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水無杏里の物語(第10話)

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 惑星Σ-11、北方にある町-ナジェーツァ。車の中で聞いたが、名前の由来は、前文明時代の北方にある文明圏で「希望」を意味する言葉からきているらしい。

 水無杏里たちの暮らす町であり、さらに北方にある都市をつなぐ中継地点でもあったが、町そのものの規模はさほど大きくはなく、どちらかと言えば、村に近いものだった。

 だが、それゆえに、近隣で暮らす人々はみな顔なじみばかりであり、町全体が家族主義的になるのは、ある意味当然の帰結と言えるのかもしれない。

「ようこそ、カイト。私たちの町へ・・・歓迎するわ」

 杏里が一足先に自動走行車から降り、カイトに自分たちの町を紹介しようとする。

 カイトも、杏里に続いて自動走行車から降り、町を見回してみた。

 確かに、事前に杏里たちから聞いていた通り、そんなに大きな町ではない。舗装された道路にところどころ停まっている自動走行車、そして簡素な店屋が立ち並ぶ、至って普通の雰囲気の町だ。

 ただ、空での生活の長いカイトにとっては、そもそもこういった集落に訪れる機会自体が少ないため、町というだけで興味をそそられるものがある。

「あら、杏里」

 しばらく町を見回していると、杏里と同年代の女性が近づいてきた。杏里ほどの美人というわけでもなく、少しだけそばかすの残る至って普通のおさげ少女だが、その素朴さもまた、カイトには新鮮に思えたものだった。

「梓、こんにちは」

 杏里が彼女に挨拶をする。杏里の顔見知りーと言っても、この町に住んでいれば誰もが顔を合わせているようなものだが。

 ふと、梓と呼ばれた少女が、杏里の隣に立つカイトの存在に目をやる。当たり前だが、この町に住んでいれば誰もが顔なじみだというのなら、外から来たカイトは見知らぬ来訪者ということになる。

 突然の来訪者に、多少驚きはしたものの、梓はすぐに微笑むと、

「初めまして、私は川岸梓です。あなたは?」

と、カイトに自己紹介をしつつ訪ねてきた。

 人生初にして、一日に二人もの同年代の異性から声をかけられることになったカイトは、緊張の色を隠すことはできなかった。頬を紅潮させながら、

「は、初めまして。僕はカイトと言います。よ、よろしく・・・」

 なんだか、とてもたどたどしい挨拶となってしまった。自分でも焦っているというのが、よくわかる。

 そんなカイトの姿を見て、杏里と梓が二人ともくすくすと笑い出す。そんな彼女たちの様子を見て、ますます気恥ずかしくなるカイトであった。

「やあ、川岸さん、こんにちは」
 
 そこに、助け舟というわけでもないだろうが、車から降りた壮太が梓に挨拶をしてたので、結果的に難を逃れるカイトであった。

「おじさまも、こんにちは」

 梓が壮太に挨拶を返す。おじさまーとは呼んでいるが、ほとんど家族と同じように接しているようであり、それが彼女の自然体のように思えた。

 挨拶が終わると、再びカイトに興味を示す梓。そんな彼女に、杏里が事情を説明する。

「カイトは、空のハンターさんなんだよ。森の近くで出会ったのよ」

「まあ」

 空のハンターと聞いて、どうやら杏里以上に、梓はカイトに興味を持ったようだ。

「空-ということは、もしかして、他の大陸からいらしたの?」

 なんだか、杏里以上に質問攻めにされそうな予感がしたカイトであったー。
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