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番外編
世界で一番君が好き1
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「どうして受けたんですか!」
珍しく水谷遥人が声を荒げた。どうしてそんなに怒るんだろうとキョトンとする隆則を見て、今度は嘆息をする。
「なにか駄目だったか?」
(駄目なんてもんじゃないだろ……)
いつもモニターを見つめている少し細い目が珍しく大きくなって、可愛いなと思う一方で、思い切り息を吐き出した。
今年で二十七歳になる遥人よりも十五も年上の恋人である五十嵐(いがらし)隆則は、その年齢に見合わない無垢な表情でこちらを見つめている。その顔を見ただけでどうしようもなく抱きしめて可愛がってしまいたくなるのだが、今日はそうも言っていられない。
二人が出会ってから早七年。まさか両親の頼み事が直接隆則に届くとは夢にも思わなかった。
「どうして俺に相談しないんですか!」
弟が就活のために上京したいという。それはまぁいい。どこの企業に面接に行くかも興味がない。だがそのためにこの家に泊めて欲しいと願い出たのだ、両親が。いつの間に隆則と連絡先を交換したのだと怒ろうとして、毎年新年には二人で顔を出すのでちょっとした隙にやられたのだろうと思いつく。
二人が住んでいるこのマンションにしばらく置いてくれないかと頼んだらしい。それだけだったらまだいいが、信じられないことに人見知りで引っ込み思案で人間づきあいが極端に下手な隆則は了承したのだ。
「困ってるならと思ったんだけど……」
この部屋の名義は隆則だ。遥人がかつて住んでいたアパートが火事に見舞われ、それを拾ってくれたのが隆則だった。生活能力皆無な彼のためにハウスキーパーを務めている間に様々なことがあって恋人という関係に発展したが、自分だけが燃え上がり隆則を束縛しすぎて逃げられて、もう一度捕まえ頼み込んで一から恋を始めて今に至っている。
そんな経緯があるため、ここは二人の愛の巣だと認識している遥人と違い、隆則はあくまでも生活の場であり、仕事の場だ。あまりこだわりがないらしい。
(俺と隆則さんだけの場所に弟だって入れたくないんだよっ!)
独占欲に定評のある遥人は、二人の世界に例え親兄弟であっても入って欲しくなかった。それが僅か数日だとしても。
そんな気持ちを隆則も持ってくれていると信じて疑わなかったから、ショックが大きく自分の中で処理しきれなくなっている。
「その気持ちは嬉しいんです。でも弟が来たら俺、隆則さんを可愛がれないじゃないですか!」
もう一度付き合おうと提案してから四年ほどになるが、それでも隆則へと向かう気持ちはあの頃よりもずっと大きく重くなっている。毎日だって抱き潰したいのを仕事があるからと我慢しているのだ。それを弟のせいで邪魔されたら、きっと思いっきり怒鳴り散らしてここから追い出しかねない。
「いや、弟さん来てる頃は重い案件入ってるから……」
「……なんですかそれ、聞いてないですよ」
「うん、今日入ったから」
フリーのプログラマーとして在宅で仕事をしている隆則の元には難しい案件や時間があまりない案件がドボドボと入ってくる。依頼が絶えることはなく、一ヶ月のうち休みになる日の方が圧倒的に少ない。完全に仕事をしない日は月に一日か二日あるかないかだ。
大手会計士事務所に務めている遥人からしたらブラックこの上ないのだが、隆則曰く会社員時代よりも楽なのだという。
そんなはずないだろうと思っても、過去の給料明細に記載された残業時間がえげつなくてとても正視できなかったのを思い出す。それも改ざんした数字で、本当は一ヶ月会社に泊まり続けるなんて当たり前なくらい働いていたそうだ。
そう考えれば確かに今の働き方の方がましで、何よりも隆則が一歩も家から出ないのも遥人の理想だった。閉じ込めて誰とも会わずただ自分だけが彼のことを知っている、そんな倒錯的な環境だから。
なのに、弟が来る、だと!?
しかもこの愛の巣に!
