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第四章 贖罪 6
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雇い主である村の長が杖を突いて近づいてきた。
「大丈夫ですよ、今日の分はこれで終わりだと思います」
米袋を高く積み上げた荷馬車を見ると自然と笑みが零れた。大陸の南方に位置するこの国の主食の収穫に初めて携わったエドゼルは、足下に残る最後の袋を馬車に乗せた。
口に入れるものを得るためには膨大な労力も時間もかかる。当たり前のことなのに、エドゼルは旅に出るまで知らなかった。いや、知ろうとしなかった。
アインホルン領ではすべて魔法で行っていたから。
けれど魔法を持たない多くの人々にとってはとても大変なことだった。
黒魔道士が一人いたならすぐに済んだことが、多くの人の手を借りて行わなければならない。
「お前さんが手伝ってくれて助かった。作ってくれたあれ、凄いな」
村長が視線を向けたのは脱穀機だ。アインホルン領では魔法で行っていたことを、魔力を持たない人でも容易に出来ないかと考えてよくある材料で作ったものだ。どんな人でも簡単に使えるよう工夫をしたが、元々麦のための発明は米にも無事に転用できたことと気に入って貰えたことにホッとしている。
「役に立っているなら良かったです」
「あれは直すのも楽だから本当に助かる。ばーさんも洗濯が楽になったと喜んでるぞ……お前さん、あれらを売る気はないのか?」
商売にしろと今まで脱穀機や洗濯機を置いてきた村の人々から言って貰ったが、エドゼルは首を縦には振らなかった。
「これは……贖罪なのです」
人々の実情を知れば知るほど、黒魔道士として自分がどれほど傲慢だったかを思い知った。魔王との戦いのことだけではない。黒魔法を使えるというだけで自分は特別なのだと他者に目を向けてこなかった。そんな自分が冷遇されるのは当たり前だというのに、気付かないまま甘い言葉で近づいた人に心を寄せてしまった。すべては自分が弱いせいだ。
少しでも人々の役に立てるよう、己の罪を少しでも贖おうと金は取らなかった。
「エディ、お前さんが何か思い詰めとるようだが、話してはくれんか」
「ありがとうございます。でも私のことなので……とても……」
軽蔑されたくないという保身が出るが、皺を深く刻んだ村長は細い目を下げ優しく見つめてくる。
「ここにはもう誰もおらん。聞いとるのはわしだけだ」
もし知ってしまったら今のように優しく接してくれるだろうか。不安は募った。
同時に誰かに全てをぶちまけたい衝動も常に纏わり付いている。
エドゼルは馬車に揺られて遠ざかる米袋を見つめた。
「黒魔道士だったのです……人々を助けるために聖獣様より力を与えられていたというのに、私はそれを自分のためにしか使いませんでした。ただ一人、私に甘い言葉をくれた人にその力の全てを注ぎました……周囲には私の力を、助けを求めている人が多くいたのに、蔑ろにして……多くの命を犠牲にしてしまいました」
どうしても言葉を濁してしまうのは、自分の愚かさを知られたくないから。やはりまだ保身をしてしまう。情けないとわかっていても、自分の全てを晒すことが出来ない。
なにせ生まれて一度としてそれを行ったことがないからだ。
幼い頃は虚勢を張らなければ、誰よりも優秀でなければ、母から罵倒された。宮廷に上がってからは黒魔道士と言うだけで冷たい目で見られてきた。気を抜く間などどこにもなかった。
(いや、かつてはあったんだ……)
真っ直ぐに憧憬の瞳を向けてくれた従弟と二人だけで過ごした西の森。彼に魔法を教える名目で、ただその隣にいるのが心地よくて幼い彼を独り占めしたかった。
「こんな田舎の小さな村でも噂ってもんはしっかりと届く。それが悪いものなら余計な。だがわしが知っとるお前さんはエディで、わしらの生活を楽にする道具を作ってくれる優しくていい男だ」
自分が誰かあれだけでわかったのだろう村長は、だが変わらない眼差しで見つめてきた。苦笑すれば背中を叩いてきた。小柄なのにずっと農業に携わっていたその力は強く、前につんのめる。
「いつかわかってくれるヤツが出てくる、それまで頑張るんじゃよ」
「……ありがとうございます」
許されない罪だとわかっている。こんなことしても命は帰ってこない。けれど、自分に出来ることと考えたら黒魔術で得た知識で何かをすることだけだ。
許してくれる人間なんていないだろう。
