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第三章 魔力返還と罪 11
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常にワルドーの傍にいて彼を見続けてきたから知っている。一度でも彼に勝った者、意見した者に対してワルドーは侮蔑を含んだあの眼差しを向けていた。阿付する者を重用し、諫言する者を廃してきたのは、自分が一番よく知っているはずだ。
そう、誰よりも。
じくりと胸が締め付けられた。
必死に否定しようとしても、父の言葉が真実であるように受け止めてしまいそうだ。
一瞬だけ縋ってくる幼いヒルドブランドの顔が頭に浮かぶ。目に涙をいっぱいに浮かべた幼い従弟。
だがすぐにそれを振り払い走り続けた。
足に強化魔法をかけひたすら走り続けた。
今は知っている場所にいたくないと、脇目も振らず魔法が続く限り脇目も振らずに駆けていく。こんなに走ったのは生まれて初めてで、必死で肩で息をして走った。
遠くまで行き、そこがどこかもわからないままようやく足を止めた。
茂った木々が空高く伸びたそこは、鬱蒼として日の光も差し込まない。王都とアインホルン領しか知らないエドゼルには大まかな場所すらもわかりはしなかった。
ただ、脇目も振らずに駆けたせいで森の随分深くまで入っていた。来た道を戻るべきか先に進むべきかわからず、疲弊した軟弱な身体は動けなくなっていた。
二年もずっと部屋に閉じこもり、まともに足を使ったのは王都へ向かった道のりだけのエドゼルにはもう体力が残っていなかった。
森を抜けなければという意思と、このままここで打ち死んでしまおうという思いが交互にやってくる。
何もかもを失った。
魔力や地位だけではない、信じていたもの全てを失ってしまったのだ。もう生きている意味すらない。ヒルドブランド領に戻って幽閉されたところで、何になるのだろうか。
罪の償い方も分からない。
無意識に自分は多くの者を裏切っていた事にようやく気付かされた今、死んでしまいたかった。
「……死んだところで誰も困りはしないか……」
ポロリと零れ落ちた言葉。魔力のない自分が、この魔王のいない世界で生きていても意味はない。愛してくれる者もいなくなった。価値などもうどこにも存在しないのだ。
アインホルン領に戻ったところで、誰も喜びはしないし、母もきっと何も出来なかったエドゼルを詰って魔法をぶつけてくることだろう。領主がヒルドブランドにしたように。
死んだ方がましだ。
エドゼルは天を仰いだ。
このまま殺してくれと神に祈りながら。
光の届かない湿った森の中、ひたすら祈り続けた。それが届いたのか、周囲が暗くなり夜がやってきたことを物語るほど何も見えなくなってから、草木を掻き分けて近づく獣の足音が聞こえてきた。
自分を喰らってくれる神の使いだ。
大きく深呼吸をして目を開ければ、遠くから禍々しい魔気を漂わせた獣が近づいてきた。獣の周りだけが輝いて見える。
「……うそ、だ……」
御使いではないのが一目瞭然のおどろおどろしい様相。犬のような姿に三つの首、垂れ堕ちた舌からは涎が滴り落ちている。唾液が落ちた場所に生えている背の低い植物が溶けていくのが見て取れた。
「なんでこんなところに……」
ケルベロスだ。古文書に記された、魔獣の頂点であり魔王の忠実なる飼い犬が今、目の前にいる。瘴気がねっとりとした草いきれに混じり匂いまでもを変えていく。
ここで討伐しなければ近くの村に現れ人々を喰らう。だがエドゼルの僅かな魔力では倒すことが出来ない。
あれほど死を望んでいたはずなのに、覚醒した正義感がそのままにしてはいけないと警鐘を鳴らした。エドゼルを喰って人間の味を覚えさせたらすぐに周辺の村や町へと襲いかかるだろう。
エドゼルは立ち上がり、だがゆっくりと目を閉じた。
それがどうだって言うんだ。きっと誰かが退治するだろう、エドゼルが死んだ後に。うっすらと膨らんだ唇に笑みを浮かべた。もうどうだって良い。今ある魔力を揮ったところで倒すことも出来はしない。それに、全てを失ったエドゼルが望んだのだ、自分を食い殺す獣が現れることを。
無意味な存在など早々と消え去ればいい。