断固として反対し、弟が来ても金を渡して近くのビジネスホテルに突っ込んでやると意気込んでしまう。
「家族が困ってるんだから助けるのは当たり前だろう」
「そりゃそうですけど。でも何日いるかもわからないんですよね」
「とりあえず一週間ってお母さんは言ってたかな?」
いつの間に母とそんなに親しくなったんだと突っ込みたいのにできない。
たかが一週間、されど一週間だ。
「どのみち仕事があったら部屋から出ないから問題ないと思ったんだけど、駄目かな」
「いや……隆則さんの家だから俺がとやかく言う権利はないんですけど……」
本当はこの部屋の権利を半分買い取りたい。
そうしたら将来何かあったときに困らないだろうと思うのだが、切り出すきっかけがない。
(もういっそ、ここを売って別のところで家とか構えてもいいんだけど)
購入時から二人で費用を半分出したら権利問題とかも複雑化しないのでやりやすいのだが、この部屋に愛着がありすぎて離れる選択肢がない。
珍しく水谷遥人が声を荒げた。どうしてそんなに怒るんだろうとキョトンとする隆則を見て、今度は嘆息をする。
「なにか駄目だったか?」
(駄目なんてもんじゃないだろ……)
いつもモニターを見つめている少し細い目が珍しく大きくなって、可愛いなと思う一方で、思い切り息を吐き出した。
今年で二十七歳になる遥人よりも十五も年上の恋人である五十嵐(いがらし)隆則は、その年齢に見合わない無垢な表情でこちらを見つめている。その顔を見ただけでどうしようもなく抱きしめて可愛がってしまいたくなるのだが、今日はそうも言っていられない。
二人が出会ってから早七年。まさか両親の頼み事が直接隆則に届くとは夢にも思わなかった。
「どうして俺に相談しないんですか!」
弟が就活のために上京したいという。それはまぁいい。どこの企業に面接に行くかも興味がない。だがそのためにこの家に泊めて欲しいと願い出たのだ、両親が。いつの間に隆則と連絡先を交換したのだと怒ろうとして、毎年新年には二人で顔を出すのでちょっとした隙にやられたのだろうと思いつく。
二人が住んでいるこのマンションにしばらく置いてくれないかと頼んだらしい。それだけだったらまだいいが、信じられないことに人見知りで引っ込み思案で人間づきあいが極端に下手な隆則は了承したのだ。
「困ってるならと思ったんだけど……」
この部屋の名義は隆則だ。遥人がかつて住んでいたアパートが火事に見舞われ、それを拾ってくれたのが隆則だった。生活能力皆無な彼のためにハウスキーパーを務めている間に様々なことがあって恋人という関係に発展したが、自分だけが燃え上がり隆則を束縛しすぎて逃げられて、もう一度捕まえ頼み込んで一から恋を始めて今に至っている。
そんな経緯があるため、ここは二人の愛の巣だと認識している遥人と違い、隆則はあくまでも生活の場であり、仕事の場だ。あまりこだわりがないらしい。
(俺と隆則さんだけの場所に弟だって入れたくないんだよっ!)
独占欲に定評のある遥人は、二人の世界に例え親兄弟であっても入って欲しくなかった。それが僅か数日だとしても。
そんな気持ちを隆則も持ってくれていると信じて疑わなかったから、ショックが大きく自分の中で処理しきれなくなっている。
「その気持ちは嬉しいんです。でも弟が来たら俺、隆則さんを可愛がれないじゃないですか!」
もう一度付き合おうと提案してから四年ほどになるが、それでも隆則へと向かう気持ちはあの頃よりもずっと大きく重くなっている。毎日だって抱き潰したいのを仕事があるからと我慢しているのだ。それを弟のせいで邪魔されたら、きっと思いっきり怒鳴り散らしてここから追い出しかねない。
「いや、弟さん来てる頃は重い案件入ってるから……」
「……なんですかそれ、聞いてないですよ」
「うん、今日入ったから」
フリーのプログラマーとして在宅で仕事をしている隆則の元には難しい案件や時間があまりない案件がドボドボと入ってくる。依頼が絶えることはなく、一ヶ月のうち休みになる日の方が圧倒的に少ない。完全に仕事をしない日は月に一日か二日あるかないかだ。
大手会計士事務所に務めている遥人からしたらブラックこの上ないのだが、隆則曰く会社員時代よりも楽なのだという。
そんなはずないだろうと思っても、過去の給料明細に記載された残業時間がえげつなくてとても正視できなかったのを思い出す。それも改ざんした数字で、本当は一ヶ月会社に泊まり続けるなんて当たり前なくらい働いていたそうだ。
そう考えれば確かに今の働き方の方がましで、何よりも隆則が一歩も家から出ないのも遥人の理想だった。閉じ込めて誰とも会わずただ自分だけが彼のことを知っている、そんな倒錯的な環境だから。
なのに、弟が来る、だと!?
しかもこの愛の巣に!
断固として反対し、弟が来ても金を渡して近くのビジネスホテルに突っ込んでやると意気込んでしまう。
「家族が困ってるんだから助けるのは当たり前だろう」
「そりゃそうですけど。でも何日いるかもわからないんですよね」
「とりあえず一週間ってお母さんは言ってたかな?」
いつの間に母とそんなに親しくなったんだと突っ込みたいのにできない。
たかが一週間、されど一週間だ。
「どのみち仕事があったら部屋から出ないから問題ないと思ったんだけど、駄目かな」
「いや……隆則さんの家だから俺がとやかく言う権利はないんですけど……」
本当はこの部屋の権利を半分買い取りたい。
そうしたら将来何かあったときに困らないだろうと思うのだが、切り出すきっかけがない。
(もういっそ、ここを売って別のところで家とか構えてもいいんだけど)
購入時から二人で費用を半分出したら権利問題とかも複雑化しないのでやりやすいのだが、この部屋に愛着がありすぎて離れる選択肢がない。
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