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「まさかの大波乱だ……」
クラスメイトの誰かの呟きに、玄は口に出さなかったが全く同感だ。まさに大波乱としか言いようがない。
あの全く人望がない唯我独尊男が生徒会長選挙に出馬したと聞いたときは鼻で笑ったが、蓋を開ければ前期副会長を大差で下し、見事生徒会長となったのだ。
陰でトトカルチョしていた面々はあまりの結果に魂魄が抜けだそうとしている。
大本命の前期副会長の人望がなかったかと聞かれれば即座に否定する。物腰は穏やかだが芯の通った人物だ。玄よりはへなちょこだが。それでも真面目一辺倒で皆のために働くことを苦としないメンタリティはあったし、それを周囲にアピールもしてきた。現都議会議員の父親と公約が全く同じだったことには苦笑したが。
それでも、あの男に比べれば人望はあった、はずだ。
なのに出た結果は、桐生の圧勝。他の候補者など、一桁の票しか獲得できない状況に対し、一人だけ三桁という大どんでん返し。
(金でもばらまいたのか……)
思わずそんな下種な勘繰りをしてしまうぐらいに、一年の中ではありえない結果だ。
(これは、来季の生徒会入りは無理だな。諦めるか)
生徒会長が副会長や書記など主要なメンバーを指名する制度になっているから、召集されることはないだろう。
(どんな一年になるか、見ものだな)
玄は結果だけを受け止め、足早に昇降口に掲げられた投票結果の立て看板から離れ靴を履き替えた。半年ちょっと通い続けた生徒会室には向かわず、そのまま教室へと足を向けようとしたとき、背後から声をかけられた。
「待っていたよ、玄」
(なんでこの時間にこいつがいるんだ)
心の中で毒づきながら、だがちらりとも表情に出さず振り向くと、桐生が柔和な笑みを浮かべながらそこにいた。
「桐生先輩、この度は当選おめでとうございます」
形だけの祝辞を述べまた踵を返そうとしたが、それよりも先に腕を掴まれた。
「ありがとう。これからよろしく」
「……何をですか?」
正直これ以上関わりたくない。何を考えているのか全く掴めない上に、唯我独尊過ぎて、彼の口から何かしらの言葉を聞くのは自分に不利益しかないような気がした。手を振りほどいて教室に向かいたいのに、掴む腕の強さがそれを阻む。
「君を副会長に指名するよ。一緒に頑張ろう」
「……お断りします」
「……随分と結論が早くないかい?」
「そうですか。先輩の意に沿えず残念です」
なぜか桐生の下で働いたら大変なことになる図しか思い浮かばない。そこそこの仕事をし、一定の評価を得て、余った時間すべてを最愛の末弟に使いたい玄にとって、桐生と仕事をするというのは身を粉にして働き、すべての時間を桐生に捧げなければならないような気がしてならない。
今までの生徒会のメンバーなら、玄が仕事を終えたらすぐに帰るのを知っている。しかも、二年に上がってもそのスタイルが乱れることはないと信じていた。
だが、桐生が相手では嫌な予感しかしない。
むしろ近づきたくない。解放して欲しいし、あっちに行って二度と自分の前に顔を見せないで欲しい。
どこまでも桐生を毛嫌いする玄に、本人は余裕の笑みを浮かべているが、掴む指の力が強まる。
「そういえば、指名された場合は拒否権がないと聞いたが、違うのかな」
「そうでしたか? 知りませんでしたが拒否します」
「冷たいことを言わないでくれ。君と一緒にいられるために頑張ったんだから」
一体何を頑張ったんだ。その内容を暴露して引きずり降ろしてやりたい。なぜか、桐生が生徒会長になったら健全な運営が期待できないような気がしてならない。
玄の桐生に対する評価は地に落ちているどころか、地底のマグマに付きそうなほど低い。
「なにを頑張ったんですか」
「この私が頑張って学校のためにこの身を捧げようと皆に伝えたのだよ。熱弁を交えてね」
「そうだったんですか、でもその内容は伏せるんですね」
「ん? そんなことは公で言うのは無粋じゃないか」
「そうですか? 言ったほうが皆が先輩を尊敬するんじゃないですか?」
「秘密にするほうが粋だろう?」
この人は「粋」の使い方がおかしい。なにも粋に感じられない。
むしろ胡散臭いとしか思えない。
妖しさ満載だ。
