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【オメガバース】エレベータで発情したオメガと番いになったアルファの話
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商談のために取ったホテル。
上手く纏まって握手を交わし取引先をホテルのロビーまで見送ったアルファは部屋に戻るためにエレベータに乗った。
「あっ、待って!」
閉まる直前に聞こえた声に慌ててコントロールパネルを操作し扉を開けた。
乗り込んできたその人は肩で息をして、礼を言って顔を上げた。
「お気になさらず」
気のない返事をしてちらりと見た。
目が合った。
その瞬間、今まで感じたことがないほど血が湧きあがり、うるさいくらいに脈打った。
相手も驚いた顔でじっとアルファを見て次第に頬を紅潮させ荒い息を吐き始める。
甘い香りがエレベータの中いっぱいに広がり、アルファの理性を奪っていく。
(オメガかっ!)
理解したところで本能はどうしようもない。
チーンッ。
アルファがとった部屋がある階に到着したエレベータは静かに扉を開く。そして無人になった箱はまた静かに降下していった。
エレベータが一階に着く頃、アルファは乱暴に鍵を開けて部屋にオメガを引きずり込んだ。
口の中は唾液でいっぱいだ。
強引に引きずり込まれたのにオメガも荒い息を上げ物欲しそうにアルファを見上げてくる。
「くそっ、なんでオメガがこんな所に……」
吐き捨てたところでどうしようもない。もう頭の中は目の前のオメガを犯すことしか考えられなくなる。
ベッドに押し倒せばオメガは濡れたチノパンを見せつけるように足を開いた。
それを乱暴に引きずり下ろし、猛った欲望を突き挿れた。
たっぷりと濡れたそこは痛いくらいに締め付けてくるが、オメガから上がるのは嬌声だ。
一突きごとに甘い香りがアルファを包み込み理性を奪っていく。フェロモンの薫香が部屋を埋め尽くころにはどちらも理性を失いひたすら相手を貪るために腰を動かし続けた。
ついには本能のままにうなじを噛んでしまう。
オメガも噛まれて感じすぎて蜜を放った後も止まらない。
きつい締め付けにアルファもそのまま吐き出した。
それからアルファが正気に戻るまでの三日間、やり続けた。
番ったので結婚したが、当然二人の間に愛情はない。
同じ家に住んでいてもぎこちなく、アルファは仕事にのめり込むようになった。
幸い、アフターピルをすぐに飲んだので子供はできなかったが……それが胸に閊えとして残った。あんな状況で無理矢理番ってしまったオメガが後悔していないのかと。
実は、オメガの儚げな容姿に反して気が強く芯の通った性格をしていて、それがアルファの好みドンピシャなのだ。
いやいやながらも家事をしてくれているが、出てくる料理は一口で外食ばかりの胃袋を掴んでいる。
自分好みのオメガと事故とはいえ番いになれたことをアルファは喜んでいるが、オメガも同じとは限らない。
もしかして恋人がいたのかもしれない……入籍をしたが恐くて未だに聞くことができない。だから怒りをぶつけられるのが恐くて、仕事に逃げているのだ。
理性では解放した方がいいとわかっていても、一度番ってしまえば解消なんてできない。
どうしたものかと思い倦ねながら仕事をこなしていった。
先の商談はトントン拍子に進み、予定よりも早く終わってしまった。他の仕事をと探しても「新婚なのに残業ばっかだと奥さんに逃げられますよー」なんて親切な同僚後輩に仕事を取り上げられて帰るしかない状況に陥った。
アルファは珍しく定時で帰路に就き、マンションの扉を開けるとむわっと甘い匂いが家中に広がっていた。
