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第四章 贖罪 3

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 彼らは思い出すだろう、なぜヒルドブランドが魔剣士になったかを。エドゼルの父が伝えたはずだというのに、昔のように自分の力を見せつければ従うと思うなど愚かだ。

 騒ぐ二人を放っておき、ヒルドブランドは城内に戻った。

「領主様、間もなく出立のお時間となりました」

「もうそんな時間か」

 領地とエドゼルの事で手一杯だというのに、時折やってくる宮廷からの招集に辟易する。アインホルン領のことはこれで片付いたと自分を納得させ、馬車に乗り込む。

 英雄と呼ばれるようになってから煩わしい行事にばかり招かれる。王命でなければすぐさま燃やしてしまうが、今回ばかりはそうもいかない。執事が用意した豪奢な馬車で行くのもまた権威を示すためと言われ仕方なく従う。

 面倒だから移動魔法ですぐに飛びたいのをぐっと堪え長身のヒルドブランドには窮屈な馬車に乗り込んだ。

 アインホルン領からの珍客を横目に馬車は走り抜け、すぐに城門が閉まる。

 彼らのその後などどうでも良い。これで父からの手紙もなくなるだろうと安堵さえしていた。

 馬車は緩やかに街道を走っていく。ヒルドブランドは決してカーテンを引きはしなかった。もし街道にエドゼルの姿があったらすぐにでも飛び出せるようひたすら構えたが、王城に着くまでその姿を見つけることはなかった。

 落胆する心を隠し、己にあてがわれた部屋で着替える。

 騎士としての正装は肩が張って好きではないが、今日ばかりはそうはいっていられない。

 なにしろ婚姻式だ、第二王子の。

 憎い男の脂下がった顔を見なければならないのが腹立たしいが、そこは抑えてくれとブリッツシュラーク王に懇願されては受け入れるしかない。

 そうでなくとも、第二王子の幽閉を解いたことすら許せずにいる。

 ワルドーが王族だったためにエドゼルは道を踏み外したのだ。ただの騎士であったならあそこまで惑わされはしなかっただろう。特別な人間に認められた、それがエドゼルに道を誤らせたと思っている。そして逆恨みであるともわかっているから、己の気持ちをグッと飲み込んでいる。

 多くの勲章をぶら下げた騎士の正装を整え、ヒルドブランドは大広間へと移動した。

 つまらない式に舞踏会が続くのだろう。どれにも興味がなくヒルドブランドは壁の華となるべく人の輪の中から抜け出した。

「おっ、ヒルじゃねーか。お前もこっちに来たか」

 先客のシュタインがつまらなそうに輪の向こうを見つめていた。変わらず鼻の穴を膨らませ、自分こそが王であるかのように振る舞っている第二王子と、ちっとも幸せそうには見えない他国の王女がそこにいる。そこかしこの噂を聞きかじれば、王女は魔王討伐の内情を知ってしまい、しかし国に帰ることも出来ず耐えるしかない日々を送っているようだ。

「あの王子はちっとも変わらないな」

「そのようだな」

 己の隣に立つ人が苦しんでいるとも知らず呑気なものだ。

 王女には憐憫を感じるが、このつまらない儀式から一秒でも早く抜け出したい。すぐにでもヒルドブランド領に戻りたい。

 儀式が済み、貴族たちが祝福の言葉を贈る中を歩いて行く二人を見送った。ワルドーと目が合った瞬間、あれほど誇らしげに笑っていた男の顔が一瞬にして険しくなった。

(愚かだ)

 王族なら自分の感情を隠す技術を身に付けなくてどうする。これほどまで露骨に憎悪を剥き出しにしては外交など出来ないだろう。

 なんて愚かなんだと冷めた視線を返せばさらに怒りを深くした目で睨めつけてきた。

 矮小な男だ。

 用意された勝利を当然のように己の実力にしていたのだから当たり前か。これで本当にエドゼルを愛していたのならヒルドブランドも割り切ることが出来ただろう。しかし違った。最大限に利用するために甘い言葉を囁いていただけだ。それは周囲の証言や幽閉されている間の彼自身の言葉が証明している。幽閉中の言葉を全て記録されているとも知らずに、エドゼルに対して好き放題言った恨みは残っている。

 それは現宮廷魔道士長も同じだろう。大事な息子を堕落の道に引きずり込んだ第二王子を許すことが出来ず、ヒルドブランドと同じように壁の華となり彼を睨めつけている。

 ヒルドブランドが少しも表情を変えない事への怒りを露わにしたまま主役が退場すれば、あれほど笑みを浮かべていた貴族たちの表情が一気に変わる。仕事を終えた騎士のそれにも似て笑ってしまう。

 これから舞踏会が行われ、人々は次の役目を果たすために会場へと移動していく。嘆息してヒルドブランドは帰ろうとした。

「おいヒル、さすがにここで帰るなよ。俺をひとりぼっちにしないでくれよぉ」

「シュタイン……何をするんですか」
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