上 下
51 / 53

第五章 クロムクドリが鳴くまでは 2

しおりを挟む
 彼が持つ僅かな柔らかい部位の感触を楽しみ、次第に興奮していく。あれほど貪ったというのに、また元気になろうとする下肢を叱りつけ、伝わる体温を記憶に刻む。それを繰り返し、何度かメイドや執事がやってきたがエドゼルが起きるまではと下がらせた。

 愛しい人が目を覚ましたのは昼食の時間を過ぎてからだった。

 うっすらと現れる印象的な青い瞳に、ゆっくりと自分の顔が映し出された。

「おはよう、エドゼル」

 当たり前の挨拶をぼんやりと聞いたエドゼルは再び瞼を閉じ、それから勢いよく開いた。

「えっ……あぁそうか」

 すぐに昨夜のことを思い出し頬を赤く染める彼が愛おしくて、白い肌に口づけを落とす。新たな花弁を尖った肩に刻んで、ヒルドブランドはずっと撫でていた頬をもう一度ゆっくりと掌で覆う。

「大丈夫か?」

「っ! ……大丈夫だ、気にしないでくれ」

 頬の紅色が濃さを増し香り立つ色気を放ってくる。このまままた彼を貪りたくなるのを抑え、寝台から起き上がった。上掛けが肌を滑り落ちたのを見て息を詰める音が聞こえた。

 脇腹の大きくえぐれた傷跡だけでなく、大小の細かい傷跡も残る身体に驚いたのだろう。ヒルドブランドはすぐさま床に落ちていたシャツに袖を通し隠した。

「醜いものを見せて済まない」

 長い戦いの間にできた傷跡は無数にあり、騎士の間では勲章となっていても他者には直視できないだろう。エドゼルはすぐさま「違う!」と叫んだ。

「醜くかったから変な声が出たんじゃない……私のせいでこんな傷跡をお前に残してしまったことを、初めて知ったからだ」

「気にしないでくれ。騎士なら当たり前だ」

 大小の違いはあれど、無傷のままいる騎士などそういない。どれほど鎧が頑丈に出来ても魔族や魔獣との戦いで怪我をしないなどあるはずがない。

「……知らなかった」

 そうだろう。彼が唯一知っている騎士の肌には傷一つなかっただろうから。

「大丈夫だ、もう治っている。むしろ俺の命を救ってくれたことに感謝しているくらいだ、ありがとう」

 僅かに残る魔力全てを使って自分を助けてくれたエドゼルにやっと感謝の言葉を伝える。昨夜は余裕がなくそれすら出来なかった。

「当たり前だ……自分から死のうとしていた私を助けてくれたのはヒルドだ」

 今でも覚えている、自ら手を伸ばしケルベロスにその身を捧げようとするエドゼルの姿を。全てを失った絶望で自暴自棄になった彼は何度も死にたいと口にした。自分の傲慢さでそれを叶えてやらなかった。

 死ぬなら、自分を想って死んでくれと暗い感情すらあった。

 今のヒルドブランドはエドゼルによって生かされている。魔法での攻撃法を教えてくれなければ、彼が移動魔法を使わなければ、確実に死んでいた。

「怖い思いをさせてすまない」

 あの日を思い出した繊細な人は震える指を必死にヒルドブランドから隠すように握り絞めた。それでも震えを止められずにいる。シャツのボタンを半端に留め、その手を剣だこが取れない手で握った。

「エドゼルが助けてくれたから、今の俺がいるんだ」

 それを誇りに思って欲しい。決して悲しい記憶にしないで欲しい。

「……お前は昔から優しすぎるんだ」

 絞り出すような声に涙の要素が混じる。堪らなくなって抱きしめた。

「エドゼルのせいではない。早かれ遅かれ退治しなければならない相手だ」

 気にしないでくれと伝えても、エドゼルは顔に影を落としたままだ。

「エドゼルが助けてくれたから俺は生きている。安心してくれ……そんなに心配だというなら、もうなんともないと教えるために、また貴方の中に生きてる証を注ぎ込もうか」

 何を意味するのかすぐにわからなかったエドゼルが察した次の瞬間、細い両腕を突っぱねた。

「それはっ……昨夜充分味わった、から……」

 また頬が紅潮していく。心配し落ち込む顔よりも、照れて怒る顔の方がずっといい。

「貴方が望むなら、何度でも注ぐがどうだ?」

 揶揄えば枕が飛んできた。痛みを与えない攻撃に笑い、ベッドを降りる。衣服を整えてから執事を呼んだ。エドゼルが顔色を変え、慌てて上掛けの中へと潜り込む。生娘が初めての朝を迎えたようなその仕草に、再び彼を欲する感情が芽生え始める。だが今はそれよりも重要なことはあった。