「これは……おい、オメガ大丈夫か?」
慌てて匂いの濃いリビングへと駆けていけば、ぐったりとソファに沈んでいるオメガの姿があった。
頬は紅潮して息も荒い。潤んだ瞳を向けられたアルファは嫌でも下半身が元気になってしまう。
発情期だ。
手にしていた鞄を投げ捨て、スーツも床へと落とすと伸ばされる手を掴んだ。そのまま座面の広いソファに押さえつけて、いたしてしまう。
「やだ……やめっ」
オメガからか弱い声が上がるが、ドロドロに溶けた身体は心地よくアルファを悦ばせてくるから止めることなんてできない。
発情期間中「ヒート休暇」を取って張り切って慰めるが発情期が終わるとオメガが素っ気ない。
「……今度から発情期が始まったらすぐに連絡してくれ。すぐに帰ってくるから」
傷つけないよう最大級に気を遣って声をかけてみたが、オメガはぶすくれた顔でなにも言ってくれない。
(やっぱり俺って嫌われてるのかな……しょうがないけど)
そりゃそうだ、発情してしまったからと無理矢理にしてしまったし噛んでしまったのだから当然か。
気落ちして、なるべくオメガと一緒に居ないようにまた仕事をたくさん入れた。
でも毎日のように食卓にはアルファ用の食事がラップを掛けておかれてある。
冷たくなっても美味しくて、「別れたくないなぁ」と思いながらもどうしたらいいのかわからない。
心を通わせたくても、襲った罪悪感からなにを話して良いか分からない。
休みの日は同じ家にいるのにオメガは自分の部屋に籠もって出てこなくて、これはもう発情期だけに使われる高性能な竿に徹するしかないと自分に言い聞かせようとした。
そんなある休日、気分転換で買い物に出かけて戻ってきたら、珍しくオメガがリビングに出て誰かと話していた。
来客かと顔を出そうとして、相手の声が聞こえないことに気付いた。
(電話か)
「うん、そうなんだよ……だからそろそろコロそうかなと思うんだけど、毒殺と刺殺、自殺と見せかけた落下シのどれがいいか悩んでるんだよね……やっぱり確実なのは毒殺か……うん、うん……」
なっ……なんだってーーーーーっ!
アルファは音もなくその場を立ち去り、玄関を出た。マンションの一階にあるコーヒーショップでシクシク泣く。
(殺そうと思うくらい嫌われていたなんて……そりゃ無理矢理だったけど、でも自分は好きになってるんだ、そこを理解してほしい。
会話もない夫夫関係でどうやって理解を求めようというのか、まったく頭にない。
ずびずびと鼻を啜り、でもこのまま帰らないというのも嫌で、恐る恐る玄関をくぐった。
「あ、おかえり」
珍しくオメガが声をかけてくれた。
「あ……うん、ただいま……」
「飯はこれから作るけど、なにが食べたい?」
「……………………な、なんでもいいよ!」
これは毒殺の前段階だろうか。
ブルブル震えてしまう指先を隠すようにギュッと握り、ちらりちらりとオメガを見た。
鼻歌を鳴らしながら料理をし始めるのを胃をキリキリさせながらその背中を眺めた。
どうしたら自分が好意を持っているかを伝えるにはどうしたらいいんだろう。
悩むが、なんせアルファは人生イージーモード。言い寄られるばかりで自分から告白したことがないのに気付く。苦労もなく勉強もできたし就職だってアルファと言うだけで名の知れた起業に入れた。つまりは苦労知らずの弱々メンタルである。
自分を殺そうとまで思っている相手になんと言えば良いのか分からない。
「あの……オメガさん、良かったら一緒に外食へ行きませんか?」
「悪い、俺仕事あるから」
「えっ……!?」
オメガが有職者だということを結婚して三ヶ月にして初めて知る。
しかもご飯食べ終えると片付けもそこそこ部屋に戻ってしまった。これでは夫夫の会話なんて夢のまた夢……。
