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【リクエスト】【オメガバース】小国の王になったオメガの話
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オメガは小国の王だった。
王の子供として生まれたわけではない。
その国は、先の王が崩御すると市井から見目の美しいオメガを見つけて王にするのだ。
王に与えられた仕事はただ一つ、小国を囲む四つの国の王に嬲られること。
美しい貴金属と纏っているのかどうかも分からぬ薄い布を身に付けて差し出されては、狂宴の贄となった。
どれだけ嫌がって暴れても、伸びてくる八つの手は容易に抑えつけられ、奪われるのだ。
王達は容赦しなかった、オメガが拒めば拒むほど燃え上がり、乱暴に己の欲望を満たそうとする。
一晩掛けて代わる代わる兇悪な欲望を打ち付けられ、悲鳴を上げるしかなかった。
そこが傷ついても誰も止めてはくれない。
むしろ初々しい反応に嗤い、新たな苦痛を与えようとした。
何も知らないオメガは彼らによって性技を仕込まれていった。
王達が帰る頃には立てぬ身体になっても、小国の誰も慰めはしなかった。
王とは名ばかりの性の傀儡を大事にする者はいなかった。
オメガが王達を満たせればそこから三月は施しを受けられるというのに、王城にいる皆が当たり前だと思っていた。
親から無理矢理に放され王にされ、嬲られることにオメガの心は毀れようとしていた。
どんなに豪華な服を身につけても、オメガには自由はなく、玉座に腰掛けることさえない。
三月ごとに嬲られ、他の時期は一月ごとに四つの国を回りその国の王に弄ばれる。
オメガは嫌がりながらも己の運命を受け入れるしかなかった。
逃げたいのに逃げ道はどこにもないのだから。
発情を迎えれば、今度は欲望を欲しがって悶えるオメガを王達は面白がって玩び、自分がただの道具のような気持ちになった。
オメガから表情が消えても、何も喋らなくなっても、周囲の誰も気にはしなかった。
死んでしまいたい、このまま消えてしまいたい。
表情をなくしたオメガは一層人形のような美しさを放ち、それがまた王達を喜ばせた。
そして王達はオメガに夢中になっていった。
普段は凜と澄ました美しいオメガが寝台でだけは身悶え泣くのだから、互いに自分のものにしようと画策し始めた。
そんな折、北の大国が攻めてきた。
王達は互いに協力し小国を守ると盟約していたが、どの国も最初に襲われた国を助けはしなかった。
自分以外の国が滅べばオメガを独占できると考えたからだ。
あっという間に四つの国は倒され、各国の王は断首された。
北の大国の手は小国にも及び、臣はいとも容易くオメガを差し出した、これが王だと。
無表情のオメガは北の大国の王の前に引きずられていった。
そこで初めて、オメガはアルファの存在を知った。
この世界ではオメガよりもずっと貴重で滅多に生まれてこないが、北の王はアルファだった。
「随分と美しい王だ、これは嬲り甲斐がある」
嘲るアルファにすら無表情で対峙するオメガに、アルファは興味を覚えすぐに自分の寝台に引きずり込んだ。
人形のような顔が苦しみと快楽に歪むのを見て、アルファもまた彼に溺れていったが声を失ったことに疑念を覚えた。
アルファはすぐにオメガのことを調べさせた。
オメガが代襲で王になったのではなく、四つの国の王たちに嬲られるためだけに王になったことを知ると、どうオメガを扱えばいいかが分からなかった。
逆に小国の臣をすぐさま断頭台へと送った。
北の大国が攻め入ったのは豊かな土地を欲したからだが、小国は荒れた土地であり芋以外の作物は取れなかった。
四つの国におもねるのも、そんな土地で貧しかったが、なぜか美しいオメガはよく生まれた。
彼らの春を売って糊口を凌いだのが国の始まりだった。
事実を知るまでは乱暴に欲望の赴くままにオメガを抱いたアルファだったが、心をなくしたオメガが憐れになりはじめた。
だがどうしていいか分からず、そのままオメガを自分の城へと連れ帰った。
オメガはずっと初めに入れた部屋から出ることもなくただ窓の外を見るだけだった。
北の大国は一年の半分を雪で覆われた厳しい土地にあった。
