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第1章 それぞれのモノローグ

アトランティスの夕陽8〜僕の生きる道

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化学省の人間の言う事はどこか偉そうで、鼻につく。かといって妖精たちの言うことも、綺麗事ばかりで、やっぱり鼻につく。
人類の端っことして生まれ(辺境人とも呼ばれるが)化学省にも勤められず、ごく普通の生活を送っている僕としては、アイツらの争いなどマジでどうでもよかった。
僕たちが、生きている意味。
かつで海の向こうにいた、辺境人と言われる人間が、どんどんこの水の国にやってきて、妖精たちと融合してこの国を作ったと言う。
だが辺境人の中には、神々が遺伝子操作をして作った賢い者たちと、もともとこの星の人類として生まれたまま何も施されなかった人類の末裔と、ニ種類いる。
見た目は一緒だが、彼らの実施する、知能検査でその違いははっきりする。知能指数と言う奴が、三桁くらい違うのだそうだ。
生まれつき頭の良い奴と、頭の悪い奴。
生まれつき石の声が聞ける奴と、声が聞けないやつ。
生まれつき、生まれつき。
大きなお世話だ。
僕は僕として生まれたことを劣っているとは思わない。なのになんでこんな惨めな思いをさせられるのか。

妖精達が、石がこの国が滅ぶと語ったと吹聴して歩いている。化学省の奴らはそれを鼻で笑っていた。
僕も信じられないし、信じたくない。
だけど僕はちょっとだけ知っている。
今まで妖精達が言ってきた事はほとんど当たっていることを。

僕たち辺境人の末裔は、科学省みたいな立派な仕事に就けない。だから仕事の報酬として与えられる貨幣の所持も少ない。
妖精族は貨幣制度を持たない。
何でもイメージすることで、石の力で意思を合わせて(冗談みたいだ)物質を作っているらしい。

この世界は素粒子とか何とか言う粒々でできていて、こうなれば良いと強く念じることで、それを形にする強いエネルギーが生まれて物質ができるのだと言う。
悪い冗談だ。
本当にそんなことができるわけがない。
だけど妖精族の居留地には、野菜や果物がそこら中に実っている。しかも妖精以外の者も、それらを勝手に持っていっていいのだ。
しかも僕が畑に現れると、今日は何をもっていくかとニコニコ笑って野菜を収穫するの手伝ってくれたりするのだ。
だから化学省の奴らよりは、妖精族に少しだけ好感を持っている。

僕の母さんは体中が腐っていく病気だ。
科学的な薬はあるが、料金は馬鹿高かった。
僕は医療省で患者の記録を打ち込む、誰でもできる仕事をしている。報酬も少ない。母さんの病気を治す薬代は僕の仕事だけでは賄えない。
時々ふと思うんだ。
妖精族に生まれていたら食べ物も服も住む家も望むだけ手に入る。だからもっと自由に生きられたのかなって。
だけど石の声を聞く能力なんかないし、未来を予知する力だってない。何より妖精族のようなきれいな心を持っていない。

もし本当にこの国が1日で滅んでしまったらどうしよう。
たった一人の家族である母さんは、あちこちが腐って立って歩くこともできない。だけど僕は体力もないし、友達もいないし、誰かを雇うだけの蓄えもないし。
父さんは、だいぶ前に死んでしまった。
海で漁をしていた時に、船があっさり沈んでしまったのだ。
僕はこの国で幸せになれない。辺境とこの国の奴らが蔑んでいる国に渡り、そこで暮らしたほうが幸せだったのかもしれない。だが皮肉なことに、辺境に渡るお金もない。
本当にこの国が滅ぶなら、中央省が船を出すべきだ。そうしたら僕と母さんは辺境の地に渡れるのに。

結局その前日の夜まで僕は迷っていた。
母さんは家の中で寝たきりだから、そんな話が伝わっていることを知らない。
このまま普通に明日も職場に行き、別々に海にのまれても、それはそれで運命なのかもしれないとも思う。
何が起きたかわからず、お母さんは戸惑うだろうけど、どの道そう長くないのだ。
何度もそう言い聞かせたのに。なぜか涙がこぼれてきた。気づくと朝日が昇っていた。
僕は考えるのをやめた。
簡単な食料と父さんの写真をカバンにしまい、前に来るように斜めがけをして、母さんを起こして一番良い服を着せた。
「一体何をする気なの」と怪訝そうな顔をしていたけれど、山に登るんだとだけ伝えたら、母さんは小さく微笑んでいた。
もしかしたら母さんは誰かに聞いて知っていたのかもしれない。それでも一言も僕に、山に登らないの?とは言わなかった。

