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14 馳せる気持ちと嫌がらせ2
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一気に怒りが湧き上がった。部活禁止処分されたことを恨んでいるとしか言い様がない。
「なぁ、それ誰が言ってた? 教えてくれ、頼む!」
真剣な顔で頭を下げる中西に、クラスメイトは少し困った顔をしながら挙げた名前は、あの日中西の病室にやってきたメンバーだ。しばらく姿を見せなかったと思ったら、そんな話を作り上げて触れ回っているのか。
「その話、他に聞いたヤツいないか?」
「……多分、中西以外のみんなが知ってることだと思う」
「くっそーっ!」
これじゃどんな成績を叩き出しても、悠人と自分の頑張りは歪曲されてしまう。問題まで作って丁寧に教えてくれたのに、その努力は噂で地の底まで失墜だ。良い点を取れば学校側がヤクザに屈したと言われ、悪い点なら噂は嘘だったが退学確実と嗤われる。どっちに転んでも彼らには面白おかしい結果になるだろう。
「ふざけやがってあいつら!」
ないことばかりを並べ立てて恥ずかしくないのか。
彼らのいるクラスに乗り込もうとする中西をすぐさまクラスメイトが取り押さえた。
「待て中西、早まるな!」
「なんで止めるんだよっ」
「みんなだって虚言だって分かってるからだよ。お前がすっげー頑張ってるの、クラスのみんなちゃんと見てるから」
「でも井ノ上がっ、井ノ上のこと!」
感情が先走ってしまい、うまく言葉にできない。いくら入院しているからと言って、悠人が傷つかないはずがない。そうでなくても学校中から遠巻きにされているのだ、これ以上ひどい噂で戻りづらくなったらどうしてくれるんだと文句の一つでも言わなければ、この怒りは収まらない。
「あいつらぜってー許せねー」
「だから止めろって。今問題を起こしたら退学させられるのはお前なんだぞっ!」
男四人がかりで押さえられて、身体が机から離れない。
「放せよっ」
「だめだって中西。それがあいつらの手だろうが!」
分かっているからこそ悔しいのだ。自分達が病院でしたことを棚上げして相手のせいにするその卑怯だけでも殺意が湧くのに、新たな噂を立てられてどうしてこちらが黙っていなければならないんだ。
あの辛辣な口調をしながらも本当は凄く面倒見が良い綺麗な悠人が、傷つけられるのがどうしても許せなかった。悠人と同じように冷静に相手の弱点を攻め続けるなんてできない。今すぐにでも文句を言って殴り倒したい。
ずるずるとクラスメイトを引きずりながら教室を出ようとした。
衝動のままに相手のクラスに向かおうとする中西を止めたのは、担任だった。
「何やってるんだ中西! ホームルームの時間だぞ!!」
厳しい学年主任が大きな声を張り上げて、ようやく動きが止まった。
「お前、後で来い。ほら、全員席に着け、テストが終わったからって気を抜くなよ」
厳しい声に、中西の暴走にハラハラしていたクラスがほっとしたように静かに席に着き、注意事項に耳を傾ける。その内容は二日ある休みについてで、中西の頭には何一つ入っては来なかった。
帰り支度を済ませる中西を凝視しながら、終わったのを見計らって強制的に進路指導室へと連れて行かれた。
「何があったんだ、お前が暴れるなんて珍しいな」
もう何年もこの学校に勤めている貫禄溢れた担任が、足と腕を組み睨めつけてきた。威圧感が半端ないが、それを振り切るほどに怒りで頭がいっぱいなままだ。
「あいつらがまた……変な噂流してるんですよ。井ノ上が学校脅して俺の成績を上げさせてるって」
それだけで何を指しているのか合点がいったようだ。
「それでお前、何するつもりだったんだ」
「何って、文句言ってまた変なこと言ったら殴ってっ!」
「馬鹿か。それじゃ今まで頑張ってきたのが全部なくなるだろ。退院してからずっとお前が退学にならないように勉強してるって担当教員はみんな知ってるぞ、それでいいじゃないか」
「でもそれじゃ井ノ上が悪者のままじゃないですか! あいつら自分達のストレスをただぶつけて面白おかしく言ってるだけなんすよっ! そんなの許せるわけない!」