窓を開ければすぐに吹雪が舞い込み死ねるが、オメガはただ無気力に座るだけだった。
希望など何もなかった。
嬲られるだけの存在だからと自分を哀れむだけの心すらなかった。
「お前はどうしたいんだ?」
アルファは訊ねた、だがオメガは何も答えず顔を動かすこともしない。
食事もあまり摂らずオメガはどんどんと痩せ細り、死んでしまいそうだった。
その儚さがまたアルファを魅了した。
毎日のようにオメガに訊ねても答えを貰うことはできなかった。
そしてとうとうオメガは倒れた。
寝台から起き上がることもできず、息も浅くなっていった。
そうなってから初めてアルファは憤りを感じた、なぜ死のうとするのだと。
無理矢理にオメガに食事を与えた。
拒む顔を押さえ嚥下させ続けた。
医師にも診せた。
老医師は心の病だと返してきた。
喋れないのも食事を摂らないのも、心が病んでいるからだと。
アルファはオメガが喋らないのではなく喋れないのだと知った。
それから紙と筆を用意して筆談を試みたが、オメガは字が書けなかったので緩く首を振った。
市井の貧しい民は字を知らない、王になっても教える者はなく、学を与えはしなかった。
アルファは驚いた。
それからオメガに字を教えた、ゆっくりと時間をかけ。
何重にも服でくるんで外にも連れ出した。
オメガは無表情のままだったが、泉が凍っているのを見て初めてその顔に感情が乗った。
「なんだ、凍ってる泉を見るのは初めてか?」
頷くオメガの顔は初めて生き生きとしていた。
馬から下ろしその上を歩かせてみれば、足元が滑る感触におっかなびっくりとなりアルファにしがみ付いてきた。
愛おしさが沸き起こった。
それからというもの、アルファは常にオメガを連れ歩いた。
彼が興味を持つものを見つけてはなんでも与えていった。
オメガが興味を持つのは高価な品ではなく、北の国の民なら誰もが持っているものや知っていることばかりだった。
雪の上を歩ける靴や滑る板、白銀の風景に毛の長い獣たち。
そんなオメガのために毛足の長い猫を贈った。
猫は巧みにオメガの心を溶かしていった。
オメガも猫を撫でるときだけは穏やかな顔をしていた。
アルファはその顔をもっと見たいと思った、そして自分に向けて欲しいと。
情けないが猫に嫉妬し始めた。
なにせ北の国へと連れてきてからオメガを抱いていないアルファは、煮詰まっていた。
大事にしたい一方で本能は彼を襲いたくて堪らなかった。
特に発情期が来ると離れているのが辛いとすら感じる。
その日もアルファは己の欲望を押し隠してオメガに字を教えていた。
少しずつではあるが覚え、言葉が書けるようになっていたオメガは、筆を取ってある言葉を書き始めた。
『なぜわたしに何もしないのか。すきにしていい』と。
アルファは驚き、なんと伝えればいいか分からなかった。
もう心はすっかりオメガを愛していたが、そんな自分を曝け出すのが恥ずかしかった。
隠すように乱暴に「そんなに弄ばれたいか、淫乱だな」と口走り、しまったと思った。
だがオメガは何も感じないかのように無表情のままだった。
また筆が走った。
『ふようならすててくれ』
そう書くオメガは無表情のままだった。
『おもしろくないおもちゃはすててあたらしいのにかえればいい』
ハッとしてオメガの肩を掴んだ。
「誰か来たのか!ここに誰が来たんだ!」
オメガは小国の残った臣の名前を書いた。
北の大国が小国を冷遇するのはオメガが不興を買ったからだと思った臣は、オメガを叱責に来たのだ。
そして不出来ならば新たなオメガと交換すると言った。
物のように扱われ続けたオメガは何も疑問に思わなかったがアルファはすぐに顔を怒りに変えた。
「バカなことを言うな!お前を捨てるはずがないだろ!!」
だがオメガは首を傾げるだけだった、抱きもしないのになぜ側に置くのか全く分からない。
いつも閉じたままの唇が僅かに開いた。
覗く赤い舌がアルファを誘っているようでもあった。
我慢し続けたアルファは堪えきれず、オメガの唇を貪った。
オメガは驚いていた、口づけなどされたことがなかったが拒みはしなかった。
四つの国の王達に強靱な力で押さえつけられ、もう「拒む」ことを忘れてしまっていた。
