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第四章 贖罪 12

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「何を言っているんだ、もうお前は領主なんだぞ。慕ってくれる領民もいる。彼らのために尽力し、ふさわしい女性と結婚しなければ」

 言葉を紡ぐごとに心が淋しさと悲しさを纏っていく。

 ヒルドブランドの隣に罪人はふさわしくないと誰よりも知っている。せめてこれからは自分を律しなければ。

 わかっているのに心がこの心地よい腕の中に居続けたいと訴える。

 逞しく力強い腕。この手は多くの人々を守ったのだ、頑是無いエドゼルと違って。

 自分の細腕を見つめた。

「女となど結婚できるわけがない……貴方を愛してるんだ」

「それを言ってはいけないんだ、ヒルド……それだけは……」

 心が揺れる。

「貴方の気持ちを教えてくれ……どうしてここに来たんだ……俺は、期待してしまう」

「謹慎されたと聞いて……私のせいなら申し訳ないと……」

 言い訳を並べればヒルドブランドの腕が離れていった。

「ぁ……」

 ずっと拒む言葉ばかりを紡いでいたくせに、離れていけば悲しむなんて身勝手だ。理性が強く心を叱責するが、感情は従えないとばかりに逞しい腕の行き先を追っていく。

 バサリと掛けられた外套が床に落ちた。

 すぐにエドゼルの身体が強い力によって反転させられた。

 駄目だと心が訴える。

 今その顔を見たならきっと自分は己を御せなくなる。

 ヒルドブランドは両手でエドゼルの頬を包み上向かせた。暖炉の火がしっとりと二人の顔を照らす。

 止めてくれと思うのに、精悍なその顔を見てしまえばもうだめだ。彼へと向かう心を留められない。

「愛してるんだ、エドゼル」

「そんなこと……言わないでくれ」

「ならばなぜそんな顔をする。嫌なら、俺を突き放してくれ」

 突き放せるなら最初からしている、その大きな手に捕まったときから。

 傷だらけの顔が近づいてくる。何をするためか知らない子供ではない。エドゼルはゆっくりと瞼を下ろした。唇に柔らかい感触が当たる。エドゼルの少し厚みのある下唇を啄み、すぐに離れた。

「嫌なら拒んでくれ……そうでなければこのままお前に酷いことをしてしまう」

 拒まなければ……わかっている、このまま流されてはいけないと。なのにできない。

「私は弱いんだ。こんな感情を持ってはいけないとわかっているのに、意志を貫けない……ヒルドの気持ちに応えてはいけないんだ」

「なぜそんなことを言う。気付いているか、今エドはあいつを見ていたときと同じ顔をして俺を見ている。あの時には拒んだ口づけも今は受け入れている」

「っ! 見ないでくれ……何も言わないでくれ……このままではお前に向かう気持ちを止められないっ!」

 乱暴に唇が塞がれた。合わさるだけではなく舌が僅かに開いた隙間から潜り込み舐ってくる。大きな手は後頭部を掴み腰を抱いて逃げられなくした。舌を絡ませ吐息を吸い込まれる。激しく貪られ、ヒルドブランドの服を握り絞めた。そうしなければ感じすぎて足から力が失いそうだ。

 唾液まで啜られるころには、彼から与えられる甘い感覚を欲してエドゼルからも舌を伸ばすようになった。熱情をぶつけられるのが心地よい。苦しいほどに彼から愛されているのだと感じ心と身体が歓喜する。

 全てを貪る勢いの唇が離れても唾液が糸のように二人を繋げ暖炉の光を反射した。

「止めないでくれ、頼む。想いに応えてくれ」

 また唇が塞がれ貪るような口づけが再開される。執拗に互いの舌を絡ませ飢えた獣のように貪り続ける。もうヒルドブランドへと向かう気持ちを止めることなど出来ない。ただひたすら彼を愛おしく想い、与えられる情熱に溺れていく。唇を合わせたままエドゼルを抱き上げ、寝台に下ろした。僅かに離れた唇はまた塞がれ、互いを求め合う。

 生成りの服の下から熱い手が滑り込んできた。

「んっ……」

 鼻を通っていくのは甘い吐息。彼の手が這った場所から、肌は燃え上がるように熱くなり敏感になっていく。同時に分身までもが反応し力を持ち始めた。

 もう彼を拒めない。唾液すらも甘く感じてしまうエドゼルは自分を止められない。彼へと向かう心が加速し、胸の中を愛おしい感情で満たしてしまう。

 いけないとわかっていても、その手を受け入れる。

 長い長い口づけを終える頃には、どこも力が入らなくなっていた。
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