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番外編
僕の大好きな不器用な人9
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疲れすぎた身体の奥がじんわりと熱を灯し始める。
「仕事終わったんですか?」
さりげなく腰を抱いてくる。本当に自然で、気がついたら遥人の腕の中に閉じ込められた。だがその顔を見ることができない。あの夜のことを思い出してしまうから。
「あ……うん」
ここで小休憩に出たと言えば良いのに、嘘をつけない隆則は素直に仕事が終わったことを告げてしまう。
「そう、ですか。お腹は空きましたか? またお菓子しか食べてないから痩せましたよ」
締め切りがタイトで重い仕事の場合、隆則は眠ってしまうからと食事を抜いてしまう。だがそれでは頭が動かなくなるので、チョコレート系のお菓子を用意して貰うのだ。満腹になると眠くなって締め切りに間に合わなくなるが、軽いスナック菓子ならば脳にエネルギーを届けることができ、しかも眠くなるのを防いでくれる。
そんな不規則で不健康な生活をするので、仕事明けは軽く体重が減ってしまうのだ。
隆則の食事を一手に引き受けている遥人からすれば、痩せてないか心配でしょうがないらしい。
確実に痩せたことは自分でもわかっている。
「大丈夫、倒れるほどじゃないから」
前科があるだけに、つい「たぶん……」と付け加えてしまう。
「仕事が終わったならちょっと食べましょう。じつはもうできてるんですよ、おじや」
好物の単語に気持ちが一気に浮上した。
「おじや!」
「温めますのでそこで待っててください」
腕から解放されるといそいそと食卓に着いた。すぐに遥人がガスレンジに乗った一人前の土鍋に火を掛ける。温まるのと同時に出汁の芳しい香りがダイニングルームに満ちていく。
今まで忘れていた食欲が一気に目を覚まし腹を鳴らす。
「沸騰直前で止めましたのであまり熱すぎないと思います。召し上がってください」
時間をおかず、鍋敷きの上に土鍋が、すぐ手元に椀と匙が置かれた。湯気を立てたおじやを椀によそって匙で掬ってはフーフーと息を吹きかけて口に運ぶ。
空っぽの胃袋がじわりと温かくなっていく。
なんとも言えぬ幸福感が胃から広がっていった。
仕事明けに遥人が作ってくれた美味しいご飯を食べるこの瞬間が一番幸せだと思う。幸せすぎてこのまま寝てしまいたくなる。
ご飯を一粒残さず平らげた隆則は久しぶりに満たされた胃袋に満足して、幸せな気持ちのまま目の前に座った遥人にいつものように礼を言って顔を上げ、そしてまた、固まった。
そうだ、眼鏡がそのままだ。
目を細めてこちらを見る顔はいつも通りだし、食べ終わるのを待って食器を下げてくれるのも変わらない。なのに、眼鏡があるだけで心拍数が上がってしまう。
どう考えても一ヶ月前の倒錯的な交情に原因がある。
恋人ではない人に無理矢理されて感じてしまった、AVによくあるシチュエーションに似た心情だった。どんなに相手は遥人だとわかっていても、眼鏡一つあるだけで別人に感じてしまったのは、再会した時に纏っていた冷たい印象が未だに忘れられないから。自分に優しく微笑みかけていた遥人とは違う、冷徹な眼差し。
遥人は澄ました顔で仕事をしているのだろう、それは彼と付き合っている間一度として見たことのない表情だった。だからこそ、怖くもあり、冷静さが格好良くもあった。
その印象が拭えず頭の中に残る。
自分が愛した遥人だとわかっていても、いざ押し倒されれば別の人にされているような感覚に陥ってしまい、興奮してしまった。そう、興奮してのめり込んでしまったのだ。
遥人が二回達っただけなのに、隆則は数え切れないほど絶頂を味わったのも、それが起因だ。
また心臓がバコバコと脈を早くし、下肢は元気を取り戻していく。
食器を流しに置いた遥人がまた目の前に座った。いつもと変わらない柔らかい笑顔。なのに、頬が勝手に紅潮してしまう。
「どうしたんですか、隆則さん。もしかして、食欲が満たされたら次の欲を解消したくなりましたか?」
「よく? えっあっ!」
言っている意味がわかって沸騰しそうなほど顔が熱くなる。
「換気も終わりましたし、シーツも洗ったのでいつでもいいですよ」
「そんなつもりないっ! まだ納品してないし、遥人としたら放して貰えなくなる!」
仕事明けの交情はいつだって隆則が気を失うまで絶頂を味わわされるのだ。まだ納品していないのにそんなことされたら、次にここに座るのは明日の夕方だ。何度も経験してるからわかる。そうなるほど感じさせられて起き上がることもできなくなるんだ。
「そっちが希望なんですね。せっかくなので寝て貰おうと思ったのに、残念です。でも希望を叶えるのはやぶさかではないですよ」
「え……あっ!」
そうだ、人間の欲求にもう一つあることをすっかり失念していた。あんなにも眠たかったはずなのに、眼鏡姿の遥人を見たらいとも簡単に頭からぶっ飛んだ。