どんどんこの人の傍にいることを拒みたくなる。それに、なぜそこまで自分に執着するのかもわからない。最初に会った日から頻繁に付き纏ってくるし、昼休みには声をかけなくても必ず視界に入ろうとする。うざったいことこの上ない。
なにが一緒にいたいために頑張ったんだか。
単に自分を弄るために関わってきただけだろうに。
だがここに長くいても仕方ない。自分たちのやり取りを登校してきた生徒が凝視し人だかりができ始めている。
諦めるか。
確かに生徒会長に指名されたら、拒むことは許されない。よっぽどの理由がない限りは。
かつて生徒会副会長の玄にはよっぽどの理由がないのは皆が分かっている。会長が桐生に代わったと途端、断る理由を述べても、校正明大を掲げる玄の信用がなくなる。それに、末弟の存在を言い訳には使いたくない。まだ四つになったばかりの可愛い弟だが、嫌な予感を抱いているからだ。なるべく自分に弟が二人いることを伏せたい。
(覚悟を決めるか……)
嘆息し、抵抗のために入れていた腕の力を抜いた。桐生も気づき指の力を抜いていく。
「話は放課後に聞きます。それでいいですか?」
「当然。楽しみにしているよ、ではまた放課後に」
面倒なことになった。玄は深く息を吐いて、近日中に厄払いに行こうと心に誓った。
仕方ない、どうせ断ることができないのなら相手の懐に入って弱みを握ってみようか。どうにも始めの頃よりも掴みどころがなくなってきた桐生が胡散臭くてしょうがなかった。生徒会長になって何をしようというのだろうか。
学校などという枠に仕方なくいるような人が何を企んでいるのだろうか。
玄は教室に向かいながら、今度どう動くかを思案し続けた。了承するしかないと分かっていても、釈然としないものがあるが私情を抑えるのには慣れている。決して外面に出さず、今後自分がどう動くかをシュミレートし始めた。
数パターンだし、自分動きを確認していく。
(なんとかなるか……いやなんとかするしかない。あいつは気に食わないが、自分が生徒会長に立った時に内部がごちゃごちゃになられては困る。今のうちに自分のやりやすいようにあいつを動かすか)
それしかない。
後の処理が大変よりは楽なほうが良い。どのみち、拒否権がないなら……と自分に言い聞かせる。
そしてやってきた放課後、クラスメイトの注目を浴びながら玄は呼びに来た桐生の後に続いて生徒会室へと入った。
慣れ親しんだ場所だが、ここに桐生がいることに違和感しかない。不似合いすぎる。
桐生はふわりと、初めて会ったあの時の刺々しさが嘘のように消え失せ、まるで始めから好青年であったかのように笑う。
「やっと私を見たね」
「……どういう意味ですか?」
「分からないのならいいよ。さて、今朝の返事を聞かせてくれるか」
「拒否権はないんですよね。なら仕方ないですが務めさせていただきますよ」
「随分とイヤイヤだね……もっと喜んでくれると思ったんだがね」
「なぜ私が喜ぶと思ったんですか? そんなに親しくないですよ我々は」
「相変わらずつれないね。でも一緒にはやってくれるんだね」
「断れないなら仕方ないですからね」
「まあいい。今はそれで満足するとするよ」
だが桐生はもの言いたげだ。何かを玄に言おうとして、それを飲みこもうとしているのが感じられた。だが詮索はしない。何をどうしようとしているのか分からない桐生の腹を探るのは無駄なような気がするから。きっと玄が聞いたとしてもまともに答えてはくれないだろう。
興味もない。
「君と一緒にできるだけで嬉しいよ。では来週から一緒に活動しようか。まずは前年度どんな姿勢でやっていたかを教えてくれると助かるな」
「そうですね、まずはそこから始めましょう。やったことのリストは週末にまとめて翌週にお渡しできるようにしておきます」
「あ……いや、一から手取りあし……」
「マニュアルが会ったほうが解りやすいと思います。まずはそれを読んでから細部のお話をする、という流れが一番時間を無駄にしないでしょう」
「……わかった、では任せるよ」
「分かりました。では自宅で作成しますので今日は帰らせてもらいます。さようなら」
「あぁ……さようなら、玄」
たかだか生徒会活動だ。無駄にべたべたする必要はない。友人でも幼馴染でも、ましてや家族でもない相手に時間を費やすだけ無駄だ。
玄は頭を下げ、生徒会室から出た。
クラスメイトの誰かの呟きに、玄は口に出さなかったが全く同感だ。まさに大波乱としか言いようがない。
あの全く人望がない唯我独尊男が生徒会長選挙に出馬したと聞いたときは鼻で笑ったが、蓋を開ければ前期副会長を大差で下し、見事生徒会長となったのだ。
陰でトトカルチョしていた面々はあまりの結果に魂魄が抜けだそうとしている。
大本命の前期副会長の人望がなかったかと聞かれれば即座に否定する。物腰は穏やかだが芯の通った人物だ。玄よりはへなちょこだが。それでも真面目一辺倒で皆のために働くことを苦としないメンタリティはあったし、それを周囲にアピールもしてきた。現都議会議員の父親と公約が全く同じだったことには苦笑したが。
それでも、あの男に比べれば人望はあった、はずだ。
なのに出た結果は、桐生の圧勝。他の候補者など、一桁の票しか獲得できない状況に対し、一人だけ三桁という大どんでん返し。
(金でもばらまいたのか……)
思わずそんな下種な勘繰りをしてしまうぐらいに、一年の中ではありえない結果だ。
(これは、来季の生徒会入りは無理だな。諦めるか)
生徒会長が副会長や書記など主要なメンバーを指名する制度になっているから、召集されることはないだろう。
(どんな一年になるか、見ものだな)
玄は結果だけを受け止め、足早に昇降口に掲げられた投票結果の立て看板から離れ靴を履き替えた。半年ちょっと通い続けた生徒会室には向かわず、そのまま教室へと足を向けようとしたとき、背後から声をかけられた。
「待っていたよ、玄」
(なんでこの時間にこいつがいるんだ)
心の中で毒づきながら、だがちらりとも表情に出さず振り向くと、桐生が柔和な笑みを浮かべながらそこにいた。
「桐生先輩、この度は当選おめでとうございます」
形だけの祝辞を述べまた踵を返そうとしたが、それよりも先に腕を掴まれた。
「ありがとう。これからよろしく」
「……何をですか?」
正直これ以上関わりたくない。何を考えているのか全く掴めない上に、唯我独尊過ぎて、彼の口から何かしらの言葉を聞くのは自分に不利益しかないような気がした。手を振りほどいて教室に向かいたいのに、掴む腕の強さがそれを阻む。
「君を副会長に指名するよ。一緒に頑張ろう」
「……お断りします」
「……随分と結論が早くないかい?」
「そうですか。先輩の意に沿えず残念です」
なぜか桐生の下で働いたら大変なことになる図しか思い浮かばない。そこそこの仕事をし、一定の評価を得て、余った時間すべてを最愛の末弟に使いたい玄にとって、桐生と仕事をするというのは身を粉にして働き、すべての時間を桐生に捧げなければならないような気がしてならない。
今までの生徒会のメンバーなら、玄が仕事を終えたらすぐに帰るのを知っている。しかも、二年に上がってもそのスタイルが乱れることはないと信じていた。
だが、桐生が相手では嫌な予感しかしない。
むしろ近づきたくない。解放して欲しいし、あっちに行って二度と自分の前に顔を見せないで欲しい。
どこまでも桐生を毛嫌いする玄に、本人は余裕の笑みを浮かべているが、掴む指の力が強まる。
「そういえば、指名された場合は拒否権がないと聞いたが、違うのかな」
「そうでしたか? 知りませんでしたが拒否します」
「冷たいことを言わないでくれ。君と一緒にいられるために頑張ったんだから」
一体何を頑張ったんだ。その内容を暴露して引きずり降ろしてやりたい。なぜか、桐生が生徒会長になったら健全な運営が期待できないような気がしてならない。
玄の桐生に対する評価は地に落ちているどころか、地底のマグマに付きそうなほど低い。
「なにを頑張ったんですか」
「この私が頑張って学校のためにこの身を捧げようと皆に伝えたのだよ。熱弁を交えてね」
「そうだったんですか、でもその内容は伏せるんですね」
「ん? そんなことは公で言うのは無粋じゃないか」
「そうですか? 言ったほうが皆が先輩を尊敬するんじゃないですか?」
「秘密にするほうが粋だろう?」
この人は「粋」の使い方がおかしい。なにも粋に感じられない。
むしろ胡散臭いとしか思えない。
妖しさ満載だ。
どんどんこの人の傍にいることを拒みたくなる。それに、なぜそこまで自分に執着するのかもわからない。最初に会った日から頻繁に付き纏ってくるし、昼休みには声をかけなくても必ず視界に入ろうとする。うざったいことこの上ない。
