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力を使うたびに命が削られる聖者(受け)と知らずに力を使わせた騎士団副団長(攻め)の話
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ある世界で聖者の召喚が成功した。
異世界人のその人は細くこんなんで大丈夫かと一番に思ったのは騎士団の副団長だった。
聖者は魔族討伐に着いてきては神から与えられたという治癒の力を使い、戦いに傷ついた者を癒やした。
人々は歓喜し、討伐に参加する者はどんどんと無茶をするようになった。
なんせどれだけ傷ついても治して貰えるから、多少の無茶を承知で戦うようになった。
それは副団長も同じだった。
戦う機会が増え、そのたびに随行する聖者は次第に痩せ細っていった。
旅慣れないせいとしか思わなかった。
次第に聖者は馬車で随行するようになった。
これには副団長は激怒した、そんなもので着いてこられては動きが悪くなる。
しかも馬車の中で聖者はずっと眠っている。
人々を苦しめている魔族を倒していると言うのに緊張感がなく、兵の士気が下がった。
副団長は腹を立てて聖者に文句を言った。
「すみません……ちゃんとします」
弱々しい声だった。
こんなだっただろうかと首を傾げるが、すぐに魔族と遭遇してそれを忘れた。
勝利して、傷ついた多くの兵を治癒して貰うために聖者は力を使ったが、その後倒れた。
やはり旅慣れていなかったんだと思った副団長は、それから討伐の間は聖者の面倒を見るようになった。
以前のように馬に乗せるが、ぐらぐらして落ちてしまいそうだ。
仕方なく自分の馬に乗せ後ろから支えてやった。
食事の時間にはたっぷりと食べさせるが、とても食べているはずなのに、帰る頃には出立の日よりも確実に痩せている。
なんて効率が悪いんだ。
討伐も落ち着き、しばらくは遠征がないからと聖者を神殿に返した。
平素は神殿が聖者の身柄を預かるからだ。
まったく、あんなひ弱でこれからの討伐に着いてこられるのか。
できるわけがないだろう。
不満を騎士団長にぶつけるが、団長は曖昧に笑い窘めるばかりだ。
それどころか、しばらくは聖者の随行はないと言い始めた。
副団長は断固反対した。
この勢いと兵の士気を失いたくなかった。
死の恐怖から解放された兵はめざましい働きをするからだ。
どれだけの魔族を倒し、どれだけの人々が救われているか。
しかも一度の討伐で倒せる魔族の数が増え効率も上がっている。
聖者は神から遣わされた存在なのだからここで踏ん張って貰わなければ困ると強く進言した。
その言葉を支持したのは貴族たちだった。
なんせ自分の領地を魔族から守るために聖者の力が必要だったからだ。
できるならば自分の領地をいち早く脅威から解放したいと願っていた。
王すらもその声を押さえられなくなった。
再び討伐に聖者が同行するようになった。
団長の命でその結果を告げに副団長は聖者の元を訪れた。
粗末な部屋に寝台があるだけのそこが聖者の住居だという。
しかも前回逢ったときよりも確実に細くなっただけでなく、顔色も悪くなった。
寝台に座るのもやっとで、なぜこんなに弱っているんだと叱責した。
聖者は俯いて少し寂しそうに笑って「すみません」と言うだけだった。
違う、そんな返事を聞きたいのではない、もっとしっかりして貰わなければ困る。
「お前は聖者としての自覚があるのか!神から与えられた力を何だと思っているんだ!」
強く伝えても聖者は「すみません……」と言うだけだった。
そこで初めて副団長はおかしいと思った。
聖者とは万能な存在だと信じて疑わなかった副団長は、初めてきちんと聖者の顔を見た。
頬はこけ顔色も悪い。
もっとふくよかではなかったか。
これでは疫病にかかって死を待つばかりの人のようではないか。
「……どこか悪いところがあるのか。治癒の力を使ってなぜ治さないんだ」
聖者はまた寂しそうに笑った。