どれだけ声を張り上げても担任の態度は変わらない。ホームベースに似た厳つい顔で眉間にしわを寄せたままだ。
「奴らのことは学校に任せろ。お前が手を上げたらそれこそ井ノ上の努力が水の泡だろうが。ちょっとは冷静になれ」
「でもっ!」
「でもじゃない。とにかく冷静になれるように自分をコントロールしろ。お前が暴れたら事実の隠蔽だって思われるかも知れないんだぞ。それも考えたのか?」
「あ……」
初めて、自分が暴力を振るえば悠人のヤクザ関係者説が有力になってしまうことに気づいた。特に、暴力とは無縁な進学校では逆に目立ってしまう。
「中西、お前の行動一つで井ノ上が窮地に立つんだぞ。それをちゃんと頭に入れておけ。あの馬鹿どもは俺から学校に報告する」
「先生……」
「そうじゃなきゃまた杉山からイヤミったらしい電話が来ちまうだろうが」
「え、先生は杉山医師を知ってるんですか?」
「……元教え子だ。井ノ上の兄貴も俺が受け持った。あいつらがどれだけ井ノ上の快癒のために頑張ってるかは俺だって知ってるんだ。悪いようにはしないからお前は黙って勉強してろ」
厳つく口喧しいとしか思っていなかった担任がとても格好良く映る。あと数年で定年になる相手に後光が差して見えるのは、頭皮のせいだけではないだろう。
「先生……珍しくかっけー」
「お前、余計な一言が多すぎるぞ。中間テスト、頑張った割には点数いってないんだからもっと勉強しろ。そうじゃなくてもお前が病院に入り浸ってるって井ノ上の兄貴が文句言ってきてるんだからな」
一度も会ったことがないがヤクザのようだと噂されている悠人の兄が、中西のことで学校にクレームを入れているとは思いもしなかった。
「すんません……」
「あいつのブラコンぶりは今に始まったことじゃないから気にするな。とにかく勉強しろ、お前にそれ以外の選択肢はないんだって頭に叩き込め」
「分かってますよ……でもあいつらのこと許せないです」
「許せないんだったら許さんで良い。だが暴力はダメだ。分かったな」
最後の地鳴りのような低い声で脅され、こっちの方がヤクザみたいだと震えてしまう。自分の周囲は怖い大人ばかりだ。いつも嗤っているようで嗤っていない杉山を筆頭に怖い人間ばかりが自分と悠人の周囲を取り囲んでいるように思える。
「分かったかと訊いてるんだ」
「わっ分かりました!」
「ならいい。帰って試験問題を分かるまでやれ!」
「はい!」
命令口調には勢いよく返事してしまうのは体育会系だからで、頭に入るよりも先に言葉が飛び出る。それが分かっているから、担任は中西の肩を掴みながらもう一度同じ言葉をゆっくりと言い聞かせる。
「分かったな、中西」
「はい……」
怖い。これが本当のヤクザだと泣きそうになってしまう。会ったことのない悠人の兄や笑顔で無理難題を押しつけてくる杉山よりも担任が一番怖い。
(大人ってみんなこわい……)
肩を落として進路指導室から出た中西を心配してかクラスメイトが数名、扉の前で待っていてくれた。
「もう大丈夫か、中西」
「さっきはごめん、怪我しなかった?」
「大丈夫だ、気にすんなよ」
友人たちが止めてくれたおかげでなんとか大事にならずに済んだのだと、頭を下げた。
「止めてくれてありがとうな。助かった」
すると友人たちは照れ臭そうにはにかんだ。
「俺たちもあいつらの言い分に腹立ってたから……他の奴らにはあれが嘘だってちゃんと言っておくから、中西は勉強頑張れよ。退学とか絶対になるな」
「わかんないことあったら俺たちだって勉強教えるからさ……井ノ上ほど成績良くないけど」
笑って許してくれる友人たちには感謝しかなく、思わず頭を下げる。
「なんも悪いことしてないなら堂々としてろよ。井ノ上だってそうしてただろ」
そうだ、脳筋体育教師を追い出した時、誰もが悠人を遠巻きに騒いでいたが、泰然として雑音を気にしなかった。その耳に入らないはずなどないのに、遠巻きにする周囲に平然としていた。怒ることもせず否定することもせず、何にも関心がナイトばかりに本を読んでいた。あの強さは、まだ自分にないのが少し悔しい。
同じ年なのに自分の幼さが浮き彫りにされた気持ちだ。
「そう……だよな、本当にごめん」
「あいつら絶対に自滅するから。お前はできることをしろよ」
優しさが有り難い。
「ありがとう」
