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第四章 贖罪 10
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「待て、エドゼル!」
振り向かず整備された道を走る。馬車が通れるようにと石を敷き詰めた道に雪は降り積もり、下の方が溶けている。何度も足を滑らせそれでも懸命に走った。
会いたかった。けれど会いたくなかった。
うるさいくらいに心音を早くする。走っているせいだけではない高鳴りを鎮めたいのに、ただ一瞬顔を見ただけで収まらなくなった。
「まて、待ってくれ!」
大きな手が腕を掴んだ。当然だ、どれほど懸命に逃げようとしても、騎士の足には敵わない。それだけではない、肉体強化の魔法が使える魔剣士が相手なのだ、逃げられるわけがない。
細い身体は宙に浮き、すぐに大きな身体に抱かれた。エドゼルの周囲の空気が暖かくなり肌寒さが消えていく。風と火の魔法を混ぜ合わせたんだとわかった。風量も火力もセーブしたそれは、心地よい温もりを与えてくれる。
「逃げないでくれ、エドゼル……」
懇願。そんなことをしなくても、彼の立場なら捕らえて領城に閉じ込めることが出来るのに、決してしない優しさに胸が熱くなる。
「エド……」
自分を呼ぶ泣きそうな声に幼い頃の彼の声が重なる。
「ヒルド……」
大きな手に自分の手を重ねる。
ギュッと細い身体を抱きしめる大きな手に自分のを添えた。
「えっと、その……迷惑をかけてごめん」
わざと明るい声を作る。そうでなければ胸に沸き起こった感情を誤魔化すことが出来ない。
喜んではいけないのだ、彼に会えたことを。
向けてはいけないのだ、胸に抱えた慕情を。
なのに、どうしてだろう想いばかりが膨れ上がっていく。
「私がいなくなったことで責を負っただろう」
「そんなことはどうだっていい、いいんだ……また会えた」
痛いくらいに奥歯を噛み締めた。ケルベロスを倒した後に伝えられた言葉が頭にこだまする。三年経っても頭から離れない彼の想い。でもエドゼルはそれに応えられない。
自分は罪人で、しかも男だ。いくら騎士にとっては当たり前の関係だとしても、彼はただの騎士ではない、この地の領主だ。そして世界の英雄。跡を継ぐ子を残さなければならない立場の人間。
従兄として振る舞わなければ。
なのにその胸の中にいると心地よくて、本心が離れるのを拒む。駄目だと言い聞かせても駄々をこねた子供のように縋りたくなる。
「ヒルド、もう店に戻ってくれ。このままでは風邪を引く」
風と火の魔法はエドゼルだけを包み込んでいる。外套を纏ってはいるがこんなに寒くてはすぐに凍えてしまうだろう。
「いやだ……貴方を離したくない」
真っ直ぐに向かってくる彼の想いが苦しいほどにエドゼルを締め付けてきた。詰ってもいいのに怒鳴ってもいいのに、ヒルドブランドから告げられるのは自分を未だに想っているのだと感じられる言葉ばかり。
「逃げはしない。頼む、このままではお前が病気になってしまう」
「駄目だ、信じられない。また俺の前から消えようとするんだ……」
信じられなくて当たり前だ、再会してから彼の信用に足る姿など見せては来なかった。
このままには出来ない。
雪は確実にヒルドブランドの体温を奪っていることだろう。
「……わかった、私も一緒に行く。それならいいだろう」
抱きしめる腕の力が弱まり、手が離れていく。ほんの少しだけ淋しさが胸に住み着いた。
ヒルドブランドは躊躇うことなく自分の外套を脱ぐと、エドゼルの身体に巻き付けた。布の先が地面に着く。そのまままた腕がエドゼルを抱きしめた。硬い胸板に背中がぶつかる。
「しっかり捕まっていてくれ」
「え?」
周囲が光り懐かしい感覚が身体に纏い付く。移動魔法特有の浮遊感だ。天と地が逆になったような感覚が起こり、消える頃にはヒルドブランドと共に覚えのない部屋にいた。
