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第三章 魔力返還と罪 16
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その通りだ。魔王の時だって苦戦した。だがあの時はまだ仲間が大勢いた。エドゼルが愚かなことをしなければもっと多くいたことだろう。それでも一人ではなかった。統率の取れた動きをし、皆がヒルドブランドの戦いを助け守った。
しかし今回は本当に一人だけだった。しかも傍に足手まといのエドゼルがいて、守りながらの戦いだ。エドゼルのために使った魔法がなければ、黒魔法での戦い方を知らない彼にもっと早くに指示していれば、ヒルドブランドは自分を回復するための魔力が残っていたはずだ。ワルドーの魔法まで吸い取ったなら、白魔法が使えても不思議ではない。
けれど今のヒルドブランドからは魔力が感じられない。無尽蔵と思われるほど多くの魔力を有していたのに、僅かな欠片もそこにはなかった。
「ヒルドを助けてくれ!」
「言われなくてもやるさっ、俺達はあんたとは違うんだよっ」
すぐさまインガルベアトは片手では足りないと両掌を翳し、ヒルドブランドの全身を光で包んだ。
ズキリと胸が傷んだ。あの戦いでの自分を責めているとわかっているから。いや、その前からだ。魔獣や魔族の討伐のたびにインガルベアトはエドゼルを睨めつけて、だが怪我をした兵の地位関係なく、誰もを助けていた。
何も感じないようにしていた。些末ごとだと忘れ去ろうとした。
同じ聖獣から与えられた力だというのに、なぜそこまで傲慢でいられるのかと訴える目に、心の底では怯えていたからだ。金色の目に自分の怯えを見透かされているようで、傲慢さを突きつけられているようで、何も言えなかった。
「座り込んでねーで、他の奴ら呼んで来いよっ! 俺一人じゃとても無理だ!」
エドゼルは慌てて立ち上がり駆けた。神殿の作りなどわからない。たからひたすらインガルベアトが現れた方に「助けてくれ、礼拝堂に怪我人がいる!」と叫んで走り続けた。起きた白魔道士が状況の確認などせず、皆一目散に礼拝堂に向かっていく。誰一人としてエドゼルを呼び止め状況を聞こうとはしなかった。
回れるだけ回って礼拝堂に戻ったとき、ヒルドブランドの周囲を何十人もの白魔道士が囲み、皆が彼に向けて回復魔法を使っている。酷く真剣な顔で、決して死なせはしないと信念が感じられた。
(大丈夫だ……きっとヒルドブランドは助かる)
こんなにもたくさんの白魔道士が力を注いでくれたなら、もう安心だろう。
懸命にただ一人の命を助けるために全力を注ぐ彼らの姿を見て、エドゼルは自分の罪がどれほど重いのかを思い知った。
そして自分を始めとした黒魔道士がどれほど傲慢でどうしようもない存在かも。
父の言葉は正しかったんだ。人々にこれほど懸命に寄り添う彼らに、自分がどう見られていたかなんて知りたくもないが、きっと酷く愚かで残酷な存在でしかなかっただろう。
端から冷静に見れば、とんだ道化師だ。
偽りの愛を欲するために人の命よりも恋人の歓心に重きを置いた愚か者。
「どうだ、脈は!」
「まだだ、もっと注ぎ込め。やっと火傷が治ったがまだ肉が戻らない!」
慌ただしく声を掛け合う白魔道士を見つめ、音を立てずに神殿から出て行った。
もう自分が出来ることなんてない、自分がここにいる意味もない。
そしてヒルドブランド領に戻ることも出来ない。あそこでは罪を償うことは出来ないから。回復したヒルドブランドが戻ってきたら、まだ元の状況になるだけだ。領城のどこも歩くことができ、何をしても許される。そんな甘ったるい状況では幽閉なんて何の意味もなく、いつまで経っても自分は罪を償うことが出来ない。
だからここから出て行く、もう一度自分の矜持を取り戻し、贖罪するために。
