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「……まとめると、篤繁が無理やり君を襲い……その、バース転換をさせてしまった上に妊娠もさせたと」

「仰る通りです。これは立派なレイプです!」

「違う、あれは合意の上だ。玄は20年思い続けてたら私のものになると言ったではないか」

「そんなことは一言も口にしていない! 20年興味を覚え続けてたらそこから考えると言ったんだ」

 二人が一つの言葉に対し、激しい議論を交わす。

 20年前に玄が口にしたのは『20年以上興味を覚え続けてくれたなら相手にしますよ』だが、確かに両方の意味に取ることができる。

 桐生はこの言葉を想いを受け入れると取り続け四半世紀近く想い続けてきたのだ。だが当時の玄は「その時になって初めて意識してやる(だが言外のお断りだ馬鹿野郎)」という意味合いで口にしたのだった。

 この認識の違いが桐生の暴走に繋がり、自分の想いがようやく受け入れられるのだと大ハッスルした桐生と、そもそもこの言葉自体が断り文句だと主張する玄の戦いとなっている。

「しかも、私は一言も同意していないぞ!」

「押し倒すのが私らしいと言ったではないかっ! それは玄が押し倒して欲しいから口にしたのだろう」

「なぜそう解釈するんだ! 頭にボウフラでも飼っているのか! お前のやったことは性犯罪だ! 桐生社長、性犯罪です、処刑ものです、なんだったら命の代わりにイチモツを切り落とす許可をください」

 長机を強く叩きながらの玄の猛抗議を受け、キリュウ・コーポレーション社長兼会長の長子兼桐生篤繁の伯父は相手を落ち着かせようと掌を振りながら「まぁまぁ」と宥める。さすがにイチモツを切り落とすのは可哀想だと思わず甥をかばい始める。男の本能だからだろう。

 キリュウ・コーポレーション社長室横にある役員会議室に押し込まれた玄は、己の主張を訴えながら次第に冷静になりはじめた。

 最初は警察に突き出し、法の下でメッタメタに叩き潰そうとしたが、司法に任せるのが一番の悪手だと思い始めた。民主主義国家で一見平等に見える法律だが、オメガに対しては平等とは言い難かった。バース平等を謳い、オメガの社会進出や雇用機会増大を掲げながらも、法を作る国会議員はほとんどがアルファで時折ベータが混ざるぐらい。オメガの議員など存在しない。しかも法を守る司法もアルファが占めているため、オメガに対する理解がない。オメガがレイプされたら発情抑制剤を正しく服用していなかったことを害悪のように掲げ、被害者を糾弾した事例が悪魔の判決として歴史に残るのに、それを覆そうとする判決は未だ出たことがない。

 今、玄が桐生を訴えたとしても、オメガ側から誘ったのだろうと言われて終わりだ。

 ならどうするか。

 桐生の社会的地位の失墜を狙うしかない。

 警察が今現在オメガである玄に対しては冷酷だが、経済界は違う。

 玄は菅原製薬の跡取りであり、アルファだったことは周知の事実だ。それを無理矢理オメガに変えさせたケダモノであると桐生を突き落とすしかない。

 本当は桐生を殺して早々と番を解消したいのだが、今はぐっと堪える。

「私のあれがなければ誰が玄を満足させられるというのだ!」

 糾弾されているにも拘らず、寝惚けた内容の嘴を挟んできた桐生に社長が「黙れ!」と一喝する。

 当然だ。桐生は次期社長と目されており、その人物が性犯罪まがいな好意をしたとなっては会社のイメージダウンだ。ただオメガを抱いたならまだいいものを、アルファだった男を犯して無理矢理オメガにしたとなっては醜聞以外の何ものでもない。しかも相手は「あの」菅原製薬の御曹司だ。一番弱みを握られたくない相手だというのにと苦々しい気持ちを抱えながら、面には決して出さないようにする。

 菅原家には絶対に弱みを見せてはいけない。

 これは会長からの厳命だというのに、なぜよりにもよってその御曹司を……。

 玄もだろうが、社長も今この場で桐生のイチモツを切り落としたいと切望してしまいそうだ。実際、同じ男としてそこをどうこうと考えると気が引けるが。

「菅原くん、このバカが大変なことをしてしまい、本当に申し訳ない。桐生財閥の代表としてお詫びする」

 社長が深々と頭を下げるが、だからといってバースが変わったことも子供の存在もなかったことにはできない。

 菅原一族からしたら、謝ったからなんだって言うんだといったところだろう。

「ではまず、堕胎の同意書と慰謝料。それから自分に合った発情抑制剤の開発にかかる一切の費用の請求、当然上限なしで。あとはこの男の始末をお願いします」

「菅原くん、いくらなんでもそれは……開発費用というのは大体どれくらいかかるんだい?」

 医薬品の開発費は相場もなければ時間も費用も未知数であり、ある意味青天井ともいえる。だからこそ、その費用をキリュウ・コーポレーションに出させ、権利は菅原製薬が握るという恐ろしいことを考えている玄である。

