ている部分があると思う。
要は、人物画が下手だという点だ・・・芸術家として生計を立てている割には。ただ、父は一応は芸術の世界で(奇跡的にではあるが)何とか生きてこられたので、結果死に至るまで、破滅だけは免れたーもし、ヒトラーが、例え画家として売れなくても、父と同じように暮らしていけていたのなら、世界の歴史は大幅に変わっていただろう。
「私って、絵のことよくわかんないんですけど、やっぱり見ているだけで心が洗われていくような感じなりますね」
無邪気な様子で、アトリエに残された父の遺作ー勅使河原にとってはもはや何の価値もないものだがーに目を輝かせる真理。そんな彼女の能天気な声に、勅使河原はほくそ笑む。
ー本当に価値のある芸術は、これから、お前自身により生み出されるのだー
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