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第五章 クロムクドリが鳴くまでは 3
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逞しいヒルドブランドの身体に合わせて作られたシャツは、身丈も長ければ袖も長く、服の中で身体が泳ぐ。何度も布を捲ってから床に落ちていた彼のズボンを履かせる。どれほどベルトを締めようと、ヒルドブランドのズボンでは落ちてしまうだろう。人前に出るのに恥ずかしくないかを確かめてから、抱き上げようとした。
「待て! 自分で歩ける」
抱き上げられて食堂に向かうのが嫌なようだ。慌てて足を下ろすのを助けようとしたが、それすらも撥ね除けられる。
「大丈夫だ……ぁっ」
だが立ち上がろうとした膝がすぐに崩れ落ち、床に着いた。
「なんで……?」
「大丈夫か。はやり抱かないと難しいか」
あんなに何度も絶頂を味わっては歩けるはずがない。軽々と痩身を抱き上げ寝台に腰掛けた。膝の上にエドゼルを乗せる。
一度その身体に触れたならもう離せなくなってしまう。
「無理をさせてしまってすまない」
腰を抱き引き寄せ、頽れるように愛おしい身体が寄りかかってくる。
「こんなになるのか……」
自分の身体に起こった現象が未だに信じられないようだ。初めて彼を存分に満たしたのは自分なんだと喜ぶ心をそっと隠す。彼の目にそんなみっともない感情を晒したくない。年上のこの人に頼られたいとムキになるのは、まだ子供だからだろうか。
「悦びが深ければ起き上がれなくなるらしい。貴方に味わわせたのは俺だけなんだな」
細い腰を撫でた。
「っ……やめてくれ……」
緩く腰をもじつかせ手から逃れようとするが、その頬は紅潮したままだ。親密な空気が二人の間を漂い始める。
「貴方がこの腕の中にいると確かめていいか」
伺えばそっと瞼が伏せられた。膨らんだ唇を塞ぎその感触を味わってから、奥に隠された舌を味わうために隙間から潜り込む。一晩でヒルドブランドとの口づけに慣れたエドゼルは自らも舌を伸ばしてきた。
存分に味わっている間に扉をノックする音が飛び込んできた。一度唇を放し「入れ」と告げまた何か言おうとする甘い唇を味わい始める。
「お食事の用意ができました。温かいうちにお越し下さい」
手で合図を送ればすぐさま扉が閉じられる。見られたのを恥ずかしがって逃げようとするエドゼルの動きを抑え、満足するまで味わった。嫌がる音はすぐに甘いものへと変わり、口づけに酔い始めれば自らヒルドブランドにしがみ付いてくる。
愉悦に弱いのも愛らしく、止められない。細いエドゼルにたっぷりと食事を摂らせたいのに、自分が食べ尽くしてしまいそうだ。
もっと味わいたいのを堪え、唇を離す。たっぷりと酔わされたエドゼルが荒い息を紡ぎ芯を失った身体が凭れてくる。
魔法で扉を開くと抱き上げ食堂へと向かった。椅子が二脚あり、その一つをすぐに執事が引く。エドゼルを抱えたまま座ればすぐに食事が運ばれた。
全てを察した執事が指示したのか、口当たりの温かいものが並ぶ。
野菜のスープを惚けた唇に乗せ流し込めば、喉仏が僅かに動いた。
自分の面倒をみてくれたエドゼルの面倒を、自分がみている。彼を守っているようで心が弾む。一口また一口と飲ませ、皿を空にする。次はメインディッシュを口に運ぶが、エドゼルはゆっくりと首を振った。仕方なく自分の口に運ぶ。一人の食事を二人で分けるように食べてからまた部屋へと戻る。
寝台にエドゼルを下ろせば、もう彼には甘い雰囲気はなかった。
窓から遠くを見る。
「今日は晴れているね……これなら出発できる」
「今から行くのか? ……立てないだろう」
赤面したエドゼルは、すぐに顔に影を落とした。彼はこんな表情で旅をしていたのだろうかと胸が締め付けられた。
誰よりもエドゼルを許していないのは、彼自身だ。全てを背負い込むことを厭わず、その重さに押しつぶされないよう必死で立っているように映る。
背負い込んだ罪を少しは分けて欲しい。そう言ったなら彼は重荷を預けてくれるだろうか。
ヒルドブランドは口を開いて、なんと言って良いかわからずすぐに閉じた。
また彼を悦ばせ立てなくするのは簡単だ。彼に与えられた罪の償い方は幽閉であると閉じ込めることもできる。
でもヒルドブランドは行くなと引き留めることはできない。
「どこに行くつもりだ」
「さぁ、どこにしようか。困っている人がいるところ、かな。私でも必要としてくれるなら有り難い」
ここにいる、と伝えたら見てくれるだろうか。もっと愛してくれるだろうか。誰よりもエドゼルを欲していると寝台に引き込めば、この腕の中に戻ってくれるだろうか。
「すまないエドゼル……新しい服を用意するまで出立は……それにまたすぐ雪が降る、今出ては……」
