83 / 100
番外編
世界で一番君が好き7
しおりを挟む
なのに、そんな遥人は逃げ出した隆則を捕まえるためだけに、それが叶う会社に就職して、出奔先から引きずり出したのだ。そして真摯に想いを伝えてくれたからこそ、やっと隆則も頑なに信じることができなかった感情を動かした。あれから五年、未だに毎日のように愛を囁いては疑う余地すら与えてくれないほど愛情で溺れさせてくる。
こうなっては冷静になる暇もないくらいズブズブにのめり込んでしまう。
まだ恥ずかしくて自分の中にある感情を口にできないが。
テーブルの上の食器を片付けるために離れた瞬間を狙って、顔を真っ赤にしたまま逃げるように仕事部屋へと駆け込んだ。
遥人と二人で安定した老後を過ごすためにもっともっと稼がないといけない。
金はいくらあっても困らないし、大好きなプログラミングを自分の采配だけでやれる上にサラリーマン時代よりも実入りが良い今の仕事は、人間関係や煩わしさない代わりに、一度のミスも許されない。たった一度失敗しただけで信用は失墜する。
そのため、締め切りを破らないのは当たり前で、バグが最小限できちんとクライアントの希望する動きをするものを納入する責任が芽生える。
だからどんな仕事でも失敗は許されないし、フォローしてくれる人もいない。
遥人との生活のために「よしっ」と気合いを入れてまたキーを叩いていった。
できあがったシステムにエラーがないか確認して納品し、すぐに次に取りかかる。
いつものように夢中になると寝食を忘れ、時間を忘れ、ひたすら最後のコードに向けて突き進む。しかも少し前のめりになって打ち続け、世界を狭めていく。
そうなったらもう周囲の音すらも聞こえてこない。
誰かがノックしたような気もするが、それにすら返事せずにひたすら打ち続ける。
時折、水を取りにリビングへ出るがその時だって周囲に人間がいたかどうかもわからない。それほど仕事モードに突入すると日常生活すらままならなくなる隆則が、やっとエンドマークを付けたのはそれから一週間後だった。
いつにも増してハードだったように思えるがもう覚えていない。
途中何を食べたかも思い出せないが、机の脇にはたくさんの菓子袋が転がっていた。
一番最初にデスマーチを迎えたとき、遥人に頼んだ銘柄の菓子の袋に、いつ食べたかも思い出せずにいたが、あまりもの空腹を通り過ぎた後の胃の痛みを感じてフラフラと部屋から出た。
「隆則さん、おはようございます」
耳に心地よい声にぼんやりとそちらに目を向ける。それが誰だったのかも思い出せないくらい脳が疲弊していた。
「仕事、終わったんですか?」
こくんと頷き、またぼーっと見つめる。
(凄く綺麗な顔だ……こんな人間がいるんだ世の中に)
なぜそんな顔の男が自分の部屋にいるかもわからず見つめ続けた。
「納品は済んだんですか?」
頷いて、またあんまりにも自分好みの顔をぼーっと見つめた。
クスリと笑うと大きな手が伸びてきた。
「お風呂入りますか、それともご飯にしますか?」
「……ふろ……」
そうだ、一週間もずっと入っていない。いつ眠ったのかもわからないような生活で入浴は最初に排除した要項だが、仕事が終わると気持ち悪くて仕方ない。
「わかりました、手伝いますね」
ふらふらの隆則を当たり前のように大きな手が抱き上げた。
「えっ……ぁっ!」
突然のことに驚き、そしてちょっとの間だけ頭が機能し始めた。そうだ、自分を抱き上げているのは恋人の遥人だ、どうして忘れてしまったんだろう。
「いい、自分でできるっ!」
「いつもしていることですよ。安心してください、身体の隅々まで洗いますから」
嬉しそうに言って浴室まで運んだ遥人は、隆則が身に付けていたTシャツを脱がすと、躊躇うことなくハーフパンツを下着ごと抜き取り熱いシャワーを浴びせた。
ずっと冷房のかかった部屋の中でただ座ってキーを打つだけだった身体に、少し熱めのお湯が心地よく感じられた。
ふにゃりとその場でしゃがみ込んでしまう。
このままでは遥人に面倒がかかるとわかっているのに力が入らない。
ふにゃふにゃの身体で遥人を見上げれば、シャンプーを絡ませた器用な手が近づいてきた。髪を撫で美容師のように泡立てていく。浴室いっぱいにハッカの匂いが充満していく。隆則も撫でられた猫のように心地よさに目を閉じ顔を上げてしまう。
クスリと遥人が笑った。
「髪を洗うときの隆則さん、本当に可愛い」
何がだろう。四十を過ぎたおっさんを捕まえて、遥人はいつも『可愛い』という。どこが、なにが彼をそう思わせているのかわからないが、指先から愛おしさを感じてしまう。柔らかい手つきでゆっくりと頭皮を撫でられて、ずっと我慢していた眠気が全身を包み込もうとする。そうなれば身体に力が入らず、クタリと人形のようにバスタブの縁に座った遥人の膝に頭を乗せた。
「シャワーで流しますよ」
小さく頷いて返事をすると、温かいお湯が頭皮に当てられ泡が身体を走り下りていく。あんなに感じていた頭皮の痒みがなくなり、このまま眠ってしまいたくなる。けれどそれは許されないだろう。トリートメントで整え、終われば次は身体だ。
こうなっては冷静になる暇もないくらいズブズブにのめり込んでしまう。
まだ恥ずかしくて自分の中にある感情を口にできないが。
テーブルの上の食器を片付けるために離れた瞬間を狙って、顔を真っ赤にしたまま逃げるように仕事部屋へと駆け込んだ。
遥人と二人で安定した老後を過ごすためにもっともっと稼がないといけない。