アルファは泣きながら綺麗に流した食器を食洗機に入れていった。
そのまま殺されるかもと思いながらもオメガが作る食事が美味しくて泣きながら食べる日々。
ちゃんと食べてるのに体重はどんどんと減り、同僚たちに心配される始末。
「何があったんだ? 言ってみろ」
優しい同僚の言葉に、けれどオメガとの夫夫関係が悪いどころか拒絶されているなんて言いたくない。言葉にしたら事実として自分に突きつけられるようで嫌なのだ。
オメガとできるならちゃんとした夫夫になりたい。まずは恋人関係から……いや、その前に告白することから始めなければならない。
でも自分を殺そうとしている相手に告白したところで結果は見えている。
アルファはまた胃がキリキリして、それがいつもよりも強く我慢できないほどの痛みが生まれた。
「おい、アルファ! 誰か救急車!」
同僚たちの騒ぐ声が次第に遠くになりそのまま意識を失った。
目を覚ましたのはそれから三日後。
アルファは病院のベッドの上にいた。腕には点滴針が刺さっており、ポトンポトンと速いリズムで落ちる点滴へと管が繋がっている。
「あ、目が覚めた!」
近くで叫んだのはオメガだった。目の下にクマがくっきりとできている。
すぐにナースコールを押し、「目が覚めました!」と嬉しそうに告げた。
「凄い胃潰瘍ができてて、とにかく安静だからもう少し寝ていいけど、気分はどうだ?」
心配そうに覗き込んでくるオメガを不思議そうに見つめた。
「俺のこと、殺したいくらい憎いんじゃ……」
「はあ? なんだよそれ……」
キッとオメガの目が吊り上がった。病院お仕着せの浴衣のような服の襟元を掴んで揺さぶってくる。
「きゃーーっ、奥様そんな乱暴にしちゃダメですよーーーーっ!」
入ってきた看護師に助けられたが鬼の形相は変わらない。
「こいつが変なことを言うからだっ! なんだよ憎いって。お前のほうが後悔してんだろ、噛んだことを!」
「そんなわけないっ! むしろ嫌われてると思ってたよっ! 電話口で殺害方法まで誰かに相談して……」
言ってて涙が出てくるアルファ。情けなくも看護師ややってきた医師の前でエグエグ泣き始める。
医療関係者がじーっとオメガを見つめた。
「あれは仕事の電話だ! なんだったら相手呼んだって良い、出版社の人間だから」
その後、本当に大手出版の女性編集者が病室へとやってきた。丁寧に渡された名刺を見れば、ミステリー系のレーベル。
「いやーオメガ先生にはいつも面白い作品を書いていただいてます」
聞けばオメガは小説を書いているという。先日の電話は登場人物の準主役をどう殺害するかで話していたのだそうだ。
「なんだ……そうだったのか……」
一気に気が抜けたアルファはベッドに倒れ込んだ。
「ほら、先生。ちゃんと気持ちを伝えないとダメだって何回も言ったでしょ。言葉にしないとわかって貰えないって自分の作品でも書いてるのになぜ実践できないんですか」
窘める編集に子供のように不貞腐れるオメガ。
「俺、喋るの下手だから小説書いてるんだよっ!」
「それで旦那さんが毒殺されるかもって神経すり減らして胃潰瘍になったんですよ、ちゃんと反省してください。それとちゃんと自分の口で一目惚れしちゃったことも伝えないと!」
「おまっ……なんでそれまで言うんだよ!」
「一目惚れ……?」
信じられないのに顔が勝手にニヤけてしまう。
「そうなんですよ。先生ったらエレベータで一目惚れして発情しちゃったのが恥ずかしくて口にできなかったんです。自分にとっては棚ぼた結婚だけど旦那さんにはその気がないだろうって、そんなことばっかり言って。目が合ったら恥ずかしいからって仕事ばっかりしてたんですよ」
「そう……だったんだ……」
「あー、その顔は旦那さんも先生のこと、想ってますね!」
