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書籍化記念

柾人が嫉妬をした夜は1

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「この取引はやめだっ!」

 乱暴にジャケットをベッドへと投げ捨てて、柾人は荒々しく言い放った。

「どうかなさったのですか、社長」

 冷静な口調で、あまりにも有能すぎる秘書がそれを拾い上げ、ホテルに備え付けてあるハンガーに掛けクローゼットへとしまう。

 出会った頃よりは肉付きが良くなったが、未だに痩身といって差し支えない身体は、一定の趣向を持つ者たちには涎が出てしまうほど美味しく見えるようだ。細い肩に腕を回しても余ってしまうウエスト、それに小さく引き締まった臀部は、捕食されるのを待つ小動物に似ている。170cm丁度の身長は低くはないのに、そう感じてしまうのは線の細さの性だろう。スーツを身につけていても細さが強調される。

 その後ろ姿を見て、柾人は苦々しく表情を歪ませた。

 当然だ、そうなるよう彼のスーツをオーダーしたのは他でもない柾人なのだから。

「どうかなさったではない!」

 苛立ちを隠さずネクタイを抜き取る。

 いつも冷静な柾人からは想像もできないほどの苛立ちを放っているのに、秘書はそれを横目に少し困った笑みを浮かべるだけだ。

「なにか気に入らないことがありましたか、会食で」

「当たり前だ」

「随分と熱心に話をしていらしたではないですか」

 ネクタイを拾い上げ、それもスーツと共に吊す。それから柾人の前にやってきて、第一ボタンだけ寛げたワイシャツに手を掛けた。細く長い指が一つ一つ、丁寧にボタンを外していく。

「AIシステムにとても興味を持って下さったではないですか」

 その通りだ、担当部署の面々は興味津々に柾人の話を聞きたがり、サーシングが新たに開発したシステムに興味を覚えてくれた。だが問題はそこではない。

「あそことの取引はなしだ」

「なぜですか? 新規販路の開発の足がかりにはもってこいの会社じゃありませんか」

 未だ関東に進出していない機械部品メーカーは、確かな業績を上げており、社内管理システムも自社開発を行っているが、サーシングが新たに開発したシステムは業務管理から出荷管理までを包括して行えるため、新規開発を必要としない。そこに興味を覚えてくれたのは嬉しいし、今まで現会長である蕗谷の実家関連ばかりが取引先では事業の先細りが懸念されるため、営業部からは新たな販路開発に力を入れたいとの訴えがある。今回の契約が上手くいけば営業部も今後の動きを変えることができるだろう。
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