冴えない大学生はイケメン会社役員に溺愛される

書籍化記念

Happy Lovely Christmas 6

　彼と朔弥の背中を押せば、接客のプロでもあるオーナーは上手に彼を店内へと導き、トルソーが並ぶ奥へと案内していく。未だこういう場での立ち居振る舞いに慣れていない朔弥は何度も柾人を振り返る。頷けば観念したように設けられたソファに腰掛けた。

「倉掛様より是非とも山村様のスーツをお作りになりたいとのご連絡をいただきました。当店をお選びくださり、誠にありがとうございます」

　柔和な笑みの中にも少しの強引さがあるのは、さすがという所だ。

　戸惑う朔弥の隣に腰掛ければギュッと彼が裾を握ってきた。

「緊張する必要はない。オーナーの作るスーツは質が良いので評判なんだ」

「そのようにご評価いただけるのは大変光栄でございます。山村様にも気に入っていただけるよう、腕に縒りをかけます」

　作ること前提で話を進めるのは、柾人がそう依頼したからだ。でなければすぐさま朔弥は断ってしまうだろう。自分には分不相応だと。周囲から逃げ道を塞いでしまうのは、大人のずるさだ。そんな悪い男に愛されてしまった朔弥は二人のやりとりを困った顔のまま見つめていた。

「山村様はどのようなデザインがお好きでしょうか。右から……」

　オーナーがスーツのスタイルを順番に説明していけば、真面目な朔弥は真剣に聞き入る。ぱっと見違いなどわからないが、細かい部分が異なっており、柾人も若かりし頃にオーナーから教わった。

　さて朔弥はどれが似合うかと、いつもとは違う目線で見慣れたトルソーが身につけているジャケットの形をじっと見つめる。

　細く足が長い朔弥にはブリティッシュスタイルが似合うと思うが、さてオーナーはどのような提案をするだろうか。

　すべての説明を聞いた朔弥は予想通りどれも選べず悩み始めるのを見て、オーナーがすかさず手を差し伸べる。

「山村様は大変細くございますので、ブリティッシュがお似合いだと存じますが、優しい雰囲気を生かすのであれば、肩周りは柔らかさを残したパッドなしなどいかがでしょうか。ノッチドラペルでノーベント、誠実さを強調する段返り三つボタンで、丈は倉掛様がお使いの物よりも短めにされるとよろしいと存じます」

　オーナーが過去に制作したスーツのサンプルを載せたアルバムを取り出し、先程並べたのと近いスタイルを見せる。

　なるほど、たしかにクラシカルなブリティッシュスタイルの鎧のようなパッドは朔弥の甘い雰囲気を殺してしまい、窮屈さを強調してしまう。パッドを抜いた分、肩周りが下がり甘い印象になる。その上で、ウエストラインは細さを強調し、ベント（スーツの裾のスリット）がないほうがシルエットがすっきりとする。その上で一番上のボタンを襟で隠す段返りは洒落ており、誠実なイメージを与える三つボタンであってもスマートに演出される。