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キリュウ・コーポレーション主催のパーティに、桐生は珍しく浮かれていた。
自分が立ち上げた事業の発表ではないのにこんなに浮かれるのは初めてだ。
(やっとみんなに私の玄を紹介できる!)
やっと配偶者として皆に玄の美しさを見せびらかせると、妙に張り切っているのだ。誰よりも美しい玄を知らしめながら、これは自分のものだと隣に侍らせるのは、男にとってこの上ない優越感である。玄のことに関してはどこまでも単純で馬鹿な男に成り下がってしまう桐生は、この日が来るのをひたすら楽しみにしていた。しかも、今日玄が身に着けるのは彼が企画したスーツだ。
『オメガも社会進出』をテーマに進めてきた繊維部門のプロジェクトのサンプル製品に対し、玄から何度か修正が入ったプロトタイプがようやく完成したのだ。今日はそのパーティバージョンに身を包むという。
大きくなり始めたお腹があまり目立たないようにデザインされ、且つお腹を締め付けないよう工夫されたマタニティスーツは、臨月まで対応できるようにウエストのタップで調整できるようにしているそうだ。
一着購入すれば、妊娠していてもいなくてもずっと着られる万能スーツだ。これでデザインやサイズだけ変えれば、性別に拘らず生産が可能になる。
(さすが私の玄だ。細かいところにも気が利きすぎる)
玄のマリオネットと化した桐生は、あまりにも有能すぎる配偶者を手放しで褒めながら、美しいマタニティスーツに身を包んだ玄の姿に鼻の下が伸びる。何を着ても玄は美しいと己の配偶者を絶賛しながら、エスコートするためにその手を取ろうとして、あっさり叩かれた。
「一人で歩ける」
玄関から門の前の車までの数メートルの距離ですらエスコートをさせてもらえないのに、悲しむより先に置いて行かれないよう慌てて追いかける。
「なにかあったら危ないだろう、玄。頼む、エスコートさせてくれ」
「結構。自分で歩ける」
しかし今の玄は以前とは全く違う。重心が前に偏っているため、僅かだが自然と後ろに仰け反った体勢になっている。玄自身は気付いていないのだろう、どこまでも変わらないと信じ込んでいる。だが確実に玄のお腹は大きくなってきている。まだ少しだけそろそろ目立ち始めた時期だから本人は気にも留めていないが、これからもっと色々なことが不自由になってくる、はずだ。
こっそり妊娠についての本を読み漁っている桐生は、なにかあったら大変だと気を揉んでしまう。
ついつい、妊娠中のセックスについても調べてしまうのだ、どうしたら子供に負荷のかからない体位を育児書と一緒に一生懸命研究している。
なんてったって、最近の玄は性欲が強い。
つっけんどんな態度が嘘のようにベッドの中でだけは可愛い姿を見せてくれる。しかも、したくなったら態度は大きいが自分から誘ってくれるし、遠慮なく桐生の上に乗っかってくる。
あれは堪らない。
思い出すだけでにやけてしまう。
氷の女王の異名を恣にするほど常に凛としている玄が、ひとたび桐生の欲望をその身に受け入れるとこの上ないほど可愛くなる。自分から腰を振りながら可愛い声を聴かせてくれるし、快楽をどん欲に貪ろうと恥ずかしがることなく腰を振る。そして桐生が激しくすればうっすらと瞳に涙を浮かべながら「やめろ」と言うくせに嬉しそうに締め付けては桐生を悦ばせてくる。
快楽に対して遠慮のない玄の艶姿に桐生はメロメロになっている。
三日と空けず求められるが、むしろ毎日でもという勢いでよろこんで受け入れている。
(本当に毎日でもいいんだけど……昨日も一昨日もしていないからそろそろ玄からお誘いがあるかな)
家に帰るのがもどかしくなったら、会場となっているホテルで部屋を取るかと秘かに考えながら、玄の後を追って車に乗り込む。
会場からそれほど離れていないが、今の玄を歩かせるのが嫌で無理矢理本家から出してもらった車には、ベテランの運転手が二人が乗り込むのをドアを押さえながら待っていた。
「早くしろ」
「はいっ!」
