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第四章 贖罪 8

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 自分に言い聞かせて太陽の沈みゆく大地の向こうをずっと見つめた。

 そこにヒルドブランド領がある。

 エドゼルは村長から借りた荒ら屋に戻り荷造りをした。

 明日出立しよう。

 もうヒルドブランド領は雪が降り始めているだろう。大陸の北西に位置するから冬の始まりが早い。

 本当は反対側のまだ麦を種を撒く前の土地に行き手伝おうと思ったが、少しだけと自分に言い訳をし翌朝早くに出立した。

 何かを感じ取っていたのか、村長が家から出てきた。

「何も言わずに行くとは水くさい。ほら、これを持って行け」

 渡されたのは袋に入った銀貨だ。

「こ、こんなに貰えませんっ! たいした手伝いもしていないのに」

「充分して貰った。寒いところに行くなら服もいるだろう。金はいくらあっても困らん。お前さんがくれた脱穀機をもっとな、たくさん作って他の村に売ろうと思っとるんだ。その手付金と思ってくれ」

 果たして本当にそう思っているのだろうか。今まで脱穀機を置いてきた村の人々も同じ事を口にしたが、誰も売りに出してはいない。

 エドゼルは俯いた。人の温かさが優しくて苦しい。あれほどの罪を犯した人間だと知っているのに、それでも変わらない笑みを向けてくれる。これからどこに行くかも知られてしまったことに苦笑して有り難く受け取った。路銀には充分すぎる額だ。

「ありがとうございます」

 深く頭を下げた。

「それだけのことをお前さんはわしらにしてくれたんだ、エディ。自分に自信を持ちなされ」

 旅を始めてから触れるようになった人々の温かさにひたすら感謝する。そして思い知るのだ、それまでの自分は誰にも頭を下げたことのない傲慢な人間であったことを。

 背中に重くのしかかる荷物をもう一度しっかりと肩に乗せ、歩き始めた。

 手を振り見送ってくれる村長に何度も頭を下げ豊かな農村を歩き続ける。もう魔法がないのに、持っていた頃よりもずっと多くのものを得ているのが不思議だ。

 途中途中の村で同じように脱穀機を作り、不便をしていると口にしている作業に使える知識や道具を渡していく。まだエドゼルの知識を重宝してくれている村があると思うと、一層自分達黒魔道士がどれほど高慢で他者を思いやれずにいたかが思い知らされる。

 アインホルン領の皆にも知ってほしいと思うが、もうあそこに足を踏み入れることは出来ない。今はただひたすら立ち寄った村が少しでも便利に苦労を減らす道具を考えることに専念する。

 冬も深くなった頃にようやくヒルドブランド領に到着した。

 辺り一面雪に覆われた新しい領地は、雪深いのに活気に溢れていた。

 大きな町には酒場があり、多くの男たちが酒を飲み交わしている。荒くれ者の様相だが酷く気のいい男たちの輪にエドゼルもすぐに引っ張られていく。

「お前、どこから来たんだ」

「色んなところを旅している根無し草です」

 聞かれると必ず答える言葉をいつものように口にする。もう黒いローブは剥ぎ取った。黒魔道士ではないエドゼルには重すぎる衣装だ。今は生成りの服に、近くの村の親父から貰った獣の皮の外套、それに狐の毛でできた帽子が貴重な財産となっている。

 酒が飲めないエドゼルは果汁を水で割った飲み物を口にするが、陽気な彼らの雰囲気に心が軽くなる。皆口々に領主を褒めている。何もなかったこの場所に農地を作り、水を引いた。黒魔術を使用してどんどんと開拓事業を行っているそうだ。

(少しは力の加減が出来るようになったんだな)

 特に農地は土を軟らかくする加減が難しい。足りなければ作物は顔を出さず、柔らかすぎれば水を通しすぎてしまう。一定の力加減が必要になるのでアインホルン領でも手練れの土魔法が得意な者が行っていた。たった数年でそれができるようになったのは、元々の素質があったからなのか、それとも何度も挑戦したからなのか。

 エドゼルの中にあったヒルドブランドへの好意がまた増す。

「とてもいい領主さんなんですね」

 自分のことのように嬉しくなる。

「そりゃそうさ。俺達のような荒くれもんを雇ってくれるような度量のあるお人だからな」

 男たちは普段は農耕をし、有事の時には剣を握るそうだ。そこまでの教育を受け農地を与えられたという。ヒルドブランドは家と家族を亡くし彷徨っていた荒くれ者たちをこの領に集め仕事と生きがいを与えたのだ。元はみな根無し草で国中を彷徨っていたが、今はここを終の棲家にしたいと思っているそうだ。

「そうか、すごいな。きっとここはとても住みやすい場所なんだろうね」

 これほど短い期間で民に寄り添う領主となっている従弟を、純粋に賞賛する。
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