ギュッと服を掴んだ指が枯れ枝のように細いのに驚いた。
けれど自分が進言したからこそ、次の討伐には聖者の随行が決定した。
今になってそれを翻すことなど副団長にはできなかった。
ばつが悪くなり、「用意をしておけ」とだけ言い置いて部屋を出て行った。
神官長に一声掛けて帰ろうと部屋へと向かう間に神官たちの言葉を耳にした。
「そろそろあの聖者はダメになるな」
「今回は持った方じゃないか。記録では一回で死んだものもいたくらいだからな」
「そうだな。それにしても騎士団というのは恐ろしい所だな。聖者の力は命と引き換えだってのにあんなに討伐に引き回すなんて」
「聖者の命よりも自分達の活躍の方が大事なんだろうな」
副団長は愕然とした。
知らなかった、治癒の力は聖者の命を削っていることなど。
人々を助ければそれだけ聖者の寿命が縮むなど誰も教えてはくれなかった。
なぜそれをもっと早く言わないんだと神官を掴みかかろうとして、自分が責任転嫁していることに気付いた。
聖者だから、神から力を与えられたんだから万能だと勝手に決めつけて、何度も聖者を叱責した自分に怒る資格はない。
神官長に声を掛けることもできず副団長は執務室に戻った。
書類を捲る団長を見つけて、「知ってたんですか」と声を掛けた。
「なにをだ?」
「聖者が命を削って治癒の力を使うことをです」
「それは知らない、だが見れば分かる。長くは持たないだろう」
ぎっと奥歯を噛み締めた。
ならばなぜ自分を止めてくれなかったんだ、なぜ教えてくれなかったんだと怒りをぶつけそうになった。
だが団長は書類から目を離さずに静かに言った。
「聖者を我々と同じ存在と見ていなかっただろう、お前も団員も」
ハッとして、喉まで出かかった言葉を無理矢理飲み込んだ。
「聖者は遠征に連れて行く。だが力は使わせない。団員にも兵にもよく言っておくんだ」
頷いて部屋から出た。
そうだ、誰よりもあの細い存在を自分達と同じ人間としてみていなかったのは副団長だった。
だから兵や団員に発破を掛けた。
『我らには聖者が付いている、神が付いている。怯まずに行け!』と。
どんな傷でも治す奇跡の力にだけ目を向け歓喜し、その代償があるなど考えもしなかった。
副団長はすぐさま兵にも騎士にもその事実を告げた。
だが不満がすぐに出た。
今回の遠征だけは力を使って貰っても問題はないだろう。
誰もが治癒に慣れそれが当たり前になり、以前の恐怖を失っていた。
そうさせたのは他でもない副団長自身だ。
「だめだ、聖者は随行だけだ」
力で押さえつけてはいけないと感じた副団長は頭を下げた。
「私の指示が間違っていた。聖者がもし力が使えなければ、多くの仲間を失う。お前たちを失ってしまう、それを忘れないでくれ」
なぜ馬車で移動していたのかなど、もう考えなくてもわかる。
だから副団長は馬車を用意して、そこにずっと聖者を寝かせた。
本当に聖者は随行するだけだった。
不満を持った兵が何人も馬車を覗きに行き、その姿を見て怯み帰ってくるのを繰り返したが、副団長は何も言わなかった。
現実を知るべきだと思った、兵も自分も。
討伐を終え、ケガをしたものは応急処置をして帰る、以前と変わらないのに皆の表情が暗くなっていた。
無茶をすればその代償は自分に跳ね返る。
そして傷はいつだって勲章だったはずなのに、それすら聖者の力のもとに忘れてしまった。
自分の愚かさが嫌だった。
「聖者を……魔物に襲われたことにします」
団長にそう伝えると、当然だとばかりに頷いてくれ心の荷が下りた。
すぐさま馬車を壊して聖者を隠し、副団長は自宅に連れ帰った。
そこで副団長は必死に療養させた。
力を使わない分、少しずつだが聖者は回復していった。
少しだけ身体に肉が付き、顔色も良くなった。
けれどその命は確実に儚くなっているように思えた。
次、力を使ったなら彼は死ぬだろう、副団長はそう感じていた。
少しずつ話をするようになった。
聖者は自分の世界で仕事をしていて、そこでは上司の命令は絶対で逆らえば酷い目に遭っていた。
