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書籍化記念

柾人が嫉妬をした夜は2

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「気に入らないからだ」

 吐き捨てれば、秘書は少し困った笑みを浮かべたまま、ボタンをすべて外し柾人の腕からシャツを抜き取り、綺麗に畳みホテルのランドリーバッグへと入れた。これをフロントへ預ければ明日の朝には洗い上がって戻ってくる。なるべく旅行の荷物を減らしたいといった柾人の要望に添うためだが、一瞬期待したことは伏せておく。

「何が気に入らないのですか。申し分ない会社じゃないですか」

 そう言って自分のスーツを脱ぎ、同じようにワイシャツを畳みランドリーバッグへと入れる。ホテルが用意したパジャマに着替え、フロントへと電話を入れた。すぐにスタッフがやってくるだろう。

「気に入らないから気に入らないんだっ!」

 子供のような駄々だとわかっていても、堪えることができない。なんせ二時間もあった飲み会の間、ずっと怒りを抑えていたのだから。

 ノックの音がして、ランドリーバッグを回収しにスタッフがやってくると、笑顔で対応し始めたので扉が閉まるまでグッと怒りを飲み込む。

 パタンと扉が閉まり、長い嘆息を吐いてから振り返った。

「何がそんなに気に入らないんですか、社長」

「……もう仕事の時間は終わりだ」

 小さなわがままに、秘書――朔弥はふわりと微笑んだ。仕事中には絶対に見せない笑みにグッと下肢が熱くなる。

 僅かに入ったアルコールも原因だろう、怒りが抑えられないのは。

「じゃあなんで拗ねてるんですか、柾人さんは」

 出会った頃よりもずっと大人びた雰囲気を纏う朔弥が近づき、柾人の首に腕を絡ませた。こんな誘い方もかつてはしなかったが、今では物慣れたように魅惑的な誘い方をしてくる。こうして絆され引き受けた仕事はどれだけあるだろう。

 だが今日のは我慢できない。

「あそこの取締役がずっとお前の肩を抱いていたからだ」

「……そんなことで?」

「そんなことじゃないっ大事なことだ!」

 そう、柾人の怒りはすべてそこに集約されている。

 システムの内容説明の際には良識人の仮面を被った部長は、アルコールが入ると朔弥をずっと自分の隣に座らせ、やたらベタベタと身体に触れていたのだ。最後の方は肩を抱き自分に酌をさせていた。

 ここは高級クラブではないし、朔弥もそのスタッフではない。だというのにやたらと触り続けていたのが気に入らない。しかもその目はイヤらしく歪んでいた。

 何度も怒鳴りつけようとしてグッと飲み込んだ末の怒りだ、これは。だと言うのに、触られていた本人は全く意にも介していない。それどころか相手の下心にすら気付いていないのだ。終始笑顔で対応して、求められるがままにグラスを満たしずっと話し相手になっていた。その間ちらりとも柾人を見てくれなかった。
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