「昼食の準備をしてくれ、エドゼルの分も。食堂で食べる」

「畏まりました」

 すぐに来た執事は言葉少なに部屋を出る。彼が何を思っているかわからないが、主に忠実な仕事をするだろう。

 ヒルドブランドは未だ上掛けの中にいるエドゼルへと近づいた。

「着替えを手伝おう……私のシャツでは大きいが、新しいのを買うまで我慢してくれ」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

アダルトショップでオナホになった俺

ミヒロ
BL
初めて同士の長年の交際をしていた彼氏と喧嘩別れした弘樹。 覚えてしまった快楽に負け、彼女へのプレゼントというていで、と自分を慰める為にアダルトショップに行ったものの。 バイブやローションの品定めしていた弘樹自身が客や後には店員にオナホになる話し。 ※表紙イラスト as-AIart- 様(素敵なイラストありがとうございます!)

【完結】だらしないオジサンは嫌いですか?

抹茶らて
BL
社内で人気のある営業部部長、御堂肇46歳。見目だけでなくその手腕に惚れる者も多い。当の本人は自分に自信を持てない無自覚なイケオジ。そんな肇が密かに思いを寄せる相手は入社6年目にして営業部トップの実績を持つ伊澤達哉。 数年埋まることのなかった二人の距離がひょんなことから急接近!? 無自覚に色気を振りまく部長の恋の行方は……… 包容力カンスト年下攻め×無自覚イケオジ健気な年上受け *今までの作品の中で一番過激的です。ガッツリR18な内容が入っています。 *予告なくエロを入れることがあります。 *地雷を踏んでしまったらごめんなさい… *本編は完結済みです。短めですが、番外編的なものをゆっくり書いています。

上司命令は絶対です!

凪玖海くみ
BL
仕事を辞め、新しい職場で心機一転を図ろうとする夏井光一。 だが、そこで再会したのは、かつてのバイト仲間であり、今は自分よりもはるかに高い地位にいる瀬尾湊だった。 「上司」と「部下」という立場の中で、少しずつ変化していく2人の関係。その先に待つのは、友情の延長か、それとも――。 仕事を通じて距離を縮めていく2人が、互いの想いに向き合う過程を描く物語。

美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜

飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。 でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。 しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。 秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。 美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。 秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。

親友と同時に死んで異世界転生したけど立場が違いすぎてお嫁さんにされちゃった話

gina
BL
親友と同時に死んで異世界転生したけど、 立場が違いすぎてお嫁さんにされちゃった話です。 タイトルそのままですみません。

【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。【番外編あります】

紫紺(紗子)
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。 相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。 超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。 失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。 彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。 ※番外編を公開しました(10/21) 生活に追われて恋とは無縁の極貧イケメンの涼と、何もかもに恵まれた晄矢のラブコメBL。二人の気持ちはどっちに向いていくのか。 ※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。 ※4月18日、完結しました。ありがとうございました。

僕のかえるくん

ハリネズミ
BL
ちっちゃくてかわいいかえるくん。 強くて優しいかえるくん。 僕の大好きなかえるくん。 蛙は苦手だけどかえるくんの事は大好き。 なのに、最近のかえるくんは何かといえば『女の子』というワードを口にする。 そんなに僕に女の子と付き合って欲しいの? かえるくんは僕の事どう思っているの?

初夜の翌朝失踪する受けの話

春野ひより
BL
家の事情で8歳年上の男と結婚することになった直巳。婚約者の恵はカッコいいうえに優しくて直巳は彼に恋をしている。けれど彼には別に好きな人がいて…? タイトル通り初夜の翌朝攻めの前から姿を消して、案の定攻めに連れ戻される話。 歳上穏やか執着攻め×頑固な健気受け

処理中です...