違う、こんなことが言いたいんじゃない。ヒルドブランドは血が出るほど拳を握った。次いつ会えるかわからないのならば……とまた、彼を縛り付けようとしてしまいそうになる自分を諫めた。
遠くを見つめるエドゼルの足元に跪き細い身体を抱きしめた。
「また来ると約束してくれ……ここへ来ると」
「待て! 自分で歩ける」
抱き上げられて食堂に向かうのが嫌なようだ。慌てて足を下ろすのを助けようとしたが、それすらも撥ね除けられる。
「大丈夫だ……ぁっ」
だが立ち上がろうとした膝がすぐに崩れ落ち、床に着いた。
「なんで……?」
「大丈夫か。はやり抱かないと難しいか」
あんなに何度も絶頂を味わっては歩けるはずがない。軽々と痩身を抱き上げ寝台に腰掛けた。膝の上にエドゼルを乗せる。
一度その身体に触れたならもう離せなくなってしまう。
「無理をさせてしまってすまない」
腰を抱き引き寄せ、頽れるように愛おしい身体が寄りかかってくる。
「こんなになるのか……」
自分の身体に起こった現象が未だに信じられないようだ。初めて彼を存分に満たしたのは自分なんだと喜ぶ心をそっと隠す。彼の目にそんなみっともない感情を晒したくない。年上のこの人に頼られたいとムキになるのは、まだ子供だからだろうか。
「悦びが深ければ起き上がれなくなるらしい。貴方に味わわせたのは俺だけなんだな」
細い腰を撫でた。
「っ……やめてくれ……」
緩く腰をもじつかせ手から逃れようとするが、その頬は紅潮したままだ。親密な空気が二人の間を漂い始める。
「貴方がこの腕の中にいると確かめていいか」
伺えばそっと瞼が伏せられた。膨らんだ唇を塞ぎその感触を味わってから、奥に隠された舌を味わうために隙間から潜り込む。一晩でヒルドブランドとの口づけに慣れたエドゼルは自らも舌を伸ばしてきた。
存分に味わっている間に扉をノックする音が飛び込んできた。一度唇を放し「入れ」と告げまた何か言おうとする甘い唇を味わい始める。
「お食事の用意ができました。温かいうちにお越し下さい」
手で合図を送ればすぐさま扉が閉じられる。見られたのを恥ずかしがって逃げようとするエドゼルの動きを抑え、満足するまで味わった。嫌がる音はすぐに甘いものへと変わり、口づけに酔い始めれば自らヒルドブランドにしがみ付いてくる。
愉悦に弱いのも愛らしく、止められない。細いエドゼルにたっぷりと食事を摂らせたいのに、自分が食べ尽くしてしまいそうだ。
もっと味わいたいのを堪え、唇を離す。たっぷりと酔わされたエドゼルが荒い息を紡ぎ芯を失った身体が凭れてくる。
魔法で扉を開くと抱き上げ食堂へと向かった。椅子が二脚あり、その一つをすぐに執事が引く。エドゼルを抱えたまま座ればすぐに食事が運ばれた。
全てを察した執事が指示したのか、口当たりの温かいものが並ぶ。
野菜のスープを惚けた唇に乗せ流し込めば、喉仏が僅かに動いた。
自分の面倒をみてくれたエドゼルの面倒を、自分がみている。彼を守っているようで心が弾む。一口また一口と飲ませ、皿を空にする。次はメインディッシュを口に運ぶが、エドゼルはゆっくりと首を振った。仕方なく自分の口に運ぶ。一人の食事を二人で分けるように食べてからまた部屋へと戻る。
寝台にエドゼルを下ろせば、もう彼には甘い雰囲気はなかった。
窓から遠くを見る。
「今日は晴れているね……これなら出発できる」
「今から行くのか? ……立てないだろう」
赤面したエドゼルは、すぐに顔に影を落とした。彼はこんな表情で旅をしていたのだろうかと胸が締め付けられた。
誰よりもエドゼルを許していないのは、彼自身だ。全てを背負い込むことを厭わず、その重さに押しつぶされないよう必死で立っているように映る。
背負い込んだ罪を少しは分けて欲しい。そう言ったなら彼は重荷を預けてくれるだろうか。
ヒルドブランドは口を開いて、なんと言って良いかわからずすぐに閉じた。
また彼を悦ばせ立てなくするのは簡単だ。彼に与えられた罪の償い方は幽閉であると閉じ込めることもできる。
でもヒルドブランドは行くなと引き留めることはできない。
「どこに行くつもりだ」
「さぁ、どこにしようか。困っている人がいるところ、かな。私でも必要としてくれるなら有り難い」
ここにいる、と伝えたら見てくれるだろうか。もっと愛してくれるだろうか。誰よりもエドゼルを欲していると寝台に引き込めば、この腕の中に戻ってくれるだろうか。
「すまないエドゼル……新しい服を用意するまで出立は……それにまたすぐ雪が降る、今出ては……」
違う、こんなことが言いたいんじゃない。ヒルドブランドは血が出るほど拳を握った。次いつ会えるかわからないのならば……とまた、彼を縛り付けようとしてしまいそうになる自分を諫めた。
遠くを見つめるエドゼルの足元に跪き細い身体を抱きしめた。
「また来ると約束してくれ……ここへ来ると」
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