ツイノベ置き場

椎名サクラ

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【リクエスト】伯爵次男と側仕えの話

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受けは伯爵家の次男だった。

広い屋敷の離れを一人で使い、何不自由なく暮らしていた。

着る物も流行の洋装で、短い髪を揺らして歩く姿は華やかと言われる容姿だった。

いつかは父の仕事を兄と共にするのだと信じて疑わず勉学に励んでいた。

受けにはいつも付き従う側仕えがいた。

使用人の子で、年上で背が高く、女学生が騒ぐほどの美丈夫だった。

側仕えは受けにとってもう一人の兄であり、友であり、師であり、想い人であった。

幼いながらに慕い、こんなにも素敵な人を独り占めしている優越感に浸っていた。

離れでの生活の面倒を見てくれるのは側仕えだけで、二人は常に一緒だった。

食事も風呂も何もかも一緒で、誰よりも心を寄せていた。

だから、受けが初めて蜜を放った日は泣いて側仕えに縋った。

「大人になった証なのですよ、坊ちゃん」

なぜこうなるのかを丁寧に側仕えは教えてくれた。

教えてくれたのはそれだけではない、どのようにするのかも丁寧に。

その日から夜になれば側仕えは受けのそこをゆっくりと優しく大人の形にしていった。

手での慰めに受けは溺れていき、側仕えにしがみ付いてはあえかな吐息を零し、甘い声で啼くようになった。

側仕えも熱心な手つきで受けを慰めた。

「坊ちゃん、これが心地よいのですか?」

「んっ……もっと、もっとして」

慕う相手が自分だけにしてくれることに受けはどこまでも悦び、そしてすべてを預けてくるその姿に側仕えも次第に熱を入れるようになった。

浴衣の前だけを寛げていたのが、次第に帯を解き互いのものを擦り合わせ、受けのしなやかな肌に口づけ、口でそこを慰めるようになるまでそう時間はかからなかった。

受けは何も躊躇わなかった。

教えて貰った口吸いすら嬉しくて二人の時は求めるようになった。

側仕えから与えられる愉悦は幼い身体と心を溺れさせるのに充分だったからだ。

「これより先がございますが、それは坊ちゃんがもっと大人になられてから」

「どうして?私は今すぐにでもそれがしたい」

「いえ、いいえ。坊ちゃんが大人になられても私と一緒に居たいと思われたとき、お教えいたします」

その意味を知らないまま、受けは頷いた。

ずっと一緒に居るのだから今急ぐことではないと思ったからだ。

それに側仕えから与えられる愉悦は幼い身体には凄まじく、心も身体も満たしてあまりあった。

しかし受けが14の時、突然側仕えが消えた。

誰に聞いても行方は知らず、その両親すらわからないと首を振る始末。

大人になってもずっと一緒に居るんだと信じていた受けは悲しくて泣き暮らした。

時代は明治から大正に変わり、伯爵家にも荒波がやってきた。

事業がゆっくりゆっくりと知らぬ間に傾いていたのだ。

父と兄がなんとか盛り返そうと寝る間を惜しんで様々やったがどうすることもできなかった。

そんな折、支援してくれるものが現れた。

「資金があればすぐにでも立て直します。互いの繋がりを強めるためにも優秀と聞く受けさんを我が家の養子にいただけませんか」

伯爵家は喜んだ。

家同士の繋がりに子供を養子に出すことは戦国の頃からの習わしで、喜んで受けを養子に出した。

受けは相手の人相のいやらしさに拒もうとしたが、家が建て直るのならとぐっと堪えた。

だが父も兄も、苦労知らずの世間知らずだった。

いつまで経っても援助はなく、そのまま事業は倒れていった。

借財の取り立てに来たのは支援を名乗った者達だった。

そのまま他の家族は姿を消され、次男である受けが家を継いだ体を整えると、伯爵家を乗っ取った。

受けは本宅の立派な洋館の一室に閉じ込められ、支援を名乗った者達に嬲られた。

泣きながら拒んでも押さえつけられ殴られ、逃げることはできなかった。

男を慰める術を教え込まれれば、彼らの社交の道具に使われた。

男色の趣味がある有力者が屋敷を訪えば、その身体を使われるのだった。

有力者たちは外での紳士の仮面を脱ぎ捨て、欲望のままに受けを嬲った。

どんなに泣き叫んでも助けが来ることはなく、受けはその身に白濁を浴びせ続けられた。

心が死んでしまいそうになった。

ぼんやりとする時間が増え、思い出すのは側仕えの事ばかりだった。

あの人が言っていた「これより先」とはこのことだったのかと理解して、こんな男たちにされるのだったらもっと強くねだって初めてを彼にして欲しかったと思い、それはもう叶わないのだと嘆いた。