金はいくらあっても困らないし、大好きなプログラミングを自分の采配だけでやれる上にサラリーマン時代よりも実入りが良い今の仕事は、人間関係や煩わしさない代わりに、一度のミスも許されない。たった一度失敗しただけで信用は失墜する。
そのため、締め切りを破らないのは当たり前で、バグが最小限できちんとクライアントの希望する動きをするものを納入する責任が芽生える。
だからどんな仕事でも失敗は許されないし、フォローしてくれる人もいない。
遥人との生活のために「よしっ」と気合いを入れてまたキーを叩いていった。
できあがったシステムにエラーがないか確認して納品し、すぐに次に取りかかる。
いつものように夢中になると寝食を忘れ、時間を忘れ、ひたすら最後のコードに向けて突き進む。しかも少し前のめりになって打ち続け、世界を狭めていく。
そうなったらもう周囲の音すらも聞こえてこない。
誰かがノックしたような気もするが、それにすら返事せずにひたすら打ち続ける。
時折、水を取りにリビングへ出るがその時だって周囲に人間がいたかどうかもわからない。それほど仕事モードに突入すると日常生活すらままならなくなる隆則が、やっとエンドマークを付けたのはそれから一週間後だった。
いつにも増してハードだったように思えるがもう覚えていない。
途中何を食べたかも思い出せないが、机の脇にはたくさんの菓子袋が転がっていた。
一番最初にデスマーチを迎えたとき、遥人に頼んだ銘柄の菓子の袋に、いつ食べたかも思い出せずにいたが、あまりもの空腹を通り過ぎた後の胃の痛みを感じてフラフラと部屋から出た。
「隆則さん、おはようございます」
耳に心地よい声にぼんやりとそちらに目を向ける。それが誰だったのかも思い出せないくらい脳が疲弊していた。
「仕事、終わったんですか?」
こくんと頷き、またぼーっと見つめる。
(凄く綺麗な顔だ……こんな人間がいるんだ世の中に)
なぜそんな顔の男が自分の部屋にいるかもわからず見つめ続けた。
「納品は済んだんですか?」
頷いて、またあんまりにも自分好みの顔をぼーっと見つめた。
クスリと笑うと大きな手が伸びてきた。
「お風呂入りますか、それともご飯にしますか?」
「……ふろ……」
そうだ、一週間もずっと入っていない。いつ眠ったのかもわからないような生活で入浴は最初に排除した要項だが、仕事が終わると気持ち悪くて仕方ない。
「わかりました、手伝いますね」
ふらふらの隆則を当たり前のように大きな手が抱き上げた。
「えっ……ぁっ!」
突然のことに驚き、そしてちょっとの間だけ頭が機能し始めた。そうだ、自分を抱き上げているのは恋人の遥人だ、どうして忘れてしまったんだろう。
「いい、自分でできるっ!」
「いつもしていることですよ。安心してください、身体の隅々まで洗いますから」
嬉しそうに言って浴室まで運んだ遥人は、隆則が身に付けていたTシャツを脱がすと、躊躇うことなくハーフパンツを下着ごと抜き取り熱いシャワーを浴びせた。
ずっと冷房のかかった部屋の中でただ座ってキーを打つだけだった身体に、少し熱めのお湯が心地よく感じられた。
ふにゃりとその場でしゃがみ込んでしまう。
このままでは遥人に面倒がかかるとわかっているのに力が入らない。
ふにゃふにゃの身体で遥人を見上げれば、シャンプーを絡ませた器用な手が近づいてきた。髪を撫で美容師のように泡立てていく。浴室いっぱいにハッカの匂いが充満していく。隆則も撫でられた猫のように心地よさに目を閉じ顔を上げてしまう。
クスリと遥人が笑った。
「髪を洗うときの隆則さん、本当に可愛い」
何がだろう。四十を過ぎたおっさんを捕まえて、遥人はいつも『可愛い』という。どこが、なにが彼をそう思わせているのかわからないが、指先から愛おしさを感じてしまう。柔らかい手つきでゆっくりと頭皮を撫でられて、ずっと我慢していた眠気が全身を包み込もうとする。そうなれば身体に力が入らず、クタリと人形のようにバスタブの縁に座った遥人の膝に頭を乗せた。
「シャワーで流しますよ」
小さく頷いて返事をすると、温かいお湯が頭皮に当てられ泡が身体を走り下りていく。あんなに感じていた頭皮の痒みがなくなり、このまま眠ってしまいたくなる。けれどそれは許されないだろう。トリートメントで整え、終われば次は身体だ。
183
お気に入りに追加
801
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。

鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
Take On Me
マン太
BL
親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。
初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。
岳とも次第に打ち解ける様になり…。
軽いノリのお話しを目指しています。
※BLに分類していますが軽めです。
※他サイトへも掲載しています。

塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。
そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。


学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる