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番外編
世界で一番君が好き5
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今まで自分がどれだけ家事不得手で大変な思いをしてきたのか、遥人と住み始めてからその感覚が薄れている。彼をこの家に招き入れたときの惨状すら記憶に残っていない。火事で家を焼け出された遥人は玄関をくぐった途端、泥棒の侵入を疑うほど床いっぱいに物が散乱していたのだ。
出すことはできても片付けるのが不得手で、購入した全自動掃除機すら機能できないくらいの有様だった。
それすら記憶の片隅にも残っておらず、さらには料理してもすべてを炭化させ何度も火事を起こしそうになったことすら忘れているのに、「自分も遥人のために頑張らなければ」と張り切っているのだ。
料理ができて遥人が呼びに来るま続きをするかと今日は諦めて、再びモニターに向き合った。
最後のコマンドを打ち込んでキーボードから手を離すとグーッと伸びをした。バキバキとあちらこちらから危険な音が鳴り出した。長時間の作業に凝り固まった筋肉を解して、隆則はふと違和感を覚えた。
「おかしいな」
いつもなら三十分ほどでできあがったと呼びに来てくれるのに、時計を見れば帰宅の挨拶をしたときから一時間は経過している。
「珍しいな、どうしたんだろう」
椅子から立ち上がり全身を軽く解してからリビングに出たが、そこには誰もいなかった。なのにダイニングテーブルの上には料理が置かれてあり、冷めてしまっている。
ぼそぼそと遥人の部屋から音がする。
(そっか、兄弟で話をしているんだ……それだったら邪魔したら悪いかな)
けれど先に食事をしていいかの確認だけはしないと申し訳ない。兄弟の時間を邪魔するのも気が引けるが、そっとノックして扉を開いた。
「ちょっといいかな?」
僅かに隙間ができただけなのにピタリと二人の声が止まった。ちらりと顔を出せば二人は表情を硬くした。
「どうしたんですか、隆則さん!」
いつにない声の厳しさに隆則もビクリと驚いた。さっきはあんなにも優しい音を聞かせてくれたのにどうしたのだろうかと身構えてしまう。大事な話だったのだろうか。
だがすぐに遥人が笑みを浮かべた、少しぎこちない。
「どうしたんですか、隆則さん……あっもしかしてお腹空きましたか?」
「うん。でも二人の邪魔をしちゃ悪いから、一人で食べるよ。久しぶりに会ったから積もる話もあるだろう、俺のことは気にしなくて良いから」
むしろ隆則がいては奏人が気を遣うだろう。その方がいいように思えた。なによりもせっかく作ってくれた昼ご飯を残してしまった罪悪感がある。あれを二人に見つかる前に胃袋の中に収めないと。
だがすぐに遥人が立ち上がった。
「いえ、すぐに食べましょう。待たせてしまってごめんなさい」
にこやかに近づいてくる。
「えっ、でも奏人くんと話の途中だったんだろう。俺のことは本当に気にしなくて良いから」
「隆則さんを一人で食べさせるわけにはいきませんから」
遥人と会う前まではずっと一人で食べていたので気にしないのだが、そういえば一緒に住むようになってから一人で夕飯を食べた記憶がない。あまりものホワイト企業勤めである遥人はいつも定時にあがるので、あまり残業というのはない。さすがに決算期前後は多少遅くなるが、それでも隆則が経験したような連日泊まり込みなんてことはない。
遅くなっても必ずと達って良いほど隆則のために食事を作ってくれるのだからもっと貨車しないと。
(やっぱり明日は俺がご飯作ろう!)
