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水無杏里の物語(第29話)

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 古代遺物ー前文明時代の遺産のことをそのように呼ぶこともある。
 
 現文明は、前文明時代の遺産を、よく言えば「運よく」、悪く言えば「中途半端」に継承しており、それが町のインフラや娯楽産業、場合によっては軍事に至るまで活用されているといったところだ。当然ながら、「中途半端」に受け継いでいるので、前文明とのつながりが完全に失われてしまった部分もある。

 進化論の中に「ミッシングリンク」という概念がある。生物種の進化、系統において、その存在が予測されていながら、祖先種、子孫種の間の中間的痕跡、化石などが発見できないことをそのように表現する。

 この「ミッシングリンク」同様に、本来なら前文明時代と現文明との歴史的つながりが発見されてもおかしくはないはずなのに、それを示す痕跡が発見できず、あるとすれば、ただ今の文明の前にこのような文明があったと推測できるように、前文明の遺産だけがまれに発見されるという不可思議な事例がある。

 前文明時代と現文明との間の歴史的な部分は、なぜかその痕跡を見つけることができず、その中間的な時期を漠然と「暗黒時代」と呼称することもある。

 まさか、前文明時代の遺産ーアーティファクト絡みだったとは・・・。

「カイト、ああ、こんな話を突然聞かされて、まあ、落ち着いてくれと言うのもあれなんだが・・・」

 奇人変人と呼ばれがちな楓だったが、それでもさすがにこういう場合に相手を気遣うことくらいはできるようだ。言葉を選びながら、慎重にカイトに質問する。

「君のチーム蒼き風アウラ・カエルレウムで、何か変わったものを見たことがなかったか?何でもいい。君が応えられる範囲内で、教えてくれ」

「・・・」

 何か変わったもの・・・?

 確かに、カイトのチームは天空世界で広範囲に活動している。活動期間も結構長いチームだったから、その収集物の量はかなりのものだった。もちろん、文化的価値の高いものや軍事色の強い収集物は、近隣の浮遊大陸の公的機関に収めたりする場合もあったが・・・。

「前文明時代の遺産の中には、今の魔道具に近いものもあるらしいからのう・・・ただ、前文明時代では、魔法は使われていなかったと聞いておる。機械仕掛けだけで、魔道具に匹敵するものを作り出したというくらいじゃから、前文明時代はかなり進んでおったのじゃろう」
 
 モリガンが、心底感心したように漏らす。魔女である彼女ならば、逆に自分たちが使っている道具や魔法に匹敵するものを科学だけの力で作り出したということ自体が、にわかには信じられないことなのだろう。

 前文明時代に、このようなたとえが用いられたことがあった。

 高度に発達した科学は、魔法と区別がつかないーと。

 それを体現したものが、この世界に残されたアーティファクトなのだー。
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