自然と言葉が出れば、友人達はいつもの柔らかい顔で中西の肩を叩いた。
それを廊下の角で見ている人たちがいるとも知らずに。
「なぁ、それ誰が言ってた? 教えてくれ、頼む!」
真剣な顔で頭を下げる中西に、クラスメイトは少し困った顔をしながら挙げた名前は、あの日中西の病室にやってきたメンバーだ。しばらく姿を見せなかったと思ったら、そんな話を作り上げて触れ回っているのか。
「その話、他に聞いたヤツいないか?」
「……多分、中西以外のみんなが知ってることだと思う」
「くっそーっ!」
これじゃどんな成績を叩き出しても、悠人と自分の頑張りは歪曲されてしまう。問題まで作って丁寧に教えてくれたのに、その努力は噂で地の底まで失墜だ。良い点を取れば学校側がヤクザに屈したと言われ、悪い点なら噂は嘘だったが退学確実と嗤われる。どっちに転んでも彼らには面白おかしい結果になるだろう。
「ふざけやがってあいつら!」
ないことばかりを並べ立てて恥ずかしくないのか。
彼らのいるクラスに乗り込もうとする中西をすぐさまクラスメイトが取り押さえた。
「待て中西、早まるな!」
「なんで止めるんだよっ」
「みんなだって虚言だって分かってるからだよ。お前がすっげー頑張ってるの、クラスのみんなちゃんと見てるから」
「でも井ノ上がっ、井ノ上のこと!」
感情が先走ってしまい、うまく言葉にできない。いくら入院しているからと言って、悠人が傷つかないはずがない。そうでなくても学校中から遠巻きにされているのだ、これ以上ひどい噂で戻りづらくなったらどうしてくれるんだと文句の一つでも言わなければ、この怒りは収まらない。
「あいつらぜってー許せねー」
「だから止めろって。今問題を起こしたら退学させられるのはお前なんだぞっ!」
男四人がかりで押さえられて、身体が机から離れない。
「放せよっ」
「だめだって中西。それがあいつらの手だろうが!」
分かっているからこそ悔しいのだ。自分達が病院でしたことを棚上げして相手のせいにするその卑怯だけでも殺意が湧くのに、新たな噂を立てられてどうしてこちらが黙っていなければならないんだ。
あの辛辣な口調をしながらも本当は凄く面倒見が良い綺麗な悠人が、傷つけられるのがどうしても許せなかった。悠人と同じように冷静に相手の弱点を攻め続けるなんてできない。今すぐにでも文句を言って殴り倒したい。
ずるずるとクラスメイトを引きずりながら教室を出ようとした。
衝動のままに相手のクラスに向かおうとする中西を止めたのは、担任だった。
「何やってるんだ中西! ホームルームの時間だぞ!!」
厳しい学年主任が大きな声を張り上げて、ようやく動きが止まった。
「お前、後で来い。ほら、全員席に着け、テストが終わったからって気を抜くなよ」
厳しい声に、中西の暴走にハラハラしていたクラスがほっとしたように静かに席に着き、注意事項に耳を傾ける。その内容は二日ある休みについてで、中西の頭には何一つ入っては来なかった。
帰り支度を済ませる中西を凝視しながら、終わったのを見計らって強制的に進路指導室へと連れて行かれた。
「何があったんだ、お前が暴れるなんて珍しいな」
もう何年もこの学校に勤めている貫禄溢れた担任が、足と腕を組み睨めつけてきた。威圧感が半端ないが、それを振り切るほどに怒りで頭がいっぱいなままだ。
「あいつらがまた……変な噂流してるんですよ。井ノ上が学校脅して俺の成績を上げさせてるって」
それだけで何を指しているのか合点がいったようだ。
「それでお前、何するつもりだったんだ」
「何って、文句言ってまた変なこと言ったら殴ってっ!」
「馬鹿か。それじゃ今まで頑張ってきたのが全部なくなるだろ。退院してからずっとお前が退学にならないように勉強してるって担当教員はみんな知ってるぞ、それでいいじゃないか」
「でもそれじゃ井ノ上が悪者のままじゃないですか! あいつら自分達のストレスをただぶつけて面白おかしく言ってるだけなんすよっ! そんなの許せるわけない!」
どれだけ声を張り上げても担任の態度は変わらない。ホームベースに似た厳つい顔で眉間にしわを寄せたままだ。
「奴らのことは学校に任せろ。お前が手を上げたらそれこそ井ノ上の努力が水の泡だろうが。ちょっとは冷静になれ」
「でもっ!」
