おじさんの恋

椎名サクラ

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本編1

2-1

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「隆則さん、また痩せたね」

 二人の寝室に入ってパジャマを脱がされ現れた裸体への第一声に隆則の気持ちが一気にしぼんだ。

「また抱き心地悪くして悪かったなっ!」

「そんなこと言ってるんじゃないですよ……もう何回言ったらわかるんですか。もう若くないんですから無理な仕事の仕方しないでください、徹夜とかデスマとか。自分の年を考えてくださいよ」

 もう40歳、プログラマーとしては年季がいっているほうだ。しかもC言語からAI開発言語まで使いこなせる隆則にやってくる依頼は後を絶たない。フリーでも期限に余裕のある仕事だけを選んでいても食っていけるだけの稼ぎを叩きだせるが、会社員時代の癖なのかつい精神を酷使する仕事に面白みを感じては「この納期は殺人的としか言いようがない」という仕事ばかりを優先して引き受けてしまう。だからか駆け込み寺のように他のプログラマーが敬遠する仕事ばかりが舞い込んでくる。

「普通だったら生活習慣病の心配をする年ですよ、なのに隆則さんはやせ細る一方で餓死や過労死するんじゃないかそっちが気になりますよ」

「……簡単に死なない」

 お前を残して逝けるか、とは口に出さないでおく。自分がどこまでもこの凄く年下の男にベタ惚れしていることは内緒だ。いい年した男が干支一回り以上も離れた相手にどっぷりのめり込んでいるなんて恥ずかしくて言えるわけがない。しかも彼との充実した老後資金をこっそり確保するために無理矢理仕事を詰め込んでいることも。

「もう少し仕事をセーブしてください。俺だって働いてるんですからそんな無理して生活費を稼がなくたっていいでしょ」

「でもお前……家族に仕送りするんだろ」

 大家族の長男である遥人が家族のために高収入の見込める仕事に就くために頑張り、念願の職についてさらに頑張っていることも知っている。だからこそ、彼に負担がかからないように衣食住は自分が賄うんだと張り切っているのに、セーブなんてできるわけがない。

「しますよ。でもいつまでもってわけじゃないから。それに自分の生活が優先で余剰分を仕送りしているだけですから」

「でもさ、一番下の弟はまだ中学生なんだろ……」

 頼られたくてついそんなことを口にする。自分の存在は遥人の家族に知られていないと分かっていても、わざと気遣うようなことを言うのはマウントを取っているのと同じだ。自分がいなければ遥人が好きなことができないようにして、離れないように縛りたい、ただそれだけ。

 それを口にはしないのは、ずるいからだ。

「そうですよ。でも俺は隆則さんとの生活が最優先です……本当にもう、せっかく付けた肉がごっそりなくなって……」

 大きな手がへこんだ腹を撫でる。

「……うっさいな、嫌だったら止める」

「嫌だって言ってませんよ。急ぎの仕事だって言ったからずっと我慢してるんですから」

 手が意図をもって動き始める。

 付き合い始めて三年、隆則の感じる場所を把握している手はいつも最初は優しく撫でてくる。

「んっ」

 しかも感じる場所を柔らかく掠めるだけ。そのもどかしい愛撫に慣れているはずなのに、始まればすぐに隆則は熱い吐息を漏らしてしまう。両掌が慎重に高価な商品を確かめるような動きをするが、触っているのはもういい歳の男だ。昔のように肌の弾力もないし瑞々しさも抜けてきている。しかも使用しているボディソープはミントの匂いがきついものだ。

「……焦らすなよっ」

「そんなことありませんよ、隆則さんを大事にしたいだけです……こうやってね」

「ぁっ……」

 触れるだけの優しいキス。何度も何度も優しく啄まれもどかしくなる。でも自分から求めるなんて早く犯されたいと思ってるみたいで、本当は舌を絡めた濃厚なキスがしたいのにはしたない自分をぐっと押し隠す。ただ遥人にされるがまま学生のようなキスを繰り返し優しい手に身を委ねる。腹部の感触をたっぷりと味わった手は次にと脇腹を、そして背中を辿って臀部へと辿り着く。

「隆則さん座ってばかりなのに、お尻の形綺麗ですよね」

 啄むだけのキスの合間に遥人が嬉しそうにそこを軽く揉みながらからかってくる。

「うるさいっ」

「俺好きですよ。いつ見ても興奮する……ねぇここに俺以外のヤツ触ってないですよね」

「……当たり前だろ」

「良かった。……もう俺専用なんですからね、隆則さんの全部は」

「うるさい……わかってるよ」

 吐き捨てながらも、首筋が赤くなっていくのが分かる。この年下の男が時折垣間見せる独占欲が何よりも嬉しくて、そこまで欲しがられているのが恥ずかしくて、本音が心の中に隠されていく。

