救世主

遊月海央

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その3 救世主を創り出す先輩と見習いの会話

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「こんなにちょろい星は初めてだぞ。俺たちが何もしなくても、この星には至る所に、エゴと欲望がゴロゴロしている。このエゴっていうのがたまらなくうまいんだ。おまえは食ったことあるか? 」
「あ、すいません。悪魔になったのつい最近なもので、エゴはまだです。食べたことがあるのは、断末魔の叫び24個くらいです」
「そうか、断末魔の叫びも、うまいからな」
先輩悪魔は舌なめずりをしてニヤリと笑う。
「まあ、修行のつもりで、俺の言う通りこいつらをうまく騙すんだぜ。大丈夫。この星のやつらと来たら、いつか誰かがナントカしてくれるわ~って感じでよお、何でも人任せなんだぜ。おまけに嫌なことがあると、全て誰かのせいにしちゃうし。まじで無責任で自分勝手でよ。俺たちにとっては美味しい性質を持っているから、騙すのもわけないって寸法よ」
「騙す必要があるのですね。えっと、どんなことをすればいいんですか? 」

「んーまずだな」
先輩悪魔は高いビルの上から、ありとあらゆる場所を瞬時に見ることができる双眼鏡で街を見回す。
「この、自分が救世主だと思っているコイツに、どんどん魔力を与えてやるんだ。派手にするほうが、効果があるってもんだ。そして魂を太らせてから食う」
「はあ」
「でもな、コイツはまだ悪魔に心を売っていないから、いつか心がぼろぼろになるかもしれないが。それもまた美味いんだぜ。コイツの周りの大人たちは、さんざん俺たちが食い散らかしてしまったから、もう、心の栄養は残っていない、抜け殻みたいなもんだけどな」
新米悪魔も双眼鏡を取り出して、救世主の周囲の大人たちを見た。確かに心がスカスカだった。
「そして、コイツに群がってくる奴らのエゴやら身勝手さを片っ端から食うんだ。だけどそれだけじゃ腹一杯にならないから、断末魔の叫びも集めなくちゃいけないな」
「あれは集めることができるんですか? 」
「おう、実はすごく簡単なんだ。俺が調査したところ、この星のやつらと来たら、天使が耳元で囁くことは、全部善だと思ってやがる。その内容など吟味せず、天使が言うんだから間違いないと何も考えずそのとおり動いてくれるんだぜ、こんな楽なことないだろう」
「と申しますと? 」
「…その丁寧な喋り方なんとかしてくれねえか、ま、悪魔歴浅いから大目に見るけどよ。
まずは、天使の波動みたいなものをちょちょいのぱって作り出すだろう。そして相手が天使と勘違いしたところで、耳元でこう言うんだよ。
この魂は穢れていて、このままでは救われません、いったん肉体から命を切り離して、もう一度美しい魂として修行し直すために、手を貸してあげてください、とかなんとか言って、目の前のニンゲンをだな…」

先輩悪魔の言葉に新米は絶句する。
「そんな馬鹿な!!いくら天使が言ったからって、そんなこと、普通のニンゲンに出来るわけないじゃないですか。
だいたい天使がそんなこと言うわけないからすぐばれちゃいますよ」
「いいか、悪魔のモノサシで考えちゃだめよ。こいつらときたら、まったく自分の頭を使っていない生き物なんだ。
本を読んだり講演会に行ったりして、妙ちくりんな知識はいっぱい詰まっているけど、詰まっているだけで、それをちゃんと使っていねえんだよ。あっちからこっちと移動するだけなんだ」

「知識をただ溜めているだけで何が楽しいのでしょう?」
「それは悪魔にはわかんねえよ。まあ、この星のやつらなら、人を殺したって、それが悪いなんて思わなかった、だって誰も人を殺しちゃダメって言わなかったのよ、なんて言いだしかねないんだ、ほんと悪魔にも理解できないぜ」
「えっと」
新米は恐る恐る
「なぜこの星の人は天使の言うことを鵜呑みにするのですか?」と聞いた。
「そりゃ、天使は善だと決まっているからよ」
「理解できません。もしかしてこの星の人たちは、自分が天使だってことを、知らないのですか?」
「ああ。やつら自分が神の分身だって全く気付いちゃいねえのよ。だいたい自分の背中に生えている羽が見えないもんだから。この星では見えないものは存在しないという常識がまかり通っているのよ」

「なんだか僕さっぱりわからなくなってきました」
げんなりして新米は続ける。
「それから、天使のフリをして、人を殺させて得る断末魔って、ちょっと…今あまり食欲ないし…気が進みません」
「おめえ、ほんと悪魔にむいてないな。まあ、そのうちその厄介な心ってやつも壊れてこなごなに宇宙のチリになるから心配するな。そうだな、断末魔の叫び100個を過ぎたあたりから、何も感じなくなるから」
そう言って先輩悪魔は小さなビルの入口から出てきた若い女性を指さし、
「とりあえず、あの何も考えてなさそうなお姉ちゃんのところに行って、天使の振りしてそそのかしてこいよ。
楽だから、すぐ出来るさ」

そう言う先輩悪魔の後ろで、天使が寂しそうにため息ついていたことは内緒にしておこうと、新米悪魔は思うのでした。
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