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 今日のためにリザーブした老舗ホテルのスイートルームのドアを開けると、もう自力では立つことができない玄をゆったりとしたソファへと腰かけさせた。

 やっとこの日が来た。

 20年前の玄の言葉が今でも耳に残っている。

『一過性の興味なら結構です。20年以上興味を覚え続けてくれたなら相手にしますよ』

 挑発的な目で睨め付けながら真っ正面から自分を見据えた幼さの残る少年は、今では誰をも寄せ付けない孤高の貴公子のような佇まいになり、人を魅了するのに誰も寄せ付けない、そんな不思議な魅力を纏った人間へと成長した。昔も今も、桐生はその姿を目にするだけで心が高鳴り、すぐさま押し倒したくてたまらない欲求を抱えるのだ。

 長かった。すぐにでも切れそうなほど細い繋がりを、細心の注意をもって繋げ続け、彼の傍にずっといられるこの日が来るのを待っていた。経営への参加を確約された桐生にはもう海外への赴任はない。数年、本社で主要部署を経験した後は取締役への昇進が待っている。その時、隣で一緒に笑ってくれるのが玄であることを願い続けていた。

「大丈夫かい?」

 ぐったりとソファに力なく寄りかかる玄の隣の腰かけ、その引き締まった背中をさする。無駄な肉はないしそこそこ引き締まった筋肉の感触を、薄いワイシャツ越しに確かめる。

「なにを……呑ませたんだ……」

「甘くて飲みやすいカクテルだ。思った以上に玄はアルコールに弱いのだな」

「あんなものっ……喜んで呑むやつの気が知れない」

 だがそれを飲みすぎたために、何一つ力を入れることができず思考も散漫になっているのに気付いているのだろうか。こんな状態の想い人に何かするのは男として格好がつかないという人間もいるだろう。だが、こんな状態にでもしなければ、いつもすげない玄を留めることができない。

「そういえば、玄と飲むのは初めてだったね。まだ呑むかい?」

「……ふざけているのか?」

 先輩に対しての敬語がぶっとぶなど珍しい。

 桐生は脂下がりそうになる顔を引き締めながら、それならとテーブルに水の入ったグラスを置いた。

「体内のアルコールを薄めよう。それを飲みながら聞いて欲しいことがあるんだ、玄」

 親しみを込めてその名を呼ぶ。家族以外、玄がそう呼ぶことを許したのは自分だけだから。

 単に玄がめんどくさがっただけとはなんとなく分かっていても認めたくない桐生である。

「用件があるなら早く言ってくれ。借金も連帯保証人も名義貸しもお断りだ」

「そんなのを君に頼むわけがないだろう……出会ってから20年、ずっと君のことを想っていた」

「……未だに『てけてけ』が頭に残っているのか? 殊勝だな」

 なぜそうなる。

 桐生は肩を落とし、同時に記憶の奥底へと突き落としたはずの恐ろしい映像がよみがえり少し震えた。

 一世一代の告白だというのに……。

「玄、真剣に聞いてくれ。君を伴侶にしたいんだ……愛しているんだ」

 胡乱な視線が少し眠たそうな目元から放たれる。だがこんなことで怖気づく桐生ではない。この世で一番菅原玄に耐性があると自負している。

「バカか? アルファの男同士が結婚してどうする」

 オメガならいざ知らずと続けられ、だがそれで諦めきれるものではない。

「20年前に君が言っただろう、20年以上興味を覚え続けてくれたら相手にしてくれる、と。その言葉を信じているんだ」

「はぁ? いきなり何を……」

「初めて会ったあの日からずっと、君だけを愛している。私のものになってくれ」

「ふざけ……ちょっ何をする!」

 そっと玄の身体のラインを撫でる。

 ワイシャツのボタンを二つ外して鎖骨を見せ続けてきたくせに、ずっと20年もお預けをさせてきたくせに、ただ触れることも許してはくれないのか。

 凶悪な気持ちが桐生の中で大きくなっていく。

 長い間彼だけを見て彼だけに想いを寄せてきたのだ、今日という日が訪れるのを待ちながら。

 もう我慢なんてできるわけがない。

「私は本気だ……今日ここで、君を私のものにする……玄」

 耳元で愛しい人の名を呼びながら肌を確かめるようにワイシャツの上から愛撫した。

「っ! ……ゃめろっ」

 言葉だけの抵抗。

 アルコールが回り切った身体に力が入らないのだろう、桐生を押し放そうとする腕は弱々しい。

「放せ、あほっ」

「押し倒して自分のものにするのが私らしいと評したのは君だ……その通りにさせてもらう」

「ゃっ……」

 弱弱しく抵抗する玄の腕をものともせず、その身体をソファの背もたれに押さえつけると、とろりとしている怜悧な瞳を見つめながら、ゆっくりと、誰とこれから何をするのかを教えるように、顔を近づけた。