興奮したアルファはオメガを貪り、久方ぶりに寝台へと押しつけ、優しく抱いた。
これにはオメガは戸惑い、どうしていいのか分からずにいた。
甘く優しい愛撫は身体を燃え上がらせ、まるで発情しているときのように中が疼くのだ。
奪われることしか知らなかったオメガは怯え、挿れられて悶えてしまった。
終わった後、アルファは感情のまま抱いたことを後悔した。
オメガは発情期のように欲した自分に驚いた。
二人の間が気まずくなり、アルファは毎日のように訪れたオメガの部屋に向かう足が重くなった。
嫌われたのではないかと怯え、辺りに当たり散らすくらい動揺した。
オメガもまた発情でもないのにアルファに抱かれたがる己が本当に色欲に溺れたのではないかと戸惑い、寝台に籠もってしまった。
アルファの周囲は呆れ懇々と説教するが、失敗をしたことがないアルファはどうやって挽回すればいいか分からなかった。
オメガの部屋から足が遠のいたと知って戸惑ったのは小国の臣だった。
無能なオメガを「廃棄」して新しく従順なオメガを献上すれば、以前のように苦労なく国が繁栄すると信じた臣は、オメガへの謁見を求めたが、アルファによって妨げられた。
このままでは困ったことになると焦った臣は深夜、オメガの部屋へと忍び込み、殺めようとした。
オメガも自分を殺しに来たのはすぐに分かったが抵抗はしなかった。
アルファが訪わなくなった自分は用済みになると悟っていたから。
だが臣はオメガを殺すことはできなかった。
アルファに見つかってしまったから。
「なぜ逃げない!あのままではお前は殺されていたんだぞ!」
怒ったアルファに対し、オメガは大きな掌に字を書いた、『ようずみだから』と。
歴代の小国の王はそうやって死に世代交代してきたのだ。
アルファは一層怒った。
「用済みなものか!お前が大事すぎてどうしたらいいのか戸惑っているというのに!」
怒りにまかせて己が心の内を明かしたことに気付かないアルファだが、オメガは驚いた。
大事にされるなど、王になってから一度もなく、すっかり忘れていた。
トンと心臓が跳ね、騒がしくなった。
「お前が大事で大事でどうやって心を通い合わせようか悩んでいるのに、死ぬバカがあるか!」
叱責すらも嬉しいと感じてしまったオメガは身体の奥がギュッと物欲しげに窄まるのを感じた。
優しく抱かれてからアルファに抱かれたいと疼く身体を持て余していたが、今日の疼きは堪えられそうもなかった。
オメガは服を脱いでアルファの前を口で慰め始めた。
「どこでこんなことを……あいつらか……やめろ、お前を傷つけたいのではないっ!」
だがオメガは止めなかった。
存分に育つと足を開いて欲しがりな場所を見せた。
それにはアルファも我慢できなかった。
「くそっ!」と悪態を吐きオメガを抱いた。
性急で少し乱暴な動きにすら感じたオメガはアルファにしがみ付いて感じ続けた。
嬌声すら発しない唇を開き身悶え、そして掠れた音がアルファの耳を擽った。
それはアルファの名だった。
アルファは興奮し、オメガを貪り続けた。
オメガも嬉しそうにアルファを受け入れた。
次第に感情は大きく膨れ上がり、予定よりも早く発情が起きた。
直にその匂いを嗅いだアルファは狂ったようにオメガを抱いた。
「好きだ」と何度も告げて想いのまま抱き続けた。
オメガも狂ったように求めた、あれほど出なかった声が掠れてはいたが零れでるようになった。
「うれしい、もっとして、いっぱいして」
文字に書くのと同じ拙い言葉を捧げ続けた。
やっとオメガを放した時、そのうなじにはいくつもの噛み跡が残っていた。
アルファはそこに口づけを何度も落とした。
「そうだ、お前を大事にしたいのなら番にすれば良かったんだ……これでもう離れることができないだろう」
番などオメガは知らなかったが、嬉しくて身体を震わせた。
「まだ、ほしい」オメガはたっぷりの蜜を零す蕾を見せまたアルファを誘った。
二人は発情が終わるまで部屋から出ることはなかった。
番になってからと言うもの、アルファは人目を憚らずオメガの世話を焼くようになった。
場所など構わずどこでも愛を告げるようになった。
初めオメガは戸惑ったが次第にそれに慣れ、子供が生まれる頃には自分からも同じ言葉を口にするようになった。
そう言えばアルファが嬉しそうに抱きしめてくれるから。
