45 / 53
第四章 贖罪 10
しおりを挟む
「待て、エドゼル!」
振り向かず整備された道を走る。馬車が通れるようにと石を敷き詰めた道に雪は降り積もり、下の方が溶けている。何度も足を滑らせそれでも懸命に走った。
会いたかった。けれど会いたくなかった。
うるさいくらいに心音を早くする。走っているせいだけではない高鳴りを鎮めたいのに、ただ一瞬顔を見ただけで収まらなくなった。
「まて、待ってくれ!」
大きな手が腕を掴んだ。当然だ、どれほど懸命に逃げようとしても、騎士の足には敵わない。それだけではない、肉体強化の魔法が使える魔剣士が相手なのだ、逃げられるわけがない。
細い身体は宙に浮き、すぐに大きな身体に抱かれた。エドゼルの周囲の空気が暖かくなり肌寒さが消えていく。風と火の魔法を混ぜ合わせたんだとわかった。風量も火力もセーブしたそれは、心地よい温もりを与えてくれる。
「逃げないでくれ、エドゼル……」
懇願。そんなことをしなくても、彼の立場なら捕らえて領城に閉じ込めることが出来るのに、決してしない優しさに胸が熱くなる。
「エド……」
自分を呼ぶ泣きそうな声に幼い頃の彼の声が重なる。
「ヒルド……」
大きな手に自分の手を重ねる。
ギュッと細い身体を抱きしめる大きな手に自分のを添えた。
「えっと、その……迷惑をかけてごめん」
わざと明るい声を作る。そうでなければ胸に沸き起こった感情を誤魔化すことが出来ない。
喜んではいけないのだ、彼に会えたことを。
向けてはいけないのだ、胸に抱えた慕情を。
なのに、どうしてだろう想いばかりが膨れ上がっていく。
「私がいなくなったことで責を負っただろう」
「そんなことはどうだっていい、いいんだ……また会えた」
痛いくらいに奥歯を噛み締めた。ケルベロスを倒した後に伝えられた言葉が頭にこだまする。三年経っても頭から離れない彼の想い。でもエドゼルはそれに応えられない。
自分は罪人で、しかも男だ。いくら騎士にとっては当たり前の関係だとしても、彼はただの騎士ではない、この地の領主だ。そして世界の英雄。跡を継ぐ子を残さなければならない立場の人間。
従兄として振る舞わなければ。
なのにその胸の中にいると心地よくて、本心が離れるのを拒む。駄目だと言い聞かせても駄々をこねた子供のように縋りたくなる。
「ヒルド、もう店に戻ってくれ。このままでは風邪を引く」
風と火の魔法はエドゼルだけを包み込んでいる。外套を纏ってはいるがこんなに寒くてはすぐに凍えてしまうだろう。
「いやだ……貴方を離したくない」
真っ直ぐに向かってくる彼の想いが苦しいほどにエドゼルを締め付けてきた。詰ってもいいのに怒鳴ってもいいのに、ヒルドブランドから告げられるのは自分を未だに想っているのだと感じられる言葉ばかり。
「逃げはしない。頼む、このままではお前が病気になってしまう」
「駄目だ、信じられない。また俺の前から消えようとするんだ……」
信じられなくて当たり前だ、再会してから彼の信用に足る姿など見せては来なかった。
このままには出来ない。
雪は確実にヒルドブランドの体温を奪っていることだろう。
「……わかった、私も一緒に行く。それならいいだろう」
抱きしめる腕の力が弱まり、手が離れていく。ほんの少しだけ淋しさが胸に住み着いた。
ヒルドブランドは躊躇うことなく自分の外套を脱ぐと、エドゼルの身体に巻き付けた。布の先が地面に着く。そのまままた腕がエドゼルを抱きしめた。硬い胸板に背中がぶつかる。
「しっかり捕まっていてくれ」
「え?」
周囲が光り懐かしい感覚が身体に纏い付く。移動魔法特有の浮遊感だ。天と地が逆になったような感覚が起こり、消える頃にはヒルドブランドと共に覚えのない部屋にいた。
ヒルドブランドがすぐに魔法で暖炉に火を点ける。
振り向かず整備された道を走る。馬車が通れるようにと石を敷き詰めた道に雪は降り積もり、下の方が溶けている。何度も足を滑らせそれでも懸命に走った。
