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第三章 魔力返還と罪 14
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ケルベロスの上に倒れ込んだヒルドブランドも剣を離さず振り回されたが、力を失いとうとう手を離した。未だ熱いケルベロスの身体からずるりと滑り落ち、剥き出しになった皮膚や服が焼けていった。
広範囲の火傷と大量の出血。
自由になったエドゼルは慌てて駆け寄った。
「ヒルドブランド……ヒルド!」
懐かしい呼び方。もう自分を回復させるだけの魔法がないヒルドブランドは、うっすらと目を開けた。必死の形相で自分を覗き込むエドゼルの姿が映る。無理に唇で弧を描いた。
「あなたが……無事で、よかった……」
怪我一つないその姿に安堵する。
「なぜ助ける! そんな怪我までして……」
「……命よりも大切な人を……守るのは、当たり前だ」
「何を言っているんだ……お前は私を恨んでいたから魔力を吸収したんだろう」
恨んだ、自分を見てくれないエドゼルを、深く狂うぐらいに。だがそれでも決して失われることのなかった想い。いや、この想いがあったからこそ恨まずにはいられなかったんだ。
ヒルドブランドは苦笑した。と同時に大量の血がその口から吐き出された。
(あぁ、内蔵もやられたか)
何度も地面に叩きつけられたからどこかが負傷したのだろう。エドゼルが的確に指示してくれたから倒せたが、もしあのままだったら二人とも死んでいただろう。最後になったが、高潔な従兄の姿を見れたことに感謝した。
もう欲に溺れたエドゼルの姿はそこにない。
ヒルドブランドを映し出す青い瞳が潤み始めている。
「愚かだ……私はお前に大事にされることは……何もしなかった」
後悔と懺悔が細い顔に浮かぶ。その顔が見れたら充分だ。
「あなたを…………誰よりも……あいしてる……」
これだけ伝えられればもう充分だ。エドゼルが傍にいてくれたからこそ、自分は今まで生きてこられた。それがなければ生きる希望などなく、すでに命を落としていただろう。もう充分だ。ワルドーへと向かう嫉妬すらも、尽きようとする命の炎の前では些末ごとだ。
彼が生きている、それだけで満足だった。
うっすらと夏の早い朝の到来を示す陽光が、魔獣の長との戦いで木々が薙ぎ払われたこの場所にも僅かに差し込んできた。もう自分がいなくてもこの森から抜けられるだろう。
ヒルドブランドはゆっくりと目を閉じた。
「ヒルド!」
記憶の中とは異なるが、面差しの残る顔をした従弟が目を閉じるのを見て叫んだ。
「死ぬな、ヒルド……ヒルドブランド!!」
焦燥感と不安、恐怖が一気に押し寄せてくる。精悍な面がもう色を失っていた。人形のように倒れたまま動こうとはしない。
エドゼルは初めて、大切なものが失われようとしているのに気付いた。
命が尽きようとしているのが、僅かな魔力しか持たないエドゼルにもわかる。
このまま死なせてはダメだ。自分のせいでまた誰か命を落とそうとしている。
ヒルドブランドとケルベロスの戦いの中で、いかに自分が何も見てこなかったのがよくわかった。燻る炎の向こうでとめどなく血が流れ落ちているのを見ても何も出来なかった。
黒魔法しか使えないエドゼルには回復させる力はない。指先が冷たくなるのがわかった。同時に、皮膚の爛れたヒルドブランドの指からも熱が失いかけている。
(どうしたら……)
遠征で多くの兵がこうして傷つくのを見てきた。戦えば誰かが傷つき死ぬかもしれない。そんなのは当たり前のことだ。彼らを守るために、父が宮廷魔道士長をしていたときは全力で攻撃が来ないよう、少しでも楽に戦えるよう援護をし続けてきた。時には前線に出て騎士たちと共に魔族と戦った。
いつからそれをしなくなったのか。
ワルドーに心を奪われたときからだ。
『お前の魔法すら私のものにしたい』
広範囲の火傷と大量の出血。
自由になったエドゼルは慌てて駆け寄った。
「ヒルドブランド……ヒルド!」
懐かしい呼び方。もう自分を回復させるだけの魔法がないヒルドブランドは、うっすらと目を開けた。必死の形相で自分を覗き込むエドゼルの姿が映る。無理に唇で弧を描いた。
「あなたが……無事で、よかった……」
怪我一つないその姿に安堵する。
「なぜ助ける! そんな怪我までして……」
「……命よりも大切な人を……守るのは、当たり前だ」
「何を言っているんだ……お前は私を恨んでいたから魔力を吸収したんだろう」
恨んだ、自分を見てくれないエドゼルを、深く狂うぐらいに。だがそれでも決して失われることのなかった想い。いや、この想いがあったからこそ恨まずにはいられなかったんだ。
ヒルドブランドは苦笑した。と同時に大量の血がその口から吐き出された。
(あぁ、内蔵もやられたか)
何度も地面に叩きつけられたからどこかが負傷したのだろう。エドゼルが的確に指示してくれたから倒せたが、もしあのままだったら二人とも死んでいただろう。最後になったが、高潔な従兄の姿を見れたことに感謝した。
もう欲に溺れたエドゼルの姿はそこにない。
ヒルドブランドを映し出す青い瞳が潤み始めている。
「愚かだ……私はお前に大事にされることは……何もしなかった」
後悔と懺悔が細い顔に浮かぶ。その顔が見れたら充分だ。
「あなたを…………誰よりも……あいしてる……」
これだけ伝えられればもう充分だ。エドゼルが傍にいてくれたからこそ、自分は今まで生きてこられた。それがなければ生きる希望などなく、すでに命を落としていただろう。もう充分だ。ワルドーへと向かう嫉妬すらも、尽きようとする命の炎の前では些末ごとだ。
彼が生きている、それだけで満足だった。
うっすらと夏の早い朝の到来を示す陽光が、魔獣の長との戦いで木々が薙ぎ払われたこの場所にも僅かに差し込んできた。もう自分がいなくてもこの森から抜けられるだろう。
ヒルドブランドはゆっくりと目を閉じた。
「ヒルド!」
記憶の中とは異なるが、面差しの残る顔をした従弟が目を閉じるのを見て叫んだ。
「死ぬな、ヒルド……ヒルドブランド!!」
焦燥感と不安、恐怖が一気に押し寄せてくる。精悍な面がもう色を失っていた。人形のように倒れたまま動こうとはしない。
エドゼルは初めて、大切なものが失われようとしているのに気付いた。
命が尽きようとしているのが、僅かな魔力しか持たないエドゼルにもわかる。
このまま死なせてはダメだ。自分のせいでまた誰か命を落とそうとしている。
ヒルドブランドとケルベロスの戦いの中で、いかに自分が何も見てこなかったのがよくわかった。燻る炎の向こうでとめどなく血が流れ落ちているのを見ても何も出来なかった。
黒魔法しか使えないエドゼルには回復させる力はない。指先が冷たくなるのがわかった。同時に、皮膚の爛れたヒルドブランドの指からも熱が失いかけている。
(どうしたら……)
遠征で多くの兵がこうして傷つくのを見てきた。戦えば誰かが傷つき死ぬかもしれない。そんなのは当たり前のことだ。彼らを守るために、父が宮廷魔道士長をしていたときは全力で攻撃が来ないよう、少しでも楽に戦えるよう援護をし続けてきた。時には前線に出て騎士たちと共に魔族と戦った。
いつからそれをしなくなったのか。
ワルドーに心を奪われたときからだ。
『お前の魔法すら私のものにしたい』
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