ツイノベ置き場

椎名サクラ

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風俗で働かされているオメガが幸せになる話

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風俗でオメガの受けは働いていた。

名も知らない男たちに夜ごと組み敷かれていた。

オメガだとわかったとき、家族から「家の恥だ」と言われ家を追い出された。

行く場所なんてなく、街でぼんやりと座り込んでいたら親切な人が声を掛けて「君のための場所」という所に連れて行ってくれた。

けれど、それは決して「良い場所」ではなかったし、「親切な人」もそうではなかった。

高値でオメガを風俗に売ったのだ。

その分働いて店に返さなければならない。

しかも法律は守ってくれなかった。

オメガには成人もなにもない。

発情が来ればその苦しみを発散させるために、クスリよりも誰かに解消して貰うことが推奨されていたからだ。

どこぞの人権団体がそう訴えて、各地の条例でもオメガは例外とされていた。

風俗はそれを逆手に取り、番のいないオメガを集めては「苦しむオメガを守るため」「番を効率的に見つけるため」と無理矢理に働かせるのだ。

発情期でなくても客を取らされる。

受けも絶えず客を取らされ、厭世観が漂い始めていた。

店が用意した寮に押し込められ、常に誰かに監視される生活だった。

自由なんてない生活に、何もかも諦めてしまう。

大体サラリーマン家庭で「家の恥」も何もないよな、とオメガの仲間たちで笑って、けれど知っている、みんな心の中で泣いていることを。

まもなく発情期が来る。

受けは気が重かった。

発情が来れば、乱交パーティと称して複数の男にずっと抱かれ続けるのだ。

入れ替わり立ち替わりやってくる男たちにずっと犯され続けなければならない。

発情が終わっても「まだ終わってない」と客をあてがわれ続ける。

どんなに数多の男に組み敷かれても、受けは満たされなかった。

心ばかりがぽっかりと穴が空き、抱かれても一度として気持ちいいとは感じたことがなかった。

身体も満たされない。

オメガと番になるようなアルファは社会的成功者で、こんな風俗なんてくるわけがない。

一生買い殺されるんだと悲観すら通り越した。

オメガというだけで客は後を引かない。

なんせ人口の1%にも満たない希少種を抱けるのだから、多少高くても客からは不満は出ない。

その日、オメガは出張の仕事だと言われ寮を出た。

店が用意した綺麗な服を身につけ、店長につれて行かれ高そうなホテルへと入っていった。

(また乱交パーティか……発情もしてないのに)

こう言った高級ホテルに呼ばれるのは初めてではない。

金持ちの余興に差し出され、嬌態を面白おかしく見られ、次から次へと襲われる。

気持ちが沈んだ。

俯いたまま促されエレベータにのり、上階へと向かう。

ノックで開いた扉に押し込まれた。

「やあ、ようこそ」

出てきたのは背の高い男だった。

一目でアルファだとわかった、匂いが他の人たちと違っていた。

男は受けにシャワーを浴びるように言うので素直にシャワーを浴びた。

アルファでも乱交するんだとちょっとだけあった憧れが消え失せた。

バスローブを羽織って出てくれば、服はどこかに消えていた。

「済まない、君の服を汚してしまったからクリーニングに出させて貰ったよ」

「いえ……気にしないでください」

「ところで、君は自分からあの店に入ったのかな?」

突然の質問に驚いた。

どうしてそんなことを訊くんだ?と頭の中いっぱいに疑問符を浮かべていると、男は「少し話をしようか」と言い出した。

身の上を訊ねられ、適当に流そうと思ったのに突っ込んだ話になっていく。

「べつにいいじゃないですか、そんなの……」

訊かないで欲しい、オメガ仲間だったら笑い話にできるが、他の人からの同情はいらない。

話したところで法律はオメガを守ってくれないのだ。

けれど男はオメガについて知りたいと言い、話して欲しいと乞うてきた。

「もっと君達を知りたいんだ」

別に自分に興味があるわけじゃないんだ、どっかのジャーナリストだろうか。

「いいよ、話しても……その代わりこれから指名して。そしたら話してあげる」

交換条件のように言えば、男はすぐに快諾した。

それから週に一度男に一晩指名を受け、自分が知っているオメガの実情を話した。

皆似たような物で、バース診断でオメガだと知って家から追い出されたり、クラスメイトに襲われ問題がなり居場所をなくしたりで、帰る場所を失ったのを見つかって店に連れてこられた。

買われた分の代金の何倍もの借金を提示され、「これだけあるんだから働け」と発情に関係なく毎日店に出されることを少しずつ話した。

男は受けを抱くこともなく真剣に訊いてくれた。

「話してくれてありがとう。君はどうしたい?

