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2023年鬼さんワンドロ
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それは昔々の話。
山の奥深くに鬼が住んでいた。
おどろおどろしく恐ろしい顔をした鬼だった。
その身体は人間の倍はあった。
人の母と鬼の間に生まれた鬼は独りで住んでいた。
時折罠にかかった動物を食べ、そこらに生えている木の実を食べて生きていた。
ある日、そこに人間の男が迷い込んできた。
ふらふらしながら獣道を歩き、何度も転んではあちらこちらを汚していた。
荒れた手は血と砂が混じり汚れ、綺麗だっただろう着物も所々が切れている。
鬼はそんな男をずっと見ていた。
自分を殺しに来たのかと始めは警戒したが、あまりものみすぼらしさに次第に心配になった。
転ぶたびに手を差し伸べようとしてそんな自分を押さえつけた。
あんなにも気の小さそうな男の前に自分が現れたら驚いて心の臓が止まるのではと思ったからだ。
男は何度も何度も転んだり怪我をしたりして森の奥へと入っていく。
このままでは人里に帰れなくなる。
鬼はなんとか男を人里に向かわせようと色々と策を講じたが、悉く無視されどんどん奥へと進んでいく。
鬼は困った。
けれど助けられない。
次第に太陽は傾き、人間はどんどん鬼の住処へと近づいていく。
あそこが見つかっては困る、だが男の前に出る選択肢もない。
とうとう夜がやってきた。
男は木の根元に腰掛けて寝てしまった。
そうなってようやく鬼は男の側に近づく。
遠目で見るよりもとても綺麗な男だった。
女なら間違いなく求婚者が列を成すことだろう。
しかし綺麗な顔に反して骨格は男である。
鬼はその顔を堪能して、しかしこのまま置いておけず仕方なしに家に連れ帰った。
囲炉裏に火を点け、人間のために布団を敷く。
いつ起きても良いようにご飯を盆に置き、水筒も側に用意してやった。
そこまでしてから隣の部屋に入った。
目が覚めてこんな怖い自分を見ては可哀想だと思ったからだ。
夜中に男は目を覚ました。
側に飯があり暖かい部屋で布団に寝かされていることに驚いていた。
ここはどこなんだ。
男の涼やかな声を聞いて思わず鬼は音を立ててしまった。
自分が思っていたよりも美しかったからだ。
どなたか存じませんがありがとうございます。
男はそう言い、鬼の方へと声を掛けてくれた。
いや……気にせず飯を食え、それだけで足りなければ鍋の中にもなにかあるはずだ。
男は礼をいうと、遠慮することなくご飯を口にした。
随分と食べていなかったのだろう、かき込むように食べる音が聞こえる。
よかった、鬼はホッとした。
明日には男は出て行くだろう、だがそれでいい。
こんな恐ろしい鬼と関わったなど知らない方が良いだろう。
男は腹が満たされるともう一度扉の向こうの鬼に向け礼を言う。
気にするな、もう寝ろ。
鬼はぶっきらぼうに答えた。
顔を見て礼を言いたい、そう言うが鬼は出ない。
また眠くなったのか、男の寝息が聞こえてきた。
鬼はホッとした、同時に少し淋しくなった。
誰かと居るのは久しぶりで、淋しかった心が少しだけ温かくなる。
鬼はずっと一人で淋しかった、怯えられるのも恐れられるのも本当は嫌だった。
けれどこの姿に人は怯えるので諦めていた。
早く出て行け、もう少しここに居ろ。
男に対してそんな気持ちが繰り返し湧き上がる。
しかし、鬼は朝になると帰れと書き置いて家を出た。
誰も居なければそのうち出て行くだろう。
日の下ではこの恐ろしい姿を見られてしまう、それでは男が可哀想だからと。
山の中で今日の獲物を探し、いくつか木の実を抓んで夕方になってから家に帰った。
もう男はいなかった。
ほんの少しの寂しさと、ほんの少しの安堵が大きな身体を丸めさせた。
また変わりない日々を鬼は送った。
罠にかかった動物を食べ、木の実を抓む、代わり映えのない日々。
男がいなくなってからどれくらい太陽が昇って沈んだだろう。
ある日、狩りから戻ってきた。