ニヤニヤ顔の編集の言葉に今度は看護師を含めオメガまでもがアルファをじーっと見つめてきた。
「いやそれは……その……はい、その通りです」
「ちゃんと両想いだったんですね、良かったです。では私は会社に戻りますので、先生、締め切り破らないでくださいね。来週ですから絶対に破らないでくださいね!」
好き放題言ってちゃっかり念押しした編集は颯爽と病室から退場していった。
まさかオメガも自分のことを好きだと想像もしてなかっただけに、どんな態度を取って良いか分からない。もじもじするアルファとオメガの様子を見て、医療関係者だけが黙々と自分たちのすべきことを進めていった。
「これなら一週間後には退院ですので、それまではゆっくりと身体を休めてください。ではまた夕食の後に」
二人きりにされて、オメガもアルファも相手をチラチラ見てはなんて言って良いか分からずもじもじ。
口火を切ったのはアルファだった。
「強引に噛んでしまったので、嫌われてると思ってたんだ」
「嫌いなんてひとことも言ってねーだろ。なのにあんたは避けるみたいに仕事仕事で帰ってくるの遅いし」
不貞腐れた顔が赤くて可愛いと思ってしまう。
「すまない……君に嫌われてると思っていたからその……何を話せば良いか分からなかったんだ」
「言えよ、そういうの……俺口下手だから無理だけど」
ツンとそっぽを向くのもまた可愛くてここが病院で点滴の管に繋がれてなかったら絶対に押し倒していた。間違いなく襲っていた。
「あの……退院したらその……もう一度最初からやり直してほしい。できれば告白するところから」
「いいけど……別に」
照れた顔がこの上なく可愛くて、更に好きになってしまうアルファだった。
それから退院するまで毎日のように見舞いに来たオメガに、退院したその日告白をして、一緒に住んでいるがデートをしたり二人で旅行に行ったりと恋人同士がすることをこなしてからプロポーズをするまで一年もかからなかったのであった。
おしまい
上手く纏まって握手を交わし取引先をホテルのロビーまで見送ったアルファは部屋に戻るためにエレベータに乗った。
「あっ、待って!」
閉まる直前に聞こえた声に慌ててコントロールパネルを操作し扉を開けた。
乗り込んできたその人は肩で息をして、礼を言って顔を上げた。
「お気になさらず」
気のない返事をしてちらりと見た。
目が合った。
その瞬間、今まで感じたことがないほど血が湧きあがり、うるさいくらいに脈打った。
相手も驚いた顔でじっとアルファを見て次第に頬を紅潮させ荒い息を吐き始める。
甘い香りがエレベータの中いっぱいに広がり、アルファの理性を奪っていく。
(オメガかっ!)
理解したところで本能はどうしようもない。
チーンッ。
アルファがとった部屋がある階に到着したエレベータは静かに扉を開く。そして無人になった箱はまた静かに降下していった。
エレベータが一階に着く頃、アルファは乱暴に鍵を開けて部屋にオメガを引きずり込んだ。
口の中は唾液でいっぱいだ。
強引に引きずり込まれたのにオメガも荒い息を上げ物欲しそうにアルファを見上げてくる。
「くそっ、なんでオメガがこんな所に……」
吐き捨てたところでどうしようもない。もう頭の中は目の前のオメガを犯すことしか考えられなくなる。
ベッドに押し倒せばオメガは濡れたチノパンを見せつけるように足を開いた。
それを乱暴に引きずり下ろし、猛った欲望を突き挿れた。
たっぷりと濡れたそこは痛いくらいに締め付けてくるが、オメガから上がるのは嬌声だ。
一突きごとに甘い香りがアルファを包み込み理性を奪っていく。フェロモンの薫香が部屋を埋め尽くころにはどちらも理性を失いひたすら相手を貪るために腰を動かし続けた。
ついには本能のままにうなじを噛んでしまう。
オメガも噛まれて感じすぎて蜜を放った後も止まらない。
きつい締め付けにアルファもそのまま吐き出した。
それからアルファが正気に戻るまでの三日間、やり続けた。
番ったので結婚したが、当然二人の間に愛情はない。
同じ家に住んでいてもぎこちなく、アルファは仕事にのめり込むようになった。
幸い、アフターピルをすぐに飲んだので子供はできなかったが……それが胸に閊えとして残った。あんな状況で無理矢理番ってしまったオメガが後悔していないのかと。
実は、オメガの儚げな容姿に反して気が強く芯の通った性格をしていて、それがアルファの好みドンピシャなのだ。
いやいやながらも家事をしてくれているが、出てくる料理は一口で外食ばかりの胃袋を掴んでいる。
自分好みのオメガと事故とはいえ番いになれたことをアルファは喜んでいるが、オメガも同じとは限らない。
もしかして恋人がいたのかもしれない……入籍をしたが恐くて未だに聞くことができない。だから怒りをぶつけられるのが恐くて、仕事に逃げているのだ。
理性では解放した方がいいとわかっていても、一度番ってしまえば解消なんてできない。
どうしたものかと思い倦ねながら仕事をこなしていった。
先の商談はトントン拍子に進み、予定よりも早く終わってしまった。他の仕事をと探しても「新婚なのに残業ばっかだと奥さんに逃げられますよー」なんて親切な同僚後輩に仕事を取り上げられて帰るしかない状況に陥った。
アルファは珍しく定時で帰路に就き、マンションの扉を開けるとむわっと甘い匂いが家中に広がっていた。
「これは……おい、オメガ大丈夫か?」
慌てて匂いの濃いリビングへと駆けていけば、ぐったりとソファに沈んでいるオメガの姿があった。
頬は紅潮して息も荒い。潤んだ瞳を向けられたアルファは嫌でも下半身が元気になってしまう。
発情期だ。
手にしていた鞄を投げ捨て、スーツも床へと落とすと伸ばされる手を掴んだ。そのまま座面の広いソファに押さえつけて、いたしてしまう。
「やだ……やめっ」
オメガからか弱い声が上がるが、ドロドロに溶けた身体は心地よくアルファを悦ばせてくるから止めることなんてできない。
発情期間中「ヒート休暇」を取って張り切って慰めるが発情期が終わるとオメガが素っ気ない。
「……今度から発情期が始まったらすぐに連絡してくれ。すぐに帰ってくるから」
傷つけないよう最大級に気を遣って声をかけてみたが、オメガはぶすくれた顔でなにも言ってくれない。
(やっぱり俺って嫌われてるのかな……しょうがないけど)
そりゃそうだ、発情してしまったからと無理矢理にしてしまったし噛んでしまったのだから当然か。
気落ちして、なるべくオメガと一緒に居ないようにまた仕事をたくさん入れた。
でも毎日のように食卓にはアルファ用の食事がラップを掛けておかれてある。
冷たくなっても美味しくて、「別れたくないなぁ」と思いながらもどうしたらいいのかわからない。
心を通わせたくても、襲った罪悪感からなにを話して良いか分からない。
休みの日は同じ家にいるのにオメガは自分の部屋に籠もって出てこなくて、これはもう発情期だけに使われる高性能な竿に徹するしかないと自分に言い聞かせようとした。
そんなある休日、気分転換で買い物に出かけて戻ってきたら、珍しくオメガがリビングに出て誰かと話していた。
来客かと顔を出そうとして、相手の声が聞こえないことに気付いた。
(電話か)
「うん、そうなんだよ……だからそろそろコロそうかなと思うんだけど、毒殺と刺殺、自殺と見せかけた落下シのどれがいいか悩んでるんだよね……やっぱり確実なのは毒殺か……うん、うん……」
なっ……なんだってーーーーーっ!
アルファは音もなくその場を立ち去り、玄関を出た。マンションの一階にあるコーヒーショップでシクシク泣く。
(殺そうと思うくらい嫌われていたなんて……そりゃ無理矢理だったけど、でも自分は好きになってるんだ、そこを理解してほしい。
会話もない夫夫関係でどうやって理解を求めようというのか、まったく頭にない。
ずびずびと鼻を啜り、でもこのまま帰らないというのも嫌で、恐る恐る玄関をくぐった。
「あ、おかえり」
珍しくオメガが声をかけてくれた。
「あ……うん、ただいま……」
「飯はこれから作るけど、なにが食べたい?」
「……………………な、なんでもいいよ!」
これは毒殺の前段階だろうか。
ブルブル震えてしまう指先を隠すようにギュッと握り、ちらりちらりとオメガを見た。
鼻歌を鳴らしながら料理をし始めるのを胃をキリキリさせながらその背中を眺めた。
どうしたら自分が好意を持っているかを伝えるにはどうしたらいいんだろう。
悩むが、なんせアルファは人生イージーモード。言い寄られるばかりで自分から告白したことがないのに気付く。苦労もなく勉強もできたし就職だってアルファと言うだけで名の知れた起業に入れた。つまりは苦労知らずの弱々メンタルである。
自分を殺そうとまで思っている相手になんと言えば良いのか分からない。
「あの……オメガさん、良かったら一緒に外食へ行きませんか?」
「悪い、俺仕事あるから」
「えっ……!?」
オメガが有職者だということを結婚して三ヶ月にして初めて知る。
しかもご飯食べ終えると片付けもそこそこ部屋に戻ってしまった。これでは夫夫の会話なんて夢のまた夢……。
アルファは泣きながら綺麗に流した食器を食洗機に入れていった。
そのまま殺されるかもと思いながらもオメガが作る食事が美味しくて泣きながら食べる日々。
ちゃんと食べてるのに体重はどんどんと減り、同僚たちに心配される始末。
「何があったんだ? 言ってみろ」
優しい同僚の言葉に、けれどオメガとの夫夫関係が悪いどころか拒絶されているなんて言いたくない。言葉にしたら事実として自分に突きつけられるようで嫌なのだ。
オメガとできるならちゃんとした夫夫になりたい。まずは恋人関係から……いや、その前に告白することから始めなければならない。
でも自分を殺そうとしている相手に告白したところで結果は見えている。
アルファはまた胃がキリキリして、それがいつもよりも強く我慢できないほどの痛みが生まれた。
「おい、アルファ! 誰か救急車!」
同僚たちの騒ぐ声が次第に遠くになりそのまま意識を失った。
目を覚ましたのはそれから三日後。
アルファは病院のベッドの上にいた。腕には点滴針が刺さっており、ポトンポトンと速いリズムで落ちる点滴へと管が繋がっている。
「あ、目が覚めた!」
近くで叫んだのはオメガだった。目の下にクマがくっきりとできている。
すぐにナースコールを押し、「目が覚めました!」と嬉しそうに告げた。
「凄い胃潰瘍ができてて、とにかく安静だからもう少し寝ていいけど、気分はどうだ?」
心配そうに覗き込んでくるオメガを不思議そうに見つめた。
「俺のこと、殺したいくらい憎いんじゃ……」
「はあ? なんだよそれ……」
キッとオメガの目が吊り上がった。病院お仕着せの浴衣のような服の襟元を掴んで揺さぶってくる。
「きゃーーっ、奥様そんな乱暴にしちゃダメですよーーーーっ!」
入ってきた看護師に助けられたが鬼の形相は変わらない。
「こいつが変なことを言うからだっ! なんだよ憎いって。お前のほうが後悔してんだろ、噛んだことを!」
「そんなわけないっ! むしろ嫌われてると思ってたよっ! 電話口で殺害方法まで誰かに相談して……」
言ってて涙が出てくるアルファ。情けなくも看護師ややってきた医師の前でエグエグ泣き始める。
医療関係者がじーっとオメガを見つめた。
「あれは仕事の電話だ! なんだったら相手呼んだって良い、出版社の人間だから」
その後、本当に大手出版の女性編集者が病室へとやってきた。丁寧に渡された名刺を見れば、ミステリー系のレーベル。
「いやーオメガ先生にはいつも面白い作品を書いていただいてます」
