おじさんの恋

椎名サクラ

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本編1

9-3

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「気にしないでください。俺も食べるほうが仕事に支障があるなんて知らなくてすみません。あれはちゃんと俺の朝食になったんで」

「そうなんだ……良かった」

 馨しいおじやの匂いを思い出すとどうしてだろう、どんな味だったのか気になってしまう。

「もしよかったらあれ……もう一回作ってくれるかな?」

「いいですよ、簡単ですから。明日の朝はおじやにしましょうか」

「ごめん、助かる。それと、いつも美味しいものを作ってくれてありがとう」

 今、この家で干からびずに仕事を続けられるのは遥人のおかげだ。どんなに疚しい気持ちを抱いているとはいえ、ちゃんんと感謝だけは伝えようと疚しい気持ちを隠すからやっぱり小さくなってしまう声を何とか絞り出す。なぜか頬が熱くなるのはきっと、澄まし汁の湯気のせいだ。

「や……はい、ありがとうございます」

 一瞬何か言おうとして、だが遥人はいつもの優しい笑みを浮かべながら受け取った。もしこれが漫画なら彼の背景には豪華な花が描き込まれているに違いないほどそれは眩しくも輝いていた。

(格好いいって罪だ)

 自分よりもずっと年若いのに、顔と体格がいいせいで余計に眩く映る。

(やばい……変な気が起きそう)

 なんせ同居を始めてからというもの、仕事を無理やり詰め込んだせいで下半身の処理を疎かにしている。扉の向こうに遥人がいたらと思うと下肢に手を伸ばすこともできないままだ。

 もういい年だ。さすがに35になればそのあたりも衰えてくるが、寝て起きると当然というように元気になっているし、目を背けようとし続けている気持ちが段々と大きくなっているのが分かっているから、妙な気持ちが湧き出してしまいそうだ。

(近いうちにまたお願いしなきゃ……)

 いつも世話になっているデリヘルボーイにまたすっきりさせてもらったほうがいいかもしれない。

 だがどうやって?

 家から一歩も出ない隆則に外出する上手い口実が見つからない。

 だからといってこの家に呼ぶのもできない。遥人がここまで綺麗にしてくれている場所に他の誰かを入れたくない……違う、遥人と二人の空間を壊したくないのだ。たとえ彼が家にいない時間であっても。

(どうすればいいんだ?)

 上手い言い訳がすぐに思い浮かぶほど世慣れていない隆則は困った。あそこの営業は夜からだろうからどうしても夜に外出をしなければならないし、冬休みに入ったから遥人は買い物以外は一日中家にいる。出かける言い訳に使えそうな仕事だってしばらくないと口にしてしまった後だ。

 意識が下肢へと向かうと、妙にしたくなるのが男というものだ。

 どうしようと考え続けて自然と箸が止まる。

「嫌いなものがありました?」

 遥人に声を掛けられてやっと自分が固まっていることに気づいた隆則は慌てて目の前にある里芋の煮っころがしに箸を伸ばした。

「ない、なにも……本当に水谷君が作ってくれるものはどれも美味しいから」

 慌ててつるりとした照りを放つ里芋を口に放り込んで、咽る。

「そんな慌てなくていいですから。お茶飲んでください!」

 目の前に差し出された湯飲みに入った程よく冷めた緑茶を流し込む。湯飲みなどという情緒のあるものが自分の家になかったはずなのにという事実に気づかないまま。

 こほこほと何度も噎せ返りながら味の染みた里芋を胃袋へと送り込んでからようやく深く息をする。

「ごめんまた迷惑かけちゃって……」

「こんなの迷惑じゃないですから。今度から里芋はもっと小さくしてから煮ますね」

「いや、このままでいい! 手間かけさせて申し訳ない」

「そんなことありませんから」

 優しい手が隆則の背中を優しくさすった。熱い掌の熱がトレーナー越しに伝わってきそうで拒みたいのに、もっとして欲しくなる。

(欲張りだ……)

 彼の優しさを勘違いするなと何度も自分に言い聞かせたはずなのに、少しでも優しくされただけで若葉がギュギュっと伸び大きくなってしまう。

 あぁ、もう無理だ。

 これ以上好きにならないなんてどうしたってできない。

 遥人からしたら手の焼ける雇用主でしかないのに、どんどんと根だけではなく茎までもが伸びて花を咲かせようとする。

 恋の花は咲かない。

 分かっていても花咲くために彼からもらった優しさを養分に伸び続ける。

 駄目だと思いながらも、さりげない気づかいや思いやりは確実に隆則の心を掻き乱す。遥人にそんな気持ちが全くないとわかっていても向かずにはいられない。

「もう大丈夫だからっ!」

 だから頼む、これ以上優しくされたらダメになってしまう。どんどんと好きになってしまう。

 隆則はとにかくこの場から抜け出したくていつもよりも早く食事をかっ込み、年始からの仕事の準備をすると部屋に籠った。

 綺麗に磨き抜かれた部屋でパソコンに向かう気持ちになれなくてベッドに倒れ込んだ。

 もうそこにはおじさん特有の匂いはなく清潔な洗剤の香りだけが広がっている。それを汚すようで申し訳なさが募るが、もうどうしても収まりがつかない。頭の中が遥人のことでいっぱいになる。仕事が始まれば忘れられるだろうか。不安になりながらリモコンで明かりを小さくした部屋の中で下着の中に収まっている物を取り出した。

