おじさんの恋

椎名サクラ

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本編1

19-1

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「ネクタイってエロいですね」

 結び目とワイシャツの間に指を入れた遥人がぼそりと呟いた。自分だって毎日絞めているだろうに何を言い出すのかと思えば、ゆっくりとそれを引き抜いていく。じりじり、じりじりと時間をかけて。

「隆則さんもやってみてください、わかりますから」

 どんな感じなのだろうか。好奇心のまま促されて同じように人差し指をそこへと入れれば、なぜかドキリと胸が高鳴り全身の体温が上がる。社会の鎖のような布を取るだけなのに、相手の体温を感じるからか、それとも衣擦れの音がするからなのか。それとも、これを抜き取った後に無防備なワイシャツ一枚なのを想像してしまうからなのか。遥人の言うように酷く落ち着かない気持ちになる。顔を真っ赤にしながらも手はゆっくりと上等なネクタイを解いていく。細い端の部分が結び目から抜けてはらりと解けながら地面に落ちるのですら淫靡に感じながらそれを視線で追う。

「俯かないで……ちゃんと隆則さんの顔見たいから」

「ぁ……」

 顔を隠してしまう伸びきった前髪を掻き上げられ、仰がされる。自然と唇が開いてしまうのはなぜだろうか。吸い寄せられるように遥人の顔が近づき、また貪るようなキスが始まる。ただネクタイを互いの取っただけなのに、興奮がどんどんと高まって心音が内側からうるさいほどに鼓膜を響かせる。

 キスに夢中になっている隆則とは違い、口内を嬲りながらも器用な遥人は隆則のワイシャツのボタンを一つ一つ外し、ウエストの緩いズボンから裾を引き抜いていく。ベルトの一番内側の穴ですら少し緩い隆則の痩せ細った身体を肌着越しに確かめながら、その手は次第に目的を変えていく。遥人が見つけた快楽のポイントを一つ一つ確認するように撫でては、そのたびに隆則は熱い吐息を吸われながら鼻から甘い音を鳴らす。

「んんっ……んっ」

 じわりじわりと久しぶりに味わうもどかしい快感が腹の奥へと集まっていき、キスだけで勃ち上がった分身をさらに膨らませた。そして、敏感になるまで開発された胸の粒に辿り着いたとき、隆則はピクンと身体を震わせた。

 熱い掌が揉むようにそこを育て上げると節張った器用な指先が摘まみ始める。

「ぁ……」

 僅かに離れた唇の間を甘い声が漏れ出していった。

「ここ、敏感なままだ……ねぇ隆則さん、誰かに触らせた?」

 先の方を爪で擽りながらの意地悪な質問は、甘い声に阻まれて上手く答えられない。

 自分で弄るのとは全く違うコントロールできない快楽の波がとめどなく押し寄せては、引くどころかどんどんと大きくなっていく。キスだけでも昂っているのにそこばかり弄られては自分を制御できない。

「は……るとぉ」

 逞しい肩で顔を隠しながら、むずむずとする腰の奥の熱が次第に膨らみ、爆発しそうになるのを必死で堪えては熱を少しでも吐き出すために声を上げる。それが遥人を悦ばせより執拗にさせるとも知らず、ただ与えられる快楽に翻弄されていった。

 胸だけなのに、しがみついていなければ崩れ落ちそうになる隆則は、必死で遥人のワイシャツを両手で握った。

「敏感すぎ……もしかしてまたデリヘル呼んだの?」

「して……なっぁぁ」

「本当に? 俺以外が隆則さんに触った?」

「ほっ……とだからぁ……んんっ」

 久しぶりの執拗で強引な刺激に、腰が勝手に遥人の足にあそこを擦り付け始める。布に擦られる裏筋からより強い快楽が身体中を走り抜けていった。久しぶりに味わう痺れるようなそれに、隆則は自分を止めることができなかった。

(昨日もしたのに……我慢できないっ)

 腰の動きが速くなっていく。キスの時からずっと燻っていた愉悦の炎が燃え上がり解放を望んでは腰の奥で暴れまわっている。動きを止められず、けれどここまま果てるのも恥ずかしくて、隆則は泣きついた。

「おねがっ……もっ……」

 なのに遥人はわざと隆則の身体から物理的な距離を取り、胸を弄るのも止める。

「ぇ……?」

「答えてくれたら、して欲しいことなんでもするから……誰かに抱かれた? どうして乳首そんなに敏感なの?」

「ぁ……」

「言って、隆則さん」

 優しい言葉で声は落ち着いているのに、その目の奥は怒りに満ちている。

(あの日と同じだ……)

 デリヘルボーイに抱かれたといったあの時も、遥人はこんな目をしては初めてだというのに躊躇わず隆則を犯したのだ。何度も「遥人以外とはもうしない」と誓わされた時の遥人もこんな怒りを堪えた目をしていた。

「ない……誰ともしてないっ」

 ゆるゆると首を振って近づこうとしてもまた一歩離れていく。

「敏感なのはなんで?」

 恥ずかしくて口ごもるが、言わない限り与えられないのも分かっていた。

 俯き、小声で漏らす。

「じ……ぶんで……してたから」

「聞こえませんよ」

「っ……自分で弄ってたからっ」

「え?」

「だ……だって遥人がそこばっかり弄るから、弄らないと達けなくなって……」

 恥ずかしさのあまりもう穴に潜り込んで埋もれたい。けれどマンションの脱衣所には穴などなく、埋もれるためにしゃがんで両腕に顔を埋めた。

 知られたくなかった。胸の粒を弄らないと達けない淫らな身体になってしまったなんて、彼にだけは知られたくなかった。しかも遥人がいつもしていたのと同じやり方で自分を昂らせては彼の名を呼んでいた自分を知られたくない。自分から離れたくせに忘れるどころか一層想いが募って自分を慰めるために過去のセックスを思い出しては同じ手順で自慰していたなんて知られたら、絶対に恥ずかしすぎて高血圧で脳溢血になる。

「ねぇその時、俺のこと、思い出してくれました?」

 なぜそんな恥ずかしい質問ばかりするんだ。達きたいのに達かせてもらえないばかりか、羞恥プレイをさせられているようで涙が溢れてきた。

「俺はしてましたよ。隆則さんの気持ちいい時の顔を思い出して、何度も。『もう出ない』って泣きながら腰振ってた可愛い隆則さんをずっとおかずにしてました」

「なっ……なんでそんな恥ずかしいこと言うんだよぉ」

「恥ずかしくないです。俺ので気持ちよくなる隆則さんが一番興奮するんだから、しょうがないです。だから教えて。隆則さんは俺のこと思い出してました?」

「……してた」

「その時の俺は優しかったですか? それとも意地悪でした?」

「両方……どっちの遥人も好きだから……」

 沈黙が漂い、遥人がまた溜め息をついた。

「まったくあなたって人は……風呂あとにしましょう!」

「え?」

 ここで止められるなんてっ……。あと少し刺激されたらすぐに達けるのに。

 悲壮な表情で顔を上げた隆則が見たのは、獰猛な獣の表情だ。

「来てっ!」

 二の腕を掴んで立ち上がるより先に引っ張られる。リビングを横切りそのまま遥人の部屋へと連れていかれる。

 あの時からその空間も変わってはいないが、それを確かめる余裕は隆則にはなかった。ベッドに投げ出されマットレスの上に転がされた隆則のベルトを器用に外し、すぐに下着ごとトラウザーズを脱がされ、遥人の眼鏡と一緒に扉の方まで放り投げられた。

「めちゃくちゃ優しくしようと思ったのに……どうして俺を煽るようなこと言うんですかっ」

「煽ってないっ」

「隆則さん、無意識に俺を煽ってるんですよ。どっちの俺も好きなんて……そんなこと言ってたらまた立てなくなるくらいやられても文句言えませんからね」

「そんなぁ」

 何度も達って双球が空っぽになっても突かれ続けておかしくなるのだろうか。想像しただけで恐怖に思うより先にあの瞬間に味わった痺れが沸き起こり、それだけで我慢し続けた分身がシーツを白濁で汚した。

「ぁ……ぅそ……」

 信じられなかった。何の刺激もないのに、ただ思い出しただけで達ってしまうなんて。自分の身体に驚愕して動けなくなっている隆則に反して、遥人はひどく嬉しそうにそれを掬った。

「俺とのセックスを思い出しただけで達っちゃったんだ……嫌って言いながらめちゃくちゃにされるの好きだったんですね」

「ちがっ!」

 いや違わない。どんな形でも遥人に求められただけで嬉しくて感じすぎておかしくなってしまう。

(淫乱みたいだ……)

 突っ伏して真っ赤になる顔を隠す。知られたくないことをいっぱい晒して……自分の方がずっと年上で人生経験も豊富なのに、年下の彼に翻弄されるばかりだ。

 投げ出した足の奥、窄まった蕾に指が触れた。

「ぇ……洗ってないっ!」

「すみません、もう我慢できないんで」
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