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第二章

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 退院したばかりだというのに頭がおかしくなるくらい狂ったように抱かれた朔弥は、自分がいつ意識を飛ばしたのか分からないまま、再び意識を取り戻した時には、時計の針は朝を刺していた。

「うっ……」

 僅かに身体を動かしただけで腰から甘い怠さが沸き起こる。

 初めてではないが久しぶりだ、起き上がれないほどの怠さを味わうのは。セックスに慣れてきてからは多少の怠さはあっても動けないほどではなかった。それだけ昨日は感じすぎたということだ。

 当たり前だ。そうなるよう柾人を煽ったのは他でもない朔弥だ。抱いてくれとせがみ、自分から腰を振ってしまったのだ、その後どうなるかなんて誰よりも分かっている。朔弥から欲しがったら柾人はいつも以上に理性をなくすし、何度でも朔弥を欲しがる。退院した直後のぎこちない柾人の様子を思い出し、その後のどこまでも欲しがってくる彼の激しさに応えた結果の気怠さすら愛おしい。

(良かった……柾人さんがオレに欲情してくれた)

 セックスは愛の営みだと教えてくれたのは柾人だ。何度も欲しがってくれたのはそれだけ愛してくれているからだ。どんなにその後辛くても嬉しいと思うくらい、朔弥も彼を愛している。

 柾人はどこにいるのだろうか。ベッドにいないからリビングだろうと思い、もう一度起き上がろうとチャレンジするが、すぐに身体がパフンとマットレスに戻ってしまう。

 これではしばらくはベッドから抜け出すことはできないだろう。諦めて柾人の匂いがする枕に顔を埋め、肺いっぱいに吸い込む。それだけでどうしようもなく幸せな気持ちになる。昨夜の大胆な自分を思い出して、無意識に笑みが零れ落ちていった。以前だったら恥ずかしさに隠れてしまいたくなっただろう。でも今は違う。家族に愛されなかったせいで低かった自尊心が、柾人の愛情を存分に得てようやく花開いたのだ。何をしても柾人は朔弥を拒まない。むしろもっと愛してくれる。

 あの事件で自分は柾人に愛されているのだと嫌と言うほど理解した。

 傷ついた朔弥を自分のこと以上に痛ましく感じていたし、眠っている横で何度も「自分が殴られれば良かった」と懺悔のように口にしていた。そこまで愛してくれたのは柾人だけだ。だからどんなに淫らなことをしても拒まれないと、自信がでた。恥ずかしく淫らなことをして嫌われるんじゃないかと心配する必要はもうなかった。

 心を解き放てば、柾人に本能のまま抱いて欲しがっている自分がいた。

 その結果の気怠さなら嬉しいくらいだ。

 そうやってベッドで幸福に浸っていると、リビングに続く扉が開いた。

「起きてたのかい、朔弥」

 近づいてくる柾人に手を伸ばし、逞しい胸に顔を埋める。

「柾人さんがいなくて、寂しかったです」

 今まで言えなかった本音を告げれば、大きな掌が剥き出しの背中を撫で、頬にキスをしてくれる。

「すまなかった。ミーにご飯の催促をされたんだ。自動給餌器に補給をするのを忘れていた」

 すっかり猫の下僕と化してしまった様子に笑ってしまう。自分よりもずっと猫にのめり込んだ柾人に意地悪なことを言いたくなる。

「ミーを可愛がりすぎです……同じくらいオレも構ってください」

 猫のように裸の胸に顔を擦りつければ、心外だと言わんばかりに強く抱きしめられた。

「珍しいな、朔弥が甘えてくるなんて」

「いや、ですか?」

「嬉しいくらいだ。今までが控えめすぎたんだ。……本当はこうして甘えたかったのかい?」

「はい」

 もう一度顔を擦り付ければ、身体を引き上げられ、朝にはふさわしくない身体の芯まで溶かすような濃厚なキスをされる。昨夜柾人の欲望を咥え続けた蕾の奥がまた切なくギュッと窄まり、その動きに合わせて中に残っていた残滓がたらりと流れ落ちた。

「ぁっ」

「そんなに可愛い声を出したらまたしたくなってしまう」

「いっぱいしてください、オレの全部は柾人さんのものですから」

 昨夜の続きのように告げれば、ふっと笑いながらまた貪るような口づけを受ける。病院では手を握ることしかできなかったから、二人しかいないこの部屋では存分に甘えてしまいたくなる。一日中抱き合っていたい、と。

 だがさすがにそれは心にそっと閉じ込め、唇を離した。

「お腹は空いただろう、昨夜は何も食べさせてやれなかったから」

 食事を取ったのは昼食が最後で、昼過ぎに寝室へ入ってからずっと抱き合っていた。食事のことを言われて素直な腹がぐーっと鳴った。

「少し待っていなさい」

 すでに用意していたのか、すぐにサンドイッチと温めのお茶が運ばれてきた。甲斐甲斐しく世話を焼く柾人のおかげで、口を動かすだけの朝食を摂りストローから水分を補給する。病院の味気ない食事ばかりで柾人の美味しい食事に飢えていた舌が満足するまで味わえば、やっと帰ってきたのだと実感する。

「ごちそうさまでした」

「もういいのかい。おかわりはまだあるんだが」

「もうお腹いっぱいです」

「そうか。では少し話をしようか」

 ベッドに乗り上がった柾人はベッドヘッドに背中を預けると、膝に朔弥を乗せた。されるがまま柾人の肩に後頭部を預けながら、柾人の昔話に耳を傾けた。

 柾人の両親が職場にいた同僚たちと興した工場は自動車部品を作っていて、大手メーカーの下請けをしていた。地道な努力で少しずつ顧客を獲得しながら従業員を増やし、その業界では少し名の知れた会社となっていった。初めての海外メーカーとの取引が締結し、できあがった商品を船便で本国へと送るのだが、先方の手違いがあり普段だったら専門の配達業者に依頼するのだがそれでは間に合わず、仕方なく柾人の両親が指定されたそのメーカーの日本工場へと届けることとなった。

 事故に遭ったのはその帰りだ。

 母親が運転する車にトラックが突っ込み、二人とも即死だったという。会社にいた従業員は技術畑の人間ばかりでこれからどうするかとなったとき、全権は自分にあると言い出したのが、柾人の叔父だった。もしもの時に柾人の父から遺言を預かっていたと葬儀の場でそれを広げ、会社も屋敷もすべて自分の物だと妻と二人で喚き散らした。

 実際パソコンで印刷された遺言状がその手にあり、父の実印が押されていた。

 今となってはその真偽は分からないが、会社と家は叔父の手に渡った。そして呆然と残された柾人は遠い親戚に預けられた。子供のいない家だからと押しつけたのだろうが、いい待遇は受けなかった。

 柾人の身体が大きくなり中学になった頃、その親戚の妻が性の相手をしろと言い出した。言うことを聞かなければ位牌を焼くといわれ、仕方なく相手をした。だが妻の行動に不審を抱いた親戚は家中にカメラを仕掛け、妻の不貞の相手が柾人だと知ると妻に詰め寄った。自分から誘ったのに妻はあろうことか、柾人に無理矢理関係を迫られ襲われたと証言し、男に血が出るほど殴られた。
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