(いや……あいつは違った)
神殿を出たこの二年、ずっと頭に浮かぶのはヒルドブランドの事だ。
「大丈夫ですよ、今日の分はこれで終わりだと思います」
米袋を高く積み上げた荷馬車を見ると自然と笑みが零れた。大陸の南方に位置するこの国の主食の収穫に初めて携わったエドゼルは、足下に残る最後の袋を馬車に乗せた。
口に入れるものを得るためには膨大な労力も時間もかかる。当たり前のことなのに、エドゼルは旅に出るまで知らなかった。いや、知ろうとしなかった。
アインホルン領ではすべて魔法で行っていたから。
けれど魔法を持たない多くの人々にとってはとても大変なことだった。
黒魔道士が一人いたならすぐに済んだことが、多くの人の手を借りて行わなければならない。
「お前さんが手伝ってくれて助かった。作ってくれたあれ、凄いな」
村長が視線を向けたのは脱穀機だ。アインホルン領では魔法で行っていたことを、魔力を持たない人でも容易に出来ないかと考えてよくある材料で作ったものだ。どんな人でも簡単に使えるよう工夫をしたが、元々麦のための発明は米にも無事に転用できたことと気に入って貰えたことにホッとしている。
「役に立っているなら良かったです」
「あれは直すのも楽だから本当に助かる。ばーさんも洗濯が楽になったと喜んでるぞ……お前さん、あれらを売る気はないのか?」
商売にしろと今まで脱穀機や洗濯機を置いてきた村の人々から言って貰ったが、エドゼルは首を縦には振らなかった。
「これは……贖罪なのです」
人々の実情を知れば知るほど、黒魔道士として自分がどれほど傲慢だったかを思い知った。魔王との戦いのことだけではない。黒魔法を使えるというだけで自分は特別なのだと他者に目を向けてこなかった。そんな自分が冷遇されるのは当たり前だというのに、気付かないまま甘い言葉で近づいた人に心を寄せてしまった。すべては自分が弱いせいだ。
少しでも人々の役に立てるよう、己の罪を少しでも贖おうと金は取らなかった。
「エディ、お前さんが何か思い詰めとるようだが、話してはくれんか」
「ありがとうございます。でも私のことなので……とても……」
軽蔑されたくないという保身が出るが、皺を深く刻んだ村長は細い目を下げ優しく見つめてくる。
「ここにはもう誰もおらん。聞いとるのはわしだけだ」
もし知ってしまったら今のように優しく接してくれるだろうか。不安は募った。
同時に誰かに全てをぶちまけたい衝動も常に纏わり付いている。
エドゼルは馬車に揺られて遠ざかる米袋を見つめた。
「黒魔道士だったのです……人々を助けるために聖獣様より力を与えられていたというのに、私はそれを自分のためにしか使いませんでした。ただ一人、私に甘い言葉をくれた人にその力の全てを注ぎました……周囲には私の力を、助けを求めている人が多くいたのに、蔑ろにして……多くの命を犠牲にしてしまいました」
どうしても言葉を濁してしまうのは、自分の愚かさを知られたくないから。やはりまだ保身をしてしまう。情けないとわかっていても、自分の全てを晒すことが出来ない。
なにせ生まれて一度としてそれを行ったことがないからだ。
幼い頃は虚勢を張らなければ、誰よりも優秀でなければ、母から罵倒された。宮廷に上がってからは黒魔道士と言うだけで冷たい目で見られてきた。気を抜く間などどこにもなかった。
(いや、かつてはあったんだ……)
真っ直ぐに憧憬の瞳を向けてくれた従弟と二人だけで過ごした西の森。彼に魔法を教える名目で、ただその隣にいるのが心地よくて幼い彼を独り占めしたかった。
「こんな田舎の小さな村でも噂ってもんはしっかりと届く。それが悪いものなら余計な。だがわしが知っとるお前さんはエディで、わしらの生活を楽にする道具を作ってくれる優しくていい男だ」
自分が誰かあれだけでわかったのだろう村長は、だが変わらない眼差しで見つめてきた。苦笑すれば背中を叩いてきた。小柄なのにずっと農業に携わっていたその力は強く、前につんのめる。
「いつかわかってくれるヤツが出てくる、それまで頑張るんじゃよ」
「……ありがとうございます」
許されない罪だとわかっている。こんなことしても命は帰ってこない。けれど、自分に出来ることと考えたら黒魔術で得た知識で何かをすることだけだ。
許してくれる人間なんていないだろう。
(いや……あいつは違った)
神殿を出たこの二年、ずっと頭に浮かぶのはヒルドブランドの事だ。
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