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第三章 魔力返還と罪 13
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「ちっ」
一吠えで瘴気を昇らせた身体から炎が水のように弾け飛んでいった。涎を垂らした口から吐かれた呼気が色を変え襲いかかる。
(吸ったらダメだ!)
僅かでも吸い込めば内蔵が溶ける。漂ってくる前に風魔法で吹き飛ばせば大きな足が地面を何度も踏み揺らす。ねっとりと湿った地面に足を取られ膝を突いた。そこにケルベロスが土を蹴って襲いかかってくる。振り乱れた頭が周囲に毒の呼気を撒き散らし身体からは魔気を放ったまま。
「くそっ」
風魔法で毒素を全部吹き飛ばして氷を飛ばす。存分に冷やしてから急激に火系魔法で熱を加えて表皮をボロボロにしようとした。何度も掌から魔法を繰り出し、息を吸う合間に剣を鋭い物へと変えていく。だが強大な爪が何度も振り下ろされヒルドブランドの皮膚を傷つけていった。
どんなに剣で塞ごうと魔法を繰り広げようと、飢えた獣の猛攻は止まらない。
獲物を前にしてその首に食らいつき引き千切ろうと周囲の木を倒し襲いかかってくる。ヒルドブランドの身体からおびただしい量の血が飛び散っていく。痛覚を遮断していないと悲鳴を上げ動けなくなるほど凶暴な爪が容赦なく肉を抉ってくる。剣で塞いでも、反対の足がすぐさま襲いかかり、後ろ足は地面を踏みならし揺らしてくる。
自分が死んでしまったら、周囲の村が……エドゼルが死んでしまう。
それだけは絶対に阻止しないと。例え相討ちとなっても絶対に。
「エドゼルをお前に喰わせないっ!」
それがヒルドブランドの士気だった。この世界で守りたいただ一人のために、ひたすら魔法を打ち込みケルベロスの体力を奪う。剣は多用できなかった。折れたら終わりだ。
ケルベロスが前足を下ろすタイミングで着地部分に土の刃を起こす。頑丈な肉球は血を迸らせても怯まずに向かってくる。
仲間がいたなら……魔王との戦いの時のように助けてくれただろう。ヒルドブランドが戦いやすいように四方から敵の気を散らし一気に攻め込めたはずだ。だがここにいるのは自分だけ。
「口だ、口を塞ぐんだ!」
ハッとして言われたとおりに三つの口を拘束魔法で塞いだ。舌を垂らしたままだった口を無理矢理に塞がれたケルベロスは初めて悶え、それを取ろうと両前足で口の周りを掻き毟った。
「身体に炎を、顔に水で包め!」
同時に別々の魔法を部位によって使い分けるといった高等な技は容易に使えない。だが、今ヒルドブランドが持っている技術はエドゼルから吸い取ったものだ。まだ使い慣れていないだけで。
言われたとおりに水の塊でそれぞれの顔を包み、身体を火で包んだ。
透明だった水がケルベロスの毒で次第に濁っていく。息が出来ない上に吸い込んだ水が毒を孕んでいるために、ケルベロスは悶え始めた。身体も炎で鋭い針のような被毛が溶け出していく。
「もっとだ、炎の温度を上げろ! マグマを作り出すんだ」
半分以上減った魔力の大半をつぎ込み炎の熱を上げていく。力を込めればケルベロスに抉られた脇腹から大量の血が垂れていった。だが気にする余裕はもうなかった。
マグマを落とすことを頭の中で想像して岩が溶けるほどの熱を傍にあった岩にぶつけ、それを浮遊でケルベロスの真上に持ってくる。火力が上がれば岩は赤くなり亀裂が入って溶けていった。
「ギェェェェェェガァァァァァ」
水の膜を突き破る勢いの悲鳴が上がった。
溶けた岩がとろりとしたスープのようにねっとりとケルベロスの身体に落ちていく。そのたびに空気を切り裂くような悲鳴が上がった。毒の混じった水の玉に包まれたままの顔が四方八方へと振られる。激しい動きに合わせ水の塊を動かしていけば、毒素の混じった水泡が上がらなくなっていった。
「今だ! 心臓を狙え!!」
立ち上がり藻掻くケルベロスの心臓は炎に焼き出され周囲の被毛と肉が溶け出し露わになっていた。手足に強化の魔法をかけ、思い切り地面を蹴る。鋼鉄となった剣をそこに突き刺すために飛んだ。
この一撃が跳ね返されたらもう終わりだ。ヒルドブランドにはもう魔力が残っていない。神に祈り凄まじい速度でそこへと突っ込む。未だケルベロスを襲う溶岩の熱を受けながら、刃を突き刺した。
「ギュガァァァァァァァァ」
断末魔の叫びと共に、ケルベロスの巨体が地面へと倒れる。衝撃に大地が波打った。これには地面に座り込んだエドゼルの身体も高く跳ねる。
スーッとヒルドブランドが使った数々の魔法が消えていく。
苦しみに最期の足掻きとばかりにケルベロスが悶えのたうち回る。
一吠えで瘴気を昇らせた身体から炎が水のように弾け飛んでいった。涎を垂らした口から吐かれた呼気が色を変え襲いかかる。
(吸ったらダメだ!)
