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第二章

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 簡単にできる決断ではないのに、嬉しくて朔弥は柾人の指輪を一周回した。

「この指輪、外せると思わないでください。オレきっと執念深いと思うんです。柾人さんが嫌がっても絶対にサーシングに就職しますし、咲子様との約束も果たします。もっと強くなって柾人さんを助けられる人間になって、それで絶対にあなたをオレなしでは生きられないようにしますよ……それでもいいですか?」

 挑発的なことを口にしながらもほんの少しだけ不安がもたげる。今まで囲い込む側だった柾人がどんな反応をするだろうか。拘束されるのを嫌がるだろうか。それとも以前のように自信がなく自分の気持ちの半分も口に出せない朔弥が良いと言うだろうか。

 けれど、柾人に愛されることで少しずつ変わった自分を受け入れて欲しいとすら考えてしまう。

「残念だ」

 ビクリと身体を震わせる。柾人は握り合った手を持ち上げると朔弥の指先に唇を押し当てた。

 弾力のある感触がぞくりと甘い痺れを背筋を走り抜け、じわりと内壁が蠢く。

「もうそうなっている。朔弥なしではもう生きられない。君が攫われたと聞いて生きた心地がしなかった。もうあんなのは二度とごめんだ。病院だって、蕗谷関連のでなければ私はすぐに追い出されるだろうし、朔弥の症状だって説明して貰えない。そんな立場はもう嫌だ。そんな辛い思いをするくらいなら、君に一生縛られていたい」

「……放しませんよ」

「望むところだ」

 指先を啄んでいた唇が朔弥のを塞ぐ。

「んっ……ぁ」

 舌を掬われ絡み合うキスに酔いながら、そのままもう一度柾人に身を預けようとして、ふと入院する直前のことを思い出した。

(そうだ、チョコレート!)

 柾人がすぐに鞄を回収してくれたおかげで、買ったチョコレートは病室の冷蔵庫にずっと保管し、退院と共に鞄にしまっていたのだ。

「ぁんっ……オレの鞄……」

「安心しなさい、ちゃんと部屋に置いてある」

 それは今関係ないだろうと言わんばかりにまた唇を合わせようとする柾人を押し戻し、取りに行こうとした。が、昨夜散々可愛がられた腰は言うことを聞いてくれない。

「ぁ……」

 ベッドから降りようとしてそのまま床にしゃがみ込んでしまう。ちょっと休憩したから大丈夫だと思ったのに腰が抜けてベッドも上がることができず涙目になった

 そんな姿を見ても柾人は慌てることなくクスリと笑い、朔弥の身体を抱き上げるとベッドに下ろしてくれた。

「鞄が必要なら私が取ってくる。朔弥はここで待っていなさい」

 しっかりとした足取りで部屋を出て行く後ろ姿を見て少しだけ悔しくなる。自分ばかりがおかしくなるほど感じては立てなくなのに、どうして一緒にした彼はいつも平気なのだろうか。少し悔しくて、けれど愛された心地よさに凭れかかるようにベッドに沈めばすぐに柾人が重い鞄を手に戻ってきた。

「相変わらず朔弥の鞄は重いね。これを毎日持ち歩くのは大変だろう。もう少し負担にならない物を買いに行こうか」

「またすぐそうやってオレを甘やかすんですね……これで充分です」

 テキストや資料がたくさん入った鞄は片手で持つには辛く、斜めがけでも時折肩が痛くなるが、柾人が付き合ってすぐに買ってくれたものだ。疎かにしたくない。

「言っただろう、私の数少ない趣味だと」

「これで充分です……柾人さんから貰った物はどれも大切に使いたいんです」

「だが随分と汚れてしまっただろう」

 それが悲しいのだ。大学を卒業しても使い続けようと思っていたのに、兄たちが乱暴に扱われたせいで革製の鞄は傷が無数にできてしまった。

「それでもっ……この傷は社会人になったら自分で直しますから、無駄遣いは止めてください」

「無駄遣いじゃない、と言ったところで聞き入れてはくれなのだろうね」

 苦笑してまた朔弥の後ろへと腰掛け、力の入らない身体を持ち上げ抱きしめてくる。さしずめ朔弥専用の椅子と言ったところだ。一緒に住むようになってから半年以上経ってもこんなにくっついてばかりでいいのだろうかと思いながらも、腕の中の心地よさから抜け出せない。

 そのまま鞄を漁り、一番下に隠しておいたチョコレートの箱を取り出した。

「渡すの随分と遅くなりましたが、これを」

 綺麗にラッピングされた真四角の箱を柾人の手に持たせれば、いつも朔弥に与えるばかりの人は少しだけ驚いた仕草を見せた。

「もう過ぎちゃいましたけど、バレンタインのチョコレートです」

「私にかい? 嬉しいな」

 今柾人はどんな顔をしているのだろう。見れないのが少しもどかしいが、節張った長い指が躊躇うことなく箱を彩るリボンを解いていく。その指が昨夜朔弥にしたことを思い出してはしたなくもまた身体の奥が切なり、無意識に蕾を窄めてしまう。淫らな自分を隠しながら、必死に柾人の反応を伺う。

 蓋を開け出てきたチョコレートは、朔弥の心配をよそに買ったときと同じで崩れているところは全くなかった。

(良かった……でも気に入ってくれたかな)

 甘い物はあまり好まない柾人だ、朔弥のために喜んでいるそぶりを見せているだけなのかもしれない。

「柾人さん甘い物があまり好きじゃないから、お酒が入っているのを選んだんです」

 柾人がチョコレートを持ち上げすぐに口に入れるかと思ったが、じっくりとそれを眺めた。ふと、一緒に住むようになってから飲んでいないことに気づいた。いつも一緒で側にいるのに。

「……もしかしてお酒もあまり好きじゃありませんか?」

「いや、そんなことはない。ただ酔ってまた君を襲わないかを心配してるんだ」

「ふふっ、なんですかそれ」

「あぁそうか。君は春休み中だから問題ないのか」

「え?」

 ポイと口に入れじっくりと舐め取っているのか、顎があまり動いていない、酔うな気がする。朔弥の位置からでは柾人の表情が見れなくて、本当に美味しいのか心配になる。

 初めて選んだチョコレート、もしかして苦手だっただろうか。柾人のことを知っているつもりではいるが、この人のことだから自分の前で無理をしているのかもしれない。

 けれど、心配そうに見つめて相手が答えてくれるのを待つだけの自分にも気づいた。

 朔弥にとくにかく甘い柾人は、いつだって都合の良い言葉ばかりを与えては自分の中で何かを隠しているのではないか。本当はもっとこうしたいというのがあるのではないか。
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