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第二章

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 華やかな色合いの大きな花束は抱きしめれば甘い匂いが鼻腔をくすぐる。こんなにも豪勢な花束を貰ったのは初めてだ。

「あ……花瓶がないっ」

「それは大丈夫だよぉ、ちゃぁんと用意してるからぁ。どうせ常務はぁ花瓶とかお花とかはぁ絶対に頭が回らないからぁ」

 どんっと大きく重そうな花瓶が現れ、すぐさま宮本がそれに花を生け始める。

「済みません、こんなに綺麗な物をいただいちゃって」

「いいのいいの。大丈夫だった、朔弥くん? 変なことに巻き込まれたんだってね。犯人はちゃんと捕まって安心したよ」

 詳細は知らない開発部の女性社員が話し始めながら、持ってきたカットケーキを用意周到に紙皿に取り分ける。なぜかペットボトルのお茶まで用意されていた。

「山村くんの分のお茶、ここに入れておくね」

 予備かそれとも朔弥がいつでも飲めるようになのか、二リットルのペットボトルを当たり前のように病室に備え付けの冷蔵庫へと納めていく。

 すべてがテキパキと進み、以前朔弥が好きだと言ったのを覚えてくれたのか、フルーツタルトが目の前に置かれる。

「ごめんなさい……今食べられないんです」

 口内が傷だらけで水も飲むのが辛いとは言わなかったが、察した人間がすぐにクリームがたっぷりと乗ったシフォンケーキと交換する。

「これだったら大丈夫かな? それでも辛かったら言ってね、こっちで処理しちゃうから」

 笑いながらの言葉が、しばらく離れていたサーシングでの休憩時間を思い出させる。いつも誰かが甘い物を持ち寄っては僅かな憩いの時間を設け、そこに朔弥も誘ってくれるのだ。あの時間が懐かしいなと思いながら、辛いことをされたのを忘れさせる明るい声で他愛ない話をされると、眠気も忘れて笑ってしまっては痛みを覚える。

 だがそれをみんなに心配されたくなくて必死に隠す。

 そうしていると、迷いのないヒール音がこちらに近づき、静かに扉を開けた。

「遅くなって済まない」

 少しやつれた顔をした和紗だ。

 このところサーシングでは忙しい日々が続いているのだろうか。

 アルバイトを突然辞めてしまったせいで和紗が困っているのだろうか。

 女子社員たちが和紗のためにベッドのすぐ横にある椅子を進めたが、それに座らず、深々と頭を下げた。

「山村くん申し訳ない。私が軽率なことをしたせいで君を巻き込んでしまった」

「え、何のことですか?」

 なぜ今回の件で和紗がこんなにも真剣に頭を下げなければならないのかが分からなくて、慌てて頭を上げさせようとしても、彼女は頑なにその態勢をやめなかった。

「私が山村くんを倉掛の恋人だと言ったせいで、君がこんな目に遭ってしまったのは事実だ。本当に申し訳ない」

「頭を上げてください! 和紗さんのせいじゃないです……おかしいのはあの人たちです」

 そもそも会社を傾けさせた原因は自分だというのに、それを認めることができずに柾人の金や株式で補填しようと考えたのが事の発端だ。和紗が唆したわけではない。だから謝ってなんて欲しくないし、これを負い目に感じて欲しくない。本当に和紗は何も悪くはないと思っている。なにせ、共犯は実兄なのだ。こればかりは防ぎようがないし、探偵を雇っていたのだから遅かれ早かれ柾人と朔弥の関係は知られていただろう。

「けれど山村くんを危険にさらしてしまった事実には変わりない」

「あそこで隠したとしても、きっと知られて同じ結果になりました。逆に、捕まって刑事罰を受けた方がいいんです、そうすればもう柾人さんの前には現れませんから」

 怪我の功名ですと笑ったが、誰も追随はしてくれなかった。むしろその言い回しは本当に怪我をしたときに言うものじゃないと叱られてしまった。

「でも本当に和紗さんが悪いわけではないです。頭を上げてください」

 何度も言い募ってやっと和紗が頭を上げてくれた。

「今回の件で柾人さんから責められているんですか?」

「いや、倉掛も蕗谷も何も言わないが、私が勝手に自責の念に駆られているだけだ。無関係な君を巻き込んでしまったと」

「それだったらオレはむしろ当事者なんです。兄も関わってますから」

「なにそれぇ。朔弥くぅんのお兄さんがぁあのおっさんとぉ関係あるってことなのぉぉぉ!」

 概要を掻い摘まんで説明する課程で自分が幼い頃に受けていたことまでつい話してしまったのは、それだけ自分の中では過去の出来事になっていたからだ。もう年末に家族と縁を切ると心に誓ったことで、彼らに対する想いを完全に断ち切ったし、こんなに優しい人たちが傍にいて、誰よりも愛してくれる柾人だけがいればそれでいいと割り切ったから。

 だがそれを聞いた面々は一様に顔色を変え表情も険しくなった。

「なにそれ、信じらんない。いくら親だからってしていいこととしちゃいけないことがあるよ。それ完全な虐待だから。今だったら児相案件だからね!」

 朔弥のことなのに、自分のことのように憤り、皆が一斉に和紗を見た。彼女たちが何を求めているのかすぐに察したのか、椅子に腰掛けた和紗はしっかりと頷いた。

「了解した。会社の弁護士は民事に弱いが、その方面に強いのを紹介して貰います。山村くん、家族は完全に縁を切ることはできませんが、接近禁止令を出すことができます。特に今回の件で彼らの凶暴さが露呈しました。やるなら早いほうがいいと思いますが、君に異存はありますか?」

「えっ……そんな大げさな話は……」

「大げさではありません。お兄さんが今後も山村くんに何もしないという保証はありません。また同じことが繰り返さないためにも、今きちんとしておいた方がいいでしょう」

「そうだよぉ、朔弥くぅんがぁ、またお兄さんに殴られてぇ変な女と結婚とかぁしないようにするとかぁ。対策は大事だよぉぉぉ」

「そうだよ。勝手に婚姻届を出されたって話もあったりするんだから、戸籍を別にすることができるならやった方がいいよ」

 公文書偽造に当たることをあの兄ならやりかねない。少し不安になった朔弥の表情を見て、和紗は病室の隅へと行き携帯電話を出して弁護士と話し始めた。すぐにでも手続きを進めようとしているのだろうか。

「あーもういっそのこと、常務の戸籍に入っちゃえば良くない? そしたら実家の人間とは別になるんだけどね」

「それだと社長と同じになっちゃわないの? おっさんたちの毒牙にかかるの唯くんだけでいいよ」

「それもそうだね」

 柾人の戸籍に入るというのは、養子縁組と言うことだろうか。

「それは柾人さんの負担になりますよ」

 自分は嬉しいが、とは敢えて続けなかった。もし柾人が朔弥の存在が重くなってしまったとき、戸籍を同じにしていたら捨てることなどできなくなる。絶対ないと願いたいが、可能性はゼロではない。

「何言ってるの、常務だったら滅茶苦茶喜ぶよ。物理的に籠の鳥にしなくて済むから、常務のメンタルも向上するかもね?」

 冗談で言っているのが分かるから、相づちを打って笑って流す。だがそれを目敏い和紗が見逃すはずもなかった。
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