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第四章 贖罪 11

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 ぼんやりと映し出されたのは大きな寝台に重厚な家具。絨毯は毛足が長く、窓は雪よけの扉で二重になっていた。ここと似た場所に見覚えがある、幽閉された部屋だ。しかし家具も寝台もエドゼルのために置かれたものよりも上等だった。

「俺の部屋だ、誰も来ない」

 そう、と答えてもヒルドブランドは抱きしめる手を離そうとはしない。

「もう逃げない、安心してくれ」

「違う。貴方が約束を違えないのは知っている……だが離したくない」

 痛いくらいに抱く腕の力が増す。離す気はないようだ。

「逃げはしないよ、もう魔力もないからね」

 この世界で彼から逃げられる人間はいないだろう、重傷でも負っていない限りは。

「わかってる、エドは昔から嘘は吐かなかった。けれど、出来ない……夢じゃないと信じさせてくれ」

「夢じゃない、大丈夫だ」

 胸が締め付けられた。当然だ、彼からすれば領地から出奔したエドゼルをせっかく見つけたのにまた消えたのだから、信じられないのは仕方ない。どんな言葉をかければいいのかわからない。けれど、苦しんでいたのは伝わってきた。

「悪かった、ヒルド」

 失望ばかりさせる従兄だというのに。

「私のために第二王子と決闘したと聞いた、感謝を伝えたかったんだ……けれど、私のことはもう捨て置いてくれ。何を言われようと気にしないで欲しい。ヒルドはこの世界の英雄なんだ、私になど構わなくていい」

「出来るわけがないっ! 貴方を侮辱することは許さない……第二王子なら尚更だ」

「違う、あの人が悪いわけではない」

「まだ庇うのかっ!」

 エドゼルは静かに首を振った。

「私の弱さが招いたことだ。もっと心を強く持っていれば、あんな言葉に惑わされることはなかったんだ」

 きっと優しくしてくれるなら誰でも良かったのかもしれない。それほどまでにエドゼルの心は弱かった。宮廷という特別な場所だったからではない、唯一自分を真っ直ぐに見てくれたヒルドブランドと離れたからだ。母に冷遇された自分は愛に飢え、慕ってくれた従弟を失って他の何かを求めてしまった。そんなエドゼルの心の隙間に入り込んだのがワルドーだった。

「もうあんなことはしない……と言っても私にはもう力はないが」

「何を言っているんだ、貴方を大切に思っている人間はたくさんいる……エディが作った道具の全てに助けられた人たちが」

「……知っていたのか」

「あんなのを作れるのは、黒魔法を知っている人間だけだ」

 確かにそうだ。黒魔法を道具で再現しているのだから、一度でも作りを見れば理解するだろう。宮廷魔道士とアインホルン領以外で黒魔法を知っているのは、ヒルドブランドとエドゼルだけだ。

「そうか……けれど、私は罪をまだ贖ってはいない」

「何を言っているんだ……そんなの……」

 エドゼルは静かに笑って首を振った。

「そんなのじゃない、人の命だ。きっと彼らも誰かの大切な人だったのに、私はそれを駒として使ったのだ、あの人の歓心を得るために」

 忘れてはいけない、決して。命を軽んじた自分を戒めるためにも。

「……貴方だ、俺が慕ったエドが戻ってきた……」

 昔のように純粋ではない。今だってヒルドブランドに邪な情熱を向けようとしている汚い人間だ。もうエドゼルは彼が慕った従兄には戻れない。

「あれからずっと旅をしていたのか?」

「私に出来ることを探していた。だが出来ることが少ないんだと思い知っただけだった」

 作物を育てた経験がないから最初は何をしてもうまくいかなかった。それでも人々は優しくエドゼルに接してくれ、申し訳なかった。役に立てるようになったのは最近だ。それだって力仕事では未だに戦力にならないから道具を作り始めた。

「けれど何もしないよりはいい。閉じ込められたところで罪は消えない」

 エドゼルの決意はヒルドブランドにも伝わったのだろう。しばらく何も言わなかった。このまま何も言わず解放してくれたらと願う。まだ贖罪の旅は始まったばかりだ。

「……ここにずっといてくれ」

「それは出来ないよ、ヒルド。時間がないんだ。死ぬまでに果たして償えるか……」

 どれだけの時間を掛ければこの重荷となってのしかかる罪が贖えるかわからない。ヒルドブランド領に立ち寄ったのも、自分のせいでヒルドブランドが窮地に立たされたと知ったからだ。

「駄目だ……貴方を離せない……ずっと傍にいてくれ」
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