間もなく25になろうとする受けだが、思い浮かばない。

抱かれること以外の世界なんて知らないのだ。

「バース診断からずっとこんなことしてるから……俺たち他のこと知らない。何がしたいかもない」

寂しく笑った。

同情を買おうと思ったわけじゃない、本心だった。

「そう……ではいつか自由になったときにしたいことを考えて、次に会ったときに教えて欲しい」

「思いつくかな……なんも知らないもん、オレ」

その日から、男からの指名はなくなった。

もう聞きたいことはないんだと残念になり、寂しくなった。

抱かれない日が嬉しかったのは最初で、会うたびに話を聞かれる度に、この人が自分をここから連れ出してくれるのではないかと期待してしまっていた。

でも期待外れだった。

(そりゃそうだ、あんなに格好いいアルファなら、もっと若くて綺麗なオメガを相手にするよな。こんな誰にでも足を開くオメガより……)

初めて受けは泣いた。

寮のトイレでこっそりと泣いた。

どんなに泣いても次の日には当たり前のように客を取らされる。

「お前、太客がいなくなったんだから今まで以上に頑張んねーと借金なくならねーぞ」

店長はそう怒鳴ってきた。

もう充分借金を返済するだけ働いただろう、この12年。

そう思っても口にはしない、逆らえば折檻さられるし、平気で身体を傷つけてくる無茶な客を回されるのを知っているから。

何人もの男に抱かれて寮に連れ戻されて、ちょっとの自由時間を布団が敷き詰められた狭い部屋で過ごして、眠る変わらない生活を続けた。

だがある日、大勢の男が寮へとなだれ込んできた。

「警察だ、君達を保護しに来た」

書面を差し出されたが、まともに字が読める人間はここにはいなかった。

みんなキョトンとしながら促されるまま車に乗り込んだ。

シェルターと呼ばれる施設に入れられ、身体を売らなくて良い生活を送った。

こんな世界もあるのかとみんなして驚いた。

警察の話では、店はあまりにも違法なことをしすぎて経営陣が逮捕になったそうだ。

世情が変わったのは、オメガ風俗の実情を暴露した本が出版されたからだという。

ベストセラーになり、またもや人権団体が騒いで政府も動き始めたらしい。

その第一歩として受けのいた店が規制の対象になったのだという。

どんなにオメガを雇っていても、発情期以外は本人の了承なしに身体を売ることは禁止されているのだという。

そんなことも世間知らずな受けたちは知らなかった。

本当に自由になって、これからどうすればいいのかわからなかった。

いつまでもここにいられないのはぼんやりと理解して、けれど働き方も知らない受けは何から始めれば良いのか思いつきもしない。

ある日、受けに面会があった。

あのアルファの男だ。

「どうだい、自由になってしたいことは思いついたかい?」

男はこうなることを初めからわかっていたように問いかけてきた。

「……これ、どういうこと?」

「隠していて申し訳ない。実情を知るために君を買ったんだ」

あぁ、警察の人か。

納得して寂しくなった。

仕事のために話を聞いていただけなのに、自分ばかりが思いを寄せてしまったなんて恥ずかしくて死んでしまいたくなった。

「それで、何がしたい?」

「なにも……思いつかなかった。こんな身体だし、セックス以外できることがあるとは思えない」

「そうかな?オメガならアルファの妻になりたいとかそういう夢を持っているんだと思っていたよ」

「バカじゃないの。だってずっと色んな男に抱かれてきたんだぜ。そんな汚れたオメガなんて喜んで嫁にするアルファはいないだろう」

「そうかな?少なくとも私はもっと君のことを知りたいと思った。仕事じゃなければすぐにでも抱いて番になろうと思っていたけどね」

「は?」

「考えておいてくれないか。また逢いに来る」

男はそう言って帰って行った。

信じられなかった。

オメガ優遇措置ともとれる政策がどんどんと打ち上げられ、ただのブームだろうが助かった部分もある。

発情抑制剤は無償で提供するよう法案が整備されるとか、オメガでも就職できる企業を募るとか。

今までとは違う流れが始まろうとしていた。

男はそれから何度も受けに会いに来た。

時には外に連れ出してくれ、色んな経験をさせてくれた。

別れる度に「そろそろ返事を訊かせて欲しいな」と言ってきた。

何度目かその言葉を聞いたとき、受けは訊ねた。

「どうしてオレなの?」

「君だけだった、噛みたいと感じたのは……ずっと指名して誰にも抱かせたくないと思ったのも。本能だから仕方ない。けれど君の意思を大事にしたいんだ」

こんなことを言ってくれたのは初めてで嬉しくて、受けは泣いた。

「あんただったら、いいよ」

その夜、シェルターには帰らなかった。

生まれて初めて、抱かれて嬉しいと思った。

気持ちよすぎて気が狂うんじゃないかと思った。

終わったとき、指に力が入らなくなって、次の日ベッドを下りられなかった。

「次の発情が来たら噛ませて貰うよ」

本当に次の発情の時、たっぷりと蜜を中に吐き出してから男は受けのうなじを噛んだ。

幸せだった。

シェルターを出て男のマンションに移り住んだ。

警察の関係者だと思っていた男はジャーナリストで、あの本の作者だと初めて知った。

そして、本が書き終わった後でもずっと受けを指名していたことも。

毎回のように服をクリーニングに出したのは盗聴器を壊すためだと知ったときには驚いたが、驚き以上の愛情を注がれて嬉しかった。

「もっと自分と同じようなオメガを救いたいな」

「だったらNPOでも立ち上げようか。そうだね、君だったらぴったりだ」

そんなことを裸で抱き合いながら受けは幸せに浸った。

自分と同じように幸せになるオメガが一人でも増えれば良いなと願いながら。


おしまい
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