「世間知らずの伯爵様のおかげで良い思いができたわ。簡単に伯爵家だけでなくお前のような苛めたくなる子を手に入れられるわで、これほど旨い仕事はなかったな」

支援者の親玉は散々受けを嬲った後、タバコを吹かしてそう笑った。

すぐにでも殺してやりたいのに、何一つ敵うことがなく言いなりになるしかない自分の無力を呪った。

悔しくてやるせなくて、次第に心は動かなくなっていった。

あれほど逃げ回り嫌がり続けていた受けが従順に身体を差し出してくると、嗜虐の趣味のないものまでもが伯爵家に呼ばれるようになり、夜ごと男の蜜を浴びるようになった。

まるで陰間だ。

そう自嘲してぼんやりと外を眺める日が増えた。

だが彼らの事業もまた傾き始めると我先にと伯爵家の家財を抱えて逃げていった。

取り残されたのは何もない伯爵邸と受けだけだった。

借財はすべて受けが背負い、誰も助けてはくれないだろう。

家具すらなくなった剥き出しの広間で受けは泣きながら嗤った。

毀れたレコードのように嗤い続けた。

「坊ちゃん、坊ちゃん、気を確かに!」

何度も身体を揺すられぼんやりとした眼差しが映したのは、懐かしい面影を持った青年だった。

洋装を美しく身に付けた美丈夫で、自分は幻影を見るようになったのだとまた嗤った。

「もっと早く助けられれば良かった。遅くなってしまい申し訳ございません」

伯爵邸に横付けた馬車に受けを乗せ、自宅へと連れ帰った美丈夫はすぐに受けを医師に診せ眠らせた。

目を覚ました受けが見たのは、伯爵邸よりもずっと立派な部屋だった。

「起きられましたら食事にしましょう」

その言葉は酷く懐かしく、ハッとして声の方に目をやればかつてよりもずっと男らしい面持ちになった側仕えの姿だった。

洋装が様になる体躯は着慣れているとばかりの所作で近づき、ワゴンから粥の入った椀を手に取った。

「どうして……」

「お迎えに行くのが遅くなってしまい申し訳ございません。もっと早くしたかったのですが、私の力不足で……」

側仕えが何を言っているのかわからなかった。

昔、病気をしたときのように匙に粥を掬って受けの口元に運んでくる。

懐かしい夢を見ているのだろうかと唇を開けば、少し冷めたドロドロの粥が流れ込んできた。

久しぶりの食事だった。

「こんなにも痩せてしまって……」

痛ましい声にどうしたのかと首を傾げ、突如自分がされてきたことを思い出し悲鳴を上げた。

「大丈夫です、あの者たちはもう決して坊ちゃんの前には現れません」

強く抱きしめられ、何度も言い聞かせてくる。

「今頃は魚の餌になっています、ご安心ください」

「どうして……どうして私を置いて行ったんだ」

「……連れて行きたかった。坊ちゃんとしていることを旦那様に知られ、追い出されたのです」

側仕えが受けにしたことを知った父は烈火のごとく怒り、だが醜聞を避けるために側仕えだけを放り出した。

二度と顔を出すなときつく言い渡され、従うしかなかったのは自分の身分が低いからだと立身出世するべく、がむしゃらに働いた。

側仕えの働きを目に留めてくれたこの家の主が養子に迎えてくれ、お家のために励んでいた。

その最中、伯爵家の没落といらぬ噂を耳にした側仕えは、なんとか受けを救い出そうと躍起になったが近づくこともできず、家の主である義父に相談した。

質の悪い連中の扱い方をよく知っている義父は、相手が商売敵だったこともあり手を貸してくれたという。

「もっと早くに義父に相談すれば良かった。貴方があのような目に遭っているなんて……」

自分がされていたことを全部知られていると知った受けは死にたくなった。

「見ないでくれ……私を見ないでくれ。もうお前が慈しんでくれた私ではないのだ」

幼い頃大事に大事にされていた無知な子供ではない。

数多の男を咥え穢れた身体を抱きしめて泣いた。

「坊ちゃんは今でも、私の知る誰よりも綺麗です」

「お前は知らないんだ、私が何をされたか……何をしてきたか」

一晩に何人もの男の相手をしただけではなく、同時に嬲られたこともある。

それを知ったら側仕えはきっと受けを打ち捨てるだろう。

「すべて知ってます。いつ、誰にどのように抱かれたのか、すべて……悔しかった。すぐにでもあなた様を助けてやりたかった」

側仕えは知っていてなお受けを抱きしめた。

「私は汚い。私は……私は……」

「何も汚れてなどおりません。坊ちゃんはあの頃のまま美しくあります……かつての約束を果たしてもよろしいでしょうか」

かつての約束、それは心を寄せていたならその先をするというもの。

それがどのような行為なのか嫌と言うほど知っている受けは首を振った。

「お前に私はふさわしくない」

「ふさわしいかどうかなど、どうでも良いのです。ずっとあなた様を抱きたかった。あの頃から私の思いは変わっておりません。坊ちゃんはどうなのですか」

受けはポロポロと涙を流し布団で顔を隠した。

「すまない、すまない……ずっと心はお前にあったのに奴らに私は……」

「そのお気持ちだけで充分です。傷が癒え心が癒えましたら、それでもまだ心を寄せてくださるのであれば、その時は遠慮なく『その先』をさせていただきます」

受けはもう何も言えなかった。

側仕えは毎日のように顔を出し、受けの様子を見ては少しずつ癒えていくのを喜んでくれた。

そして折に触れ受けを嬲った男たちの末路を教えてくれた。

多くは魚の餌になり、有力者たちも家が傾くように仕込みをし、いくつかは結果が出て首をつったり路頭に迷ったりと、不運を味わっているという。

「私のせいでお前に迷惑をかけてしまった、申し訳ない」

「私がしたかったことにございます。あなた様を傷つけたものを一人残らず生かすつもりはありません」

恐ろしいことを平気で口にする逞しさに笑うほど心が癒えると、その先が怖くなった。

医師からの快癒の言葉を受けると、側仕えはすぐに受けを抱きしめた。

「あの日とお心は変わりませんか」

「けれど私は……」

「坊ちゃんのお心を訊ねているのです」

昔にはない強引さに心が揺れた。

気持ちはかつてのままだったからが、頷いていいのかわからなかった。

「……こんな私でもいいのだろうか」

「あなた様のお心が私にあるのであれば」

「……一度としてよそに移ったことなどない」

「では『その先』をあなた様にお教えいたします」

そうして側仕えは優しく甘く受けの身体を溶かすと、一つになる悦びをその身にしっかりと教えていった。

嬲られるばかりだった身体は初めて味わう甘い愉悦に悦び、昔を思い出してはどこまでも溺れていくのだった。


おしまい
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