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第二章

6-2 ☆

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「会社で済ませてきた。今の時間まで勉強してきたんだろう、今日はもう休もう」

 彼の熱を感じてしまえば抱きたくなる。自分のものだと確かめたくなる。

 だが今日はダメだ。今日だけは……。

 その温もりに欲望をぶつけてしまえば、別の感情までぶつけてしまいそうで、いつものように優しくできないような気がする。それほどまでに心がざわめいて……乱暴にしかねない。

 こんなにも不安定になったのは久しぶりだ。咲子に守られてからは初めてかも知れない。

 まだ幼い頃……親を亡くしてしばらくの頃は、言いようのない不安を何かにぶつけなければ収まらなくて、勉強にぶつけても有り余る不安を解消するために人にぶつけていた。親なしだと揶揄ってくる者を片っ端から殴り、それで親戚に殴られた。その子供たちからは蹴られ、また募った鬱憤を吐き出すために繰り返した。

 収まらない不安をどうしていいか分からないまま大きくなり、今もその解消方法が分からないままだ。

 優しい恋人の仮面をかぶるのが精一杯の今、これ以上彼に触れているのは危険だ。

 際限なく湧き上がってくる衝動を抑えなければ。理性を総動員して朔弥から身体を離した。欲望を鎮めるためにバスルームへと向かおうとすると、存在に見合った細くしなやかで形の綺麗な指が柾人のジャケットを掴んだ。

 振り返れば泣きそうな顔が何かを言いたげに歪み、いつも柾人を魅了する瞳が涙で潤んでいた。

「どうした朔弥!」

 帰りに何かあったのだろうか。もしかしてあいつに何かされたのか。

 不安が身体中を駆け巡り熱が一気に上がっていく。冷静さをなくした柾人は痛いくらいにその両腕を掴んだ。

「なにがあったんだっ」

「柾人さんはオレをどうしたいんですか?」

「……それはどういう意味だ?」

 あいつに何かされたわけではないと安心した一方、朔弥の言葉の意味が分からない。

 どうしたいかなんてない。ただこの腕の中にいてくれる、それだけでいいのだ。望むのはただそれだけだ。

 愛しい人ほどこの手をすり抜けていく。両親のように死に別れなければ……どこかで生きてくれるのならと諦めるしかできないが、反動が大きくなりどんどんと束縛が強まってしまう。

 柾人にはそれを止めることができなかった。

 もしかしたら、朔弥もこんな愛し方を窮屈に思い始めたのだろうか。自分よりも年上なのに自制できない男が邪魔になったのだろうか。それとも、暗い過去と迷惑な親族を抱えた事実を知って怖くなったのだろうか。

 だが、今までの恋人たちと違い、朔弥だけはどうしても手放したくない。

 その手足をちぎってこの家に閉じ込めてしまいたい。

 歪な支配欲が柾人の心を絡め取る。

「オレ……ただ柾人さんに愛されるだけじゃ嫌です」

 綺麗な頬のラインを涙が辿っていく。

「それは……どういう……」

 冷たい汗が柾人の背中を流れた。やはり朔弥はこんな重い存在に嫌気がさしたのか。

(あぁ……やはりサーシングでバイトなんかさせるんじゃなかった)

 すべてを見て、知って、怖じ気づいた彼を、だが手放せない。

「柾人さんに、オレの言葉も気持ちも届かない」

「そんなことはない!」

「でも柾人さん、オレにはなにもするなって思ってますよね、なにも知らないでただ人形みたいに可愛がられるのを望んでますよね……オレのしたいことと違う……」

「さ、くや?」

 不安が膨らみきって爆発しそうだ。この半年、ずっと側にいて彼だけを思い彼のことだけを考えてきたすべてが否定されたような気がした。

 朔弥もまたこんな愛し方を窮屈に思い始めているのか。堆積して溢れかえりそうになっている悲しみの感情が、堰を切って押し寄せてくる。ずっと抑えてきた凶暴性がそれを糧に膨張し、理性をなぎ払っていった。

「君も私から離れていくのか……許さない」

 今までにない低い声にびくりと掴んだ腕が震えた。柾人の悲しみに一滴の支配欲と大量の不安を投入し、化学反応のようにすべてが怒りへと変貌していく。

(許さないっ……二度と離れるなど考えられないようにしてやるっ)