無防備にケルベロスの前へと立った。さぁどの頭で食べてくれるんだと両手を広げた。
おどろおどろしい容姿の魔獣が涎を垂らしながら近づいてきた。逃げもしない獲物相手にゆっくりと余裕を持って。
そう、誰よりも。
じくりと胸が締め付けられた。
必死に否定しようとしても、父の言葉が真実であるように受け止めてしまいそうだ。
一瞬だけ縋ってくる幼いヒルドブランドの顔が頭に浮かぶ。目に涙をいっぱいに浮かべた幼い従弟。
だがすぐにそれを振り払い走り続けた。
足に強化魔法をかけひたすら走り続けた。
今は知っている場所にいたくないと、脇目も振らず魔法が続く限り脇目も振らずに駆けていく。こんなに走ったのは生まれて初めてで、必死で肩で息をして走った。
遠くまで行き、そこがどこかもわからないままようやく足を止めた。
茂った木々が空高く伸びたそこは、鬱蒼として日の光も差し込まない。王都とアインホルン領しか知らないエドゼルには大まかな場所すらもわかりはしなかった。
ただ、脇目も振らずに駆けたせいで森の随分深くまで入っていた。来た道を戻るべきか先に進むべきかわからず、疲弊した軟弱な身体は動けなくなっていた。
二年もずっと部屋に閉じこもり、まともに足を使ったのは王都へ向かった道のりだけのエドゼルにはもう体力が残っていなかった。
森を抜けなければという意思と、このままここで打ち死んでしまおうという思いが交互にやってくる。
何もかもを失った。
魔力や地位だけではない、信じていたもの全てを失ってしまったのだ。もう生きている意味すらない。ヒルドブランド領に戻って幽閉されたところで、何になるのだろうか。
罪の償い方も分からない。
無意識に自分は多くの者を裏切っていた事にようやく気付かされた今、死んでしまいたかった。
「……死んだところで誰も困りはしないか……」
ポロリと零れ落ちた言葉。魔力のない自分が、この魔王のいない世界で生きていても意味はない。愛してくれる者もいなくなった。価値などもうどこにも存在しないのだ。
アインホルン領に戻ったところで、誰も喜びはしないし、母もきっと何も出来なかったエドゼルを詰って魔法をぶつけてくることだろう。領主がヒルドブランドにしたように。
死んだ方がましだ。
エドゼルは天を仰いだ。
このまま殺してくれと神に祈りながら。
光の届かない湿った森の中、ひたすら祈り続けた。それが届いたのか、周囲が暗くなり夜がやってきたことを物語るほど何も見えなくなってから、草木を掻き分けて近づく獣の足音が聞こえてきた。
自分を喰らってくれる神の使いだ。
大きく深呼吸をして目を開ければ、遠くから禍々しい魔気を漂わせた獣が近づいてきた。獣の周りだけが輝いて見える。
「……うそ、だ……」
御使いではないのが一目瞭然のおどろおどろしい様相。犬のような姿に三つの首、垂れ堕ちた舌からは涎が滴り落ちている。唾液が落ちた場所に生えている背の低い植物が溶けていくのが見て取れた。
「なんでこんなところに……」
ケルベロスだ。古文書に記された、魔獣の頂点であり魔王の忠実なる飼い犬が今、目の前にいる。瘴気がねっとりとした草いきれに混じり匂いまでもを変えていく。
ここで討伐しなければ近くの村に現れ人々を喰らう。だがエドゼルの僅かな魔力では倒すことが出来ない。
あれほど死を望んでいたはずなのに、覚醒した正義感がそのままにしてはいけないと警鐘を鳴らした。エドゼルを喰って人間の味を覚えさせたらすぐに周辺の村や町へと襲いかかるだろう。
エドゼルは立ち上がり、だがゆっくりと目を閉じた。
それがどうだって言うんだ。きっと誰かが退治するだろう、エドゼルが死んだ後に。うっすらと膨らんだ唇に笑みを浮かべた。もうどうだって良い。今ある魔力を揮ったところで倒すことも出来はしない。それに、全てを失ったエドゼルが望んだのだ、自分を食い殺す獣が現れることを。
無意味な存在など早々と消え去ればいい。
無防備にケルベロスの前へと立った。さぁどの頭で食べてくれるんだと両手を広げた。
おどろおどろしい容姿の魔獣が涎を垂らしながら近づいてきた。逃げもしない獲物相手にゆっくりと余裕を持って。
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