 罪悪感をいっぱいにしながらそれを擦る。

「んっ……ぁ」

 久しぶりに与えられた刺激に兆していた分身が震えた。いけないとわかっていても頭の中は遥人の顔が巡る。彼はどんな風に恋人に優しくするのだろうか。あの大きな掌は背中をさすってくれた時のように恋人の肌を撫でるのだろうか。

「ぁっ」

 想像しただけでまた分身がぴくんと跳ねた。疚しい気持ちのまま想像だけだからと言い訳をしながら自分に覆いかぶさってくる遥人を思い描く。あれほど雇用主というだけで自分に優しくできる遥人だ、きっと恋人にはもっと優しくするはずだ。キスだって乱暴になんかしない。何度も感触を味わうように唇を合わせて、それから相手の緊張が解いて唇を開いてから舌を潜り込ませることだろう。その感触はどんなだろうか。

「んんっ……ぁぁ」

 熱い吐息が清潔なシーツに染み込んでいく。同時に硬く成った分身からも先走りが零れだし伝い落ちる。

 隆則は手の動きを速めた。

 遥人がどんなセックスをするのかを想像しながら。けれどその相手は自分じゃない。きっと彼に見合う可憐な女の子だ。保護欲をそそるようなきゃしゃな体を持ち愛らしい容姿の……遥人が好きになるのだから性格もいいに違いない、そんな女の子を怖がらせないように高価な宝石を扱うように甘やかすようなセックスをするだろう。僅かな反応に喜び、小さな声を漏らすたびにそれでいいのだと言うようにキスをするのかもしれない。逞しい身体で包み込みながらどこまでも甘い甘い刺激だけを与えるのだろう。

 ドクンと分身に血が集まった。

 彼女はどんな反応をするだろうか。遥人から与えられた甘いばかりの快楽に恥ずかしがりながらも体温を上げることだろう。そしてその名を口にするはずだ、遥人、と。

 きっと彼は名を呼ばれるたびに甘い口づけで応えるだろう。それでいいと。もっと呼んでくれていいと。

 熱い息を吐き出しながら隆則は唇を舐めた。

 もし自分が同じようにその名を呼んだらと試しに唇だけを動かす。

 それだけで分身は張りつめ掌に透明な蜜を零す量を増やした。

 クセになる。

 もう一度と音を出さずに彼の名を呼んだ。

「んんっ」

 手が勝手に早くなっていく。

 あの長い指が柔らかい肌を辿りピンと天を向いた胸にキスをするのだろうか。胸だけではない、相手を甘やかすように身体の全てにキスを贈るかもしれない。そのたびに彼女はきっと甘い声を漏らすだろう。そして溶けきった頃を見計らい、相手を怖がらせないように二人がつながるための場所を指で擽りながら相手の反応を確かめる。怖がらせないように。少しでも怯えを見せたらきっとやめてしまうだろう。優しい彼のことだ、相手が嫌がったらどんなにしたくても堪えることだろう。

 でも自分なら……自分だったら……。欲情してくれるのが嬉しくて自分から足を開いてしまうだろう。はしたない蕾を彼に擦り付けてしまうかもしれない。指を挿れられたら、それだけで嬉しくて果ててしまいそうになる。そして彼の身体に見合った大きな欲望が挿ってきたら、きっと幸せすぎて死んでしまいそうになる。どんなに乱暴にされたって絶対に悦んで甘い声を零し続けるだろう。彼の名を呼んでその逞しい身体にしがみつきながら腰を振るに違ないない。このみすぼらしい身体で欲情してくれたのが嬉しくてもっと気持ちよくなって欲しくて、そんなにないテクニック全てを用いて奉仕し続けるだろう。

 その時、彼はどんな表情をするだろうか。あの優しい面はどれほど情熱的な形に変わるのだろうか。

 想像してもうダメだった。

 隆則は布団をはだけると仰向けになってスウェットと下着を膝まで摺り落とし、両手で分身を扱き始めた。同時に声にしないように何度も遥人の名を呼ぶ。カチカチに硬くなった双球を揉み同時に感じやすいくびれを擦り続ける。

「ひっ……ぁぁぁ……はるとぉ」
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