玄に飼いならされた桐生は、すぐにその言葉に従うかのようにシートに飛び乗り、じりじりと玄との間の距離を縮める。
「近い」
「いいじゃないか、こうやって玄と出かけるのは初めてなんだから」
夫婦になっても、以前との距離感が縮まっていない二人である。桐生は必死に玄との物理的な心理的な距離を縮めるためにやっきになっているが、如何せん玄があまり興味を覚えず意識もしてくれないから距離が空いたままである。
それをどうにかこうにか縮めるために、こんな些細な場所でもなるべく傍にいようとしてしまう。
互いの体温が感じる距離まで詰めたのを確認して、運転手が車を出発させる。
今日のパーティに自分から行くと言い出した玄はきっと、頭がビジネスモードのままだ。どうしても自分が考案したスーツを周囲に見せつけ、商品価値をあげさせようとしている。願ったりかなったりだが、こうなると玄の視界には桐生は映らない。仕事一直線の玄はそのモードになると、桐生などそこらに落ちている埃くらいの扱いになるのが悲しくてしょうがない。できるなら一人の人間として認識してほしいと訴えても鼻で笑われるばかりだ。
だが、ビジネスモードの玄ほど綺麗な姿はない。そのままでも綺麗で近寄りがたいが、仕事になるとより一層輝いて見える。すべてにおいて自信満々で普段からは想像できないほど気さくでこの上なく社交的になる。その姿を一度でも目にしたら惚れずにはいられないだろう。
だからこそ、こんなにも完璧で綺麗な人が自分のものだとアピールするためにエスコートさせて欲しいのだ。
こっそりと指を絡めようと手を近づける。
パチンッ!!
容赦ない力で叩かれついでとばかりに指を反対に曲げられる。
「いたっ……いたいいたいいたいいたい!」
「車の中くらいは大人しくしていろ」
「……はい……」
なんでこんなにも絶対零度な態度なんだ、自分に対しては。
桐生は表面的には穏やかさを崩さず、だが心の中で泣き崩れる。むしろ以前のほうがずっと優しかったような気がする。先輩後輩の関係の時は、そりゃ距離を置かれていたけれど、まだ他の人たちと同じような接し方だったのに、家族になった途端どこまでも冷たいしフォローもない。これが彼の地だとしたら末弟だけが特別扱いだったのかと泣き崩れてもしょうがない。
玄の懐に入りさえすれば、あの優しい笑みを見せてくれると信じていたのに……。
でも諦めないのが桐生である。
いつか玄の心の中にある碧の座を奪うのだと躍起になっている。
(でもベッドの中では可愛いんだよなぁ)
可愛く縋りついて腰を振って……とまた脳内がそればっかりになり、澄ましているのに下半身が大暴れしそうになる。
これから沢山の人と会話しなければならないというのに、そこをいきり勃たせていては変な目で見られる。
だめだだめだ、カッコイイ桐生・アルベルト・篤繁に戻らなくては。
なにせ、今夜のパーティには会長も顔を出すという。経団連や政界以外の集まりには顔を出さないで有名なのに、何を思ったのかこのパーティだけは絶対参加すると言い出した。どうやら玄の状態が見たい、らしい。
会長にとって初曾孫を孕んでいる玄のことは気になるが、菅原の息子には馴れ馴れしくしたくないようで、いつも遠回しに訊ねてきては答えると嫌味を言ってくる。さて、今日はどんなことを言ってくるのかと身構えずにはいられない。
だが、会長よりも玄の体調だ。
(やっぱり長くは参加させないほうが良いな。少しでも辛そうならすぐに部屋に移動させよう)
そんなことを頭で考えているとすぐにホテルに到着する。先に降りて玄のほうのドアを開け、彼が下りてくるのを待つ。
人目がある場所での立ち居振る舞いが美しい玄は、ゆったりと足を地面に下ろすとお腹の大きさを感じさせない優雅な仕草で桐生が差し出した手を掴みながらすっと上体を伸ばしていく。
まるで今日の主役だと言わんばかりの立ち居振る舞いだ。
(私の玄はやはり綺麗だ……)
エスコートする側だというのに脂下がった顔をしてしまいそうになる。しかも自然と手を握られ嬉しくて飛び上がりそうだ。