嫌で嫌で逃げ出したくて、逃げ場がなくて、そのまま自死を選んだはずなのに、目を覚ましたらこの世界にいたのだという。
なぜ自分で死を選ぶのか副団長にはわからなかった。
「逃げたかったんです、僕は弱い人間なのでそれしか逃げる方法を知らなくてここに来ても逃げようと思ってもできなくて」
「……済まない、私のせいだ」
「あなたは職務に忠実だっただけです」
違う、お前を人としてみていなかったんだとは言えずにいた。
そんな自分は卑怯だとわかっていても彼にこれ以上心的負荷を与えたくはなかった。
また討伐要請が入った。
騎士団は赴き、魔族を倒した。
だが団長が負傷した。
片手と片足が動かず、重傷だった。
副団長はすぐに聖者の元へと連れて行こうとして、次の瞬間、躊躇った。
ずっと自分を育ててくれた団長と聖者の命を天秤に計ったのだ。
「私のことは気にするな。これが自然の結果なんだ」
「けれど……」
「我らは国を、人を守るのが使命なんだ」
ぐうの音も出なかった、確かに傷つく人々を守りたいために騎士団に志願したのだ、己の身を犠牲にしてでも守ろうと思った。
では彼はどうなのだろう。
突然違う世界に呼び出され聖者であることを強要された彼はどうなのだろう。
そう、容易に頼り過ぎてしまった自分がすべて悪いのだ、今ですら団長のケガを治すために彼の命を削ろうとしている。
副団長は退団した。
小さな一軒家を買って聖者と二人で暮らした。
二人で畑を作り、近くの森で獣を狩り、穏やかにのんびりと過ごした。
枯れ木のように痩せ細った聖者は少しずつ身体の形を取り戻したが、気を抜くとすぐに痩せてしまう。
その頃には副団長は彼が愛おしくてしょうがなかった。
健気で控えめで心優しいその性根を知ると惹かれずにはいられなかった。
そして思うのだ、もっと早く知っていればこんなにも辛い思いをさせずに済んだのにと。
贖罪で彼を養っていたが、今は彼を守り慈しみたいために一緒に居た。
気持ちを告げていいのかわからず、ただ彼のためだけに日々を過ごした。
しかし、二人が住む小さな家に来客があった。
団長だった。
第一王子が病にかかり人の手ではもう治すことができないのだという。
「最後に一度力を貸して欲しい、聖者よ」
だが副団長は反対した。
今ですら気を抜けば痩せてしまいベッドから起きることができないこともあるのだ。
その命の灯火は小さくなり消えてしまうのが明日かもしれないのだ。
大事な人を失いたくない副団長は扉を閉めようとした。
けれど聖者はそれを止めた。
「僕の力が必要なんですよね。だったら……行きます」
「何をバカなことを言っているんだ」
「でもきっと、僕はそのためにここに来たんです。それに……元々自分から捨てようとした命なんですよ」
儚く笑うのに耐えきれず抱きしめた。
「あなたに無理を強いた私が言うべきではないのはわかっている、けれど言わせて欲しい……あなたが誰よりも大切なんだ」
「うん……気付いてました。誰かに大切にされているのが嬉しかった……」
「ならば、ずっとこのまま私といてくれ……私にあなたのすべてをくれ」
「……明日までなら」
その一言で、聖者が自分の命を終わらせようとしているのがわかった。
引き留めたい、自分だけのものにしたい、今もこれからも、永劫に。
副団長は聖者を抱いた。
思いの丈を彼にぶつけた。
聖者はすべてを受け止め、「嬉しい」と言った。
裸の彼を強く抱きしめこのまま時間が止まればいいと願った。
けれど目を覚ましたとき、もう寝台には聖者の姿はなかった。
副団長はただ静かに彼の帰りを待った。
その美しい魂が抜けた身体でも帰ってくるのをひたすら待った。
彼は帰ってきた、以前よりもずっと窶れた姿で。
僅かな残り火の命。
副団長は溜まらず彼を抱きしめた。
「ただいま」
掠れた聖者の声に泣いた。
「たぶん、残りの時間はあまりありません……それでもあなたと一緒に居ていいですか?」
「いてくれ、あなたの最期まで私といてくれ!」