会いたかった。けれど会いたくなかった。
うるさいくらいに心音を早くする。走っているせいだけではない高鳴りを鎮めたいのに、ただ一瞬顔を見ただけで収まらなくなった。
「まて、待ってくれ!」
大きな手が腕を掴んだ。当然だ、どれほど懸命に逃げようとしても、騎士の足には敵わない。それだけではない、肉体強化の魔法が使える魔剣士が相手なのだ、逃げられるわけがない。
細い身体は宙に浮き、すぐに大きな身体に抱かれた。エドゼルの周囲の空気が暖かくなり肌寒さが消えていく。風と火の魔法を混ぜ合わせたんだとわかった。風量も火力もセーブしたそれは、心地よい温もりを与えてくれる。
「逃げないでくれ、エドゼル……」
懇願。そんなことをしなくても、彼の立場なら捕らえて領城に閉じ込めることが出来るのに、決してしない優しさに胸が熱くなる。
「エド……」
自分を呼ぶ泣きそうな声に幼い頃の彼の声が重なる。
「ヒルド……」
大きな手に自分の手を重ねる。
ギュッと細い身体を抱きしめる大きな手に自分のを添えた。
「えっと、その……迷惑をかけてごめん」
わざと明るい声を作る。そうでなければ胸に沸き起こった感情を誤魔化すことが出来ない。
喜んではいけないのだ、彼に会えたことを。
向けてはいけないのだ、胸に抱えた慕情を。
なのに、どうしてだろう想いばかりが膨れ上がっていく。
「私がいなくなったことで責を負っただろう」
「そんなことはどうだっていい、いいんだ……また会えた」
痛いくらいに奥歯を噛み締めた。ケルベロスを倒した後に伝えられた言葉が頭にこだまする。三年経っても頭から離れない彼の想い。でもエドゼルはそれに応えられない。
自分は罪人で、しかも男だ。いくら騎士にとっては当たり前の関係だとしても、彼はただの騎士ではない、この地の領主だ。そして世界の英雄。跡を継ぐ子を残さなければならない立場の人間。
従兄として振る舞わなければ。
なのにその胸の中にいると心地よくて、本心が離れるのを拒む。駄目だと言い聞かせても駄々をこねた子供のように縋りたくなる。
「ヒルド、もう店に戻ってくれ。このままでは風邪を引く」
風と火の魔法はエドゼルだけを包み込んでいる。外套を纏ってはいるがこんなに寒くてはすぐに凍えてしまうだろう。
「いやだ……貴方を離したくない」
真っ直ぐに向かってくる彼の想いが苦しいほどにエドゼルを締め付けてきた。詰ってもいいのに怒鳴ってもいいのに、ヒルドブランドから告げられるのは自分を未だに想っているのだと感じられる言葉ばかり。
「逃げはしない。頼む、このままではお前が病気になってしまう」
「駄目だ、信じられない。また俺の前から消えようとするんだ……」
信じられなくて当たり前だ、再会してから彼の信用に足る姿など見せては来なかった。
このままには出来ない。
雪は確実にヒルドブランドの体温を奪っていることだろう。
「……わかった、私も一緒に行く。それならいいだろう」
抱きしめる腕の力が弱まり、手が離れていく。ほんの少しだけ淋しさが胸に住み着いた。
ヒルドブランドは躊躇うことなく自分の外套を脱ぐと、エドゼルの身体に巻き付けた。布の先が地面に着く。そのまままた腕がエドゼルを抱きしめた。硬い胸板に背中がぶつかる。
「しっかり捕まっていてくれ」
「え?」
周囲が光り懐かしい感覚が身体に纏い付く。移動魔法特有の浮遊感だ。天と地が逆になったような感覚が起こり、消える頃にはヒルドブランドと共に覚えのない部屋にいた。
ヒルドブランドがすぐに魔法で暖炉に火を点ける。
0
お気に入りに追加
153
あなたにおすすめの小説
【完結】だらしないオジサンは嫌いですか?
抹茶らて
BL
社内で人気のある営業部部長、御堂肇46歳。見目だけでなくその手腕に惚れる者も多い。当の本人は自分に自信を持てない無自覚なイケオジ。そんな肇が密かに思いを寄せる相手は入社6年目にして営業部トップの実績を持つ伊澤達哉。
数年埋まることのなかった二人の距離がひょんなことから急接近!?