鬼は驚いた、家に人が居たからだ。
あの男だった。
あぁ、貴方だったのですね私を助けてくださったのは。
顔を見たというのに男は驚くこともなく柔らかく微笑んでいた。
あなた様が助けてくださったおかげで命拾いをしました、ありがとうございます。
男は礼を言うと何かを差し出した。
都で流行の菓子だそうだ。
鬼はそれを抓んで一口含んだ。
この世のものとは思えないほど美味かった。
男はあまりの美味さに驚く鬼を見て笑った。
それから男は手土産を持ってくるようになった。
菓子の時もあれば酒の時もあった。
鬼は喜んだ、けれどなるべくここには来るなと言った。
なぜだと男は問うた。
自分は鬼だ、こんな顔では怖いだろう恐ろしいだろう、そんな奴と関わるなど周りが怖れるに決まっている。
男は言った、怖くはない、と。
あなた様は迷った私を助けてくださった恩人だ、そのようなこと露とも思ったことはない。
鬼は嬉しかった。
嬉しくて嬉しくて、泣きそうになった。
そんな優しい言葉は初めてだったからだ。
もしよかったからこんなところで一人で居ないで、私の村に来てはくれませんか。
男は言った。
村の人たちが驚くだろう、鬼は遠慮した。
大丈夫です、驚くことはありません、是非来て下さい。
しかし鬼は頷かなかった。
男が、今日は随分と酒を飲んでしまった、泊まって良いかと訊ねてきた。
鬼は頷いた。
その夜、鬼は泣いた。
男に組み敷かれて啼いた。
男は人に化けていた本当の鬼だった。
人と鬼の間の子が居ると聞いて探しに来たのだという。
お前を気に入った、私の花嫁にしよう、なに間の子であっても誰も怖れぬ、むしろその身体の細さと嫋やかさを皆が褒めそやすだろう。
そう言いながら鬼を苛んだ。
自分よりもずっと大きいものに狂わされた。
翌朝、男は鬼を担ぎ上げ本物の鬼ばかりの村へと連れて行った。
男はそれはそれは鬼を大切にした。
もう一人ではないのだと鬼は嬉しくなった。
鬼にしては人間に近い細い身体は他の鬼をも魅了し、男をやきもきさせたのはまた別の話。
ちょっくらさんぴいとか、れいぷみすいなどされるが人生の余興である。
おしまい
山の奥深くに鬼が住んでいた。
おどろおどろしく恐ろしい顔をした鬼だった。
その身体は人間の倍はあった。
人の母と鬼の間に生まれた鬼は独りで住んでいた。
時折罠にかかった動物を食べ、そこらに生えている木の実を食べて生きていた。
ある日、そこに人間の男が迷い込んできた。
ふらふらしながら獣道を歩き、何度も転んではあちらこちらを汚していた。
荒れた手は血と砂が混じり汚れ、綺麗だっただろう着物も所々が切れている。
鬼はそんな男をずっと見ていた。
自分を殺しに来たのかと始めは警戒したが、あまりものみすぼらしさに次第に心配になった。
転ぶたびに手を差し伸べようとしてそんな自分を押さえつけた。
あんなにも気の小さそうな男の前に自分が現れたら驚いて心の臓が止まるのではと思ったからだ。
男は何度も何度も転んだり怪我をしたりして森の奥へと入っていく。
このままでは人里に帰れなくなる。
鬼はなんとか男を人里に向かわせようと色々と策を講じたが、悉く無視されどんどん奥へと進んでいく。
鬼は困った。
けれど助けられない。
次第に太陽は傾き、人間はどんどん鬼の住処へと近づいていく。
あそこが見つかっては困る、だが男の前に出る選択肢もない。
とうとう夜がやってきた。
男は木の根元に腰掛けて寝てしまった。
そうなってようやく鬼は男の側に近づく。
遠目で見るよりもとても綺麗な男だった。
女なら間違いなく求婚者が列を成すことだろう。
しかし綺麗な顔に反して骨格は男である。
鬼はその顔を堪能して、しかしこのまま置いておけず仕方なしに家に連れ帰った。
囲炉裏に火を点け、人間のために布団を敷く。
いつ起きても良いようにご飯を盆に置き、水筒も側に用意してやった。
そこまでしてから隣の部屋に入った。
目が覚めてこんな怖い自分を見ては可哀想だと思ったからだ。
夜中に男は目を覚ました。
側に飯があり暖かい部屋で布団に寝かされていることに驚いていた。