コクンと聖者は頷いた。
そして彼がその命の灯火が消えるまで二人で静かに暮らすのだった。
おしまい
異世界人のその人は細くこんなんで大丈夫かと一番に思ったのは騎士団の副団長だった。
聖者は魔族討伐に着いてきては神から与えられたという治癒の力を使い、戦いに傷ついた者を癒やした。
人々は歓喜し、討伐に参加する者はどんどんと無茶をするようになった。
なんせどれだけ傷ついても治して貰えるから、多少の無茶を承知で戦うようになった。
それは副団長も同じだった。
戦う機会が増え、そのたびに随行する聖者は次第に痩せ細っていった。
旅慣れないせいとしか思わなかった。
次第に聖者は馬車で随行するようになった。
これには副団長は激怒した、そんなもので着いてこられては動きが悪くなる。
しかも馬車の中で聖者はずっと眠っている。
人々を苦しめている魔族を倒していると言うのに緊張感がなく、兵の士気が下がった。
副団長は腹を立てて聖者に文句を言った。
「すみません……ちゃんとします」
弱々しい声だった。
こんなだっただろうかと首を傾げるが、すぐに魔族と遭遇してそれを忘れた。
勝利して、傷ついた多くの兵を治癒して貰うために聖者は力を使ったが、その後倒れた。
やはり旅慣れていなかったんだと思った副団長は、それから討伐の間は聖者の面倒を見るようになった。
以前のように馬に乗せるが、ぐらぐらして落ちてしまいそうだ。
仕方なく自分の馬に乗せ後ろから支えてやった。
食事の時間にはたっぷりと食べさせるが、とても食べているはずなのに、帰る頃には出立の日よりも確実に痩せている。
なんて効率が悪いんだ。
討伐も落ち着き、しばらくは遠征がないからと聖者を神殿に返した。
平素は神殿が聖者の身柄を預かるからだ。
まったく、あんなひ弱でこれからの討伐に着いてこられるのか。
できるわけがないだろう。
不満を騎士団長にぶつけるが、団長は曖昧に笑い窘めるばかりだ。
それどころか、しばらくは聖者の随行はないと言い始めた。
副団長は断固反対した。
この勢いと兵の士気を失いたくなかった。
死の恐怖から解放された兵はめざましい働きをするからだ。
どれだけの魔族を倒し、どれだけの人々が救われているか。
しかも一度の討伐で倒せる魔族の数が増え効率も上がっている。
聖者は神から遣わされた存在なのだからここで踏ん張って貰わなければ困ると強く進言した。
その言葉を支持したのは貴族たちだった。
なんせ自分の領地を魔族から守るために聖者の力が必要だったからだ。
できるならば自分の領地をいち早く脅威から解放したいと願っていた。
王すらもその声を押さえられなくなった。
再び討伐に聖者が同行するようになった。
団長の命でその結果を告げに副団長は聖者の元を訪れた。
粗末な部屋に寝台があるだけのそこが聖者の住居だという。
しかも前回逢ったときよりも確実に細くなっただけでなく、顔色も悪くなった。
寝台に座るのもやっとで、なぜこんなに弱っているんだと叱責した。
聖者は俯いて少し寂しそうに笑って「すみません」と言うだけだった。
違う、そんな返事を聞きたいのではない、もっとしっかりして貰わなければ困る。
「お前は聖者としての自覚があるのか!神から与えられた力を何だと思っているんだ!」
強く伝えても聖者は「すみません……」と言うだけだった。
そこで初めて副団長はおかしいと思った。
聖者とは万能な存在だと信じて疑わなかった副団長は、初めてきちんと聖者の顔を見た。
頬はこけ顔色も悪い。
もっとふくよかではなかったか。
これでは疫病にかかって死を待つばかりの人のようではないか。
「……どこか悪いところがあるのか。治癒の力を使ってなぜ治さないんだ」
聖者はまた寂しそうに笑った。
ギュッと服を掴んだ指が枯れ枝のように細いのに驚いた。
けれど自分が進言したからこそ、次の討伐には聖者の随行が決定した。
今になってそれを翻すことなど副団長にはできなかった。
ばつが悪くなり、「用意をしておけ」とだけ言い置いて部屋を出て行った。
神官長に一声掛けて帰ろうと部屋へと向かう間に神官たちの言葉を耳にした。
「そろそろあの聖者はダメになるな」
「今回は持った方じゃないか。記録では一回で死んだものもいたくらいだからな」
「そうだな。それにしても騎士団というのは恐ろしい所だな。聖者の力は命と引き換えだってのにあんなに討伐に引き回すなんて」
「聖者の命よりも自分達の活躍の方が大事なんだろうな」
副団長は愕然とした。
知らなかった、治癒の力は聖者の命を削っていることなど。
人々を助ければそれだけ聖者の寿命が縮むなど誰も教えてはくれなかった。
なぜそれをもっと早く言わないんだと神官を掴みかかろうとして、自分が責任転嫁していることに気付いた。
聖者だから、神から力を与えられたんだから万能だと勝手に決めつけて、何度も聖者を叱責した自分に怒る資格はない。
神官長に声を掛けることもできず副団長は執務室に戻った。
書類を捲る団長を見つけて、「知ってたんですか」と声を掛けた。
「なにをだ?」
「聖者が命を削って治癒の力を使うことをです」
「それは知らない、だが見れば分かる。長くは持たないだろう」
ぎっと奥歯を噛み締めた。
ならばなぜ自分を止めてくれなかったんだ、なぜ教えてくれなかったんだと怒りをぶつけそうになった。
だが団長は書類から目を離さずに静かに言った。
「聖者を我々と同じ存在と見ていなかっただろう、お前も団員も」
ハッとして、喉まで出かかった言葉を無理矢理飲み込んだ。
「聖者は遠征に連れて行く。だが力は使わせない。団員にも兵にもよく言っておくんだ」
頷いて部屋から出た。
そうだ、誰よりもあの細い存在を自分達と同じ人間としてみていなかったのは副団長だった。
だから兵や団員に発破を掛けた。
『我らには聖者が付いている、神が付いている。怯まずに行け!』と。
どんな傷でも治す奇跡の力にだけ目を向け歓喜し、その代償があるなど考えもしなかった。
副団長はすぐさま兵にも騎士にもその事実を告げた。
だが不満がすぐに出た。
今回の遠征だけは力を使って貰っても問題はないだろう。
誰もが治癒に慣れそれが当たり前になり、以前の恐怖を失っていた。
そうさせたのは他でもない副団長自身だ。
「だめだ、聖者は随行だけだ」
力で押さえつけてはいけないと感じた副団長は頭を下げた。
「私の指示が間違っていた。聖者がもし力が使えなければ、多くの仲間を失う。お前たちを失ってしまう、それを忘れないでくれ」
なぜ馬車で移動していたのかなど、もう考えなくてもわかる。
だから副団長は馬車を用意して、そこにずっと聖者を寝かせた。
本当に聖者は随行するだけだった。
不満を持った兵が何人も馬車を覗きに行き、その姿を見て怯み帰ってくるのを繰り返したが、副団長は何も言わなかった。
現実を知るべきだと思った、兵も自分も。
討伐を終え、ケガをしたものは応急処置をして帰る、以前と変わらないのに皆の表情が暗くなっていた。
無茶をすればその代償は自分に跳ね返る。
そして傷はいつだって勲章だったはずなのに、それすら聖者の力のもとに忘れてしまった。
自分の愚かさが嫌だった。
「聖者を……魔物に襲われたことにします」
団長にそう伝えると、当然だとばかりに頷いてくれ心の荷が下りた。
すぐさま馬車を壊して聖者を隠し、副団長は自宅に連れ帰った。
そこで副団長は必死に療養させた。
力を使わない分、少しずつだが聖者は回復していった。
少しだけ身体に肉が付き、顔色も良くなった。
けれどその命は確実に儚くなっているように思えた。
次、力を使ったなら彼は死ぬだろう、副団長はそう感じていた。
少しずつ話をするようになった。
聖者は自分の世界で仕事をしていて、そこでは上司の命令は絶対で逆らえば酷い目に遭っていた。
嫌で嫌で逃げ出したくて、逃げ場がなくて、そのまま自死を選んだはずなのに、目を覚ましたらこの世界にいたのだという。
なぜ自分で死を選ぶのか副団長にはわからなかった。