母さんを着替えさせると、車椅子に乗せた。山道だからどこまでこれで行けるかわからないけれど、登れるところまではこれで進もう。もし途中で登れなくなったら、僕が背負う。
母さんは何も言わず無言で車椅子に乗っていた。
約束された山に登るため、妖精の居留地に入ったら、予想以上にたくさんの人たちがいた。化学省の人間までも、みんな列になって登山道に向かっている。
登ると決意できてよかった。安堵の涙がこぼれそうになるのをこらえながら、ゆっくり車椅子を押していく。

しばらく進むと、とても車椅子では登れない山道になった。
母さんは「私はここにいるから、あんただけでも登っておいで」と言った。
何言ってるんだ。今更ここに置いていけるわけがない。
母さんはいいんだよと何度も首を振ったが頼むから僕に背負わしてくれと懇願して母さんを背負った。
もともと体力がある方じゃないから、山を登るだけでもしんどいのに、母さんを背負って、一歩また一歩と進み続けるのは本当に骨が折れる。何度も転びそうになり、木の幹につかまって休みながら進んだ。
僕のことをいろんな人たちが追い越していった。しばらく休み、また歩るだそうと立ち上がった時、ふいに背中が軽くなった。
驚いて振り返ると、妖精族の男性が、母の腰を抑えてくれている。
「私の仲間の一人が椅子を取りに行ってます」
彼の言葉の意味がわからなかったけれども、しばらくすると、リュックのように背負うことができる椅子を背に、屈強な若い男性が近づいてきた。
「彼は山で修行している人なので、女性一人を背負う位は全く問題がないのです。遠慮なく彼に背負ってもらってください」
私が躊躇していると以前僕に山に登るように言ってくれた若い妖精の女の子がやってきた。
「私の話を信じてくださったこと、本当に感謝しています。一人も多くの人を救いたいのです」と微笑み、母さんを背負った妖精をチラッと見るとクスリと笑い
「彼の事なら心配はいりません。このような修行を日々重ねているので、少し位負荷がかかる方が彼にとっては喜びですから」
若者も「こんなに軽いならもう一人背負いたいですよ」と笑った。
「じゃあ僕も背負ってもらおうかな」と冗談を言うと、「何ならそうしたいです」とさらに楽しそうに笑った。
笑いながら僕は涙がこぼれた。
妖精族はどうしてこんなに心が綺麗なんだろう。そして僕はどうしてこんなに心が小さいんだろう。
男性の後ろを着いて登った。母さんずっと涙をこぼしていた。僕も母に見られないようにうつむきながら涙を何度も拭った。
山頂は平らな平地となり、どこまでもど伸びていた。三角の頂点があるわけではないのだ。まるでこの日のために神様が作ったみたいだと思った。
小さい子どもたちがたくさん集まっている場所に母を下ろすと、
「ここには救護班がいるので、体調が崩れてもすぐに見てもらえるから安心ですよ」と言ってまた下に降りていった。
「申し訳ないけれどもまた別の人を連れて来なければならないので、椅子は持っていきますね」
と切り株に母さんを座らせた。
いいえ、いいえと母さんは何度も頭を下げた。
「あなたも間に合うようにしっかり登ってきてくださいね」
最後に母ははっきりとそう言った。強い言葉で話す母さんを久しぶりに見た。病気で弱っていたのに、なぜかここでは少し元気になったようだ。
山の上にいる人たちは、みんななぜかなごやかだった。
妖精族の子どもたちに混じって、僕は母さんの横に腰かける。
もうすぐお昼だ。

保育園の先生のような女性が、子どもたちに飲み物とパンを配っていた。母さんと僕にもそのパンを渡してくれたので、ありがたくいただいた。
妖精も辺境人も科学省の人もみんなパンを食べていた。
今までずっと人を羨み、憎んでいた。生きている意味なんかないとか、死んでしまってもいいとか思ったりもしたけれど。

今こうしてここに生きていられること。母さんと山の上まで登ってきたことを心から良かったと思った。
「人は人に支えられてんだ。妖精とかお偉いさんとか、辺境生まれとか。そんなことは関係ない。海に出ればみんな一緒だ」
父さんがいつかそう話していた。
今なら父さんの言葉の意味がわかる気がする。
父さん、どうか僕と母さんを守ってください。

科学省で働く友のことを思い出す。
一人でも多くの人が助かることを心から祈った。
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