 つい数分前まで己の感情をぶつけないようにと理性を総動員した事実さえ忘れ、色違いで購入したパジャマの前を掴むと、力任せに引きちぎった。

 悲鳴にも似た音が廊下を満たし、いくつかボタンが飛んでいく。

「やっ!」

 朔弥が一歩下がるのすら許せない。素早くパジャマの袖を堅く縛り、ズボンを下着ごと下げる。いつも柾人に悦びを与える蕾に、濡らさないままの指を無理矢理咥えさせた。

「ひぃっ……ぃ、たいよぉ」

 今までであればすぐに止めるのに、朔弥の悲鳴が一層柾人の嗜虐性を膨らませた。

 容赦なく痛みに窄まる蕾を暴き、自ら濡れることのない場所へ乱暴な刺激を与えていく。

「やめてっ……柾人さん!!」

 悲鳴は大きくなる一方で腕の中にある細い身体が必死に逃げようと藻掻く。

「……君だけは、逃がさないっ」

 力任せに朔弥を抑え、乱暴に指でそこを掻き混ぜて、暗い感情のまま廊下の床へと組み敷いた。ズボンと下着が纏わり付いたままの膝を身体に付くほど折り曲げ、まだ痛みに怯える蕾を猛った欲望で貫いた。

「ぃ……っ、ああっ」

 いつもの艶めいた声ではないが、健気な蕾はきしみながらも無理矢理押し挿ってくる欲望を必死に咥え込み、痛いくらいに締め付ける。

「朔弥だけは、ダメだ……私から離れることなど許さない……」

 最奥まで暴き、すぐに容赦なく抽挿を始めた。

 互いに愛を感じ合う行為を穢してしまっている意識がないまま、ひたすらに朔弥を繋ぎ止める唯一の手段と信じ、苦しむ声も耳に入らずに犯していく。深くまで突き挿れては朔弥が悲鳴を上げ、身体を硬くさせても止めなかった。

 止める術がもう柾人には存在しない。

 闇に染まった感情のまま犯しては、痛いほどの締め付けに欲望を大きくさせていく。ポロポロと涙が綺麗な顔を濡らしても、情欲を煽るアイテムになり一層柾人を興奮させた。

「朔弥……愛してるんだっ」

「ゃ、めてぇまさとさん、やだぁぁぁぁぁ」

「私だけのものになれっ」

 抽挿を激しくし、朔弥の感じる場所を狙って擦っていけば、柾人の手で拓かれた感じやすい身体は、いつものように反応していく。内壁も次第にうねりだし心地良い刺激を柾人に与えていった。

 太く堅い欲望に煽られ、分身から蜜を垂らしパジャマを汚していく。どんなにしても感じてしまうのが嬉しくて、愛おしくて、そして身体に反して悲鳴を上げ続ける唇が憎らしくなる。

 その唇に上るのは甘い啼き声がふさわしい。

 自分が望む音楽を奏でさせるために、歪む唇を塞ぎ、腰を打ち付けながら口内も犯していった。奥へと逃げる舌を掬い強引に絡めていく。しゃくり上げる声すら飲み込み唾液を送り込む。

 柾人に抱かれるまで快楽を知らなかった未熟な身体が、与えられる愉悦を飲み込んでは次第に溶け自ら腰を揺らめかせる。それが柾人の暗い悦びに油を注いでいるとも知らずに。

 逃げ惑う舌だけが反抗的で執拗に嬲り続けた。強制的に快楽を与え続けられた朔弥は、くぐもった声を上げながら一度も触れられないまま白い蜜を飛ばし、柾人もきついほどの締め付けにたっぷりと精液を吐き出した。

 荒い息を繰り返す唇を解放し、達ってもまだ硬い欲望をずるりと抜けば、後を追うように白濁が追いかけてきた。

「あぁ、もっと朔弥を悦ばせないと……私から離れないように」

 目を見開いたままポロポロと涙を零し続けている朔弥の身体をうつ伏せにすると、腰だけを高く上げ、また欲望を蕾へと潜り込ませる。

「ぁ……」

 ギュッと蕾が窄まり、内壁がいつものように絡みついてくる。心地よさに酔いながら、ひたすら犯し続けていった。

 何度もその耳元に愛と束縛を囁き、心と身体を雁字搦めにしながら、体位を変え場所を変え快楽を与え続けた。自分が狂っていると分からないまま、ただ欲望に従っていく。

 ようやく細い身体を解放できたのは、冬の空が白み初め、遅い朝がやってきてから。もう立つこともできなくなった朔弥は、腕を拘束されたままベッドに横たわり意識を飛ばしていた。いつから意識をなくしていたのかすら柾人には分からなかった。

 狂気のまま何度も何度も犯しては、いじらしくも絡みついてくる内壁にありったけの想いを吐き出してようやく、自分が犯した罪にも気づかず満たされた心のまま朔弥が身につけたものをすべて剥ぎ取り抱きしめた。

「無理をさせてしまったね……今日はゆっくりと眠りなさい。あぁ、このままベッドから出られないようにしたら、君は本当に私のものになるのかな」

 汗に濡れた身体に布団を掛け、もう馴染んでしまった体臭を肺いっぱいに吸い込み、それからゆっくりと柾人も目を閉じた。

 けれど、心地良い眠りから目覚めれば自分が何をしたかを鮮明に思い出して、柾人は青ざめるのだった。
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