「逃げたかったんです、僕は弱い人間なのでそれしか逃げる方法を知らなくてここに来ても逃げようと思ってもできなくて」
「……済まない、私のせいだ」
「あなたは職務に忠実だっただけです」
違う、お前を人としてみていなかったんだとは言えずにいた。
そんな自分は卑怯だとわかっていても彼にこれ以上心的負荷を与えたくはなかった。
また討伐要請が入った。
騎士団は赴き、魔族を倒した。
だが団長が負傷した。
片手と片足が動かず、重傷だった。
副団長はすぐに聖者の元へと連れて行こうとして、次の瞬間、躊躇った。
ずっと自分を育ててくれた団長と聖者の命を天秤に計ったのだ。
「私のことは気にするな。これが自然の結果なんだ」
「けれど……」
「我らは国を、人を守るのが使命なんだ」
ぐうの音も出なかった、確かに傷つく人々を守りたいために騎士団に志願したのだ、己の身を犠牲にしてでも守ろうと思った。
では彼はどうなのだろう。
突然違う世界に呼び出され聖者であることを強要された彼はどうなのだろう。
そう、容易に頼り過ぎてしまった自分がすべて悪いのだ、今ですら団長のケガを治すために彼の命を削ろうとしている。
副団長は退団した。
小さな一軒家を買って聖者と二人で暮らした。
二人で畑を作り、近くの森で獣を狩り、穏やかにのんびりと過ごした。
枯れ木のように痩せ細った聖者は少しずつ身体の形を取り戻したが、気を抜くとすぐに痩せてしまう。
その頃には副団長は彼が愛おしくてしょうがなかった。
健気で控えめで心優しいその性根を知ると惹かれずにはいられなかった。
そして思うのだ、もっと早く知っていればこんなにも辛い思いをさせずに済んだのにと。
贖罪で彼を養っていたが、今は彼を守り慈しみたいために一緒に居た。
気持ちを告げていいのかわからず、ただ彼のためだけに日々を過ごした。
しかし、二人が住む小さな家に来客があった。
団長だった。
第一王子が病にかかり人の手ではもう治すことができないのだという。
「最後に一度力を貸して欲しい、聖者よ」
だが副団長は反対した。
今ですら気を抜けば痩せてしまいベッドから起きることができないこともあるのだ。
その命の灯火は小さくなり消えてしまうのが明日かもしれないのだ。
大事な人を失いたくない副団長は扉を閉めようとした。
けれど聖者はそれを止めた。
「僕の力が必要なんですよね。だったら……行きます」
「何をバカなことを言っているんだ」
「でもきっと、僕はそのためにここに来たんです。それに……元々自分から捨てようとした命なんですよ」
儚く笑うのに耐えきれず抱きしめた。
「あなたに無理を強いた私が言うべきではないのはわかっている、けれど言わせて欲しい……あなたが誰よりも大切なんだ」
「うん……気付いてました。誰かに大切にされているのが嬉しかった……」
「ならば、ずっとこのまま私といてくれ……私にあなたのすべてをくれ」
「……明日までなら」
その一言で、聖者が自分の命を終わらせようとしているのがわかった。
引き留めたい、自分だけのものにしたい、今もこれからも、永劫に。
副団長は聖者を抱いた。
思いの丈を彼にぶつけた。
聖者はすべてを受け止め、「嬉しい」と言った。
裸の彼を強く抱きしめこのまま時間が止まればいいと願った。
けれど目を覚ましたとき、もう寝台には聖者の姿はなかった。
副団長はただ静かに彼の帰りを待った。
その美しい魂が抜けた身体でも帰ってくるのをひたすら待った。
彼は帰ってきた、以前よりもずっと窶れた姿で。
僅かな残り火の命。
副団長は溜まらず彼を抱きしめた。
「ただいま」
掠れた聖者の声に泣いた。
「たぶん、残りの時間はあまりありません……それでもあなたと一緒に居ていいですか?」
「いてくれ、あなたの最期まで私といてくれ!」
コクンと聖者は頷いた。
そして彼がその命の灯火が消えるまで二人で静かに暮らすのだった。
おしまい
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