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第三章 魔力返還と罪 15
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その甘言に流され、見ないようにしていた。目の前でどれほど苦戦しても、最後にワルドーが出て敵を倒すときだけに自分の魔法を使うようになった。彼に愛される自分であるために全てを正当化しつづけてきた。いつの頃がそれが当たり前になり、彼のために自分があるのだと錯覚した。
だが違う。
与えられた黒魔法は聖獣が、魔族や魔獣から人々を救うためにあるのだ。
幼い頃、父に何度も言い聞かされたはずなのに、自分のために使うのがどれほど醜いか母を見て知っていたはずなのに、愛欲しさに誤ってしまった。
エドゼルが生きていることに喜んでくれる人がいることすら気付かずに。
「どうすればいいんだ、私は……」
助けたい、このままヒルドブランドを死なせてはいけない。
エドゼルは周囲を見回したが、深い森の中、助けを呼ぶだけの時間はないし、この森がどこにあるかもわからない。
(考えろ、考えるんだ! どうしたらヒルドブランドを助けられるかを!!)
力を失った手を強く握りしめた。エドゼルにあるのは僅かな魔力だけ。しかも使えるのは黒魔法のみだ。
大きく息を吸い、ゆっくりと吐き出した。まだ残っている魔力の量を計る。この全てを使い切ればなんとかする方法はある。だが使った魔力が回復しないことは王都に向かう旅の間に理解したエドゼルは一瞬躊躇った。じっと己の手を見つめる。
後生大事にする必要はあるのか。
(これ以上ヒルドブランドを失望させるつもりか、私は)
ヒルドブランドを死なせてしまったら、自分はどこまでも償いきれない罪を抱えて生きていくしかない。未だ自分が死なせてしまった多くの兵に対し、何一つ贖罪していないというのに。
グッと奥歯を噛み締め、ただ一つの方法をとった。
目を閉じ、空いている手を天上に翳す。
ふわりと二人の周りを光が包み込んだ次の瞬間、消えた。森には息絶えた恐ろしい魔獣と倒れた木、それと数多の血を染み込んだ土だけとなった。
次に二人が現れたのは王都にある神殿の礼拝堂だった。
「誰か! 誰か来てくれ!!」
まだ朝の早いこの時間、礼拝堂はしんと静まり返っている。目を覚ます者はおらず、返事もない。エドゼルはひたすら叫んだ。今この手を離したらヒルドブランドは死んでしまう、そんな恐怖に苛まれていた。
「早く来てくれ! 助けてくれ!!」
必死の叫び。これ程までの声を出したことがないと言うほど声を張り上げた。誰か気付き来てくれと、目の前にある聖獣の像に救いを求めて。
「っとに、くそったれ。誰だよこんな朝早く」
眠そうな目を擦りながら礼拝堂に現れたのはインガルベアトだった。夜着のままゆっくりと歩いてくる。
遠征のたびにエドゼルとワルドーに苦言を呈してきた年若い白魔道士に敵意しかなかったが、今は彼が来たてくれたことがこの上ない幸運と思え神に感謝した。
「助けてくれ! 早くしないと死んでしまう!!」
「あっれー、元宮廷魔道士長じゃん。なんでいるの? 幽閉されてるんじゃないの? もしかしてあれか、元恋人の婚約式ぶち壊しに来たとか?」
「そんなことはどうだって良い、早く来てくれ!」
ワルドーを人の道に外れるほど慕っていた人間の言葉ではない。その必死さにインガルベアトは初めて眠たい目をきついくらいに開けた。礼拝堂の白い床が血に染まっているのに気付く。
「どうしたらこんな怪我になるんだよっ」
すぐさま側に来て掌を光らせた。脇腹はぐっさりと割かれ肉がない。そればかりか腕も身体も大小の傷で埋め尽くされている。なによりも皮膚を爛れさせるほどの火傷だ。
「私を守って……ケルベロスと戦ったんだ……一人で」
「バカだろそれは。こいつがどんだけ強くたって一人で倒せる相手じゃないっ!」
だが違う。
与えられた黒魔法は聖獣が、魔族や魔獣から人々を救うためにあるのだ。
幼い頃、父に何度も言い聞かされたはずなのに、自分のために使うのがどれほど醜いか母を見て知っていたはずなのに、愛欲しさに誤ってしまった。
エドゼルが生きていることに喜んでくれる人がいることすら気付かずに。
「どうすればいいんだ、私は……」
助けたい、このままヒルドブランドを死なせてはいけない。
エドゼルは周囲を見回したが、深い森の中、助けを呼ぶだけの時間はないし、この森がどこにあるかもわからない。
(考えろ、考えるんだ! どうしたらヒルドブランドを助けられるかを!!)
力を失った手を強く握りしめた。エドゼルにあるのは僅かな魔力だけ。しかも使えるのは黒魔法のみだ。
大きく息を吸い、ゆっくりと吐き出した。まだ残っている魔力の量を計る。この全てを使い切ればなんとかする方法はある。だが使った魔力が回復しないことは王都に向かう旅の間に理解したエドゼルは一瞬躊躇った。じっと己の手を見つめる。
後生大事にする必要はあるのか。
(これ以上ヒルドブランドを失望させるつもりか、私は)
ヒルドブランドを死なせてしまったら、自分はどこまでも償いきれない罪を抱えて生きていくしかない。未だ自分が死なせてしまった多くの兵に対し、何一つ贖罪していないというのに。
グッと奥歯を噛み締め、ただ一つの方法をとった。
目を閉じ、空いている手を天上に翳す。
ふわりと二人の周りを光が包み込んだ次の瞬間、消えた。森には息絶えた恐ろしい魔獣と倒れた木、それと数多の血を染み込んだ土だけとなった。
次に二人が現れたのは王都にある神殿の礼拝堂だった。
「誰か! 誰か来てくれ!!」
まだ朝の早いこの時間、礼拝堂はしんと静まり返っている。目を覚ます者はおらず、返事もない。エドゼルはひたすら叫んだ。今この手を離したらヒルドブランドは死んでしまう、そんな恐怖に苛まれていた。
「早く来てくれ! 助けてくれ!!」
必死の叫び。これ程までの声を出したことがないと言うほど声を張り上げた。誰か気付き来てくれと、目の前にある聖獣の像に救いを求めて。
「っとに、くそったれ。誰だよこんな朝早く」
眠そうな目を擦りながら礼拝堂に現れたのはインガルベアトだった。夜着のままゆっくりと歩いてくる。
遠征のたびにエドゼルとワルドーに苦言を呈してきた年若い白魔道士に敵意しかなかったが、今は彼が来たてくれたことがこの上ない幸運と思え神に感謝した。
「助けてくれ! 早くしないと死んでしまう!!」
「あっれー、元宮廷魔道士長じゃん。なんでいるの? 幽閉されてるんじゃないの? もしかしてあれか、元恋人の婚約式ぶち壊しに来たとか?」
「そんなことはどうだって良い、早く来てくれ!」
ワルドーを人の道に外れるほど慕っていた人間の言葉ではない。その必死さにインガルベアトは初めて眠たい目をきついくらいに開けた。礼拝堂の白い床が血に染まっているのに気付く。
「どうしたらこんな怪我になるんだよっ」
すぐさま側に来て掌を光らせた。脇腹はぐっさりと割かれ肉がない。そればかりか腕も身体も大小の傷で埋め尽くされている。なによりも皮膚を爛れさせるほどの火傷だ。
「私を守って……ケルベロスと戦ったんだ……一人で」
「バカだろそれは。こいつがどんだけ強くたって一人で倒せる相手じゃないっ!」
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