奏人も企業面接が始まり忙しいだろうから、家にいる自分が頑張るしかないとこっそり心に気合いを入れる。
「大丈夫です、もう話は終わったので。ご飯にしましょう」
「うん……」
ちらりと目線を送った遥人に嘆息して奏人も立ち上がった。
これではこっそり昼ご飯を胃袋に収めることができない。どうしよう……いや、ここは年長者として正々堂々奏人に謝るべきだ。
そうでなくとも食べ物を残すなんていけないことなんだから……。
遥人が食事を作ってくれるようになってからずっと食事を残すことがなかっただけに、申し訳なさも強くなってくる。
食卓に着いてすぐに奏人に頭を下げた。
「ごめん、お昼をせっかく作ってくれたのに全部食べきれなくて」
「あっ……べつに、いいし……はっ! いやそのっ俺の方こそ自分基準で作って本当にすみませんでしたっ!」
素っ気ない物言いから急に畏まる奏人の態度に訝しむが、今時の若い子はこんな感じなのだろうかと自分を納得させる。なんせ社会と切り離した隠居者のような生活だ。会社に勤めていなければ若者の考えに触れる機会はない。
「俺の方こそ、ごめんなさい」
ペコリと頭を下げると、遥人がいつものように味噌汁とご飯を隆則の前に置いてくれた。
「さあ、昼のことは気にせず食べてください。もう新しい仕事を始めたんですか?」
箸を取るタイミングで仕事の話を振られると頭がビジネスモードになり、その瞬間から自分がどこにいるのかわからなくなってしまう。
出すことはできても片付けるのが不得手で、購入した全自動掃除機すら機能できないくらいの有様だった。
それすら記憶の片隅にも残っておらず、さらには料理してもすべてを炭化させ何度も火事を起こしそうになったことすら忘れているのに、「自分も遥人のために頑張らなければ」と張り切っているのだ。
料理ができて遥人が呼びに来るま続きをするかと今日は諦めて、再びモニターに向き合った。
最後のコマンドを打ち込んでキーボードから手を離すとグーッと伸びをした。バキバキとあちらこちらから危険な音が鳴り出した。長時間の作業に凝り固まった筋肉を解して、隆則はふと違和感を覚えた。
「おかしいな」
いつもなら三十分ほどでできあがったと呼びに来てくれるのに、時計を見れば帰宅の挨拶をしたときから一時間は経過している。
「珍しいな、どうしたんだろう」
椅子から立ち上がり全身を軽く解してからリビングに出たが、そこには誰もいなかった。なのにダイニングテーブルの上には料理が置かれてあり、冷めてしまっている。
ぼそぼそと遥人の部屋から音がする。
(そっか、兄弟で話をしているんだ……それだったら邪魔したら悪いかな)
けれど先に食事をしていいかの確認だけはしないと申し訳ない。兄弟の時間を邪魔するのも気が引けるが、そっとノックして扉を開いた。
「ちょっといいかな?」
僅かに隙間ができただけなのにピタリと二人の声が止まった。ちらりと顔を出せば二人は表情を硬くした。
「どうしたんですか、隆則さん!」
いつにない声の厳しさに隆則もビクリと驚いた。さっきはあんなにも優しい音を聞かせてくれたのにどうしたのだろうかと身構えてしまう。大事な話だったのだろうか。
だがすぐに遥人が笑みを浮かべた、少しぎこちない。
「どうしたんですか、隆則さん……あっもしかしてお腹空きましたか?」
「うん。でも二人の邪魔をしちゃ悪いから、一人で食べるよ。久しぶりに会ったから積もる話もあるだろう、俺のことは気にしなくて良いから」
むしろ隆則がいては奏人が気を遣うだろう。その方がいいように思えた。なによりもせっかく作ってくれた昼ご飯を残してしまった罪悪感がある。あれを二人に見つかる前に胃袋の中に収めないと。
だがすぐに遥人が立ち上がった。
「いえ、すぐに食べましょう。待たせてしまってごめんなさい」
にこやかに近づいてくる。
「えっ、でも奏人くんと話の途中だったんだろう。俺のことは本当に気にしなくて良いから」
「隆則さんを一人で食べさせるわけにはいきませんから」
遥人と会う前まではずっと一人で食べていたので気にしないのだが、そういえば一緒に住むようになってから一人で夕飯を食べた記憶がない。あまりものホワイト企業勤めである遥人はいつも定時にあがるので、あまり残業というのはない。さすがに決算期前後は多少遅くなるが、それでも隆則が経験したような連日泊まり込みなんてことはない。
遅くなっても必ずと達って良いほど隆則のために食事を作ってくれるのだからもっと貨車しないと。
(やっぱり明日は俺がご飯作ろう!)
奏人も企業面接が始まり忙しいだろうから、家にいる自分が頑張るしかないとこっそり心に気合いを入れる。
「大丈夫です、もう話は終わったので。ご飯にしましょう」
「うん……」
ちらりと目線を送った遥人に嘆息して奏人も立ち上がった。
これではこっそり昼ご飯を胃袋に収めることができない。どうしよう……いや、ここは年長者として正々堂々奏人に謝るべきだ。
そうでなくとも食べ物を残すなんていけないことなんだから……。
遥人が食事を作ってくれるようになってからずっと食事を残すことがなかっただけに、申し訳なさも強くなってくる。
食卓に着いてすぐに奏人に頭を下げた。
「ごめん、お昼をせっかく作ってくれたのに全部食べきれなくて」
「あっ……べつに、いいし……はっ! いやそのっ俺の方こそ自分基準で作って本当にすみませんでしたっ!」
素っ気ない物言いから急に畏まる奏人の態度に訝しむが、今時の若い子はこんな感じなのだろうかと自分を納得させる。なんせ社会と切り離した隠居者のような生活だ。会社に勤めていなければ若者の考えに触れる機会はない。
「俺の方こそ、ごめんなさい」
ペコリと頭を下げると、遥人がいつものように味噌汁とご飯を隆則の前に置いてくれた。
「さあ、昼のことは気にせず食べてください。もう新しい仕事を始めたんですか?」
箸を取るタイミングで仕事の話を振られると頭がビジネスモードになり、その瞬間から自分がどこにいるのかわからなくなってしまう。
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