なにが一緒にいたいために頑張ったんだか。
単に自分を弄るために関わってきただけだろうに。
だがここに長くいても仕方ない。自分たちのやり取りを登校してきた生徒が凝視し人だかりができ始めている。
諦めるか。
確かに生徒会長に指名されたら、拒むことは許されない。よっぽどの理由がない限りは。
かつて生徒会副会長の玄にはよっぽどの理由がないのは皆が分かっている。会長が桐生に代わったと途端、断る理由を述べても、校正明大を掲げる玄の信用がなくなる。それに、末弟の存在を言い訳には使いたくない。まだ四つになったばかりの可愛い弟だが、嫌な予感を抱いているからだ。なるべく自分に弟が二人いることを伏せたい。
(覚悟を決めるか……)
嘆息し、抵抗のために入れていた腕の力を抜いた。桐生も気づき指の力を抜いていく。
「話は放課後に聞きます。それでいいですか?」
「当然。楽しみにしているよ、ではまた放課後に」
面倒なことになった。玄は深く息を吐いて、近日中に厄払いに行こうと心に誓った。
仕方ない、どうせ断ることができないのなら相手の懐に入って弱みを握ってみようか。どうにも始めの頃よりも掴みどころがなくなってきた桐生が胡散臭くてしょうがなかった。生徒会長になって何をしようというのだろうか。
学校などという枠に仕方なくいるような人が何を企んでいるのだろうか。
玄は教室に向かいながら、今度どう動くかを思案し続けた。了承するしかないと分かっていても、釈然としないものがあるが私情を抑えるのには慣れている。決して外面に出さず、今後自分がどう動くかをシュミレートし始めた。
数パターンだし、自分動きを確認していく。
(なんとかなるか……いやなんとかするしかない。あいつは気に食わないが、自分が生徒会長に立った時に内部がごちゃごちゃになられては困る。今のうちに自分のやりやすいようにあいつを動かすか)
それしかない。
後の処理が大変よりは楽なほうが良い。どのみち、拒否権がないなら……と自分に言い聞かせる。
そしてやってきた放課後、クラスメイトの注目を浴びながら玄は呼びに来た桐生の後に続いて生徒会室へと入った。
慣れ親しんだ場所だが、ここに桐生がいることに違和感しかない。不似合いすぎる。
桐生はふわりと、初めて会ったあの時の刺々しさが嘘のように消え失せ、まるで始めから好青年であったかのように笑う。
「やっと私を見たね」
「……どういう意味ですか?」
「分からないのならいいよ。さて、今朝の返事を聞かせてくれるか」
「拒否権はないんですよね。なら仕方ないですが務めさせていただきますよ」
「随分とイヤイヤだね……もっと喜んでくれると思ったんだがね」
「なぜ私が喜ぶと思ったんですか? そんなに親しくないですよ我々は」
「相変わらずつれないね。でも一緒にはやってくれるんだね」
「断れないなら仕方ないですからね」
「まあいい。今はそれで満足するとするよ」
だが桐生はもの言いたげだ。何かを玄に言おうとして、それを飲みこもうとしているのが感じられた。だが詮索はしない。何をどうしようとしているのか分からない桐生の腹を探るのは無駄なような気がするから。きっと玄が聞いたとしてもまともに答えてはくれないだろう。
興味もない。
「君と一緒にできるだけで嬉しいよ。では来週から一緒に活動しようか。まずは前年度どんな姿勢でやっていたかを教えてくれると助かるな」
「そうですね、まずはそこから始めましょう。やったことのリストは週末にまとめて翌週にお渡しできるようにしておきます」
「あ……いや、一から手取りあし……」
「マニュアルが会ったほうが解りやすいと思います。まずはそれを読んでから細部のお話をする、という流れが一番時間を無駄にしないでしょう」
「……わかった、では任せるよ」
「分かりました。では自宅で作成しますので今日は帰らせてもらいます。さようなら」
「あぁ……さようなら、玄」
たかだか生徒会活動だ。無駄にべたべたする必要はない。友人でも幼馴染でも、ましてや家族でもない相手に時間を費やすだけ無駄だ。
玄は頭を下げ、生徒会室から出た。
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