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第四章 贖罪 9

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「お前も行く当てがなければここに住めばいい。領主様は誰でも受け入れてくださるさ」

 けれどエドゼルはそうはいかない。ヒルドブランドに見つかれば領城に幽閉されてしまう。それでは贖罪の旅は出来ない。知らず淋しそうな顔になってしまう。ここに住めたらどれだけ心地よいだろう。

「そうだね、旅が終わったなら」

 まだ自分は罪を背負ったままだ。ちっとも軽くなったように思えない。魔法が使えずとも人々を助け、自分のせいで死んでしまった兵たちに報いなければならない。

「大事な旅なのか、そりゃ大変だ。これから雪もよく降るようになる、なんだったら冬の間だけでもここにいた方がいいぞ」

 ここよりも西に行けばもっと気候が厳しくなる。だからといって今から東南に向かうには雪が邪魔をして難しい。

「そうだね……冬の間だけ……。何か仕事を見つけないと」

 仕事を探し、そこで困っていることを解消する。世間知らずなエドゼルはそうやって少しずつ少しずつ、己の知識を持って償いを行っている。

「今は農閑期だからなぁ……果実を作ってるところなら選定とかがあるって聞いたが……ここはカボチャか芋が多いからな」

 魔気が強いこの土地に植えられる農産物は限られている。しかも領地全体の半分も開拓が行われていないのでは、どこかに雇って貰うのは難しいだろうか。

「そう……困ったな」

 窓の向こうを見れば、夕方から降り始めた雪がもう窓に張り付くほど強まっている。今夜の宿は残っている僅かな路銀で賄えるのが、春になるまでは難しい。

「何か仕事を探さないと」

 できれば困っている人を助ける形となるなら助かる。

「そういやガゼット爺さんが人を探していたな。帳簿を付けられるヤツがいいとかいってたが、さすがにそれは難しいか」

 エドゼルは苦笑した。勉強が出来ることはなるべく伏せた方がいい、というのは旅の間で習った。文字を書けるのは一定層だけだからだ。自分がどこの出身かは絶対に知られてはならない。敢えて無学なフリをした。

「俺達も字の読み書きが出来りゃもっといい仕事に就けるんだけどな」

 なるほど。もう魔族や魔獣によって村を荒らされなくなったなら、これから人々に必要なのは勉学なのかもしれない。ヒルドブランドを助けられる人間が一人でも多いに超したことはないだろう。

(次は子供に読み書きと計算を教えられる何かを考えなくては)

 大人に教えるのは難しいが、子供なら……。文字に沿った音が出る本があれば教える人間がいなくても学ぶかもしれない。黒魔法を用いれば出来ないことはない。ただそれにはアインホルン領の誰かに協力を求めなければならない。どうしたらいいのだろうか。これから先、勉強が出来るようになった方が子供達にとってもいいだろうが、難しいだろう。

 いつか作れればいいと考え、そっと自分の心にしまっておく。

「そりゃそうだろうな。勉強できるのはお貴族様だけなんだから」

 男たちが盛大に笑い、それから一気に大きなジョッキの中の酒を飲み干していく。豪快に減っていく酒に驚き、だが今までに味わったことのない屈託のない場に心がほぐれていく。

 人がなぜ酒を飲むのかがわかった。心が解き放たれるのだ。そんなことも知らずにいた自分は本当に狭い世界を生きてきたのだと痛感する。同時に、世界はこれ程までに美しく温かいのだと実感した。宮廷とアインホルン領しか知らずにいたのが悔やまれるくらいだ。

 心地よい土地を作り上げるヒルドブランドはどうやってその心を手に入れたのだろうか。エドゼルよりも辛い思いをたくさんしているのに。

 会って話がしたい。アインホルン領から離れていた十五年、彼はどうやって過ごしていたのかを。どんな世界を見てきたかを。

 だがそれは今ではない。この身にのしかかる罪をすべて贖ってからだ。

 ヒルドブランド領に来てよかったと思い、そろそろ宿を探さなければと店主に聞きに行こうとした時、扉が開いた。風が強いのを物語るように店の中に冷気と雪が舞い込んでくる。

「うわっ!」

 温まった身体に外気は厳しい。これは貰った外套を纏わなければ歩けはしないだろう。外に出て宿を探すのは困難だ、この酒場に空き部屋があることを願うしかない。

 考えながら新たな来訪者に目を向け、エドゼルは浮かべた笑みを凍り付かせた。

(なぜこんなところに……)

 思考が追いつかないエドゼルをよそに、一緒に飲んでいた男たちが当たり前のように声をかけた。

「領主遅かったじゃないですか! もう先に始めてますよ!!」

「遅れて悪かった。調子は……」

 大きな身体に上質な外套を纏ったその人がフードを取る。現れたのは三年前と変わらず精悍で、けれど顔中に傷が残っていた。理由は知っている、ケルベロスとの戦いで付いたものだ。

 動けずにいるエドゼルを見て、彼もまた動きを止めた。何かを言う前に外に飛び出した、外套も持たずに。
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