「んっ……ゃ!」

 薄い唇に、自分のそれを重ねる。玄は合わさってもそれから逃げるように首を振るが、逃がしはしない。深く唇を合わせ、何かを言おうと開いた瞬間に舌を潜り込ませる。

「ん……ぁ……」

 最後に飲んだホッとチョコレートの苦みがする舌を存分に味わい舐め尽くした。それでも足りず、口内を犯していく。弱弱しかった抵抗はさらに弱まり、押し放そうとする腕はいつからか桐生のシャツを強く握り始めた。

(可愛い……)

 甘いものが苦手だと公言していた玄に、もしかしたらとホッとチョコレートを飲ませたのは正解だ。あまりチョコレートを口にしない人間には度数の高いカカオが入った飲み物は媚薬になりえる。

 分かっていて飲ませた桐生は内心ほくそ笑んだ。

 着色がほぼない並びのいい歯も薄い頬肉もたっぷりと堪能してから、ようやく唇を開放する。

「私は本気だ。もう逃がさない……初めてがソファで申し訳ないが許してくれ」

「ゃ……めろ…」

 濃厚な口づけに頬を赤らめても、玄は抵抗しようとする。だが桐生に敵うわけがなかった。邪魔なワイシャツを力任せに引きちぎりボタンを飛ばす男を、恐怖にも似た目で見つめるばかりだ。

 蛍光灯の下に晒された玄の肌はどこも白く、無駄な肉など一つもない。桐生は誘われるように素肌の感触をたっぷりとその掌で味わった。30歳を過ぎているのに、弾力があり滑らかな肌がしっとりと吸い付いてくる。

「綺麗だ……」

「み……るなっん」

「あぁ……玄はここが弱いのか」

「やめろっ!」

 指で弾かれてツンと立ち上がった淡い色の胸の飾りに狙いを定めながら、可愛くないことばかりを紡ぐ唇を再び塞ぐ。薄いそれを啄みながら徐々に固くなっていく胸の飾りをこねていく。

「んっ………ゃぁぁっ」

 くぐもった甘い声すらも自分のものだとばかりに吸い取り、拒否の言葉をこれ以上零さないよう舌を犯す。ねっとりと絡めとり擦り合わせ、奥へと逃げ込もうとするのを阻んでいく。息継ぎする間だけ少し与えまた深く塞ぎ嬲り続けた。清廉潔白な玄は色事に慣れていないのだろう、どう逃げていいのか分からず固まってしまうようだ。だが、そんな玄にキスの仕方を教えるだけの余裕は桐生にない。貪るだけ貪り、嬲りたいだけ嬲り続けた。

 容易に摘まめるほどまで固くなった胸の飾りに爪を立てると、ビクリと玄の身体が震える。だが、唇から漏れるのは痛みの訴えではなく甘く熱い吐息。

 自分の愛撫に快楽を感じているのだと思うだけで、桐生の下半身はもうはちきれそうになっていた。

(だがまだだ……)

 もっともっとこの頑なな氷の女王を溶かしてからだ。

 快楽の海に沈め、浮き上がることもできないくらいに溺れさせてから。

 抵抗など忘れ自分から腰を振るほどにどろどろにして、頭の中を愉悦で満たし尽くしてから。

 そのためのテクニックをこの20年、玄のためだけに磨いてきた。

 反対の飾りにも手を伸ばし、両方を同時に刺激していく。淡い色の胸の飾りは刺激を与えられるたびにツンと尖り、もっと弄れとばかりに膨らんでくる。それを爪弾いたりくすぐったりすれば、玄の身体から徐々に力が抜けていく。

(もっと溺れろ……私に溺れ尽くすんだ)