ここはどこなんだ。
男の涼やかな声を聞いて思わず鬼は音を立ててしまった。
自分が思っていたよりも美しかったからだ。
どなたか存じませんがありがとうございます。
男はそう言い、鬼の方へと声を掛けてくれた。
いや……気にせず飯を食え、それだけで足りなければ鍋の中にもなにかあるはずだ。
男は礼をいうと、遠慮することなくご飯を口にした。
随分と食べていなかったのだろう、かき込むように食べる音が聞こえる。
よかった、鬼はホッとした。
明日には男は出て行くだろう、だがそれでいい。
こんな恐ろしい鬼と関わったなど知らない方が良いだろう。
男は腹が満たされるともう一度扉の向こうの鬼に向け礼を言う。
気にするな、もう寝ろ。
鬼はぶっきらぼうに答えた。
顔を見て礼を言いたい、そう言うが鬼は出ない。
また眠くなったのか、男の寝息が聞こえてきた。
鬼はホッとした、同時に少し淋しくなった。
誰かと居るのは久しぶりで、淋しかった心が少しだけ温かくなる。
鬼はずっと一人で淋しかった、怯えられるのも恐れられるのも本当は嫌だった。
けれどこの姿に人は怯えるので諦めていた。
早く出て行け、もう少しここに居ろ。
男に対してそんな気持ちが繰り返し湧き上がる。
しかし、鬼は朝になると帰れと書き置いて家を出た。
誰も居なければそのうち出て行くだろう。
日の下ではこの恐ろしい姿を見られてしまう、それでは男が可哀想だからと。
山の中で今日の獲物を探し、いくつか木の実を抓んで夕方になってから家に帰った。
もう男はいなかった。
ほんの少しの寂しさと、ほんの少しの安堵が大きな身体を丸めさせた。
また変わりない日々を鬼は送った。
罠にかかった動物を食べ、木の実を抓む、代わり映えのない日々。
男がいなくなってからどれくらい太陽が昇って沈んだだろう。
ある日、狩りから戻ってきた。
鬼は驚いた、家に人が居たからだ。
あの男だった。
あぁ、貴方だったのですね私を助けてくださったのは。
顔を見たというのに男は驚くこともなく柔らかく微笑んでいた。
あなた様が助けてくださったおかげで命拾いをしました、ありがとうございます。
男は礼を言うと何かを差し出した。
都で流行の菓子だそうだ。
鬼はそれを抓んで一口含んだ。
この世のものとは思えないほど美味かった。
男はあまりの美味さに驚く鬼を見て笑った。
それから男は手土産を持ってくるようになった。
菓子の時もあれば酒の時もあった。
鬼は喜んだ、けれどなるべくここには来るなと言った。
なぜだと男は問うた。
自分は鬼だ、こんな顔では怖いだろう恐ろしいだろう、そんな奴と関わるなど周りが怖れるに決まっている。
男は言った、怖くはない、と。
あなた様は迷った私を助けてくださった恩人だ、そのようなこと露とも思ったことはない。
鬼は嬉しかった。
嬉しくて嬉しくて、泣きそうになった。
そんな優しい言葉は初めてだったからだ。
もしよかったからこんなところで一人で居ないで、私の村に来てはくれませんか。
男は言った。
村の人たちが驚くだろう、鬼は遠慮した。
大丈夫です、驚くことはありません、是非来て下さい。
しかし鬼は頷かなかった。
男が、今日は随分と酒を飲んでしまった、泊まって良いかと訊ねてきた。
鬼は頷いた。
その夜、鬼は泣いた。
男に組み敷かれて啼いた。
男は人に化けていた本当の鬼だった。
人と鬼の間の子が居ると聞いて探しに来たのだという。
お前を気に入った、私の花嫁にしよう、なに間の子であっても誰も怖れぬ、むしろその身体の細さと嫋やかさを皆が褒めそやすだろう。
そう言いながら鬼を苛んだ。
自分よりもずっと大きいものに狂わされた。
翌朝、男は鬼を担ぎ上げ本物の鬼ばかりの村へと連れて行った。
男はそれはそれは鬼を大切にした。
もう一人ではないのだと鬼は嬉しくなった。
鬼にしては人間に近い細い身体は他の鬼をも魅了し、男をやきもきさせたのはまた別の話。
ちょっくらさんぴいとか、れいぷみすいなどされるが人生の余興である。
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