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第2章 確かなもの

第34話 犬のしつけ

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「うう・・・、せ、先輩、あたし、おしっこしたくなっちゃったっす」
 なんとも哀れさを誘うような声で、葉月が用を足したいと言い出してきた。そして、それは紗耶香にとっては予想通りの展開であった。
 ーなんたって、さっき飲ませたアレは利尿剤を含ませていたからなー
 お散歩中に飼い犬が用を足すというのはよくある出来事である。飼い犬の糞尿の後始末をきちんとするのも飼い主の務めであった。
「何だ、お前ションベンしたくなったのか?」
 紗耶香のからかうような口調に対して、葉月は必死の表情で、
「だああ!だから、そんなにはっきりと大きな声で言わないでくださいっす、先輩~。ともかく、これ以上はもう我慢できなくて・・・」
 葉月が四つん這いの恰好のまま、今まで以上にもじもじする。背後から見れば、まるで相手を誘うかのようにお尻を振っているようにも見えた。
「あ、あの~、この辺りって、誰も住んでいないんすよね?だったら、どこかの家でもいいんで、おトイレまで行って・・・」
「おお、ちょうどいいところに、電柱があるなぁ」
 紗耶香が、ちょうど自分の隣に建っていた電柱を見上げながら言った。その言葉に、葉月の表情がさぁぁっと青ざめる。
 ものすごく嫌な予感がした。
「え、ええと、先輩・・・?もしかして・・・」
 葉月も恐る恐る近くの電柱を見上げる。
 確かに電柱だ。誰が見ても電柱だ。いうまでもなく電柱だ。
 そして、今、自分は紗耶香の飼い犬状態である。犬はよく電柱におしっこをする。つまりはー。
「せ、先輩、ま、まさかとは思いますが、その電柱で用を足せ・・・とか言いませんよね?」
 慈悲を求めるようなまなざしで、葉月は紗耶香に尋ねた。
 だが、残念ながら、紗耶香に慈悲の心などなかったようだ。
「そりゃあ、犬と言ったら電柱におしっこするのが当然だろ?ほら、ワンコ・・・ここがお前のおトイレだ」
「んひゃっ!!」
 リールを引き寄せ、お前はここでしろと言わんばかりに、葉月を電柱の近くまで移動させる。
 少しでも動けば漏れそうな状態の葉月が、思わず変な悲鳴を上げて前につんのめった。
「せ、先輩・・・そんなぁ」
 もうすでに半べそをかきながら、葉月は紗耶香に改めて慈悲を求めた。
「先輩、何でも言うこと聞きますから、せめておトイレくらいは普通にさせてくださいっす。もう、限界っすよぉあたしは」
 紗耶香は、それこそ本当の飼い犬にするかのように、葉月の頭を優しくナデナデしながら、
「だから、これが犬にとっては普通なんだよ、ワンコ。さあ、この電柱でおしっこするんだ・・・もちろん」
 紗耶香は今まで以上に酷薄な笑みを浮かべながら、葉月に告げた。
「片足はきちんと上げてやるんだ、ワンコ」
 葉月がついに泣き崩れたー。

「ううう・・・ひどい」
 もはや決壊寸前の葉月に、冷酷に告げる紗耶香。
「片足を上げてやりな・・・まあ、足をつらないように気を付けてな」
 ーそんな・・・これじゃあペットと同じじゃないかー
 もはや、人間扱いすらさせてもらえない自分のみじめさを痛感しながら、葉月は仕方なく片足を上げた。
「お前、今パンツ履いてないから、やりやすいだろ?」
「先輩・・・一生恨むっすよ・・・」
 悔し涙を流しつつ、葉月はついに、自らの排泄行為を紗耶香に披露した。
 ちょろちょろと、葉月の股から垂れ流される黄金色の液体が、電柱の側面を濡らし、その下の地面に水たまりを作る。そして、辺りに立ち込める異臭。排尿の音とその異臭、そして、尻丸出しで片足上げという恰好、それらすべてが一つとなって、天内葉月という少女の卑猥さと妖艶さを引き立たせていた。
「んんん・・・」
 羞恥心と屈辱で、頭の中がごちゃごちゃになりそうだった。そういえば、昨晩戦った三好京子も、やり合う前に失禁していたが、今の葉月には彼女の気持ちが痛いほどわかった気がした。
 確かにこれは・・・ものすごく恥ずかしい。
 何より、自らの矜持を著しく傷つけられるのを実感した。
 ーあたしも、所詮はあのお嬢様と同じってことっすねー
 自分が常に相手を辱める立場にあるわけではない。場合によっては自分が辱められることもある。
 今回の一件で、それをいやというほど痛感した葉月だった。
 そして、今回それを葉月に実感させることが、紗耶香の「調教」だったのだ。
「ん~、いいよ、葉月。青空の下、電柱に片足上げてションベンするなんて、なかなかできることじゃない。帰ったらご褒美をやるよ」
「・・・うう」
 葉月は、もはや力なくうなだれるだけで、返答することさえできなかった。
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