 願いを強くする。

 もっともっと乱れろ、もっともっと溺れろ。

 そして自分だけのものになれ、と。

 たっぷりと口づけと胸の飾りへの愛撫で玄の身体を蕩けさせると、桐生はターゲットを移していった。形の良い耳たぶを食み、ねっとりと舌を這わせながら徐々に頭を下ろしていく。首筋を舌でくすぐりながら散々見せつけられた鎖骨を目指す。

「ぃぃかげんにしろ……きりゅ…」

「篤繁だ……名前で呼んでくれ」

「ふざけるなっ……ぁんっ」

 鎖骨の形を歯列でなぞり舌でくすぐると、また玄の身体が跳ねる。

(どこもかしこも敏感だ……)

 自分の身体のどこを愛撫されれば感じるのかなど、今まで考えたこともない玄の性感帯を一つ一つ探し当てる作業に没頭しながら、目印の赤い跡を付けていく。これから先、それが消えることのない身体にしてやると誓いながら、きつく吸い上げる。

「なに……するっ」

 答えない。

 明日の朝、己の身体に残った交情の跡で知ればいい。なぜそこに残っているのかを考え、そして何をしたかを思い出せばいい。

「もっ……ゃめっ」

 指にたっぷりと嬲られた胸の飾りを口に含み吸い上げながら舌で転がせば、玄から抵抗の言葉と共に甘い吐息が零れた。そんな色っぽい抵抗に従う男などいるものか。しかも、強く服を握りながら放そうとしない。

 自分がどれほど無意識に男を煽っているのか自覚がない玄の些細な仕草に、桐生もどんどんと身体を熱くしていった。

「愛している、玄。君だけだ…」

 熱い言葉に乗せて何度も自分の気持ちを伝えながら愛おしい身体を貪り続ける。空いた手で身体中をまさぐり、快楽のポイントを見つけ、くすぐる。それを続けながらとろとろに玄の身体を溶かし、言葉以外の抵抗をなくしていくと、最後のポイントとなった下肢を包む無粋な布を剥ぎ取りにかかった。

 革製の艶やかなベルトを片手で外そうとすると、今まで桐生のシャツを握るばかりだった手が久方ぶりの抵抗を試みるが、もうそこには元来の力は備わっていない。ポテ、ポテと緩く叩かれても痛みはない。

 ここまで無力になった玄など、きっと誰も知らないだろう。

 自分だけが知りえたことに、一層の悦びを感じる。

 器用に片手でベルトとスラックスのファスナーを寛げ、引きずり下ろす。

「ころして……やるっ」

 恨みがまし気に呟きながら、玄は腕で自分の顔を隠した。

「殺される前にたっぷりと君を味わわせてくれ……ぅっ!」

 カッコよく決めようと思ったのに、スラックスの下から現れた純白に、桐生は思わず鼻血が吹き出しそうになった。

(なっ……なんと! 33にもなって白ブリーフっ!)

 トランクスやボクサーが主流となっている昨今で、ブリーフを愛用している者は少ないだろう。しかも、白。白!

 今どき小学生ですら恥ずかしくて身に着けようとしないその清楚すぎる下着に、桐生の理性ははちきれ寸前になった。しかも愛撫でしっかりと形を変えている分身の大きさまでもを美しい陰影をつけて強調している。

 フラフラと夏の虫のようにその輝きに引き寄せられていく。

 純白を汚すことへの悦びは、男なら皆が持ち合わせているだろうが、桐生とて例外ではない。すぐにでもこの白さを汚したい思いと、たっぷりとこの純白を味わいたい性癖が鬩ぎ合う。

 当然、性癖が勝るのだ。

 形を変えた分身を包み込んでいる白ブリーフに頬を寄せたっぷりとその匂いを嗅ぎ、そしてその上から形をなぞるように舌を這わせた。

「んっゃぁ……」

 初めて、玄の口から喘ぎが零れた。たっぷりの愛撫で溶け切った身体はもう抵抗する意思がないのをいいことに、桐生は布の上から執拗に刺激をしていく。舌だけでなく指をも加え、濃厚な愛撫を施していく。唾液の染み込んだ下着はより一層淫らだ。自分が玄を汚しているのだという暗い歓びを桐生に味わわせてくれる。

 分身の先端が巧みな愛撫で涙を流し始めるまで可愛がってから、ゆっくりと、名残惜し気に下着を下ろした。
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