「ちがうっ違うから!」
「風呂でお尻の中綺麗にしてあげます、来て下さい」
「仕事終わったんですか?」
さりげなく腰を抱いてくる。本当に自然で、気がついたら遥人の腕の中に閉じ込められた。だがその顔を見ることができない。あの夜のことを思い出してしまうから。
「あ……うん」
ここで小休憩に出たと言えば良いのに、嘘をつけない隆則は素直に仕事が終わったことを告げてしまう。
「そう、ですか。お腹は空きましたか? またお菓子しか食べてないから痩せましたよ」
締め切りがタイトで重い仕事の場合、隆則は眠ってしまうからと食事を抜いてしまう。だがそれでは頭が動かなくなるので、チョコレート系のお菓子を用意して貰うのだ。満腹になると眠くなって締め切りに間に合わなくなるが、軽いスナック菓子ならば脳にエネルギーを届けることができ、しかも眠くなるのを防いでくれる。
そんな不規則で不健康な生活をするので、仕事明けは軽く体重が減ってしまうのだ。
隆則の食事を一手に引き受けている遥人からすれば、痩せてないか心配でしょうがないらしい。
確実に痩せたことは自分でもわかっている。
「大丈夫、倒れるほどじゃないから」
前科があるだけに、つい「たぶん……」と付け加えてしまう。
「仕事が終わったならちょっと食べましょう。じつはもうできてるんですよ、おじや」
好物の単語に気持ちが一気に浮上した。
「おじや!」
「温めますのでそこで待っててください」
腕から解放されるといそいそと食卓に着いた。すぐに遥人がガスレンジに乗った一人前の土鍋に火を掛ける。温まるのと同時に出汁の芳しい香りがダイニングルームに満ちていく。
今まで忘れていた食欲が一気に目を覚まし腹を鳴らす。
「沸騰直前で止めましたのであまり熱すぎないと思います。召し上がってください」
時間をおかず、鍋敷きの上に土鍋が、すぐ手元に椀と匙が置かれた。湯気を立てたおじやを椀によそって匙で掬ってはフーフーと息を吹きかけて口に運ぶ。
空っぽの胃袋がじわりと温かくなっていく。
なんとも言えぬ幸福感が胃から広がっていった。
仕事明けに遥人が作ってくれた美味しいご飯を食べるこの瞬間が一番幸せだと思う。幸せすぎてこのまま寝てしまいたくなる。
ご飯を一粒残さず平らげた隆則は久しぶりに満たされた胃袋に満足して、幸せな気持ちのまま目の前に座った遥人にいつものように礼を言って顔を上げ、そしてまた、固まった。
そうだ、眼鏡がそのままだ。
目を細めてこちらを見る顔はいつも通りだし、食べ終わるのを待って食器を下げてくれるのも変わらない。なのに、眼鏡があるだけで心拍数が上がってしまう。
どう考えても一ヶ月前の倒錯的な交情に原因がある。
恋人ではない人に無理矢理されて感じてしまった、AVによくあるシチュエーションに似た心情だった。どんなに相手は遥人だとわかっていても、眼鏡一つあるだけで別人に感じてしまったのは、再会した時に纏っていた冷たい印象が未だに忘れられないから。自分に優しく微笑みかけていた遥人とは違う、冷徹な眼差し。
遥人は澄ました顔で仕事をしているのだろう、それは彼と付き合っている間一度として見たことのない表情だった。だからこそ、怖くもあり、冷静さが格好良くもあった。
その印象が拭えず頭の中に残る。
自分が愛した遥人だとわかっていても、いざ押し倒されれば別の人にされているような感覚に陥ってしまい、興奮してしまった。そう、興奮してのめり込んでしまったのだ。
遥人が二回達っただけなのに、隆則は数え切れないほど絶頂を味わったのも、それが起因だ。
また心臓がバコバコと脈を早くし、下肢は元気を取り戻していく。
食器を流しに置いた遥人がまた目の前に座った。いつもと変わらない柔らかい笑顔。なのに、頬が勝手に紅潮してしまう。
「どうしたんですか、隆則さん。もしかして、食欲が満たされたら次の欲を解消したくなりましたか?」
「よく? えっあっ!」
言っている意味がわかって沸騰しそうなほど顔が熱くなる。
「換気も終わりましたし、シーツも洗ったのでいつでもいいですよ」
「そんなつもりないっ! まだ納品してないし、遥人としたら放して貰えなくなる!」
仕事明けの交情はいつだって隆則が気を失うまで絶頂を味わわされるのだ。まだ納品していないのにそんなことされたら、次にここに座るのは明日の夕方だ。何度も経験してるからわかる。そうなるほど感じさせられて起き上がることもできなくなるんだ。
「そっちが希望なんですね。せっかくなので寝て貰おうと思ったのに、残念です。でも希望を叶えるのはやぶさかではないですよ」
「え……あっ!」
そうだ、人間の欲求にもう一つあることをすっかり失念していた。あんなにも眠たかったはずなのに、眼鏡姿の遥人を見たらいとも簡単に頭からぶっ飛んだ。
「ちがうっ違うから!」
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