 本当は君に初めて会ったあの時からずっと惹かれていて、今も恋しているなんて恥ずかしくて言えない。恋人と呼ばれ一緒に住んでいる今だって、その姿を見ては胸が熱くなってしまうし、頬にキスされるだけで舞い上がってしまいそうになってしまう。昨日よりも今日、今日よりも明日、好きな気持ちが強くなり、まるで初恋を知ったばかりの子供のようでただただ恥ずかしい。

 だから、こんな自分を隠すように俯いてしまう。

「隠さないで。気持ちよくなってる隆則さんの顔、見せて」

「……見たってつまんねーだろ。やめろよぉ」

 顎を掴まれて少し強引に上げさせられる。

「やっぱり可愛い」

「……ばかっ」

 憎まれ口はキスで塞がれ、今度は欲していた濃厚なキスが始まり無意識に隆則は逞しい遥人の腕を掴んだ。まだ二十台の弾力のある筋肉の感触を味わいながら、少し厚みのある舌を堪能する。

(相変わらず、キス巧い……)

 どこでこんな技術を身に着けたんだよと静かな嫉妬が心に宿っていく。絡まった舌が立てる濡れた音に徐々に体温を上げながら同時に分身と最奥が戦慄く。たっぷりと舌を絡ませては巧みにくすぐられ、それだけで息が上がる。時間をかけたっぷりと口内だけじゃなく唇まで舐められ口全体を犯されて、ただキスをしてるだけなのに、隆則は立ってるのがやっとになり、倒れないように遥人にしがみ付く。

「キスだけで感じちゃうなんて、隆則さん可愛いね」

 お前のキスが巧すぎるからだ。

 吐息も唾液も全部吸い尽くすような、そこからどろどろに溶かされるようなキスをされて身体がぐずぐずになってしまう。もう最奥から全身が熱くなり早くそこを埋めて欲しくてどうしようもない状態だ。

「もう立てない? ベッドに横になる?」

 口を開けば恥ずかしさに悪態を吐いてしまいそうで、遥人の首筋に顔を埋めながら小さく頷いた。耳殻を嬉しそうな吐息が掠めた。きっと今、遥人は嬉しそうな顔をしているはずだ。こうやって甘えられるのが大好きだから。普段の隆則は甘えるどころかツンケンとしてしまうことが多いせいだと分かっているが、こういう時でなければ年下の男に甘えられない。

 ヒョイっと抱き上げられ、すぐそばにあるベッドに下ろされると遥人はすぐに覆いかぶさってくる。そしてまたあの啄むだけのキスから始められた。何度も啄んでは舐めて唇から溶かしていく。どんなに唇を開いて舌を招き入れようとしても、からかうように甘いキスばかりをしてきては掠めるだけのもどかしいくらい優しい愛撫。

「ぁ……」

 だけど、その手が胸の飾りを掠めた時、今まで頑なに声を出さなかった隆則から甘い声が零れた。

「ここ好きだもんね……もっといっぱい弄って欲しい?」

 ここと興奮に勃ちあがった胸の飾りを突かれてまた、甘い吐息が零れ落ちる。

「ねぇ言って。どうして欲しいの隆則さん?」

 爪弾かれ、早くとばかりに答えを催促される。でもまだ矜持が残っている隆則は素直にねだることはできない。

(察しろよ、バカっ)

 心の中で悪態を吐きながら、自分からそこを差し出すように遥人の手に押し付ける。それが精いっぱいだ。だって、自分は遥人よりも15歳も年上で、本当だったらリードする側なんだから。なのに、年若い恋人の手でどろどろに溶かされて、その上して欲しいことを口にするなんてできるはずがない。しかも男同士だ。変に自分の欲望のまま晒して嫌われたら死んだって死にきれない。

 だがら必死に押し隠す。自分がして欲しいことを口にしないけれど、身体はどうしても遥人を求めてしまう。ツンと尖った胸の飾りがここまで感じやすく淫らに育てたのは他でもない遥人だ。この三年間、抱き合うたびに執拗に弄り続け、くすんだ色だった先端は今恥ずかしいくらい淡い色になっている。

(男なのにこんなところが感じるなんて恥ずかしくて言えないだろ……)

 でも弄って欲しい。

 感情と欲望の間を行き来して戸惑う隆則は、やっぱり言えず腕で顔を隠した。

「相変わらず恥ずかしがり屋だ」

「うるさいバカっ」

「今日はいいよ、でもいつか言わせるから、ね。覚悟してて」

 クロスさせた腕にキスを落とし、遥人が意識させるように露になったままの鎖骨を辿りながらそこへと指を滑らせた。
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