こうして不器用な二人は末永くいつまでも幸せに暮らしました。
おしまい
王の子供として生まれたわけではない。
その国は、先の王が崩御すると市井から見目の美しいオメガを見つけて王にするのだ。
王に与えられた仕事はただ一つ、小国を囲む四つの国の王に嬲られること。
美しい貴金属と纏っているのかどうかも分からぬ薄い布を身に付けて差し出されては、狂宴の贄となった。
どれだけ嫌がって暴れても、伸びてくる八つの手は容易に抑えつけられ、奪われるのだ。
王達は容赦しなかった、オメガが拒めば拒むほど燃え上がり、乱暴に己の欲望を満たそうとする。
一晩掛けて代わる代わる兇悪な欲望を打ち付けられ、悲鳴を上げるしかなかった。
そこが傷ついても誰も止めてはくれない。
むしろ初々しい反応に嗤い、新たな苦痛を与えようとした。
何も知らないオメガは彼らによって性技を仕込まれていった。
王達が帰る頃には立てぬ身体になっても、小国の誰も慰めはしなかった。
王とは名ばかりの性の傀儡を大事にする者はいなかった。
オメガが王達を満たせればそこから三月は施しを受けられるというのに、王城にいる皆が当たり前だと思っていた。
親から無理矢理に放され王にされ、嬲られることにオメガの心は毀れようとしていた。
どんなに豪華な服を身につけても、オメガには自由はなく、玉座に腰掛けることさえない。
三月ごとに嬲られ、他の時期は一月ごとに四つの国を回りその国の王に弄ばれる。
オメガは嫌がりながらも己の運命を受け入れるしかなかった。
逃げたいのに逃げ道はどこにもないのだから。
発情を迎えれば、今度は欲望を欲しがって悶えるオメガを王達は面白がって玩び、自分がただの道具のような気持ちになった。
オメガから表情が消えても、何も喋らなくなっても、周囲の誰も気にはしなかった。
死んでしまいたい、このまま消えてしまいたい。
表情をなくしたオメガは一層人形のような美しさを放ち、それがまた王達を喜ばせた。
そして王達はオメガに夢中になっていった。
普段は凜と澄ました美しいオメガが寝台でだけは身悶え泣くのだから、互いに自分のものにしようと画策し始めた。
そんな折、北の大国が攻めてきた。
王達は互いに協力し小国を守ると盟約していたが、どの国も最初に襲われた国を助けはしなかった。
自分以外の国が滅べばオメガを独占できると考えたからだ。
あっという間に四つの国は倒され、各国の王は断首された。
北の大国の手は小国にも及び、臣はいとも容易くオメガを差し出した、これが王だと。
無表情のオメガは北の大国の王の前に引きずられていった。
そこで初めて、オメガはアルファの存在を知った。
この世界ではオメガよりもずっと貴重で滅多に生まれてこないが、北の王はアルファだった。
「随分と美しい王だ、これは嬲り甲斐がある」
嘲るアルファにすら無表情で対峙するオメガに、アルファは興味を覚えすぐに自分の寝台に引きずり込んだ。
人形のような顔が苦しみと快楽に歪むのを見て、アルファもまた彼に溺れていったが声を失ったことに疑念を覚えた。
アルファはすぐにオメガのことを調べさせた。
オメガが代襲で王になったのではなく、四つの国の王たちに嬲られるためだけに王になったことを知ると、どうオメガを扱えばいいかが分からなかった。
逆に小国の臣をすぐさま断頭台へと送った。
北の大国が攻め入ったのは豊かな土地を欲したからだが、小国は荒れた土地であり芋以外の作物は取れなかった。
四つの国におもねるのも、そんな土地で貧しかったが、なぜか美しいオメガはよく生まれた。
彼らの春を売って糊口を凌いだのが国の始まりだった。
事実を知るまでは乱暴に欲望の赴くままにオメガを抱いたアルファだったが、心をなくしたオメガが憐れになりはじめた。
だがどうしていいか分からず、そのままオメガを自分の城へと連れ帰った。
オメガはずっと初めに入れた部屋から出ることもなくただ窓の外を見るだけだった。
北の大国は一年の半分を雪で覆われた厳しい土地にあった。
窓を開ければすぐに吹雪が舞い込み死ねるが、オメガはただ無気力に座るだけだった。
希望など何もなかった。
嬲られるだけの存在だからと自分を哀れむだけの心すらなかった。
「お前はどうしたいんだ?」