僅かでも吸い込めば内蔵が溶ける。漂ってくる前に風魔法で吹き飛ばせば大きな足が地面を何度も踏み揺らす。ねっとりと湿った地面に足を取られ膝を突いた。そこにケルベロスが土を蹴って襲いかかってくる。振り乱れた頭が周囲に毒の呼気を撒き散らし身体からは魔気を放ったまま。
「くそっ」
風魔法で毒素を全部吹き飛ばして氷を飛ばす。存分に冷やしてから急激に火系魔法で熱を加えて表皮をボロボロにしようとした。何度も掌から魔法を繰り出し、息を吸う合間に剣を鋭い物へと変えていく。だが強大な爪が何度も振り下ろされヒルドブランドの皮膚を傷つけていった。
どんなに剣で塞ごうと魔法を繰り広げようと、飢えた獣の猛攻は止まらない。
獲物を前にしてその首に食らいつき引き千切ろうと周囲の木を倒し襲いかかってくる。ヒルドブランドの身体からおびただしい量の血が飛び散っていく。痛覚を遮断していないと悲鳴を上げ動けなくなるほど凶暴な爪が容赦なく肉を抉ってくる。剣で塞いでも、反対の足がすぐさま襲いかかり、後ろ足は地面を踏みならし揺らしてくる。
自分が死んでしまったら、周囲の村が……エドゼルが死んでしまう。
それだけは絶対に阻止しないと。例え相討ちとなっても絶対に。
「エドゼルをお前に喰わせないっ!」
それがヒルドブランドの士気だった。この世界で守りたいただ一人のために、ひたすら魔法を打ち込みケルベロスの体力を奪う。剣は多用できなかった。折れたら終わりだ。
ケルベロスが前足を下ろすタイミングで着地部分に土の刃を起こす。頑丈な肉球は血を迸らせても怯まずに向かってくる。
仲間がいたなら……魔王との戦いの時のように助けてくれただろう。ヒルドブランドが戦いやすいように四方から敵の気を散らし一気に攻め込めたはずだ。だがここにいるのは自分だけ。
「口だ、口を塞ぐんだ!」
ハッとして言われたとおりに三つの口を拘束魔法で塞いだ。舌を垂らしたままだった口を無理矢理に塞がれたケルベロスは初めて悶え、それを取ろうと両前足で口の周りを掻き毟った。
「身体に炎を、顔に水で包め!」
同時に別々の魔法を部位によって使い分けるといった高等な技は容易に使えない。だが、今ヒルドブランドが持っている技術はエドゼルから吸い取ったものだ。まだ使い慣れていないだけで。
言われたとおりに水の塊でそれぞれの顔を包み、身体を火で包んだ。
透明だった水がケルベロスの毒で次第に濁っていく。息が出来ない上に吸い込んだ水が毒を孕んでいるために、ケルベロスは悶え始めた。身体も炎で鋭い針のような被毛が溶け出していく。
「もっとだ、炎の温度を上げろ! マグマを作り出すんだ」
半分以上減った魔力の大半をつぎ込み炎の熱を上げていく。力を込めればケルベロスに抉られた脇腹から大量の血が垂れていった。だが気にする余裕はもうなかった。
マグマを落とすことを頭の中で想像して岩が溶けるほどの熱を傍にあった岩にぶつけ、それを浮遊でケルベロスの真上に持ってくる。火力が上がれば岩は赤くなり亀裂が入って溶けていった。
「ギェェェェェェガァァァァァ」
水の膜を突き破る勢いの悲鳴が上がった。
溶けた岩がとろりとしたスープのようにねっとりとケルベロスの身体に落ちていく。そのたびに空気を切り裂くような悲鳴が上がった。毒の混じった水の玉に包まれたままの顔が四方八方へと振られる。激しい動きに合わせ水の塊を動かしていけば、毒素の混じった水泡が上がらなくなっていった。
「今だ! 心臓を狙え!!」
立ち上がり藻掻くケルベロスの心臓は炎に焼き出され周囲の被毛と肉が溶け出し露わになっていた。手足に強化の魔法をかけ、思い切り地面を蹴る。鋼鉄となった剣をそこに突き刺すために飛んだ。
この一撃が跳ね返されたらもう終わりだ。ヒルドブランドにはもう魔力が残っていない。神に祈り凄まじい速度でそこへと突っ込む。未だケルベロスを襲う溶岩の熱を受けながら、刃を突き刺した。
「ギュガァァァァァァァァ」
断末魔の叫びと共に、ケルベロスの巨体が地面へと倒れる。衝撃に大地が波打った。これには地面に座り込んだエドゼルの身体も高く跳ねる。
スーッとヒルドブランドが使った数々の魔法が消えていく。
苦しみに最期の足掻きとばかりにケルベロスが悶えのたうち回る。
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