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第三章 魔力返還と罪 12

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「何をしている!」

 静寂を切り裂く声が響き渡った。



 エドゼルに注ぎ込んだ魔力の気配を辿り彼を探していたヒルドブランドは、ヒルドブランド領の近くにある広大な森へと、王都から引き返して分け入った。

 遠征から戻ったヒルドブランドを待ち受けていたのは、エドゼル失踪の報だった。城中を探し回っても見つけられず、周囲の領主に連絡をして探して貰っても見つけることが出来なかったと執事より伝えられ、すぐさま領城を飛び出した。

 エドゼルに戻したのは彼の魔力だけではなかった。僅かだが魔王の魔力もその中に含まれている。

 今ヒルドブランドの中にあるのは、エドゼルとワルドー、そして魔王の魔力だ。魔力探知で魔王の力を辿り王都まで行ったが、エドゼルの父に会い、彼が飛び出したことを教えられた。

 慌てて力を使い行方を追ってようやく見つけたとき、エドゼルはその身を捧げるように両手を広げて、ヒルドブランドが遠征で探し続けた魔獣の前に立っていた。

 ケルベロス。

 魔王の忠実なる番犬として名高い魔獣の長は今にもエドゼルを喰わんばかりに大きな口を広げていた。

 ヒルドブランドは叫び、腰に下げていた剣を抜いて走って近づいた。

 新たな存在に気付いた魔獣はすぐさま巨大な足を振り上げて剣を受け止める。先が尖り三日月のように曲がった爪がヒルドブランドの力を撥ね除けてその身を裂こうとしている。魔力で身体を強化していなければすぐにでも爪が、鎧を纏っていない身体を抉ったことだろう。

 しかし、顔は変わらずエドゼルを見たまま今にも食いつこうとしていた。

「させるかっ!」

 魔力を注入しさらに腕の力を強化させ、大きな前足を払った。勢いでケルベロスの身体が後ずさる。

「逃げろ、エドゼル!」

 細い腕を掴んだのに払われた。

「私を食べに来てくれたんだ、なぜ逃げなければならない。どうしても殺したいのなら、私を食べた後にしてくれ」

 感情のこもらない声。舌打ちした。エドゼルの父より彼の状況は聞いた。酷く現実を受け止めかねていることも、未だワルドーに心を寄せていることも。すでに宮廷の中ではワルドーがエドゼルを囲って己の思い通りにしていた事実が周知されているのに、未だにあの男がいいのかと怒りを覚えたというのに。この期に及んで己の命を投げ打とうとしているのか。

 ヒルドブランドの心も知らずに。

 また彼に対し怒りが増した。なぜ気付いてくれないのか、なぜ見てくれないのかと。

 悲しみはいとも簡単に怒りへと変わった。どれほどエドゼルを抱いても彼を手に入れた実感は湧きあがることはない。ただ魔力に狂っただけの彼が欲しいのではない、ずっと嫉妬し慕った彼に見て欲しかったのだ、もう守られるだけの存在ではなく、彼を守れるほど強くなったヒルドブランドを。

 エドゼルの瞳は一度としてヒルドブランドを映し出すことはなかった。

 けれどここでエドゼルを死なせる選択肢はヒルドブランドは存在しない。

 距離が出来たケルベロスに火系魔法を吹きかけた。

「グォォォォ」

 低く恐ろしい悲鳴が上がる。

 やはり獣か。本能で火を怖がるところは魔獣の長も変わらないのだと知った瞬間、未だ死を望むエドゼルに拘束魔法をかけた。

「何をする!」

「そこでじっとしていろ……戦いの邪魔だっ!」

 見えない鎖がエドゼルへと絡みつき、縛り上げる。その周囲を火系魔法で囲んでからもう一度ケルベロスに対峙した。今まで討ってきた魔獣とは比べものにならない程大きく、禍々しい気を放っている。どれほどの魔力をその身に宿しても勝てる気がしないのは、魔獣が魔力で作られているのではないからだ。

 獣が魔気に当てられ変貌を遂げたのが魔獣だと言い伝えられている。長く魔王の傍にいたケルベロスはそれを糧に大きくなったが、同時に魔法への耐性も強い。ただ魔法を打ち込んでも勝算はなかった。

 魔王を倒せたのは、その身が魔力で構成されていたからだ。魔力を奪い尽くせば魔気だけとなり、力で倒すことが出来る。だが魔獣は魔力がない上に耐性があるとなれば、剣での討伐が必須となる。

 一本の剣でケルベロスの心の臓を突き破るしか勝つ方法はなかった。

 ヒルドブランドはあらゆる魔法を打ち込んだ。火系魔法を放ってすぐに風の魔法を追加する。より火力を大きくさせケルベロスの身体を炎で包む。

 強靱な硬い肢体が焼け爛れるのを試みるが、容易ではなかった。
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