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第二章

14-2

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「どうだい?」

「調べてはいますが、一室一室確認するのに時間がかかってます」

 五~六棟はあるこの団地に見覚えはない。

 人は何かをするときに自分のゆかりの場所や地の利がある場所へと行くという。だが柾人の記憶にはこんな光景はない。このどこかに朔弥はいるのだろうか。だが十階建ての団地がこれほど並んでいると探すのも戸惑うだろう。

「まずは下層階から探すしかないね。手分けするかい」

「すみません、こちらもやっているのですが人手が足りてません」

「気にしないでくれ。どこまでやったかだけ教えてくれ」

 車から近い棟から始めているという彼らの言葉に、その左右の棟を別れて確認していく。

「いいかい、倉掛。見つけたとしても絶対にすぐに突入するなよ。ちゃんと僕に連絡してくれ。お前まで捕まってしまったらどうしようもないからね」

「……それはお互い様だ」

 音を消して枯れ草が覆い被さる勢いで生えているベランダからそっと近づいて、錆が浮かんでいる格子の隙間から室内の様子を確認する。だが暗くなってきて確認するのが厳しくなっている。そして陽が良く入るようにと作られてか南側にベランダがあるせいで沈む夕日が放つ残光がほこりを被った窓に反射して中を見るのが難しい。

 確かにプロの探偵でも手こずるだろう。幸いなのは誰も近づかないせいで静かなことだ。

 気をつけて息を潜めながら一部屋一部屋確認していく。

 一階部分が終わればまた話し合わなければならないが、いくら細くても朔弥だって男だ、運ぶとなると高層階は難しいだろう……自分で歩かない限りは。

(無事でいてくれ)

 願わずにはいられない。相手が大声で叫べばまだわかりやすいが、人の声はあまり聞こえてこない。コンクリート造りの建物だから反響するはずなのに。

(ここではないのか……)

 ゆっくりと一棟を回るのは時間がかかる。とにかく枯れた草が僅かも音を立てないように慎重に移動しながら、低い位置から室内を覗き込む。気が急いてしまうのを必死に押し殺し、とにかく慎重に進むしかないのがもどかしい。

 こんなことなら指輪にでもGPSを仕込んでおけばよかったと後悔してもどうにもならない。

「おい起きろよっ」

 一瞬、大きな声がはっきりと聞こえた。耳なじみのない若い男の声だ。音がした方へとそーっと近づき、暗い部屋の中を覗き込む。ぼんやりとではあるが男が二人立っていた。瞬時に端から何部屋目かを数え、音消しにしておいた携帯を開こうとして、慌ててしゃがんだ。思ったよりもモニターの光が強く相手に気づかれるかも知れない。果たしてこの部屋に本当に朔弥がいるのだろうか。そこまで確かめたいが、冬の短い陽光が完全に消えてしまい中がどうなっているのかが分からない。苛立ちながら、しゃがみ込みベランダの下に入る。ここなら光が漏れはしないが、相手の声がまた聞こえなくなっている。すぐに蕗谷にメールで部屋の位置だけを連絡して自分もそちらに向かおうとしたが、それよりも早く蕗谷から逃走防止用にベランダ側にいるようにと指示が入る。もう警察に連絡をしてこちらに向かうよう依頼すると書かれていた。

(こんなところで待ってるだけなのか)

 窓の向こうには朔弥がいるのかも知れない。

 さっきの声や漏れ聞こえてくる小さな音を拾い集めればあまり好ましいことが室内で起こっているようには思えない。何かを痛めつけているような音……その相手が朔弥でないことをひたすら祈るしかない。

 柾人は音を立てないように隣のベランダに乗り上げ仕切り板の傍に立つ。少しでも中の状況を確認できないかと中の様子を覗うが、僅かに漏れる声を拾うのがやっとだ。

(早く来い、社長……何をやってるんだ)

 いつまで経っても来ない蕗谷に痺れを切らしてしまう。早く早くとまた足を動かしそうになって自分を御する。ただ静かにしているのがこれ程苦痛だとは想像もしなかった。まだ縮こまって押し入れの中に閉じ込められていた方が……鍵をかけたはずの昔の思い出が蘇りそうになり慌てて頭を振りながら心の蓋の上に重石を置いた。

 連絡はないかと数秒ごとに確認してしまう。

 気が焦っているのが自分でも嫌と言うほど分かっていても、押さえつけることができない。

 蕗谷の忠告がなければこのまま突進していただろう。武器も防具もなにもない身一つで。相手が誰かも把握できない中での行動は自殺行為だと冷静な状況なら判断できるが、今は無理だ。自分の目でそこに朔弥がいるかどうか確かめたい。もし何かをされているならすぐに助けたい。相手が凶器を持っているかどうか確認もせずに。

(あぁ、確かに私は冷静さを欠いているな)

 もっと落ち着かなければ。

 だが中の様子が気になって冷静になどなれない。

 僅かに聞こえる音が小さくなっていく。

(朔弥、無事でいてくれ)

 彼の存在は柾人にとって何物にも代えられない宝なのだ。孤独で不器用な愛し方しかできない柾人を受け止め許してすべてを捧げてくれる希有な存在。それを失ったら、これから先どうしていいのか分からなくなる。

 ただただ無事を祈りながら蕗谷たちを待ち続けた。

 ガタッ。

 中で何か音がした。

 慌てて携帯を見ればすぐに蕗谷から「突入」とだけ書かれたメールが入った。それだけを確認して携帯をポケットに入れ、ベランダの柵に手をかけた。勢いよく飛び上がり、振り子のように足を回し隣のベランダへと飛び移る。鍵がかけられ埃や土がびっしりと付いた窓からは中の様子は見れないが、複数の人間の足音と怒号が入り交じった音だけは大きくなった。

 中の状況は一体どうなっているんだ。

 覗き込もうにも懐中電灯の明かりがこちらに照らされるばかりで確認ができない。このまま窓を割って入った方がいいのだろうか。

 そう決意して窓を割ろうと素のままの拳でガラス戸を叩けば、すぐに明かりがこちらに向かいカチリと施錠が解かれた。

「ごめん倉掛、君の存在を忘れていたよ」

 あははとのんきな笑い声と共にガラガラとガラス戸が開かれた。

「忘れるな! 朔弥はっ」

 室内を親指で指す蕗谷の向こうに、警察官に取り押さえられている人物が二人いた。一人は面識がないがもう一人の顔を把握して柾人の顔が一気に険しくなった。

「なんであんたがいるんだ……」
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