これで腕でも組んでくれたら申し分がないが、当然あるわけがない。スタっと立つと、帝王のように桐生を放って歩き出した。待て待て待てと慌てて後を追い、その腰に手を回す。さすがに人目のある場所で払われたらもう立ち直れないと賭けのような気持で彼のリアクションを待つ。公の場で相手に恥をかかせてはいけないと思ったのか、玄はどこまでも冷たく桐生を睨みつけてきたが、気にしない。これくらいでへこたれるようでは玄の配偶者など務まりはしないのだ。
そう、この世で玄の配偶者を努められるのは自分だけ。この凍てつくような冷たい視線を浴びても動じないのは自分だけ……とどんどん志向が悲しい方向にいってしまう。
振り払われないのをいいことに、会場まで腰を抱きながら進んでいい、開かれた扉へと入っていく。
周囲がざわつくのを感じ取る。
当然だ。
なにせ二人はキリュウ・コーポレーションのエントランスで大騒ぎしての入籍だったのだ。しかも共に公の場に出るのは今回が初めて。二人の噂を知っている面々が気になるのも仕方ないことだろう。
菅原製薬の跡取りを無理矢理オメガにして結婚した男として別の意味で畏れられ始めた桐生は、だがそれが賛美の歓声に聞こえてくる。皆が自分たちを祝福しているように感じられた。
完全に頭がお花畑になっている桐生に反し、玄はいつもの表情を崩そうともしない。
二人は本日の主役ともいえる叔母の元へと進んでいく。
「あら、お待ちしておりましたのよ。玄さんとお呼びしてよいかしら」
繊維事業を取りまとめている叔母は素早く玄の身なりをチェックする。今進めている商品を身に纏って登場すると知っているだけに一層その目は厳しいが、一目で彼女の合格を得られたようだ。佇まいの美しい玄が身に付ければどんな衣服でも上品に見えるが、それが自分が手掛けている商品となるとまた趣が異なってくる。厳しくだが一回でも自分の目に適えばどこまでも美しく見えるものだ。
「お初にお目にかかります、義叔母上。どうぞ玄とお呼びください」
まるで女王に仕える騎士のように挨拶をする。とても妊夫のする仕草ではないが、玄がやると妙に様になる。煌びやかな衣装で手を取り爪先に唇を寄せられ、年甲斐もなく叔母が頬を赤らめさせた。
「あらまあ、篤繁ったらこんな素敵な人と結婚したのね。羨ましいわ。それに今日の装いもとても似合ってましてよ」
「叔母上が発案した商品と伺っています。これほどまでに着心地がよいマタニティスーツは初めてです。素晴らしいですね」
少しだけ声を大きくしたのは、こちらに注目している周囲に今身に着けているのが「マタニティスーツ」であり、キリュウ・コーポレーションの繊維部門の開発品であるとアピールするためだろう。
どこまでもビジネスマンとして抜け目がない。桐生は隣で笑顔のまま赤べこのように頭を振っているしかなかった。
「このデザインも叔母上の指示だとか……本当に趣味が良いですね」
「まあ。そんなに褒めないでくださいませ、年甲斐もなく浮かれてしまいますわ」
「いえ。このまま商品化なさってはいかがでしょうか。このジャケットを女性ラインにすれば結婚式などのパーティスーツにもなりますでしょう」
「そうですの。それを意識しましたのよ」
「女性だけではなく、オメガ男性をパートナーに持つアルファも多いですからね。彼らにもきっと喜ばれることでしょう」
暗に富裕層の顧客が潜在的にいると示唆して玄は頭を下げ話を切り上げる。
全く無駄がない。
舌を巻きながらも、有能すぎる配偶者のどこまでもち密に計算し尽くされた会話よりも、その美しさに目をやってしまう。隣に立っていても他の人間なんて目に入らないくらい、玄が美しすぎて困る。
帰国の挨拶をしなければならないのに、すぐにでも会場を出てホテルの一室に籠りたくなってくる。
(ダメダメ、もう少しの我慢だ)
パーティを終え疲れたら、絶対に玄の性欲は増すはずだ。男は疲れればそれだけ子孫を残そうと性欲が強くなるんだから。
そうなってから乱れに乱れた玄を抱くんだと意気込む。
自分が立ち上げた事業の発表ではないのにこんなに浮かれるのは初めてだ。
(やっとみんなに私の玄を紹介できる!)