「でもじゃない。とにかく冷静になれるように自分をコントロールしろ。お前が暴れたら事実の隠蔽だって思われるかも知れないんだぞ。それも考えたのか?」
「あ……」
初めて、自分が暴力を振るえば悠人のヤクザ関係者説が有力になってしまうことに気づいた。特に、暴力とは無縁な進学校では逆に目立ってしまう。
「中西、お前の行動一つで井ノ上が窮地に立つんだぞ。それをちゃんと頭に入れておけ。あの馬鹿どもは俺から学校に報告する」
「先生……」
「そうじゃなきゃまた杉山からイヤミったらしい電話が来ちまうだろうが」
「え、先生は杉山医師を知ってるんですか?」
「……元教え子だ。井ノ上の兄貴も俺が受け持った。あいつらがどれだけ井ノ上の快癒のために頑張ってるかは俺だって知ってるんだ。悪いようにはしないからお前は黙って勉強してろ」
厳つく口喧しいとしか思っていなかった担任がとても格好良く映る。あと数年で定年になる相手に後光が差して見えるのは、頭皮のせいだけではないだろう。
「先生……珍しくかっけー」
「お前、余計な一言が多すぎるぞ。中間テスト、頑張った割には点数いってないんだからもっと勉強しろ。そうじゃなくてもお前が病院に入り浸ってるって井ノ上の兄貴が文句言ってきてるんだからな」
一度も会ったことがないがヤクザのようだと噂されている悠人の兄が、中西のことで学校にクレームを入れているとは思いもしなかった。
「すんません……」
「あいつのブラコンぶりは今に始まったことじゃないから気にするな。とにかく勉強しろ、お前にそれ以外の選択肢はないんだって頭に叩き込め」
「分かってますよ……でもあいつらのこと許せないです」
「許せないんだったら許さんで良い。だが暴力はダメだ。分かったな」
最後の地鳴りのような低い声で脅され、こっちの方がヤクザみたいだと震えてしまう。自分の周囲は怖い大人ばかりだ。いつも嗤っているようで嗤っていない杉山を筆頭に怖い人間ばかりが自分と悠人の周囲を取り囲んでいるように思える。
「分かったかと訊いてるんだ」
「わっ分かりました!」
「ならいい。帰って試験問題を分かるまでやれ!」
「はい!」
命令口調には勢いよく返事してしまうのは体育会系だからで、頭に入るよりも先に言葉が飛び出る。それが分かっているから、担任は中西の肩を掴みながらもう一度同じ言葉をゆっくりと言い聞かせる。
「分かったな、中西」
「はい……」
怖い。これが本当のヤクザだと泣きそうになってしまう。会ったことのない悠人の兄や笑顔で無理難題を押しつけてくる杉山よりも担任が一番怖い。
(大人ってみんなこわい……)
肩を落として進路指導室から出た中西を心配してかクラスメイトが数名、扉の前で待っていてくれた。
「もう大丈夫か、中西」
「さっきはごめん、怪我しなかった?」
「大丈夫だ、気にすんなよ」
友人たちが止めてくれたおかげでなんとか大事にならずに済んだのだと、頭を下げた。
「止めてくれてありがとうな。助かった」
すると友人たちは照れ臭そうにはにかんだ。
「俺たちもあいつらの言い分に腹立ってたから……他の奴らにはあれが嘘だってちゃんと言っておくから、中西は勉強頑張れよ。退学とか絶対になるな」
「わかんないことあったら俺たちだって勉強教えるからさ……井ノ上ほど成績良くないけど」
笑って許してくれる友人たちには感謝しかなく、思わず頭を下げる。
「なんも悪いことしてないなら堂々としてろよ。井ノ上だってそうしてただろ」
そうだ、脳筋体育教師を追い出した時、誰もが悠人を遠巻きに騒いでいたが、泰然として雑音を気にしなかった。その耳に入らないはずなどないのに、遠巻きにする周囲に平然としていた。怒ることもせず否定することもせず、何にも関心がナイトばかりに本を読んでいた。あの強さは、まだ自分にないのが少し悔しい。
同じ年なのに自分の幼さが浮き彫りにされた気持ちだ。
「そう……だよな、本当にごめん」
「あいつら絶対に自滅するから。お前はできることをしろよ」
優しさが有り難い。
「ありがとう」
自然と言葉が出れば、友人達はいつもの柔らかい顔で中西の肩を叩いた。
それを廊下の角で見ている人たちがいるとも知らずに。
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