魔王討伐の英雄である魔剣士が単身で最強の魔獣・ケルベロスと戦い打ち勝ったこと、瀕死で神殿に運ばれたが回復したことがすぐに王国のみならず周辺諸国に知れ渡った。全快までに数ヶ月を要したが、彼の功績を人々は讃え賛辞した。
その中で元宮廷魔道士長が姿を消したが、気にする者は誰もいなかった。僅か数名を除いては。
しかし今回は本当に一人だけだった。しかも傍に足手まといのエドゼルがいて、守りながらの戦いだ。エドゼルのために使った魔法がなければ、黒魔法での戦い方を知らない彼にもっと早くに指示していれば、ヒルドブランドは自分を回復するための魔力が残っていたはずだ。ワルドーの魔法まで吸い取ったなら、白魔法が使えても不思議ではない。
けれど今のヒルドブランドからは魔力が感じられない。無尽蔵と思われるほど多くの魔力を有していたのに、僅かな欠片もそこにはなかった。
「ヒルドを助けてくれ!」
「言われなくてもやるさっ、俺達はあんたとは違うんだよっ」
すぐさまインガルベアトは片手では足りないと両掌を翳し、ヒルドブランドの全身を光で包んだ。
ズキリと胸が傷んだ。あの戦いでの自分を責めているとわかっているから。いや、その前からだ。魔獣や魔族の討伐のたびにインガルベアトはエドゼルを睨めつけて、だが怪我をした兵の地位関係なく、誰もを助けていた。
何も感じないようにしていた。些末ごとだと忘れ去ろうとした。
同じ聖獣から与えられた力だというのに、なぜそこまで傲慢でいられるのかと訴える目に、心の底では怯えていたからだ。金色の目に自分の怯えを見透かされているようで、傲慢さを突きつけられているようで、何も言えなかった。
「座り込んでねーで、他の奴ら呼んで来いよっ! 俺一人じゃとても無理だ!」
エドゼルは慌てて立ち上がり駆けた。神殿の作りなどわからない。たからひたすらインガルベアトが現れた方に「助けてくれ、礼拝堂に怪我人がいる!」と叫んで走り続けた。起きた白魔道士が状況の確認などせず、皆一目散に礼拝堂に向かっていく。誰一人としてエドゼルを呼び止め状況を聞こうとはしなかった。
回れるだけ回って礼拝堂に戻ったとき、ヒルドブランドの周囲を何十人もの白魔道士が囲み、皆が彼に向けて回復魔法を使っている。酷く真剣な顔で、決して死なせはしないと信念が感じられた。
(大丈夫だ……きっとヒルドブランドは助かる)
こんなにもたくさんの白魔道士が力を注いでくれたなら、もう安心だろう。
懸命にただ一人の命を助けるために全力を注ぐ彼らの姿を見て、エドゼルは自分の罪がどれほど重いのかを思い知った。
そして自分を始めとした黒魔道士がどれほど傲慢でどうしようもない存在かも。
父の言葉は正しかったんだ。人々にこれほど懸命に寄り添う彼らに、自分がどう見られていたかなんて知りたくもないが、きっと酷く愚かで残酷な存在でしかなかっただろう。
端から冷静に見れば、とんだ道化師だ。
偽りの愛を欲するために人の命よりも恋人の歓心に重きを置いた愚か者。
「どうだ、脈は!」
「まだだ、もっと注ぎ込め。やっと火傷が治ったがまだ肉が戻らない!」
慌ただしく声を掛け合う白魔道士を見つめ、音を立てずに神殿から出て行った。
もう自分が出来ることなんてない、自分がここにいる意味もない。
そしてヒルドブランド領に戻ることも出来ない。あそこでは罪を償うことは出来ないから。回復したヒルドブランドが戻ってきたら、まだ元の状況になるだけだ。領城のどこも歩くことができ、何をしても許される。そんな甘ったるい状況では幽閉なんて何の意味もなく、いつまで経っても自分は罪を償うことが出来ない。
だからここから出て行く、もう一度自分の矜持を取り戻し、贖罪するために。
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その中で元宮廷魔道士長が姿を消したが、気にする者は誰もいなかった。僅か数名を除いては。
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