やっと配偶者として皆に玄の美しさを見せびらかせると、妙に張り切っているのだ。誰よりも美しい玄を知らしめながら、これは自分のものだと隣に侍らせるのは、男にとってこの上ない優越感である。玄のことに関してはどこまでも単純で馬鹿な男に成り下がってしまう桐生は、この日が来るのをひたすら楽しみにしていた。しかも、今日玄が身に着けるのは彼が企画したスーツだ。
『オメガも社会進出』をテーマに進めてきた繊維部門のプロジェクトのサンプル製品に対し、玄から何度か修正が入ったプロトタイプがようやく完成したのだ。今日はそのパーティバージョンに身を包むという。
大きくなり始めたお腹があまり目立たないようにデザインされ、且つお腹を締め付けないよう工夫されたマタニティスーツは、臨月まで対応できるようにウエストのタップで調整できるようにしているそうだ。
一着購入すれば、妊娠していてもいなくてもずっと着られる万能スーツだ。これでデザインやサイズだけ変えれば、性別に拘らず生産が可能になる。
(さすが私の玄だ。細かいところにも気が利きすぎる)
玄のマリオネットと化した桐生は、あまりにも有能すぎる配偶者を手放しで褒めながら、美しいマタニティスーツに身を包んだ玄の姿に鼻の下が伸びる。何を着ても玄は美しいと己の配偶者を絶賛しながら、エスコートするためにその手を取ろうとして、あっさり叩かれた。
「一人で歩ける」
玄関から門の前の車までの数メートルの距離ですらエスコートをさせてもらえないのに、悲しむより先に置いて行かれないよう慌てて追いかける。
「なにかあったら危ないだろう、玄。頼む、エスコートさせてくれ」
「結構。自分で歩ける」
しかし今の玄は以前とは全く違う。重心が前に偏っているため、僅かだが自然と後ろに仰け反った体勢になっている。玄自身は気付いていないのだろう、どこまでも変わらないと信じ込んでいる。だが確実に玄のお腹は大きくなってきている。まだ少しだけそろそろ目立ち始めた時期だから本人は気にも留めていないが、これからもっと色々なことが不自由になってくる、はずだ。
こっそり妊娠についての本を読み漁っている桐生は、なにかあったら大変だと気を揉んでしまう。
ついつい、妊娠中のセックスについても調べてしまうのだ、どうしたら子供に負荷のかからない体位を育児書と一緒に一生懸命研究している。
なんてったって、最近の玄は性欲が強い。
つっけんどんな態度が嘘のようにベッドの中でだけは可愛い姿を見せてくれる。しかも、したくなったら態度は大きいが自分から誘ってくれるし、遠慮なく桐生の上に乗っかってくる。
あれは堪らない。
思い出すだけでにやけてしまう。
氷の女王の異名を恣にするほど常に凛としている玄が、ひとたび桐生の欲望をその身に受け入れるとこの上ないほど可愛くなる。自分から腰を振りながら可愛い声を聴かせてくれるし、快楽をどん欲に貪ろうと恥ずかしがることなく腰を振る。そして桐生が激しくすればうっすらと瞳に涙を浮かべながら「やめろ」と言うくせに嬉しそうに締め付けては桐生を悦ばせてくる。
快楽に対して遠慮のない玄の艶姿に桐生はメロメロになっている。
三日と空けず求められるが、むしろ毎日でもという勢いでよろこんで受け入れている。
(本当に毎日でもいいんだけど……昨日も一昨日もしていないからそろそろ玄からお誘いがあるかな)
家に帰るのがもどかしくなったら、会場となっているホテルで部屋を取るかと秘かに考えながら、玄の後を追って車に乗り込む。
会場からそれほど離れていないが、今の玄を歩かせるのが嫌で無理矢理本家から出してもらった車には、ベテランの運転手が二人が乗り込むのをドアを押さえながら待っていた。
「早くしろ」
「はいっ!」
玄に飼いならされた桐生は、すぐにその言葉に従うかのようにシートに飛び乗り、じりじりと玄との間の距離を縮める。
「近い」
「いいじゃないか、こうやって玄と出かけるのは初めてなんだから」
夫婦になっても、以前との距離感が縮まっていない二人である。桐生は必死に玄との物理的な心理的な距離を縮めるためにやっきになっているが、如何せん玄があまり興味を覚えず意識もしてくれないから距離が空いたままである。
それをどうにかこうにか縮めるために、こんな些細な場所でもなるべく傍にいようとしてしまう。
互いの体温が感じる距離まで詰めたのを確認して、運転手が車を出発させる。
今日のパーティに自分から行くと言い出した玄はきっと、頭がビジネスモードのままだ。どうしても自分が考案したスーツを周囲に見せつけ、商品価値をあげさせようとしている。願ったりかなったりだが、こうなると玄の視界には桐生は映らない。仕事一直線の玄はそのモードになると、桐生などそこらに落ちている埃くらいの扱いになるのが悲しくてしょうがない。できるなら一人の人間として認識してほしいと訴えても鼻で笑われるばかりだ。
だが、ビジネスモードの玄ほど綺麗な姿はない。そのままでも綺麗で近寄りがたいが、仕事になるとより一層輝いて見える。すべてにおいて自信満々で普段からは想像できないほど気さくでこの上なく社交的になる。その姿を一度でも目にしたら惚れずにはいられないだろう。
だからこそ、こんなにも完璧で綺麗な人が自分のものだとアピールするためにエスコートさせて欲しいのだ。
こっそりと指を絡めようと手を近づける。
パチンッ!!
容赦ない力で叩かれついでとばかりに指を反対に曲げられる。
「いたっ……いたいいたいいたいいたい!」
「車の中くらいは大人しくしていろ」
「……はい……」
なんでこんなにも絶対零度な態度なんだ、自分に対しては。
桐生は表面的には穏やかさを崩さず、だが心の中で泣き崩れる。むしろ以前のほうがずっと優しかったような気がする。先輩後輩の関係の時は、そりゃ距離を置かれていたけれど、まだ他の人たちと同じような接し方だったのに、家族になった途端どこまでも冷たいしフォローもない。これが彼の地だとしたら末弟だけが特別扱いだったのかと泣き崩れてもしょうがない。
玄の懐に入りさえすれば、あの優しい笑みを見せてくれると信じていたのに……。
でも諦めないのが桐生である。
いつか玄の心の中にある碧の座を奪うのだと躍起になっている。
(でもベッドの中では可愛いんだよなぁ)
可愛く縋りついて腰を振って……とまた脳内がそればっかりになり、澄ましているのに下半身が大暴れしそうになる。
これから沢山の人と会話しなければならないというのに、そこをいきり勃たせていては変な目で見られる。
だめだだめだ、カッコイイ桐生・アルベルト・篤繁に戻らなくては。
なにせ、今夜のパーティには会長も顔を出すという。経団連や政界以外の集まりには顔を出さないで有名なのに、何を思ったのかこのパーティだけは絶対参加すると言い出した。どうやら玄の状態が見たい、らしい。
会長にとって初曾孫を孕んでいる玄のことは気になるが、菅原の息子には馴れ馴れしくしたくないようで、いつも遠回しに訊ねてきては答えると嫌味を言ってくる。さて、今日はどんなことを言ってくるのかと身構えずにはいられない。
だが、会長よりも玄の体調だ。
(やっぱり長くは参加させないほうが良いな。少しでも辛そうならすぐに部屋に移動させよう)
そんなことを頭で考えているとすぐにホテルに到着する。先に降りて玄のほうのドアを開け、彼が下りてくるのを待つ。
人目がある場所での立ち居振る舞いが美しい玄は、ゆったりと足を地面に下ろすとお腹の大きさを感じさせない優雅な仕草で桐生が差し出した手を掴みながらすっと上体を伸ばしていく。
まるで今日の主役だと言わんばかりの立ち居振る舞いだ。
(私の玄はやはり綺麗だ……)
エスコートする側だというのに脂下がった顔をしてしまいそうになる。しかも自然と手を握られ嬉しくて飛び上がりそうだ。
これで腕でも組んでくれたら申し分がないが、当然あるわけがない。スタっと立つと、帝王のように桐生を放って歩き出した。待て待て待てと慌てて後を追い、その腰に手を回す。さすがに人目のある場所で払われたらもう立ち直れないと賭けのような気持で彼のリアクションを待つ。公の場で相手に恥をかかせてはいけないと思ったのか、玄はどこまでも冷たく桐生を睨みつけてきたが、気にしない。これくらいでへこたれるようでは玄の配偶者など務まりはしないのだ。
そう、この世で玄の配偶者を努められるのは自分だけ。この凍てつくような冷たい視線を浴びても動じないのは自分だけ……とどんどん志向が悲しい方向にいってしまう。
振り払われないのをいいことに、会場まで腰を抱きながら進んでいい、開かれた扉へと入っていく。
周囲がざわつくのを感じ取る。
当然だ。
なにせ二人はキリュウ・コーポレーションのエントランスで大騒ぎしての入籍だったのだ。しかも共に公の場に出るのは今回が初めて。二人の噂を知っている面々が気になるのも仕方ないことだろう。
菅原製薬の跡取りを無理矢理オメガにして結婚した男として別の意味で畏れられ始めた桐生は、だがそれが賛美の歓声に聞こえてくる。皆が自分たちを祝福しているように感じられた。
完全に頭がお花畑になっている桐生に反し、玄はいつもの表情を崩そうともしない。
二人は本日の主役ともいえる叔母の元へと進んでいく。
「あら、お待ちしておりましたのよ。玄さんとお呼びしてよいかしら」
繊維事業を取りまとめている叔母は素早く玄の身なりをチェックする。今進めている商品を身に纏って登場すると知っているだけに一層その目は厳しいが、一目で彼女の合格を得られたようだ。佇まいの美しい玄が身に付ければどんな衣服でも上品に見えるが、それが自分が手掛けている商品となるとまた趣が異なってくる。厳しくだが一回でも自分の目に適えばどこまでも美しく見えるものだ。
「お初にお目にかかります、義叔母上。どうぞ玄とお呼びください」
まるで女王に仕える騎士のように挨拶をする。とても妊夫のする仕草ではないが、玄がやると妙に様になる。煌びやかな衣装で手を取り爪先に唇を寄せられ、年甲斐もなく叔母が頬を赤らめさせた。
「あらまあ、篤繁ったらこんな素敵な人と結婚したのね。羨ましいわ。それに今日の装いもとても似合ってましてよ」
「叔母上が発案した商品と伺っています。これほどまでに着心地がよいマタニティスーツは初めてです。素晴らしいですね」
少しだけ声を大きくしたのは、こちらに注目している周囲に今身に着けているのが「マタニティスーツ」であり、キリュウ・コーポレーションの繊維部門の開発品であるとアピールするためだろう。
どこまでもビジネスマンとして抜け目がない。桐生は隣で笑顔のまま赤べこのように頭を振っているしかなかった。
「このデザインも叔母上の指示だとか……本当に趣味が良いですね」
「まあ。そんなに褒めないでくださいませ、年甲斐もなく浮かれてしまいますわ」
「いえ。このまま商品化なさってはいかがでしょうか。このジャケットを女性ラインにすれば結婚式などのパーティスーツにもなりますでしょう」
「そうですの。それを意識しましたのよ」
「女性だけではなく、オメガ男性をパートナーに持つアルファも多いですからね。彼らにもきっと喜ばれることでしょう」
暗に富裕層の顧客が潜在的にいると示唆して玄は頭を下げ話を切り上げる。
全く無駄がない。
舌を巻きながらも、有能すぎる配偶者のどこまでもち密に計算し尽くされた会話よりも、その美しさに目をやってしまう。隣に立っていても他の人間なんて目に入らないくらい、玄が美しすぎて困る。
帰国の挨拶をしなければならないのに、すぐにでも会場を出てホテルの一室に籠りたくなってくる。
(ダメダメ、もう少しの我慢だ)
パーティを終え疲れたら、絶対に玄の性欲は増すはずだ。男は疲れればそれだけ子孫を残そうと性欲が強くなるんだから。
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