46 / 53
第四章 贖罪 11
しおりを挟む
ぼんやりと映し出されたのは大きな寝台に重厚な家具。絨毯は毛足が長く、窓は雪よけの扉で二重になっていた。ここと似た場所に見覚えがある、幽閉された部屋だ。しかし家具も寝台もエドゼルのために置かれたものよりも上等だった。
「俺の部屋だ、誰も来ない」
そう、と答えてもヒルドブランドは抱きしめる手を離そうとはしない。
「もう逃げない、安心してくれ」
「違う。貴方が約束を違えないのは知っている……だが離したくない」
痛いくらいに抱く腕の力が増す。離す気はないようだ。
「逃げはしないよ、もう魔力もないからね」
この世界で彼から逃げられる人間はいないだろう、重傷でも負っていない限りは。
「わかってる、エドは昔から嘘は吐かなかった。けれど、出来ない……夢じゃないと信じさせてくれ」
「夢じゃない、大丈夫だ」
胸が締め付けられた。当然だ、彼からすれば領地から出奔したエドゼルをせっかく見つけたのにまた消えたのだから、信じられないのは仕方ない。どんな言葉をかければいいのかわからない。けれど、苦しんでいたのは伝わってきた。
「悪かった、ヒルド」
失望ばかりさせる従兄だというのに。
「私のために第二王子と決闘したと聞いた、感謝を伝えたかったんだ……けれど、私のことはもう捨て置いてくれ。何を言われようと気にしないで欲しい。ヒルドはこの世界の英雄なんだ、私になど構わなくていい」
「出来るわけがないっ! 貴方を侮辱することは許さない……第二王子なら尚更だ」
「違う、あの人が悪いわけではない」
「まだ庇うのかっ!」
エドゼルは静かに首を振った。
「私の弱さが招いたことだ。もっと心を強く持っていれば、あんな言葉に惑わされることはなかったんだ」
きっと優しくしてくれるなら誰でも良かったのかもしれない。それほどまでにエドゼルの心は弱かった。宮廷という特別な場所だったからではない、唯一自分を真っ直ぐに見てくれたヒルドブランドと離れたからだ。母に冷遇された自分は愛に飢え、慕ってくれた従弟を失って他の何かを求めてしまった。そんなエドゼルの心の隙間に入り込んだのがワルドーだった。
「もうあんなことはしない……と言っても私にはもう力はないが」
「何を言っているんだ、貴方を大切に思っている人間はたくさんいる……エディが作った道具の全てに助けられた人たちが」
「……知っていたのか」
「あんなのを作れるのは、黒魔法を知っている人間だけだ」
確かにそうだ。黒魔法を道具で再現しているのだから、一度でも作りを見れば理解するだろう。宮廷魔道士とアインホルン領以外で黒魔法を知っているのは、ヒルドブランドとエドゼルだけだ。
「そうか……けれど、私は罪をまだ贖ってはいない」
「何を言っているんだ……そんなの……」
エドゼルは静かに笑って首を振った。
「そんなのじゃない、人の命だ。きっと彼らも誰かの大切な人だったのに、私はそれを駒として使ったのだ、あの人の歓心を得るために」
忘れてはいけない、決して。命を軽んじた自分を戒めるためにも。
「……貴方だ、俺が慕ったエドが戻ってきた……」
昔のように純粋ではない。今だってヒルドブランドに邪な情熱を向けようとしている汚い人間だ。もうエドゼルは彼が慕った従兄には戻れない。
「あれからずっと旅をしていたのか?」
「私に出来ることを探していた。だが出来ることが少ないんだと思い知っただけだった」
作物を育てた経験がないから最初は何をしてもうまくいかなかった。それでも人々は優しくエドゼルに接してくれ、申し訳なかった。役に立てるようになったのは最近だ。それだって力仕事では未だに戦力にならないから道具を作り始めた。
「けれど何もしないよりはいい。閉じ込められたところで罪は消えない」
エドゼルの決意はヒルドブランドにも伝わったのだろう。しばらく何も言わなかった。このまま何も言わず解放してくれたらと願う。まだ贖罪の旅は始まったばかりだ。
「……ここにずっといてくれ」
「それは出来ないよ、ヒルド。時間がないんだ。死ぬまでに果たして償えるか……」
どれだけの時間を掛ければこの重荷となってのしかかる罪が贖えるかわからない。ヒルドブランド領に立ち寄ったのも、自分のせいでヒルドブランドが窮地に立たされたと知ったからだ。