ヒルドブランドがすぐに魔法で暖炉に火を点ける。
振り向かず整備された道を走る。馬車が通れるようにと石を敷き詰めた道に雪は降り積もり、下の方が溶けている。何度も足を滑らせそれでも懸命に走った。
会いたかった。けれど会いたくなかった。
うるさいくらいに心音を早くする。走っているせいだけではない高鳴りを鎮めたいのに、ただ一瞬顔を見ただけで収まらなくなった。
「まて、待ってくれ!」
大きな手が腕を掴んだ。当然だ、どれほど懸命に逃げようとしても、騎士の足には敵わない。それだけではない、肉体強化の魔法が使える魔剣士が相手なのだ、逃げられるわけがない。
細い身体は宙に浮き、すぐに大きな身体に抱かれた。エドゼルの周囲の空気が暖かくなり肌寒さが消えていく。風と火の魔法を混ぜ合わせたんだとわかった。風量も火力もセーブしたそれは、心地よい温もりを与えてくれる。
「逃げないでくれ、エドゼル……」
懇願。そんなことをしなくても、彼の立場なら捕らえて領城に閉じ込めることが出来るのに、決してしない優しさに胸が熱くなる。
「エド……」
自分を呼ぶ泣きそうな声に幼い頃の彼の声が重なる。
「ヒルド……」
大きな手に自分の手を重ねる。
ギュッと細い身体を抱きしめる大きな手に自分のを添えた。
「えっと、その……迷惑をかけてごめん」
わざと明るい声を作る。そうでなければ胸に沸き起こった感情を誤魔化すことが出来ない。
喜んではいけないのだ、彼に会えたことを。
向けてはいけないのだ、胸に抱えた慕情を。
なのに、どうしてだろう想いばかりが膨れ上がっていく。
「私がいなくなったことで責を負っただろう」
「そんなことはどうだっていい、いいんだ……また会えた」
痛いくらいに奥歯を噛み締めた。ケルベロスを倒した後に伝えられた言葉が頭にこだまする。三年経っても頭から離れない彼の想い。でもエドゼルはそれに応えられない。
自分は罪人で、しかも男だ。いくら騎士にとっては当たり前の関係だとしても、彼はただの騎士ではない、この地の領主だ。そして世界の英雄。跡を継ぐ子を残さなければならない立場の人間。
従兄として振る舞わなければ。
なのにその胸の中にいると心地よくて、本心が離れるのを拒む。駄目だと言い聞かせても駄々をこねた子供のように縋りたくなる。
「ヒルド、もう店に戻ってくれ。このままでは風邪を引く」
風と火の魔法はエドゼルだけを包み込んでいる。外套を纏ってはいるがこんなに寒くてはすぐに凍えてしまうだろう。
「いやだ……貴方を離したくない」
真っ直ぐに向かってくる彼の想いが苦しいほどにエドゼルを締め付けてきた。詰ってもいいのに怒鳴ってもいいのに、ヒルドブランドから告げられるのは自分を未だに想っているのだと感じられる言葉ばかり。
「逃げはしない。頼む、このままではお前が病気になってしまう」
「駄目だ、信じられない。また俺の前から消えようとするんだ……」
信じられなくて当たり前だ、再会してから彼の信用に足る姿など見せては来なかった。
このままには出来ない。
雪は確実にヒルドブランドの体温を奪っていることだろう。
「……わかった、私も一緒に行く。それならいいだろう」
抱きしめる腕の力が弱まり、手が離れていく。ほんの少しだけ淋しさが胸に住み着いた。
ヒルドブランドは躊躇うことなく自分の外套を脱ぐと、エドゼルの身体に巻き付けた。布の先が地面に着く。そのまままた腕がエドゼルを抱きしめた。硬い胸板に背中がぶつかる。
「しっかり捕まっていてくれ」
「え?」
周囲が光り懐かしい感覚が身体に纏い付く。移動魔法特有の浮遊感だ。天と地が逆になったような感覚が起こり、消える頃にはヒルドブランドと共に覚えのない部屋にいた。
ヒルドブランドがすぐに魔法で暖炉に火を点ける。
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