聞けばオメガは小説を書いているという。先日の電話は登場人物の準主役をどう殺害するかで話していたのだそうだ。
「なんだ……そうだったのか……」
一気に気が抜けたアルファはベッドに倒れ込んだ。
「ほら、先生。ちゃんと気持ちを伝えないとダメだって何回も言ったでしょ。言葉にしないとわかって貰えないって自分の作品でも書いてるのになぜ実践できないんですか」
窘める編集に子供のように不貞腐れるオメガ。
「俺、喋るの下手だから小説書いてるんだよっ!」
「それで旦那さんが毒殺されるかもって神経すり減らして胃潰瘍になったんですよ、ちゃんと反省してください。それとちゃんと自分の口で一目惚れしちゃったことも伝えないと!」
「おまっ……なんでそれまで言うんだよ!」
「一目惚れ……?」
信じられないのに顔が勝手にニヤけてしまう。
「そうなんですよ。先生ったらエレベータで一目惚れして発情しちゃったのが恥ずかしくて口にできなかったんです。自分にとっては棚ぼた結婚だけど旦那さんにはその気がないだろうって、そんなことばっかり言って。目が合ったら恥ずかしいからって仕事ばっかりしてたんですよ」
「そう……だったんだ……」
「あー、その顔は旦那さんも先生のこと、想ってますね!」
ニヤニヤ顔の編集の言葉に今度は看護師を含めオメガまでもがアルファをじーっと見つめてきた。
「いやそれは……その……はい、その通りです」
「ちゃんと両想いだったんですね、良かったです。では私は会社に戻りますので、先生、締め切り破らないでくださいね。来週ですから絶対に破らないでくださいね!」
好き放題言ってちゃっかり念押しした編集は颯爽と病室から退場していった。
まさかオメガも自分のことを好きだと想像もしてなかっただけに、どんな態度を取って良いか分からない。もじもじするアルファとオメガの様子を見て、医療関係者だけが黙々と自分たちのすべきことを進めていった。
「これなら一週間後には退院ですので、それまではゆっくりと身体を休めてください。ではまた夕食の後に」
二人きりにされて、オメガもアルファも相手をチラチラ見てはなんて言って良いか分からずもじもじ。
口火を切ったのはアルファだった。
「強引に噛んでしまったので、嫌われてると思ってたんだ」
「嫌いなんてひとことも言ってねーだろ。なのにあんたは避けるみたいに仕事仕事で帰ってくるの遅いし」
不貞腐れた顔が赤くて可愛いと思ってしまう。
「すまない……君に嫌われてると思っていたからその……何を話せば良いか分からなかったんだ」
「言えよ、そういうの……俺口下手だから無理だけど」
ツンとそっぽを向くのもまた可愛くてここが病院で点滴の管に繋がれてなかったら絶対に押し倒していた。間違いなく襲っていた。
「あの……退院したらその……もう一度最初からやり直してほしい。できれば告白するところから」
「いいけど……別に」
照れた顔がこの上なく可愛くて、更に好きになってしまうアルファだった。
それから退院するまで毎日のように見舞いに来たオメガに、退院したその日告白をして、一緒に住んでいるがデートをしたり二人で旅行に行ったりと恋人同士がすることをこなしてからプロポーズをするまで一年もかからなかったのであった。
おしまい
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数日前から読み始めて本日、ツイノベ、読了しました!
椎名先生のお話の幅の広さに驚きつつも、どれも楽しく読ませていただきました✨
あと、柴犬への愛を感じました😆
両片思いやすれ違いが大好物なので💕、オメガバのお話や男と隠して結婚した受けの話が特にお気に入りです💕
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ありがとうございました😊
これからも応援させてください🙇
Miki様
ツイノベ読破お疲れ様でした。
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基本的に明るくない話ですので、気に入っていただけて嬉しい限りです!
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