 だがその言葉に桐生はいてもたってもいられなかった。

「私たちの子供を堕ろすというのか! そんなことは絶対に許さない!」

「堕胎せずにどうしろというんだっ!」

「決まっているだろう、私と玄が結婚して二人で育てるんだ」

「なぜ貴様と結婚しなければならないんだーーーーー!」

 また話が堂々巡りしていくのを、桐生社長は止めることができなかった。あまりにそれぞれの主張が強く、ぶつかり合っては再生する。まるで会話のゾンビである。

 二人がエネルギーを消耗するのをどうにか収めようとするが、どんどんヒートアップしていく。

「菅原くんは妊夫なんだから落ち着いて。お腹の子供に悪いよ」

「これが落ち着いてられますか! 言い分がおかしすぎるんだ」

「何を言っている。最初にきちんと告白もして、玄だって抵抗しないで私を受け入れて悦んでいたではないか」

「誰が悦んだというんだ」

「あんなにも私のものを嬉しそうに受け入れて、一週間も愛し合った!」

「愛し合ってなんかないっ貴様が無理やりしてきただけだ!」

 全く収まる気配のない双方の怒号に、桐生社長はどんどんHPが奪われていく。

 その時、ノックもなしに誰かが会議室の扉を開いた。

「やっぱりここにいたんだ、玄兄さん」

 飛び込んできた碧はほっと息を吐くと、その後ろから菅原家の執事と母と、そして呼んでもいないのに一輝が現れた。

「碧から聞いたけど、妊娠したというのは本当なの?」

 いつもおっとりな母親が、変わらない調子で訊ねてくる。

「それは……」

「こちらです」

 妊娠検査薬を差し出したのは桐生だ。そこにはくっきりと陽性を示す二本線が出ている。

 しっかりとした証拠を、自分を生んだ母親に見られるのはこの上なく恥ずかしい玄は、グッと奥歯を噛みしめ俯いた。

「玄兄さん、初期流産は多いんだよ。あまり興奮しないで、座らないとダメだよ」

 碧に導かれながら、玄は会議室の椅子に腰かける。

「桐生社長、これは大問題ですわね。息子のバースを変えられただけではなく妊娠までだなんて……困ったわぁ」

 悲しそうに呟く母の声が玄の胸を締め付ける。今まで完璧なアルファであれという母の期待に応えるため頑張ってきた玄であるだけに、その響きはただただ痛かった。

 だが桐生社長は違う。今まで穏やかだった表情が怯えに変わっていた。

「あら、桐生社長。どこか優れないの?」

「この女豹が……」

 菅原母が結婚する前、彼女こそが桐生の跡取りに指名されていた。だが菅原父と出会い、無理矢理に押し倒して既成事実を作った後にあっさりと桐生を捨てたのだ。そのことを一族は恨み続けており、会長が一番に怒り狂っている。能力は誰よりも高く、経営的、政治的手腕にも優れている彼女を、菅原一族は「女豹」と称し、憎み恐れている。

「それにしても、大変なことになりましたわ……三社も依頼して結果は一緒でしたのよ」

 パラリと会議室の机に置かれたのは、前日依頼したバース診断の結果だ。どの会社も「オメガ」と記載している。だが、こんな結果よりも、妊娠していることこそが、オメガになった証だ。

「そちらの一族の不始末をどのように着けるおつもりかしら」

「お義母さん、お待ちくださいっ!」

 桐生がいつになく真剣な顔で床に膝を付けた。

「玄くんのこれからの責任はすべて取らせていただきます、ですので結婚を許してください」

「あら、嫌よ。だって順番が違い過ぎますもの」

「いいえ。順番は誤っておりません。20年前に彼が言ってくれたのです、『20年以上興味を覚え続けてくれたなら相手にする』と。私はその言葉を信じて今日までただひたすらに彼だけを想い続けてきました。真剣な気持ちで一生を添い遂げたいのです」

「だから、それは断るための言葉だ!」

「あらあら、随分と曖昧な表現をしたのね、玄」

「20年で初めて彼から一緒に飲もうと誘われました。これは私の気持ちを受け入れたのだと……」

 そう、桐生は玄の行動すべてを自分にいいように解釈して生きてきたのだ。その言葉の裏や、玄が今まで日本社会で培ってきた歪曲な表現や下心すべてを「貴方のものにしてね、ダーリン♪」と読み取り浮かれてしまったのだ。

「そんなはずないだろ……」

「気が急いていろいろしてしまったとはいえ、玄くんを想う気持ちに嘘偽りはありません」
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