無自覚に色気を振りまく部長の恋の行方は………
包容力カンスト年下攻め×無自覚イケオジ健気な年上受け
*今までの作品の中で一番過激的です。ガッツリR18な内容が入っています。
*予告なくエロを入れることがあります。
*地雷を踏んでしまったらごめんなさい…
*本編は完結済みです。短めですが、番外編的なものをゆっくり書いています。
【完結】守銭奴ポーション販売員ですが、イケメン騎士団長に溺愛されてます!?
古井重箱
BL
【あらすじ】 異世界に転生して、俺は守銭奴になった。病気の妹を助けるために、カネが必要だからだ。商都ゲルトシュタットで俺はポーション会社の販売員になった。そして黄金騎士団に営業をかけたところ、イケメン騎士団長に気に入られてしまい━━!? 「俺はノンケですから!」「みんな最初はそう言うらしいよ。大丈夫。怖くない、怖くない」「あんたのその、無駄にポジティブなところが苦手だーっ!」 今日もまた、全力疾走で逃げる俺と、それでも懲りない騎士団長の追いかけっこが繰り広げられる。
【補足】 イケメン×フツメン。スパダリ攻×毒舌受。同性間の婚姻は認められているけれども、男性妊娠はない世界です。アルファポリスとムーンライトノベルズに掲載しています。性描写がある回には*印をつけております。
上司命令は絶対です!
凪玖海くみ
BL
仕事を辞め、新しい職場で心機一転を図ろうとする夏井光一。
だが、そこで再会したのは、かつてのバイト仲間であり、今は自分よりもはるかに高い地位にいる瀬尾湊だった。
「上司」と「部下」という立場の中で、少しずつ変化していく2人の関係。その先に待つのは、友情の延長か、それとも――。
仕事を通じて距離を縮めていく2人が、互いの想いに向き合う過程を描く物語。
初恋を諦めるために惚れ薬を飲んだら寵妃になった僕のお話
トウ子
BL
惚れ薬を持たされて、故国のために皇帝の後宮に嫁いだ。後宮で皇帝ではない人に、初めての恋をしてしまった。初恋を諦めるために惚れ薬を飲んだら、きちんと皇帝を愛することができた。心からの愛を捧げたら皇帝にも愛されて、僕は寵妃になった。それだけの幸せなお話。
2022年の惚れ薬自飲BL企画参加作品。ムーンライトノベルズでも投稿しています。
【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。【番外編あります】
紫紺(紗子)
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。
相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。
超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。
失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。
彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。
※番外編を公開しました(10/21)
生活に追われて恋とは無縁の極貧イケメンの涼と、何もかもに恵まれた晄矢のラブコメBL。二人の気持ちはどっちに向いていくのか。
※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。
※4月18日、完結しました。ありがとうございました。
僕のかえるくん
ハリネズミ
BL
ちっちゃくてかわいいかえるくん。
強くて優しいかえるくん。
僕の大好きなかえるくん。
蛙は苦手だけどかえるくんの事は大好き。
なのに、最近のかえるくんは何かといえば『女の子』というワードを口にする。
そんなに僕に女の子と付き合って欲しいの?
かえるくんは僕の事どう思っているの?
異世界転生先でアホのふりしてたら執着された俺の話
深山恐竜
BL
俺はよくあるBL魔法学園ゲームの世界に異世界転生したらしい。よりにもよって、役どころは作中最悪の悪役令息だ。何重にも張られた没落エンドフラグをへし折る日々……なんてまっぴらごめんなので、前世のスキル(引きこもり)を最大限活用して平和を勝ち取る! ……はずだったのだが、どういうわけか俺の従者が「坊ちゃんの足すべすべ~」なんて言い出して!?
初夜の翌朝失踪する受けの話
春野ひより
BL
家の事情で8歳年上の男と結婚することになった直巳。婚約者の恵はカッコいいうえに優しくて直巳は彼に恋をしている。けれど彼には別に好きな人がいて…?
タイトル通り初夜の翌朝攻めの前から姿を消して、案の定攻めに連れ戻される話。
歳上穏やか執着攻め×頑固な健気受け
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる