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「どこが無茶だ。どうせ今、繊維部門の社員は遊び暮らしているんだ、給料に見合った仕事をさせろ」

 これで、キリュウ・コーポレーションが性別・バースの枠を超えて働く彼らをサポートしている印象は与えるだろう。当然、この企画を成功させるためには、女性やオメガの意見を集約する必要があると同時に、アドバイザーとして実際動く社員を配置する必要がある。これだけでも政府が打ち出したビジョンをいち早く受け入れていることになるだろう。

「お前のいる企画部というのは、こういう仕事をするところだろう。手を抜くな」

「わかりました……」

 玄にはとことん逆らえない桐生である。社内調整が難しいと分かっていても、配偶者の言いなりになるしかない。

「それから、婦人ブランドに関しては顧客のターゲット年齢層を撤廃させろ」

「なぜっ!」

「マダムたちから金を吐き出させるんだ」

 それはどの企業も取り組んでいることだ。年配者ほど消費を止める傾向にある。

 だから玄は、ハイブランドを愛用している高齢者をターゲットに絞った。だが「自分の物」には触手が働かない。だから、彼女たちが喜んで大枚を叩くものとのコンビネーションでの販売を企画した。

 それは、『親子三代コーディネイト』だ。孫とお揃いの服を娘と自分も着る。もしくは孫とのリンクコーデを楽しむ、というもの。

「孫の服なら、少し高くても買うだろうし、一枚で終わることもない。同じデザインの服を一緒に着てもいいし隠れて着る楽しみもあるんだとすれば、それだけで簡単に二人分買ってもらえることになる。さらに、仲の良い親子なら、それが三人分だ。合わせ技で売りに行く。ついでにベビー用品メーカーとコラボして、ブランドのカラーを前面に出すベビーカー着せ替えアイテムも一緒に置いておけばそれも売れる」

 地味なカラーリングばかりのベビーカーが多い中での差別化を図るため、幌やシート、ハンドルカバーから安全ベルトに至るまで着せ替えが可能なベビーカーと着せ替え商品を一緒に置けば、生まれる前から始まる孫フィーバーマダムたちから注目を浴びることだろう。

「これなら、生まれてくる子の性別がどちらでも、着せ替え前提にすればベビーカーの色別を作らなくてもよくなるからな。安価メーカーが真似をする前に定着させるんだ」

 これで世代の枠を超え購入機会が増える。マダムがだめでも、母親が生まれたばかりの子供と同じ服を着たくなり手を出してくれれば新たな購買層の獲得になる。

「これを主要ブランドで展開しろ」

「玄……これを考えて作るのにどれくらいの時間をかけたんだ」

 あまりにも綿密に記載された企画書に目を通した桐生は舌を巻くばかりだ。誰も発想しえなかった部分を専門外の人間がこうも綿密としか言いようがない企画を打ち立ててきたのだ、相応のマーケティングをしているに違いない。

「一日だ。今日思いついて書いた」

「なに……え、でもこの数字は……」

「常に新聞全社とネットニュースを見ればわかるものだろう」

 普通の人にはわかりませんとは、口が裂けても言えない桐生だ。経営者として玄があまりにも有能すぎて、会社全体の数字を見て戦略を立てている会長や現社長からすれば、脅威となりうるだろう。自分たちがしてきたことを前面から否定されるようなものなのだから。

 だが約束だ。

 玄の言うことにすべてしたがうのが桐生の使命である。

「分かった。この企画を通そう」

「通らなかったなんて結果は死んでも持ってくるな、必ず通せ。特にマタニティ部門はいち早くやれ。最初にやったインパクトが大事だ」

 根回しの暇すら与えてもらえないということか。桐生は心の中で号泣しつつ、明日繊維部門の責任者である叔母とどう話そうかと脳内シミュレーションを開始した。愛した相手がこれほどまでの経営モンスターだとは誰が想像したことだろう。

(この企画が玄発案だと知ったら、会長は絶対に心臓発作を起こすだろうな)

 桐生は嘆息する。そうでなくても、玄と結婚してから以前にもましてプレッシャーが半端ないのだ。二~三年企画部部長の椅子を温めた後経営陣に参画する予定だったのを、すぐに結果を出して菅原の息子の入り込む余地をつぶせとせっつかれているのである。会長はなにがなんでも菅原母が優秀と言い切った玄が桐生に入るのを拒否している。自分が育てた人間こそ一番優秀だと信じ込んでいる老人は、それが間違っていたのを目の当たりにするのが嫌なのだろう。

 だが、社内で誰も言い出せなかった低迷部署にいち早く気付きメスを入れようとする玄は、優秀過ぎるほど優秀だ。確かに落ちぶれてからでは遅すぎるが、多少低迷したからと切り捨てるのも浅薄だ。盛り返す時間と企画を与えて様子を見るのもいいのかもしれない。しかも、政府のプロジェクトを絡めている企画だから通りやすい。そこも考えて盛り込んでいるのだろう。

 仕事が終われば完全にプライベートと割り切っていた桐生は、玄と暮らしてから仕事のことを考える時間が伸びているのを実感する。玄との共通会話がそれしかない。

(本当はもっとこう、甘い時間を過ごしたいんだけど……)

 鉄壁な玄のビジネスモードを崩せず、そんな時間は皆無と言っても過言ではない。

 二人でイチャイチャしながら寝るまでの時間を過ごしたいなんて、口が裂けても言い出せない雰囲気である。

 だが、その日は違った。

「桐生、今日はするぞ」

 ナニヲデスカ?

 突然の言葉に桐生が対応できるわけがなく、ソファに腰かけながら固まっていると、玄は舌打ちした。勢いよく立ち上がりついて来いとばかりに流し目で促す。

 これから一体何が起こるのか……。桐生は戦々恐々になりながら後に続けば、向かった先は桐生の寝室である。そう、二人の寝室は別なのだった。自分の部屋ではないのに、堂々と入っていく玄に、恐る恐る扉をくぐった桐生に、怜悧な声が放たれた。

「脱げ」

「はい?」

「今すぐ着ているものを脱げ。なんだったら下半身だけでもいい」

「それって……」

 何をしようとしているのですかと訊ねる前に急かされ、桐生は大急ぎで身に着けているものをすべて脱ぎ捨てる。

「ベッドに横になれ」

 これから何が始まるのだろう……まさかお仕置だろうか。

 怯える桐生だが、玄の言いつけに従う。全裸のまま真新しいシーツの上に横たわり、指示された通りに両腕を頭の上にあげる。

 --カチッ、カチッ、カチッ。

 手首に冷たい感触が当たったと同時に鉄の擦れる音がする。

 なんだと上目で見れば、どこから仕入れてきたのかそこに現職警察官が使用するようながっちりとした手錠がはめられていた。

「玄、これは……」

「黙って言う通りにしろ」

 玄は大きく息を吸い込むと、自身も服を勢いよく脱ぎ捨てていった。まだ子供の気配を見せない滑らかな腹部が露になる。

 桐生が玄の身体を目にするのはあの日以来だ。想いの丈をその身体の奥深くへと吐き出し続けた蜜のような一週間を思い出し、はしたなく欲望が跳ねあがる。

「元気だな、丁度いい」

 玄は使用可能状態になっている欲望を睨め付けるとそこにボトルに入ったままのローションを垂れ流した。

「ぅっ!」

 冷たい感触に縮みそうになる欲望だが、どこか火照ったようにそれを見つめる玄の視線に気づくとまた元気を取り戻していく。

 玄はローションを満遍なく欲望に塗り付けると、そこに跨り、ゆっくりと自分から腰を落としていった。

 あまりの急展開についていけない桐生だが、玄も我慢の限界だった。あの日以来閉ざしたままだった蕾が、時間をかけゆっくりと欲望を飲みこんでいく。

「んっ……ぁぁ…」

 慣らしていないのに、オメガになったからかそこは欲望をしっかりと根元まで受け止めた。

 安定期に入ってから玄の身体はおかしくなっていた。今までほぼなく生理現象の処理のみと言っても過言ではないのに、急に性欲がおかしいくらいに強くなっているのだ。この数日気付かないふりをしてきたが、今日近くに桐生の体温を感じその匂いを嗅いだら我慢できなくなった。何か悪さをした時のために用意した手錠をこんな形で使うとは思ってもみなかったが。

 蕾が桐生の大きさになれるのを待って、ゆっくりと腰を動かす。狂ったような一週間に桐生に促されて自ら腰を振った時のことを思い出し、気持ちいい場所に自分から欲望を擦りつけていった。

「ぁぁ……っ!」

 太い部分が玄のもっとも感じる場所を擦り上げていく。

 久々に味わう内側からの快楽に、玄はどんどんと夢中になっていき、自分の上で淫らな踊りに夢中になるその姿に桐生もまた煽られ欲情していくのを知らぬまま、激しく身体を上下させた。

「げん……っこれを…はずしてくれ……」

「ぃやだっ……ぁぁぁっ」

 淫らに腰を振り乱す玄の妖艶な姿に、桐生は今までにないほど興奮し始めていた。このまま激しく腰を打ち付けたいのをぐっと堪える。

 もっと彼が乱れるのをこのまま見つめていたい。

 自分の欲望に狂う姿を見つめていたい。
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