「駄目だ……貴方を離せない……ずっと傍にいてくれ」
「俺の部屋だ、誰も来ない」
そう、と答えてもヒルドブランドは抱きしめる手を離そうとはしない。
「もう逃げない、安心してくれ」
「違う。貴方が約束を違えないのは知っている……だが離したくない」
痛いくらいに抱く腕の力が増す。離す気はないようだ。
「逃げはしないよ、もう魔力もないからね」
この世界で彼から逃げられる人間はいないだろう、重傷でも負っていない限りは。
「わかってる、エドは昔から嘘は吐かなかった。けれど、出来ない……夢じゃないと信じさせてくれ」
「夢じゃない、大丈夫だ」
胸が締め付けられた。当然だ、彼からすれば領地から出奔したエドゼルをせっかく見つけたのにまた消えたのだから、信じられないのは仕方ない。どんな言葉をかければいいのかわからない。けれど、苦しんでいたのは伝わってきた。
「悪かった、ヒルド」
失望ばかりさせる従兄だというのに。
「私のために第二王子と決闘したと聞いた、感謝を伝えたかったんだ……けれど、私のことはもう捨て置いてくれ。何を言われようと気にしないで欲しい。ヒルドはこの世界の英雄なんだ、私になど構わなくていい」
「出来るわけがないっ! 貴方を侮辱することは許さない……第二王子なら尚更だ」
「違う、あの人が悪いわけではない」
「まだ庇うのかっ!」
エドゼルは静かに首を振った。
「私の弱さが招いたことだ。もっと心を強く持っていれば、あんな言葉に惑わされることはなかったんだ」
きっと優しくしてくれるなら誰でも良かったのかもしれない。それほどまでにエドゼルの心は弱かった。宮廷という特別な場所だったからではない、唯一自分を真っ直ぐに見てくれたヒルドブランドと離れたからだ。母に冷遇された自分は愛に飢え、慕ってくれた従弟を失って他の何かを求めてしまった。そんなエドゼルの心の隙間に入り込んだのがワルドーだった。
「もうあんなことはしない……と言っても私にはもう力はないが」
「何を言っているんだ、貴方を大切に思っている人間はたくさんいる……エディが作った道具の全てに助けられた人たちが」
「……知っていたのか」
「あんなのを作れるのは、黒魔法を知っている人間だけだ」
確かにそうだ。黒魔法を道具で再現しているのだから、一度でも作りを見れば理解するだろう。宮廷魔道士とアインホルン領以外で黒魔法を知っているのは、ヒルドブランドとエドゼルだけだ。
「そうか……けれど、私は罪をまだ贖ってはいない」
「何を言っているんだ……そんなの……」
エドゼルは静かに笑って首を振った。
「そんなのじゃない、人の命だ。きっと彼らも誰かの大切な人だったのに、私はそれを駒として使ったのだ、あの人の歓心を得るために」
忘れてはいけない、決して。命を軽んじた自分を戒めるためにも。
「……貴方だ、俺が慕ったエドが戻ってきた……」
昔のように純粋ではない。今だってヒルドブランドに邪な情熱を向けようとしている汚い人間だ。もうエドゼルは彼が慕った従兄には戻れない。
「あれからずっと旅をしていたのか?」
「私に出来ることを探していた。だが出来ることが少ないんだと思い知っただけだった」
作物を育てた経験がないから最初は何をしてもうまくいかなかった。それでも人々は優しくエドゼルに接してくれ、申し訳なかった。役に立てるようになったのは最近だ。それだって力仕事では未だに戦力にならないから道具を作り始めた。
「けれど何もしないよりはいい。閉じ込められたところで罪は消えない」
エドゼルの決意はヒルドブランドにも伝わったのだろう。しばらく何も言わなかった。このまま何も言わず解放してくれたらと願う。まだ贖罪の旅は始まったばかりだ。
「……ここにずっといてくれ」
「それは出来ないよ、ヒルド。時間がないんだ。死ぬまでに果たして償えるか……」
どれだけの時間を掛ければこの重荷となってのしかかる罪が贖えるかわからない。ヒルドブランド領に立ち寄ったのも、自分のせいでヒルドブランドが窮地に立たされたと知ったからだ。
「駄目だ……貴方を離せない……ずっと傍にいてくれ」
0
お気に入りに追加
153
あなたにおすすめの小説
【完結】だらしないオジサンは嫌いですか?