アルファは訊ねた、だがオメガは何も答えず顔を動かすこともしない。
食事もあまり摂らずオメガはどんどんと痩せ細り、死んでしまいそうだった。
その儚さがまたアルファを魅了した。
毎日のようにオメガに訊ねても答えを貰うことはできなかった。
そしてとうとうオメガは倒れた。
寝台から起き上がることもできず、息も浅くなっていった。
そうなってから初めてアルファは憤りを感じた、なぜ死のうとするのだと。
無理矢理にオメガに食事を与えた。
拒む顔を押さえ嚥下させ続けた。
医師にも診せた。
老医師は心の病だと返してきた。
喋れないのも食事を摂らないのも、心が病んでいるからだと。
アルファはオメガが喋らないのではなく喋れないのだと知った。
それから紙と筆を用意して筆談を試みたが、オメガは字が書けなかったので緩く首を振った。
市井の貧しい民は字を知らない、王になっても教える者はなく、学を与えはしなかった。
アルファは驚いた。
それからオメガに字を教えた、ゆっくりと時間をかけ。
何重にも服でくるんで外にも連れ出した。
オメガは無表情のままだったが、泉が凍っているのを見て初めてその顔に感情が乗った。
「なんだ、凍ってる泉を見るのは初めてか?」
頷くオメガの顔は初めて生き生きとしていた。
馬から下ろしその上を歩かせてみれば、足元が滑る感触におっかなびっくりとなりアルファにしがみ付いてきた。
愛おしさが沸き起こった。
それからというもの、アルファは常にオメガを連れ歩いた。
彼が興味を持つものを見つけてはなんでも与えていった。
オメガが興味を持つのは高価な品ではなく、北の国の民なら誰もが持っているものや知っていることばかりだった。
雪の上を歩ける靴や滑る板、白銀の風景に毛の長い獣たち。
そんなオメガのために毛足の長い猫を贈った。
猫は巧みにオメガの心を溶かしていった。
オメガも猫を撫でるときだけは穏やかな顔をしていた。
アルファはその顔をもっと見たいと思った、そして自分に向けて欲しいと。
情けないが猫に嫉妬し始めた。
なにせ北の国へと連れてきてからオメガを抱いていないアルファは、煮詰まっていた。
大事にしたい一方で本能は彼を襲いたくて堪らなかった。
特に発情期が来ると離れているのが辛いとすら感じる。
その日もアルファは己の欲望を押し隠してオメガに字を教えていた。
少しずつではあるが覚え、言葉が書けるようになっていたオメガは、筆を取ってある言葉を書き始めた。
『なぜわたしに何もしないのか。すきにしていい』と。
アルファは驚き、なんと伝えればいいか分からなかった。
もう心はすっかりオメガを愛していたが、そんな自分を曝け出すのが恥ずかしかった。
隠すように乱暴に「そんなに弄ばれたいか、淫乱だな」と口走り、しまったと思った。
だがオメガは何も感じないかのように無表情のままだった。
また筆が走った。
『ふようならすててくれ』
そう書くオメガは無表情のままだった。
『おもしろくないおもちゃはすててあたらしいのにかえればいい』
ハッとしてオメガの肩を掴んだ。
「誰か来たのか!ここに誰が来たんだ!」
オメガは小国の残った臣の名前を書いた。
北の大国が小国を冷遇するのはオメガが不興を買ったからだと思った臣は、オメガを叱責に来たのだ。
そして不出来ならば新たなオメガと交換すると言った。
物のように扱われ続けたオメガは何も疑問に思わなかったがアルファはすぐに顔を怒りに変えた。
「バカなことを言うな!お前を捨てるはずがないだろ!!」
だがオメガは首を傾げるだけだった、抱きもしないのになぜ側に置くのか全く分からない。
いつも閉じたままの唇が僅かに開いた。
覗く赤い舌がアルファを誘っているようでもあった。
我慢し続けたアルファは堪えきれず、オメガの唇を貪った。
オメガは驚いていた、口づけなどされたことがなかったが拒みはしなかった。
四つの国の王達に強靱な力で押さえつけられ、もう「拒む」ことを忘れてしまっていた。
興奮したアルファはオメガを貪り、久方ぶりに寝台へと押しつけ、優しく抱いた。
これにはオメガは戸惑い、どうしていいのか分からずにいた。
甘く優しい愛撫は身体を燃え上がらせ、まるで発情しているときのように中が疼くのだ。
奪われることしか知らなかったオメガは怯え、挿れられて悶えてしまった。
終わった後、アルファは感情のまま抱いたことを後悔した。
オメガは発情期のように欲した自分に驚いた。
二人の間が気まずくなり、アルファは毎日のように訪れたオメガの部屋に向かう足が重くなった。
嫌われたのではないかと怯え、辺りに当たり散らすくらい動揺した。
オメガもまた発情でもないのにアルファに抱かれたがる己が本当に色欲に溺れたのではないかと戸惑い、寝台に籠もってしまった。
アルファの周囲は呆れ懇々と説教するが、失敗をしたことがないアルファはどうやって挽回すればいいか分からなかった。
オメガの部屋から足が遠のいたと知って戸惑ったのは小国の臣だった。
無能なオメガを「廃棄」して新しく従順なオメガを献上すれば、以前のように苦労なく国が繁栄すると信じた臣は、オメガへの謁見を求めたが、アルファによって妨げられた。
このままでは困ったことになると焦った臣は深夜、オメガの部屋へと忍び込み、殺めようとした。
オメガも自分を殺しに来たのはすぐに分かったが抵抗はしなかった。
アルファが訪わなくなった自分は用済みになると悟っていたから。
だが臣はオメガを殺すことはできなかった。
アルファに見つかってしまったから。
「なぜ逃げない!あのままではお前は殺されていたんだぞ!」
怒ったアルファに対し、オメガは大きな掌に字を書いた、『ようずみだから』と。
歴代の小国の王はそうやって死に世代交代してきたのだ。
アルファは一層怒った。
「用済みなものか!お前が大事すぎてどうしたらいいのか戸惑っているというのに!」
怒りにまかせて己が心の内を明かしたことに気付かないアルファだが、オメガは驚いた。
大事にされるなど、王になってから一度もなく、すっかり忘れていた。
トンと心臓が跳ね、騒がしくなった。
「お前が大事で大事でどうやって心を通い合わせようか悩んでいるのに、死ぬバカがあるか!」
叱責すらも嬉しいと感じてしまったオメガは身体の奥がギュッと物欲しげに窄まるのを感じた。
優しく抱かれてからアルファに抱かれたいと疼く身体を持て余していたが、今日の疼きは堪えられそうもなかった。
オメガは服を脱いでアルファの前を口で慰め始めた。
「どこでこんなことを……あいつらか……やめろ、お前を傷つけたいのではないっ!」
だがオメガは止めなかった。
存分に育つと足を開いて欲しがりな場所を見せた。
それにはアルファも我慢できなかった。
「くそっ!」と悪態を吐きオメガを抱いた。
性急で少し乱暴な動きにすら感じたオメガはアルファにしがみ付いて感じ続けた。
嬌声すら発しない唇を開き身悶え、そして掠れた音がアルファの耳を擽った。
それはアルファの名だった。
アルファは興奮し、オメガを貪り続けた。
オメガも嬉しそうにアルファを受け入れた。
次第に感情は大きく膨れ上がり、予定よりも早く発情が起きた。
直にその匂いを嗅いだアルファは狂ったようにオメガを抱いた。
「好きだ」と何度も告げて想いのまま抱き続けた。
オメガも狂ったように求めた、あれほど出なかった声が掠れてはいたが零れでるようになった。
「うれしい、もっとして、いっぱいして」
文字に書くのと同じ拙い言葉を捧げ続けた。
やっとオメガを放した時、そのうなじにはいくつもの噛み跡が残っていた。
アルファはそこに口づけを何度も落とした。
「そうだ、お前を大事にしたいのなら番にすれば良かったんだ……これでもう離れることができないだろう」
番などオメガは知らなかったが、嬉しくて身体を震わせた。
「まだ、ほしい」オメガはたっぷりの蜜を零す蕾を見せまたアルファを誘った。
二人は発情が終わるまで部屋から出ることはなかった。
番になってからと言うもの、アルファは人目を憚らずオメガの世話を焼くようになった。
場所など構わずどこでも愛を告げるようになった。
初めオメガは戸惑ったが次第にそれに慣れ、子供が生まれる頃には自分からも同じ言葉を口にするようになった。
そう言えばアルファが嬉しそうに抱きしめてくれるから。
こうして不器用な二人は末永くいつまでも幸せに暮らしました。
おしまい
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