抹茶らて
BL
社内で人気のある営業部部長、御堂肇46歳。見目だけでなくその手腕に惚れる者も多い。当の本人は自分に自信を持てない無自覚なイケオジ。そんな肇が密かに思いを寄せる相手は入社6年目にして営業部トップの実績を持つ伊澤達哉。
数年埋まることのなかった二人の距離がひょんなことから急接近!?
無自覚に色気を振りまく部長の恋の行方は………
包容力カンスト年下攻め×無自覚イケオジ健気な年上受け
*今までの作品の中で一番過激的です。ガッツリR18な内容が入っています。
*予告なくエロを入れることがあります。
*地雷を踏んでしまったらごめんなさい…
*本編は完結済みです。短めですが、番外編的なものをゆっくり書いています。
【完結】守銭奴ポーション販売員ですが、イケメン騎士団長に溺愛されてます!?
古井重箱
BL
【あらすじ】 異世界に転生して、俺は守銭奴になった。病気の妹を助けるために、カネが必要だからだ。商都ゲルトシュタットで俺はポーション会社の販売員になった。そして黄金騎士団に営業をかけたところ、イケメン騎士団長に気に入られてしまい━━!? 「俺はノンケですから!」「みんな最初はそう言うらしいよ。大丈夫。怖くない、怖くない」「あんたのその、無駄にポジティブなところが苦手だーっ!」 今日もまた、全力疾走で逃げる俺と、それでも懲りない騎士団長の追いかけっこが繰り広げられる。
【補足】 イケメン×フツメン。スパダリ攻×毒舌受。同性間の婚姻は認められているけれども、男性妊娠はない世界です。アルファポリスとムーンライトノベルズに掲載しています。性描写がある回には*印をつけております。
上司命令は絶対です!
凪玖海くみ
BL
仕事を辞め、新しい職場で心機一転を図ろうとする夏井光一。
だが、そこで再会したのは、かつてのバイト仲間であり、今は自分よりもはるかに高い地位にいる瀬尾湊だった。
「上司」と「部下」という立場の中で、少しずつ変化していく2人の関係。その先に待つのは、友情の延長か、それとも――。
仕事を通じて距離を縮めていく2人が、互いの想いに向き合う過程を描く物語。
初恋を諦めるために惚れ薬を飲んだら寵妃になった僕のお話
トウ子
BL
惚れ薬を持たされて、故国のために皇帝の後宮に嫁いだ。後宮で皇帝ではない人に、初めての恋をしてしまった。初恋を諦めるために惚れ薬を飲んだら、きちんと皇帝を愛することができた。心からの愛を捧げたら皇帝にも愛されて、僕は寵妃になった。それだけの幸せなお話。
2022年の惚れ薬自飲BL企画参加作品。ムーンライトノベルズでも投稿しています。
美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜
飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。
でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。
しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。
秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。
美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。
秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。
親友と同時に死んで異世界転生したけど立場が違いすぎてお嫁さんにされちゃった話
gina
BL
親友と同時に死んで異世界転生したけど、
立場が違いすぎてお嫁さんにされちゃった話です。
タイトルそのままですみません。
【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。【番外編あります】
紫紺(紗子)
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。
相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。
超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。
失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。
彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。
※番外編を公開しました(10/21)
生活に追われて恋とは無縁の極貧イケメンの涼と、何もかもに恵まれた晄矢のラブコメBL。二人の気持ちはどっちに向いていくのか。
※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。
※4月18日、完結しました。ありがとうございました。
異世界転生先でアホのふりしてたら執着された俺の話
深山恐竜
BL
俺はよくあるBL魔法学園ゲームの世界に異世界転生したらしい。よりにもよって、役どころは作中最悪の悪役令息だ。何重にも張られた没落エンドフラグをへし折る日々……なんてまっぴらごめんなので、前世のスキル(引きこもり)を最大限活用して平和を勝ち取る! ……はずだったのだが、どういうわけか俺の従者が「坊ちゃんの足すべすべ~」なんて言い出して!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる